53 :黒桐幹也の結婚 ◆mGFGwAwBPU:2009/04/16(木) 18:05:38 ID:sydm4SNU0
それでは、柳洞寺が求めない限り、二度と敵対しない事を誓約し、定期的に肉、卵、皮などを
提供する条件で独立組織がくがく動物ランドの降伏を認めます。
キャスター:じゃ、これにサインして。
ペンギン:ぴー
閣下が用意し、書き記した紙にペンギンがピシピシとヒレを叩き、降伏条約が結ばれました。
特別な紙で出来ており、違反をした場合には呪いがかかる仕組みになっております。
なお、これにより柳洞寺は独立組織がくがく動物ランドを交戦団体と認めましたので、
がくがく動物ランドの戦闘員を正当に捕虜とし、捕虜に対する条約を遵守する必要があります。
このイベントによる影響は以下の通りとなります。
独立組織がくがく動物ランドが友好団体となり、中立組織と同等の扱いとなります。
定期的にがくがく動物ランドから資源が提供されます(提供量はランダム)。
「じゃあね」
「ぴーー」
条約締結後、柳洞寺の山中に隠れていた獣達が次々と姿を現し、仲間を背負ってどこかに
消えていく。重傷を負ったリーダのエトはサブリーダのペンギンに背負われているが、
基本的には小型の鶏などが大型の牛に背負われる形で柳洞寺から去っていく。
「『夏草や 兵(つわもの)どもが 夢のあと』」
「幹也。あれは平泉で、杜甫の『春望』を踏まえて読んだ歌で、落ち武者を読んだ歌じゃないぞ」
「まあ、そうなんだけど」
柳洞寺を自分達の住処にすべく襲撃し、敗北して撤退する。
命があっただけ良いと言うのは簡単だが、やはりその姿に悲壮感が漂っているのは
事実だと思う。
「ま、博打に負けて、すっからかんになる前に逃げれた、って所だろ」
「言い得て妙ですね」
ランサーさんのその言い分を完全に認めるのもどうかと思うけれど、確かにその表現こそが
一番ぴったりきているような気もする。
「しかし、明日は我が身ですかね」
「そう思うならもっと働きなさい。貴方がもっと働けば、それだけ柳洞寺が敗北する
可能性は減るわ」
僕の言葉にメディアさんはそう答える。
それは確かに事実の一部ではあるのだが、その時の僕はその言い分に従う事ができなかった。
「無理な労働は作業効率の低下に繋がりますよ。そりゃ、決戦時期ともなれば止むを得ない
時もあるでしょうが、常時決戦体制では人も組織は持ちませんよ」
人にはやれる事とやれない事がある。
僕にやれる事は何なのか、僕にやれない事は何なのか。それが分からない限り、
そう簡単に答えるわけにはいかない。
というよりも、他の仕事が舞い込んできて諜報部の再建が二の次、三の次になりつつ
あるのだ。柳洞寺にいる時間を増やし、諜報部の再建に使う時間を増やす事で再建自体は
進んでいるが、果たしてそれを順調と言って良いのかどうか疑問だ。
まあ、その他の仕事が増えているのは自業自得の面もあるのだが。
「それに巻き込まれてここにいるオレには良い迷惑だ」
横に居た式はそうぶっきらぼうに言う。
何故か柳洞寺に来て、何故か柳洞寺諜報部の特別顧問に就任しているとなれば、
そう言いたいのも分かる。
……分かるんだけど。
「あら? まだ反省が足りないのかしら? 何だったら豚にしてトンカツになるまでの
様子を見せてあげても良いのよ」
「やれるもんならやってみろ」
怪しく笑うメディアさんに対し、式はナイフを構え抵抗を見せる。
「ちょっと、式。ナイフは仕舞って。メディアさんも挑発しないで下さい」
メディアさんから見れば、僕と式は再三の注意、脅し、その他にも関わらず、相変わらず
いちゃくつ事をやめないカップルだろうし、僕や式から見れば理不尽なくらい些細な事で
いたぶる契約主となる。
特に式は色々あったとは言え、無給で働かされているのだから鬱憤が貯まっていても
不思議ではない。
「おいおい。幾らなんでもこんな夜中に騒ぐもんじゃねぇだろう。ほら、お子様は寝た寝た。
