828 :Fate/式神の城 ◆v98fbZZkx.:2008/08/24(日) 10:04:18
→商店街で夕食の買い物。
「ところで、衛宮はこれからどうするんだ?」
「家に帰るつもりだけど、その前に夕飯の買出しだな」
俺はテーブルの上を片付けながら、美綴に返事をした。
新都に来た目的、気分転換は美綴と話す内に十分に果たせたし、図らずも情報を得ることもできた。
一人での行動に限界がある以上、これ以上の長居も無用だ。
「それなら途中までは一緒に行こうか。あ、そうだ衛宮」
「うん?」
買出しのリストを頭の中で作成していると、美綴がスッと何かを差し出した。
俺がなんの疑いもなくそれを受け取ると、手の中には文字と金額の記された一枚の紙が納まる。
つまり、俺は美綴からこの店の伝票を受けったのである。
当然、金額は二人分。
「美綴。これは俺に払えってことだよな」
「衛宮がどうしてもっていうなら割勘で」
伝票を渡された意味を確認すると、美綴はそう言って席を立った。
それは、質問終了とか、もはや問答無用との意思表示だろう。
「……会計、済ませるか」
結局、俺が折れた。
軽食で二人分でもたいした金額ではないし、美綴は気にしていないだろうが、嫌な話をさせてしまった負い目もある。
それに、美綴と食事をするのは弓道部を退部して以来のことだし、たまには悪くはない。
「ご馳走様。衛宮」
伝票を手にして立ち上がった俺に、美綴が満足そうに微笑みかける。
さすがにそこまで勝ち誇られると悔しいものがあった。
だから俺は、その笑顔に次を覚えてろよと返しながらレジへと向かうのだった。
深山町の商店街は日曜日の昼、さらには好天が手伝って普段以上の活気に包まれている。
街を歩く人の数は目に見えて多く、道端には屋台の姿も見て取れた。
俺は美綴と別れた後、買出しを済ませるためにこの場所へとやってきていた。手に提げたビニール袋には、すでに結構な量の食品が詰め込まれている。
今後のことを考えて日持ちのしそうな食料も買い込んだため、普段よりも時間がかかってしまった。急いで帰ることにしよう。
そして、帰ったらまずはセイバーと話をしよう。そして、今の俺に出せる答えを告げよう。
「きゃっ」
「あ、大丈夫ですか!」
考えながら歩いていると、俺はうっかりと誰かにぶつかってしまった。しかも、ぶつかった相手はかなり小柄で、俺がはねとばすような形になってしまう。
俺は慌ててその人を助け起こして、
「「あ」」
そして、助け起こした少女が、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンであることに気づいたのだった。
バーサーカーの咆哮が、巨大な斧剣で粉砕されるアスファルトが、それぞれ脳裏によみがえる。
控えめに言って、あまりにまずい状況だった。
昨夜とは違い、白昼の商店街で戦闘になればどれほどの被害が出るか想像もできない上、唯一バーサーカーを抑えられるセイバーがいない。
令呪。
いや、ダメだ。今使えばそれが戦闘開始の合図になる。使うことをためらうつもりはないが、安易には使えない。
進退に窮した俺の緊張はだがしかし次の瞬間に、対峙していたイリヤスフィールによって打ち砕かれる。
「よかったっ。生きてたんだね、お兄ちゃん!」
そう、当のイリヤスフィールのあっけらかんとした笑顔と言葉によって。
「ええと、イリヤスフィール?」
「なあに? お兄ちゃん。あ、わたしを呼ぶときはイリヤでいいよ。それとね、歩く時はもっと周りに気をつけないとダメよ?」
「あ、ああ、えっとケガとかはないかな、イリヤスフィ……イリヤ?」
言葉といえば宣戦布告を予想していた俺は、あっけにとられたのかついついイリヤに話をあわせてしまう。
いや、ぶつかったのは俺で、これが当たり前の態度ではあるのだが、目下最大の敵であるはずのイリヤのケガを心配している自分がかなり滑稽だ。
「今回は平気だったけど、次もそうとは限らないんだから。分かった、お兄ちゃん?」
「その、ごめん。次からは気をつける」
「うんうん、素直でよろしい!」
