249 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/10/23(木) 20:06:14


 もはやイリヤに守りはない。
 喉、鳩尾、心臓、臍。どこだろうと、確実に拳で打ち抜ける。息の根を止められる。
 桜とて魔術師、その程度の破壊力は持っている。
 焦りはなかった。
 むしろ、格闘の最中において、これほど冷静だったことはない。
 目に映る全てを、つぶさに見て取れる。
 だが、災いしたのはその明敏か。
 イリヤの赤い瞳が、目に止まった。
 そこに恐慌はなく、ただ強い光がルビーのような輝きを放っている。
 桜は止まっていた。
 あとは拳を突き出すだけだというのに、桜の体は動かなかった。
 三度目の問い。殺せるのか。答えは桜が体現している。
 頬が歪んだ。歯が軋む。桜は今にも泣き出しそうな顔をしていた。
 相手を殺す覚悟。
 命を奪い合う場に必要なそれが、桜にはなかった。
 戦いに赴く意思はあった。
 船上でアサシンと戦ったときのように、恐怖に我を失ってはいない。
 奮い立つ熱もあった。
 セイバーと戦ったときよりも強く、地面を踏みしめていられる。
 だけど、殺せない。
 イリヤには腹が立っている。
 知ったような口振りにも、自分の中を覗かれたことにも、ひどく傷つけられた。
 だからといって、殺せはしない。
 イリヤの過去を垣間見てしまった。
 瞳に宿る強さに、平静ではいられない。その輝きを踏みにじることが、出来ない。
 簡潔に言ってしまえば、桜はイリヤに情が移っていた。
 魔術師として、マスターとしてあった筈の覚悟や矜持の、なんと薄っぺらなことか。
 心の底に確かに佇む情。その温かさを上回る殺意や覚悟など、桜の中に在りはしない。
「あ……」
 桜の口から漏れた小さな嗚咽。
 体は動かない。
 敵の眼前での致命的な隙。戦いに身を投じた者が、それを見逃すことなどありえない。
 イリヤの魔術が桜の腹に捻じ込まれる。
 僅かな間の浮遊感の後に、桜は背から地面に叩きつけられた。
 一瞬だけ世界が白い靄に包まれ、すぐに現実へ引き戻された。
 腹に感覚がなかった。その周囲には焼けるような熱さがある。
 喘ぐ。息が出来なかった。意識が絞り上げられ、破裂しそうだった。
 イリヤがゆっくりと桜に近づいた。
 桜が自由を取り戻すには数十秒は要する。イリヤが桜の胸を貫くのは三秒で十分だ。
 ここに決着はついた。
 初めから桜が勝てる道理はなかった。
 もとをただせば、桜は一般人を襲う魔術師たちを討ちに来たのだ。
 他の者を殺す覚悟などあった筈もない。
 今の桜は巻き込まれるまま、戦う意義を探しながら、戦場に振り回されているだけだ。
 そんな未熟者が、何に勝てる訳もない。
 桜は微かに身じろいだ。
 夜の闇は暗く、深い。
 聞こえるのはイリヤの足音、波の囁き、そして剣戟の音。
 ガードは未だ、狂気の巨人を相手に戦っている。
 何をしていたのだ、と桜は思った。
 バーサーカーからガードを助けるために、イリヤに立ち向かったというのに。
 守るものがあったのに、自分は何をしているのだ。
 未熟者でも、弱い心でも、それでも戦うと決めたのだろう。
 弱いままでは居たくないと、そう願ったのだ。
 今でも、殺す覚悟はない。イリヤに抱いた情は消えていない。
 だが守りたいものがある。叶えたい願いがある。
 ならば、道も探さず、終わることなどできない。
「う…あ……っ」
 指を、腕を、足を、体を、動かそうと、桜はもがいた。
 イリヤの瞼が微かに沈んだ。
 大空を舞う鷹は、地に這う芋虫をじっと見つめている。


円:熱。【視点:バーサーカー】
伐:焦燥。【視点:ガード】


投票結果


円:5
伐:1

連載時コメント

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250 :僕はね、名無しさんなんだ:2008/10/23(木) 20:14:48
伐:焦燥。【視点:ガード】


251 :僕はね、名無しさんなんだ:2008/10/23(木) 21:32:33
円:熱。【視点:バーサーカー】


252 :僕はね、名無しさんなんだ:2008/10/23(木) 21:42:45
円:熱。【視点:バーサーカー】

バーサーCARの視点はレアだと思う。


253 :僕はね、名無しさんなんだ:2008/10/23(木) 22:03:17
円:熱。【視点:バーサーカー】


254 :僕はね、名無しさんなんだ:2008/10/23(木) 22:43:27
円:熱。【視点:バーサーカー】


255 :僕はね、名無しさんなんだ:2008/10/23(木) 23:05:33
円:熱。【視点:バーサーカー】


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最終更新:2008年10月25日 16:33