そこの若作り奥様と若夫婦も大人の時間なんだからさっさと寝ちまえ。
警備くらい、オレ一人でやってやるさ」
「誰が若作り奥様よ!」
その発言によりメディアさんの怒りの矛先は式からランサーさんへ移る。
湯上りで髪をアップにした姿であるがいつもの杖とローブ姿のメディアさんは、いつでも
詠唱を行ってランサーさんに攻撃できるよう構えているが、一方のランサーさんは
アロハシャツに煙管を咥えた格好で、まったく戦う気がないのが見て分かる。
威嚇するメディアさんを咥え煙管で笑っている辺り、実に大物だ。
「ふーん。良い煙管だな」
「楓ちゃんがプレゼントしたんだって。ランサーさんは伊達男だから、あの喧嘩煙管は
よく似合っていると思うよ」
そう言えば、ペンギンにはマカロニペンギンというペンギンが居る。
何故マカロニかと言うと「目の上のオレンジ色の羽が、イタリアの最先端の流行を
取り入れたマカロニ(伊達男)のようだから」という理由で名付けられており、イタリアという
国は今も昔も……と思わせる話である。
アイルランドの英雄がマカロニで伊達男というのも無茶な連想であるのだけれども、
青い髪でいかにも異人という姿のランサーさんが、アロハシャツを着て、白銅製の煙管を
吹かしていれば、その無茶も通るような気がしないだろうか。
うん、やっぱり無理があるよなぁ。
とりあえず、今日はランサーさんのお言葉に甘えて寝させてもらう事にしよう。
【選択肢】翌日の黒桐の行動を決めてください
α:一日部屋に篭り、書類仕事をする
β:一日、諜報部の部員と行動を共にする
γ:釣竿をもって港に行き、一日釣りを行う
266 :黒桐幹也の結婚 ◆mGFGwAwBPU:2009/04/21(火) 18:27:19 ID:csrKZsHo0
さて、翌日。朝起きた僕は洗面所で顔を洗い、髪の毛をざっと整えると手水のところで
水を一杯飲み、そのまま大広間に向った。
大広間は現在の時刻は諜報部の食堂として開放されている。
第二種警戒態勢は部員たちに柳洞寺での生活を強いているが、唯一良い所は朝昼晩と三食の
食事はきちんとついてくる事である。
例えそれが、黒こげになったパンとぐちゃぐちゃになった目玉焼きモドキであっても、
きっちり食事が提供されているという事は貧乏生活を送る僕にとっては有難い事である。
まあ、他にもまず失敗しようがない野菜サラダやインスタントのコーヒー、パックの紅茶など
があり、それらが朝の慰めになっているのも事実だ。
「……いい加減、閣下も上達してくれないもんですかねぇ」
「『贅沢は素敵』だね」
朝食を食べながらため息をつく部長を横目で見ながら、僕は席に置かれたパンを手に取り、
台所に向う。そこで包丁を借りた後、黒こげ部分を包丁でそぎ落とし、何とか炭化していない
部分を露出させる。
まだ黒い部分は見えるのだが、これ以上そぎ落とすと本当に食べる部分が無くなってしまう。
諜報部の朝食はメディアさんが作る。
これはメディアさんから言い出した事で、諜報部としてはそれを飲むしか無かったのだが、
メディアさんは葛木氏に「美味しい朝食を食べてもらう」ために料理を行っており、当然の如く
失敗作が諜報部の朝食に並ぶ。
葛木氏が最近になってやや美味しい食事が出来ている背景には、諜報部のこんな犠牲があるのだ。
「顧問。早いうちに第二種警戒態勢を解除しないと、諜報部はもちませんよ」
「来週には解除してもらえるよう進言するよ」
席に戻った所を待ち構えていた部長の言葉に、僕はそう返す。
メディアさんは良い具合に出来た所で次に移り、後は霧島さんら早起きした女子部員が残りの分を
作るため(これは彼女らの自衛手段でもある)、諜報部の部員全員が毎回黒こげのパンと
ぐちゃぐちゃの目玉焼きモドキというわけではないが、大多数はこの食事となる。
式のように「こんな豚のエサが食えるか」という人は、自分でコンビニなりスーパーなりで
朝食を調達するのだが、これは当然自腹であり、何よりもメディアさんの冷たい目線に
晒される事になる。