俺が反省の意を伝えると、イリヤはうんうんとうなずいて、えへんとばかりに胸を張った。
その微笑ましい姿からは、月下で冷笑を浮かべていた少女と同じ人物とは思えない。
「でもそうね、ただ許してあげるのもどうかと思うし、お兄ちゃんに質問。答えてくれたら許してあげるね」
「ああ。俺に答えられることなら」
と、ついつい安請け合いをしてしまったのも、イリヤの態度によって極度の緊張から弛緩してしまったせいだろうか。
「お兄ちゃんの名前」
「え?」
「だからー、お兄ちゃんの名前を教えて?」
俺の名前。それは聖杯戦争とはまったく関係の無さそうな、知ったからといってなんの得も無いような質問だった。
「士郎。衛宮士郎だけど」
「シロウ。お兄ちゃんはシロウだね。うん、覚えたよ」
それでもイリヤは、嬉しそうににこりと笑って俺の名前を繰り返した。
「でも、本当にシロウはよく生きてたね? 最後に見たときはもうダメかなって思ったのに」
「知り合いに治療してもらったからさ」
一応、言峰の名前はぼかしておく。
しかし、それなりの距離があったイリヤから見ても、俺はそこまで危なかっただろうか。起きた時に包帯まみれだったとはいえ、やはり実感がわかない。
「それでも、ほとんど完治しているのはすごいわ。一体どんな方法を使ったのかしら?」
「さあ、俺は気絶してたから」
「そっか、ちょっと興味があったんだけど。残念。それじゃあ次はね……あ」
指を頬に添えて考えるような仕草をしていたイリヤが、突然なにかに気が付いたように声を上げた。
「イリヤ?」
「バーサーカーが起きたみたい。本当はもう少しだけお話をしていたかったけど、さよならだね。シロウ」
イリヤは残念そうな表情を浮かべて、芝居がかった所作でスカートを少しだけ持ち上げるとお辞儀をした。
「シロウ、次からは夜に会いましょう? その時はわたしの手で殺してあげる」
名残を惜しむような微笑みと、静かな宣戦布告を残して、イリヤはその場から去って行った。
月の下でみせた静かで冷たい笑顔。
先ほどまでの温かな笑顔。
最後に残した寂しい微笑み。
そのどれが、イリヤの本当の笑顔なのだろうか。
敵である俺には、イリヤを引きとめてそれを問うこともできず、ただ少女の背中を見送るだけであった。
「シロウ、帰りましたか」
イリヤとの邂逅を経て家に帰ってきた俺を、玄関の前で待ち構えていた人物は、意外なことにセイバーであった。
だが、それは俺にとって都合がよかった。話は早い内に済ませておくに限る。
「セイバー。早速で悪いけど話があるんだ」
「後にしておきましょう。今は中へ」
セイバーが家の中へ入るように促すが、俺は左右に首を振って彼女を引きとめた。
「やっぱり俺には、セイバーを道具のように扱うことはできない。だけど、昨日のように無駄なことはしない」
セイバーの目が細められた。俺は丹田に力を込めて続きを口にする。
「きっと、あの場で飛び出したのは、セイバーの力を信じていなかったってことなんだと思う」
あの剣の爆発の時、俺はセイバーを守らなくてはと思った。
あのバーサーカーと互角の戦いをしていたセイバーを、ただの人間である俺が守る。俺よりも強いセイバーを俺が守る。
それは傲慢であると同時に、俺がセイバーの力を心から信頼していなかったことにつながる。
例え英霊でも、自らを信じて戦を任せることのできない人間とともには戦えないだろう。
「俺はセイバーを、セイバーの力を信じて、そこから俺に出来ることをしていきたい」
だから、今の俺に出来ることはセイバーの力を信じること。まずは、そこからだ。
セイバーの剣を信じるだけの材料は、昨日の夜、セイバー自身が示してくれた。あとは俺が信じるだけ。
「今はこれだけしか言えない。それでも頼む。セイバー、俺に力を貸してくれないか?」
「ふう」
セイバーは、呆れたように小さく息を吐いた。くすんだ金髪が風に揺れる。
ダメだったのか。と思わなかったといえば嘘になる。
だが、俺はそれでも、セイバーから目を離さずに彼女の言葉を待った。
「私はシロウの剣となり、シロウの敵を討つ。この言葉に偽りなどありはしない」