式は平気だろうが、諜報部の部員たちはそれに耐えられないし、やはり団体行動の和を乱さない
方が良いだろうという心理が働くため、朝食を自分で調達する部員は少数で、段々と不満が貯まって
いそうな雰囲気だ。
それにしても、メディアさんは朝食に何時間かけているんだろうなぁ。この調子だと二、三時間は
かけていそうだけど。
「それで顧問。今日はどうする予定なんでしょうか?」
「今日は一日諜報部に居るつもりだよ」
インスタントのコーヒーを飲み、少し気分を落ち着かせてから僕は部長に答えた。
食事の時にもこんな仕事の話しか出来ないというのは、何とも情けない話だが、他に話す事が
あるわけでもないのが悲しい所である。
「分かりました。では、諜報部の部室でお待ちしています」
「うん」
部長はそう言うと食べ終わったお皿とコーヒーカップを持って席を立った。
どことなく挑発的に思えなくもないが、諜報部を背負っているのは自分だという自負のため、と
思いたい。
まあ、彼と比べて二つか三つくらい上の人間が偉そうに指図するんだから、気持ちは分かる
んだけどね。
【選択肢】午前中の内容を決めてください
α:体力づくり
β:掃除
γ:座学
342 :黒桐幹也の結婚 ◆mGFGwAwBPU:2009/04/23(木) 17:41:14 ID:2Pyi3vZI0
瓶倉密溜の災難
ある意味、この少女は魔的だった。
少女の前では、誰もがこの少女の将来を楽しみにしながら、永遠にこのままであり続けて欲しいと
願うに違いない――――――
「――――というのはどうだろう? 君の小悪魔っぷりを隠しながらもさりげなく表していると
思うんだが」
「即興にしては良い出来ですね。でも最後のは余計かな。聞く人によってはミツルさんの性癖を
疑っちゃうわ」
屈託の無い、心から会話を楽しむような少女の笑顔。
「でもまあ、褒めてくれたんだからミツルさんにはちゃんとご褒美を上げないと」
そう言うと少女は、その屈託の無い笑顔のままで私の側に近づき、そっと背伸びをする。
「何の真似かね、マナお嬢様」
「もう、ミツルさんてば鈍いんだから」
そう言うと少女は、その屈託の無い笑顔のままで――私の腹を力一杯殴りつける。
その位置が胃であるのか腸であるのか、それとも肝臓なのかというのはさして重要な事ではない。
重要なのは、10歳にも関わらず両親――主に母親だろうが――の血を濃厚に受け継いだマナ嬢の
一撃は私をかがませるのに十分であった事。
そして、少女はかがんだ私の頬に手を当て、再びそっと背伸びをして私の唇に彼女の唇を
触れさせた事だろう。
「ふふ。ごちそうさま、と言うべきかしら」
彼女はぱっと後ろに小さく飛んで逃げると、ぺろりと下唇を舐める。
「……まったく。信じられん。だいたい君はパパが一番好きではなかったのかね」
「ええ、もちろんパパが一番よ。でも、母さまを倒すにはまだまだレベルが足りないのよね。
それに、最初はちゃんとパパにあげたんだから、二番目はミツルさんに上げないとミツルさんが
かわいそうじゃない。20代も半ばというのに日がな一日こんな部屋にいて、売れない本を書いて、
彼女の一人も居ないさびしい日々を送っているんだから」
「大きなお世話だ」
痛む腹をさすりながら私はそう返す。
そもそも、雑誌社のパーティーに潜り込んではコバンザメの如く私に付きまとい、そこにいる
女性を片っ端から値踏みし、大顰蹙を買う原因になったのはこの少女のせいであった。
確かにあまり売れていない絵本作家に近づくような勘違い女を撃退してくれた事には感謝するが、
やれドレスのセンスがないとか、やれブローチに品が無いとか、そういうのをこれみよがしに言い、
しかも少女の方がドレスも装飾品も品があったのが災いした。
始めは引きつりながらも笑っていた女性達が、仕舞いには殴りかからんばかりになったのは全て
少女のせいである。
「で、今日は一体何のようなのかね」
「え? パパと母様がまた朝っぱらからいちゃついていたから、習い事を抜け出してきたんだけど」
少女は当たり前のように平然と言う。
「……信じられん。ここに無断で来るなとも言ったし、塾を抜け出して来るのは迷惑を通り越して
殺人レベルだとも言ったはずだ。薄々は感づいていたが、そんなに私を殺したいのか。マナお嬢様は?」
「え? やだ。そんな勿体ないこと、とてもできないわ」
さも心外だと言わんばかりに口を尖らす少女を見て、ようやく私は心を落ち着かせる事ができた。
水に濡れたような長い黒髪と、それに合わせたかのような今時まったく流行らない高級志向の黒い
ブラウス。スカートはやはり黒だがはっきり言うと短めで、黒いニーソックスで所謂絶対領域を
確保している。
この黒一辺倒の姿は少女の趣味であるが、そうであるが故に小悪魔的を通り越して悪魔のように
思える事がある。それが、その少女の子供らしい姿により、ようやく本来の小悪魔的な姿に戻った
のだから、喜ぶべきである。
だと言うのに――
「それにしてもミツルさん。ちょっと弱くないかしら? 私に殴られたくらいで、そんなに大げさに
痛がらなくても良いと思うわ」
また怪しげな笑みを浮かべ、私に近づかないで欲しい。
細く可愛らしい小さな指で私の腹をまさぐらないで欲しい。
屈託の無い笑顔を浮かべた後、そっと目を閉じないで欲しい。
そこで背伸びをするな、口を尖らせるな!
「ふふ。ごちそうさま」
そう言って少女は、屈託の無い笑顔を浮かべる。
考えてみれば、小悪魔だろうが悪魔だろうが、人が神や天使と見分けるには難易度が高すぎる。
そう自分に言い訳し、閻魔のごときビックボスへの言い訳を私は用意し始めた。
【選択肢】体力づくりと座学が各2票で止まってしまった+朝食から部室までの間に入るネタが
思いつかなかったので書いてみました。マナ×幹也派の人、ごめんね。
α:体力づくり
γ:座学
637 :黒桐幹也の結婚 ◆mGFGwAwBPU:2009/04/29(水) 19:44:09 ID:oa6k2qVw0
「それにしても、きっちり体を動かすと翌日に堪えるね」
腕を振り、腰を回しながら僕は式に言った。
昨日の体力づくりで普段動かしていない筋肉を使ったためか、太ももは油の切れた機械のように
ぎしぎしと音を立てているような状態で、どうもワンテンポずれる気がする。
「普段鍛えてないからだ」
「まあ、その通りなんだけど」
一方の彼女はまったくもって普通の状態。やはり鍛え方が違うのだろう。
午前9時。部室に皆が集まったのを確認した後、僕は今日の午前中は体力づくりを行う、と伝え、
昨日と同じく皆を山門に集めた。
やる事は昨日と同じく、念入りに柔軟体操、屈伸運動をした後、ひたすら山門の石段を上り下りする。
始めはゆっくり上って下りてを繰り返し、次第にペースを上げていく。
「はい。イチニッサンシー、ゴーロクシチハチ」
「ニイニッサンッシー、ゴーロクシチハチ」
ノリは体育会系。石段を飛ばさないように一段一段駆け上がる様は、まあ変わった光景に見えるだろう。
しかし、基本の運動や体作りとしてはこれが効果的なのである。一段飛ばし、二段飛ばしで駆け上がるのは
確かになお効果的ではあるのだが、その分、危険も大きいため今は禁止している。
何日かこの運動を繰り返し、慣れてきたのなら勢いよく上ってもらおうとは思っているのだが。
「しかし、顧問。上る時は駆け足なのに、下りる時は普通に歩くのは何故ですか?」
「下りる時も駆け足にしたい所なんだけど、転げ落ちたら大惨事間違いなしだからね。安全重視だよ」
部長の言葉に僕はそう答える。
柳洞寺の山門前の石階は特に滑りやすいわけではないが、手すりも無い事だし、勢いよく駆け下りて
大丈夫だと言うのはかなり無理がある。
男女平等と言いながらもレディーファーストが徹底している欧米では、階段を上る時は女性が先で、
下りる時は男性が先だそうだ。
レディー”ファースト”と言いながらも、下りる時に男性が先なのは「女性が階段から落ちた時に、