「セイバー、それじゃあ!」
俺の剣となり、俺の敵を討つ。その言葉は、召喚されたセイバーが土蔵の中で俺に告げたものだ。
俺が問い返すと、セイバーはうなずいた。
「この誓いのある限り、私の剣はシロウのために振るわれるだろう。……まったく、信じるのならまずは私の言葉を信じてほしいな」
「ありがとう、改めてよろしく頼むよ。セイバー」
「仲直りできたようでよかったわね。衛宮くん」
「ああ、よかっ……って、遠坂?」
家の中から響いた声に目を転じると、そこには遠坂が笑顔を浮かべ、仁王立ちでたたずんでいた。
笑顔。そう遠坂は笑顔だ。
だがしかし! 笑顔を浮かべているというのに、俺には遠坂がご立腹であることが手に取るようにわかった。
それがある意味では、怒りに満ちた表情よりも恐ろしい。
怖い。怖いよ遠坂。なぜそんなに怒っているんだ。
「そもそも、なんで遠坂がここに……」
「あら、セイバーは衛宮くんに、私が夕方には帰るって伝えたって言ってるわよ」
「シロウ。私は間違いなく貴方に伝えたはずだが」
俺が自らの墓穴に気がついた時、遠坂が追い討ちを仕掛け、セイバーはとどめを差していた。
そう、ごたごたしてすっかり忘却していたが、遠坂が夕方にはこちらに戻ることを俺は確かに聞いていたのである。
夕方と言っても範囲は広いし、それより早く戻ることもあるだろう。
俺が出かけた直後に遠坂が戻ってきていたとして、最長で三時間から四時間は待たせたことになる。
つまり、目の前の怒髪天をつく勢いは、全面的に俺の責任なわけで。
「す、すまん遠坂! 俺が悪かった!」
「ふふふ。細かく時間を指定しなかった私も悪いし、そんなことはないのよ衛宮くん。むしろ、思っていたよりも元気で安心したくらい」
怒ってるよ。明らかに怒ってるよ遠坂。怒気で髪がゆれるなんて実際見たのははじめてたぞ?!
いや、ひょっとして魔力なのか。怒気とかそんなちゃちなものじゃなくて、もっと魔術的で物理的な何かなのか。職業的に。
「お、落ち着こう遠坂! ちょっと頭冷やそうかっ?!」
「私は冷静よ衛宮くん? でも、人を待たせたのだから、ケジメはつけるべきよね?」
たしかに遠坂は冷静だった。冷静で、しかも笑顔で怒っていた。すごく怖い。
当然、俺に出来ることといえばカクカクと人形のように首を縦に振るくらいであり、またそのケジメが軽ければ良いなという希望的観測だけである。
「ふふふ。それじゃあ遠慮なく。―――えいやあっ!!」
グンッ! と、衝撃だけが俺の腹部を貫通していく。痛みはなく、ただ衝撃だけで目の前が暗転した。
痛みが襲ってきたのは次の瞬間である。
もちろん、冗談ですむ程度の痛みでしかない。そう、ぎりぎり冗談ですむ程度だが……それでも痛いには違いない。
ヒザはガクガク震えて体勢を保っていられないし、内蔵に衝撃を受けたため、ひたすら気分が悪い。
やがて、俺はその場に倒れこんで玄関の床に完全に身をあずけた。
冷たい床が心地いい。……。
「げほ、げほ……うえ」
「まったく情けないわね。手加減してあげたのにこの有様?」
何とか復活して居間へとたどり着き、水を飲んで盛大にむせていた俺に、遠坂はさらりと言い放った。
確かに手加減はしてくれたようだが、それでも下手すれば一日は内蔵が食事を拒否するような一撃だった。
むしろこの程度で済んだとほめてほしい。
まあ、何と思おうと、俺には反論などできないわけだが。
ちなみにセイバーは、会話に加わることもなく、お茶をお供に俺が買ってきた煎餅をパクパクと頬張っている。
起きた時もまんじゅうを食べていた気がするが、果たしてサーヴァントの消化器官はどうなっているのだろうか。
「それにしても半信半疑だったけど、本当に完治しているわね。綺礼のやつ、なにをしたのかしら」
「遠坂も知らないのか?」
「ええ。手術……って言っても魔術を使った手術ね。それを行ったのは綺礼一人よ。あいつ、実は何か埋め込んだんじゃないでしょうね」
遠坂は危なっかしいというか、微妙に現実的な言葉とともに考え込んでしまった。
しかし、治療を受けた俺の目の前では、できればそういった発言は遠慮願いたいものだ。いやな汗が出てしまう。