男性は受け止めないといけないから」との事。上る時に女性が先なのも同じ理由だが、上る時は
ともかく、下りる時は男性がクッションになって女性を守れという思想じゃないのか? と
思いたくなる。
人は背中に目がついていない生き物だし、とっさに振り向いた所で不意打ちに近い形で
落ちてくる女性を受け止める事ができるとは思わない。さらに言うと、欧州の婦人の体格は
わりと……である。下町の肝っ玉母さんを思わせる人も結構多い。
それはともかく、駆け上がる時でも足を踏み外す可能性はあるので安全のために女子部員を先に
上がらせ、下りる時に駆け下りるのは危険であるため駆け下りるのは禁止とし、踏み外す可能性が
低いため下りる時は特に順番を指定しない、という事にしている。
ただ、女子が先に上るという事は
「ちょっと、男子! 後ろからいやらしい視線で見ないでよ!」
「けっ、自意識過剰が! お前のデカ尻なんかに興味はないわ!」
まあ、そういうわけである。
諜報部の部員は男女共にはジャージ姿なのだが、石段を先に駆け上がる女子の後ろ姿、もっと
はっきり言ってしまえば女子のお尻のラインが目に付くのは、仕方の無い所だと言える。
駆け上がる際はどうしても前かがみになるからお尻が強調される形になるし、石段の上段に
女子部員がいるのだから、普通にまっすぐ見るかちょっと上に目線をずらせば見えるわけだし。
あっ、さらに挑発する男子に霧島さんの蹴りが飛んだ。やっぱり、今の時代は女性の方が強いねぇ。
「コクトー」
「大丈夫。僕は式しか興味ないから」
「…………」
ちなみに今日の式の格好は薄青色の着物にブーツという姿である。
これは勿論、式の私服なんだけど、メディアさんのコスプレ趣味のせいとは言え、多種多様な
格好をする式に対し、柳洞寺に居る時は学生服かジャージという女子部員から不満が出ないのか
心配な所である。
そういう面でもそろそろ第二種警戒態勢を解除すべき時期にきているのかもしれない。
ちなみに、僕が横目でちらちらと式を見ているのは……健全な男子のあるべき姿という事で
黙認して頂きたい。
式は秋や冬は赤いジャンパーを着るのだが、春夏は普通に着物姿の時が多く、特に夏は暑いためか
薄手の着物、和装になるのである。
いつも涼しい顔をしている式だが、時々ふっと息を吐く時があって、その時に少し胸元を緩める
時がある。詳しくは知らないんだけど、どうも式はサラシで無理に胸を抑えているようで、やっぱり
苦しいんだろう。動くと特に暑くなるし。
しかし、不思議なんだよね。
男の汗は殺人兵器かと思うくらい強烈なものなのなんだけど、女の子の汗は別の意味で男を
殺すんじゃないのかと思うくらい官能的な殺人兵器になりうるものである。
勿論、女の子は「汗臭い」と思われるのは嫌だから、消臭スプレーを使ったり汗止め製品を
使ったりするわけだが……ってなんか話がずれてきているな。
とまあ、そういう健全な思想と不健全な思考が入り混じっているのが今の僕である。
メディアさんは四六時中僕が式とイチャイチャしているように思っているみたいだけど、僕に
言わせればメディアさんの方が四六時中イチャイチャしていると思う。
仮にそれを指摘すれば「私たちは夫婦だから良いんです!」という返答が帰ってくるだろうが、
それを言うならば僕たちだって将来を誓い合った恋人同士であって……って、あれ? そう言えば、
その辺りが曖昧なままのような。
「……まあ、良い。とりあえず、あの馬鹿騒ぎを止めさせろ」
「え? あ、そうだね。
ほらほら、そこの男子。早く訓練に戻った戻った。霧島さんもその辺にしておかないと、過剰防衛に
なるよ。負傷させると後が大変なんだから」
その辺どころか蹴りを飛ばした時点で過剰防衛なのだが、女子部員を敵に回すのは得策ではないので、
そういう事にしておく。
しかし、石段を使っての体力づくりは男女一緒にやるのは問題がありそうだ。
だが、普通に歩かせるより階段を使ったほうがトレーニングとしては効果的という話だし、何よりも