「まあ、そんなことはいいけど。実は士郎に会わせたい人がいるのよ」
「そんなことって……それに、士郎? ああ、もういいや。それで、会わせたい人って?」
「結城さん、入って」
遠坂が呼ぶと、居間の戸を開けて一人の少女が現れた。年の頃は俺と同じくらいだろう。
ほどいたのなら背中にかかるであろうきれいな黒髪を赤い布で結った、清楚な雰囲気の少女である。
だが、特徴を挙げるとすれば、なによりもその服装だ。
白の千早に、緋の袴。
結城さんと呼ばれた少女は、巫女の装束に身を包んでいた。
「結城小夜と申します」
「あ、はい。衛宮士郎です。よろしく」
座について、作法通りの辞儀をした彼女に、俺はやや動転して辞儀を返した。
会ったばかりである点を差し引いても、同年代の連中と比べて親しみに欠ける対面となってしまった。
巫女の衣装のせいか、結城さんには人を近寄らせない雰囲気を感じる気さえする。
「結城さんも魔術師だから、その辺は気にしなくてもいいわ。聖杯戦争についても概要は知ってるようだし」
「日本で二百余年も続く儀式魔術を、壬生谷が知らぬ道理はありません」
「ミブヤ?」
結城さんが発したその言葉には覚えがある。
それが何かは分からないが、起きた直後にセイバーから聞いた言葉だ。
「壬生谷。神話の時代から日本の霊的な防衛を担ってきた機関で、神を狩るから神狩りと呼ばれる。だったわね」
遠坂の説明に、結城さんがコクリとうなずいた。その様子を見るに、遠坂は一通り説明を受けているようだ。
つまりミブヤとは、魔術を使って日本を防衛してきた結社のようなものだろうか。
それにしても、神狩りとはすさまじい呼称だ。
神。
神霊は精霊の上位に位置する存在で、これはほとんど最強と同じ意味である。神霊を傷つけることのできる魔術は、ほとんど存在しないのではないだろうか。
故に、もしも神を殺すことのできる魔術が存在するのなら、その魔術には、魔術よりも相応しい呼称が存在するはずだ。
「士郎、ここでの神とは人間よりも上位の存在と思って。例えば、サーヴァントなら英雄神ね」
俺の表情を読んでか、遠坂が説明を付け加えてくれた。
なるほど、大きな力を持てば、人にとってはすなわち上《カミ》になると言うことだ。
神様と言っても、分類的な神霊だけを指すわけではなく、精霊、英霊と言った神霊よりも下位の存在もまとめて上《カミ》なのだろう。
それでもなお、ミブヤの実力は俺に想像できるものではないが、神霊殺しよりは現実味がある。
「今では見る影もありませんが、かつて神々は大きな力をもって世界に君臨していました。壬生谷は、その時代において《あしきゆめ》から日本を守っていたのです。しかし、その時代にもやがて終焉が訪れました」
「原因は科学の発達ね。神の怒りであるはずの天の雷が、電気の誕生によって人の中で照明器具と同等に扱われるようになった時、雷神は神の座から転がり落ちたわ。同じように、人々の信仰を失って、その力と存在を失っていった神は多かったのね。」
「そして、それは《あしきゆめ》たちもまた、同様でした。狩るべき対象が消えたことで、壬生谷の名は魔術の歴史から消えます」
結城さんは淡々と神とミブヤについて説明を続ける。
しかし、歴史から消えていったはずのミブヤが、今俺の前に居る。これはどういうことだろうか。
いや、難しいことはないのか。
「結城さんは、神《あしきゆめ》を狩ると言った。つまり、その目的は……」
「衛宮さんのお察しの通りです。私は、この地に神を狩るために参りました」
俺がそのことを質問すると、結城さんは静かにうなずいて俺の言葉を肯定した。
「信仰を失い零落した神は、力を失っていき、ついには消え果てるでしょう。しかし反対に信仰を集めることができれば、往時の力を取り戻し、かつてのように神の時代が訪れるとも言えます」
「それが、神を降ろす?」
「それについてだけど、士郎は最近この町で起きている連続殺人については知っているかしら?」
遠坂の言う殺人事件とは、ここ一週間程、毎日のように報道されている事件だ。