柳洞寺からほとんど離れていないのが良い。柳洞寺で何か緊急事態が起きればすぐさま戻れるし、
効率の良いトレーニングを考えると山門前での体力づくりは意味があるので悩ましい。
男女別にやるとなると式に女子部員の指揮をやってもらうのが良いのだが、それではメディアさんが
命じた「僕と諜報部の警護」という式の任務から外れる事になる。
霧島さんに女子部員を完全に任せても良いんだけど、それはそれで僕の任務を放棄したみたいで
中々難しい所である。
「やっぱり、男子に上りも下りも先行させる方が良いのかなぁ」
「ま、焦らずやるしかないだろ」
「そうだね」
男女混合チームというのはこういう面でも難しいものなのだなぁ、と思いながら僕たちは訓練に
勤しんだのである。
【選択肢】午後の内容を決めてください
α:座学
β:掃除
γ:式といちゃいちゃできる内容にする
γの場合、投票の下一桁の合計が3の倍数の場合はメディアさんの怒りが爆発します。
897 :黒桐幹也の結婚 ◆mGFGwAwBPU:2009/05/03(日) 04:18:04 ID:/k9i2pZ.0
さて、昨日と同じくお昼を食べた後は午後が始まる。
「何だ。昼飯の話は無しか」
「今日のお昼は霧島さんたちが作ったサンドイッチとコーヒーだったね」
「はい、簡単でかつ美味しいサンドイッチを頑張って作りました」
そう言って霧島さんは両拳を握り締め、頑張りましたとアピールする。
サンドイッチは凝ろうと思えばどこまでも凝れる反面、手を抜こうと思えばどこまでも手を
抜ける料理である。従って「あまり手間をかけないで結構美味しい」という落とし所を霧島さんは
狙って作ったとの事である。
「コーヒーはインスタントだったがな」
「式。そういう言い方はないよ」
伽藍の堂でさえコーヒーはドリップだから式の言いたい事は分かるんだけど、お湯を沸かしておけば
機械を用いずに短時間で大量に提供できるインスタントコーヒーの利点は否定されるものではない
と思う。
例えるなら、ラーメンに対するカップラーメンの利点というか。いや、これはちょっと違うか。
「あはは。そこは勘弁を。でも、サンドイッチは結構上手く出来たと思うんです。サンドイッチって
その気になればサンドイッチだけでコース料理もやれると思うんですよ。
中身を替えるだけで、オードブルからデザートまで出来ると思うんです」
「スープはどうする? ゼラチンで固化させて挟むのか?」
「スープは流石に例外でお願いします!」
昔懐かしいミスター味っ子ではオムレツのフルコースの話が出ていたけど、あれも前菜、
メイン、デザートだったからなぁ。
とは言え、そういう料理に興味津々の式を見て、やっぱり式も可愛い女の子なんだな、と
実感するわけである。
「あ、良かったら今日のお昼の簡単サンドイッチの作り方をお話しますよ?」
「まあ、その話は後でね」
とまあ、そんな話があった後の午後イチ。
「顧問、ここは相当暑いですよ」
「黒桐さん。この暑い中で本当に座学をやるんですか?」
部長と霧島さんはそろって再考を促すが、
「うん。まあ、今週末にクーラーが設置されて、来週からは涼しい状態で受ける事が出来るから、
今日は我慢して暑い中で座学を受けてください」
と僕は二人の意見を退けた。
夏の強い日差しを受けた諜報部の部室は毎度毎度の事ながら暑い事この上ない。
今日はここでお昼を取ったので、以前のように熱が篭って室温が40℃近くに……という事には
なっていないものの、じりじりとオーブンで蒸し焼きにされるような暑さを感じながらの座学に
なる事は避けられないだろう。
この暑さに部長や霧島さんを始め、多くの部員が怯んでいるのも分かる。
けれども、何事においても常に最良の条件で望めるわけではないので、たまにはこんな日が
あっても良いと思うのだ。
まあ、効率と言う面からは決して良くないと思うけれども。
「さて、先ほども言ったように今週末にクーラーが設置されます。という事は、業者が来ると
いう事です。そして、業者が来るという事は……霧島さん」
「え? えーと、クーラーが設置されるという事ですよね?」
「うん。クーラーを設置するために業者が来る。
業者が来る、クーラーが設置される、どこに設置される? 勿論、諜報部の部室に。
つまり、この部屋に設置されるわけだ」
机をとんとんと指で叩こうかと思ったが、いらぬ誤解を招くかもと思い、クーラーを設置する
予定の場所まで移動し、そこの壁をコンコンと軽く叩いた。
当初から設置費用は出せないから諜報部で――もっと言えば、僕の手によって設置するように、
と言われていたクーラーだが、この部室にはクーラー用の配管もコンセントの差込口も無かった事が
判明している。
従って、単にクーラーが届くだけではなく、それらを終わらせないと(もっと言うと、僕がそれを
やらないと)クーラーは使えないんだけど、まあ、それは部員たちには関係ない事だ。
「この部屋で大きな事をやるから、整理整頓をしておかないと書類や物が行方不明になる可能性が
ある、という事でしょうか?」
「うん、それもあるんだけどね」
部長の発言を僕は一応肯定する。
「ま、長々と引っ張っても意味が無いか。簡単に言うと、守秘義務と機密保持の関係だよ」
「外部の業者が入ってくるから、重要書類はきっちり保管場所に保管した上でキャビネットには
鍵をかけるという話ですか?」
「やる事は確かにそうだよ。けれども、どうせだから守秘義務と機密保持について説明しておこうと
思ってね」
教卓の前に戻り、僕は簡単な説明を始める。
「守秘義務。読んで字の如く『秘密を守る義務』の事。つまり、これは秘密を知った上で
それを他人に漏らさない、そういう義務を負う事を言う。
一方の機密保持。これも読んで字の如く『機密を保持する』事だ。まあ、保持しなければ
ならない機密情報、外部に漏れてはいけない重要な情報という所かな」
そこで一旦区切り、目の前の部員たちの顔を軽く見回す。まだ始まったばかりという事もあり、
一応皆ちゃんと聞いているようだ。
「今回のクーラーの件で説明すると、この部屋に入る業者と柳洞寺は守秘義務契約を結ぶ。
理由はスパイ行為を避けるためと、スパイ行為をやられた際に損害賠償請求を行うため、だね。
まあ、形式的なもので、どちらかと言えば『ここで知った事を他人に話してはいけませんよ』と
強く意識してもらう事の方が先にあるんだけど」
実際、部室に入って知りえる事など多寡が知れている。しかし、時にはその多寡が知れている事から
重要な情報を導き出すかもしれず、そういう風に意識してもらう事で情報が漏れる事を防いでいる
わけである。
「そして、業者が入ってくると知っているのだから、僕らは万が一にも他人に重要な情報を
知られないよう、重要な情報を片っ端から隠す。業者に触れる情報を無くすか、あっても軽度なものに
してしまう。これが『機密保持』という事になる」
これは重要な話だから他人に話すなよ、とは言うものの人の間口に扉は立てられない。
ならば、そもそも重要な情報に触れられないようにしてしまおうという話である。
「では、もう一歩進めて考えてみよう。
守秘義務ってのは、さっきも言ったけど秘密を知った上でそれを他人に漏らさない。そういう義務を
負うことを言う。
当然、義務だから違反した場合には制裁、早い話が罰則だね。これをを受ける事になる。例えば、
僕も外部顧問就任にあたって柳洞寺と守秘義務を含めた契約を結んでいるんだけど、業務を通じて
得た情報を柳洞寺の許可無く第三者に漏らした場合、解雇する権利、損害賠償を請求する権利がある」
ここで僕は一旦区切り、再び全員の顔を見渡す。うん、皆ちゃんと聞いている。これなら大丈夫だろう。
「じゃ、逆に言うと、解雇されたり、損害賠償を請求されても構わないと思ったら、情報を柳洞寺の
許可なく流せてしまうという事だよね?」
「顧問!」
「大丈夫。あくまでも例え話だよ」
血相を変える部長に対し、僕はあくまで例え話である事を強調する。