もっとも俺が知っているのはテレビ番組で伝えられたことだけで、無差別殺人で、すでに犠牲者が十人を超えていること、そして犯人がまったくの不明というだけである。
テレビ番組に留まらず、新聞でも長く一面を占領しているこのニュースを知らない人間は、冬木にほとんどいないだろう。
「でも、それがどうしたんだ?」
「士郎、この事件、今はひどく曖昧だけど、それは逆に被害者全員に共通することが見つかったら、それが一気に拡散すると思わない? 例えばこれは極端だけど、被害者全員が神を信じていなかったという共通項があったとして、それが拡散すれば知った人間は恐怖という名の信仰を無意識に焼き付けられ、死の恐怖は格別だから、信仰も強くなる……」
「待てよ遠坂!? それじゃあ、あの殺人事件の犯人が神だって言うのか?」
確かに、俺も連続殺人には何かあると感じていた。
聖杯戦争に前後していたものだから、ついついサーヴァントの関与を疑っていたりもした。
だが、いくらなんでも犯人が神様です。と言われても、突飛な内容にしか聞こえない。
「犯人が何者かは関係ないわ。でも、この事件の裏には確実に何かがある。そして私は管理者として、それを見過ごすことはできない」
俺を見る遠坂の瞳には、強い意思が現れていた。
それこそが、学園の優等生ではない、魔術師、冬木の管理者としての遠坂凛の顔なのだろう。
それと同時に、俺の中の迷いも晴れていった。
そうだ。犯人が何者かなんて関係ないのだ。現に人が死に今も事件は続いて、俺が守りたいと思うものは、その渦中にこそ存在している。
ならば、なにをためらうことがあるのだろう。
「遠坂。俺に手伝えることはないか?」
「衛宮くん?」
「俺が聖杯戦争に参加したのは、みんなを守りたいとおもったからだ。だから、犯人や事件がどうだって関係ない、俺はこれ以上何かを奪われる人を出さないために、この事件を終わらせたい」
俺はみんなを守りたい。
そして、剣を取り聖杯戦争に身を投じた責任として皆を守らなくてはいけない。
心からやりたいと思うことと、やらなくてはいけない使命が一致した今、迷う必要などはないのだ。
ただ、俺は俺の目的のために力を尽くせばいい。
「まったく、衛宮くんみたいなひよっこが、聖杯戦争と掛け持ちで何かをしようなんてね。後悔しても遅いわよ?」
「両方上手くこなせるように頑張るさ。それに、遠坂も手伝ってくれるんだろう?」
俺が切り返すと、遠坂は苦笑しつつうなずいた。
その表情を見る分には、俺の提案は遠坂にとって悪いものではなかったらしい。
「ところで士郎、早速お願いがあるのだけど、いいかしら? 実は、結城さんの部屋を用意したかったのだけど、私の家は結界のせいで魔術師を泊めるにはあまり便利じゃないのよ。出入りの都合もあるし」
「それで、俺の家に結城さんを泊めればいいのか? そりゃあ、かまわないけど」
「話が早くて助かるわ。それと、今日は私も泊まるから」
「ああ、わかっ……ええっ!?」
遠坂の言葉に、俺は仰天した。
結城さんや、セイバーはまだいい。妙なところで顔が広い親父の知り合いと言うことで誤魔化しが効くからだ。
だが、遠坂はまずい。彼女は、我が家に襲来する虎柄教師とは面識がある。
万が一宿泊がバレれば、藤ねえが咆哮する光景は、バーサーカーに素手で突撃した結果と同じくらいに明らかだ。
「じゃあ、士郎。晩御飯はおいしいのをよろしくね。私たちは適当に部屋を見繕うから」
そして、当の遠坂といえば、俺が慌てている内にすっくと立ち上がって居間の戸を抜けるところであった。
引きとめようにも、協力を約束した手前、何と声をかけていいものか。
「衛宮さん、しばらくの間、お世話になります」
そうこうしているうちに、結城さんも丁寧な辞儀をして立ち去ってしまう。
「シロウ。お茶をいれてくれないか?」
そして結局居間の中には、呆然と立ち尽くす俺と、お茶を要求するセイバーだけ残されたのだった。
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最終更新:2008年10月25日 16:25