「通常、機密情報に触れる事が出来る人たちは高い地位にあり、高い給料をもらっているけど、
そうであるが故に裏切るには高いリスクが伴う。失うものが多く、それが得るもの――例えば、
敵対組織から提示された現金であったり、新しい地位だったり――と釣り合わないケースが多い。
それに加え『裏切り者』という汚名が一生付いて回る。それも失うものとすれば、やっぱり
釣り合わないというのが大きいよね」
「裏切らないというか、違反しないのは当たり前ではないんでしょうか?」
「まあ、当たり前と言えば当たり前なんだけど、どんな事があっても組織に忠誠を誓うというのは
やっぱり無理があると思うよ。例えば給料を出さないとか、会社のお金を自分の趣味に
使ってしまうとか、従業員から金を借りてそのままにしているとか」
言っていて段々空しくなってくるが、何で僕は伽藍の堂にいるのかなぁ。
まともに給料をもらっていない、あまつさえ電気代とかを立て替えてそれを半ば強引に踏み倒された
というのに。
それでもなお伽藍の堂にいるのは、あの空間がとても居心地が良いからだろうけど。
「この守秘義務は僕だけじゃなく、君たちにもある。ここで知りえた情報、これが敵対組織に流れれば
大変な事になる。君たちは諜報部の部員としてかなり機密性の高い情報に触れる事ができるんだけど、
高い給料をもらっているわけでも高い地位にあるわけでもない。さっきの得る物と失う物の関係でいくと、
重要な情報になればなるほど相手はかなりの好条件を提示してくるだろうけど、失う物は信頼、
信用くらいだ。
僕は君たちを信じている。メディアさんも葛木氏も零観さんも一成君も、またここに居る皆が皆、
誰一人裏切って故意に情報を敵対組織に流す事は無いと信じていると思っている。
けれども、信頼や信用ってのは目に見えないもので、失うまで価値の分からない物だ。敵対組織が
提示してくる条件は目に見える物で、時には誘惑にかられる事もあると思う。人間だから、それ自体は
恥じる事じゃない。
もし、誘惑にかられ、気がついたら敵対組織の罠にどっぷりつかってしまっていた場合、悩む事なく
すぐに僕やメディアさん、言い難かったら零観さんに相談して欲しい。敵対組織に家族を人質に取られて
脅迫されたとか、借金を抱えてしまってそれをネタに強請られているとか、そういうのも含めて、
即座に相談して欲しい。
僕も、メディアさんたちも君たちを見捨てる事はない」
言っていて、何だか演技をしているみたいで自分が嫌になる。
案の定、式はいかにも胡散臭さい話を聞いたという軽蔑に近い表情を浮かべて、僕を見ている。
諜報部の部員たちは機密性の高い情報に触れる機会が多く、にも関わらず待遇はあまり良くない。
だが、そこを柳洞寺という組織に対する忠誠心で乗り切って欲しい。
端的に言い表せば、そういう話になる。
それを信頼とか信用という言葉で上手い具合に誤魔化して表現しているだけなのだ。
ただ、お金や地位が全てではないと思うし、部員たちは何だかんだと言いながら、メディアさんと
葛木氏の生活を暖かく見守っている。「葛木夫妻の幸せを見るために柳洞寺諜報部は存在する!」くらいの
ノリと勢いがこの組織にはあり、それをやりがいと考えれば立派にやりがいがある仕事場だと思う。
実際、ここは居心地が良い。伽藍の堂と柳洞寺が本格的に敵対したのなら、僕がどちらに付くべきか
悩むくらい。
「とりあえず、守秘義務と機密保持についてはそんな所で。また機会があれば、もっと細かい話を
しようと思う。
そして、そういうわけだから、土曜日までに各自書類は整理し、重要書類はキャビネットに
入れておく事。あと、貴重品をこの部屋に置いておくのも駄目だよ。無くなっても責任とれないから」
そう締めくくり、午後の講義を終えたのである。
【選択肢】次のお話を選んでください。
α:霧島さんのサンドイッチ講座
β:黒桐君のクーラー設置は大変だ
最終更新:2009年05月04日 15:18