754 :うたかたのユメ ◆6l0Hq6/z.w:2009/04/12(日) 23:50:00 ID:fceqkuvg0
時刻は午前八時半。舞い散る桜を見上げるように坂道を登る。
温暖な冬木における桜の開花は早く、散るのもまた早い。
「まあ風情もあるし、見ごたえもあるのはいいんだが……」
この道路を誰が掃除するのかしらん、と憂鬱な気分になる。
いや好きこのんで手伝ってるのだから文句を言えた義理ではないのだが、もうちょっと手加減してもらえたら助かると思う今日この頃。
さすがに掃き掃除をしながらこの坂を上ったり下ったりするのは、年に一回ぐらいにしたかった。
「……一応昨日掃除したんだよな」
兎にも角にも一昨日の雨が悪い。そして一面濡れた花弁で覆われた道路でスピードを出したドライバーが悪い。
入学式の前々日に起きた交通事故に慌てた学校に呼び出されなければ、とある女性教諭が連れてきたお兄さんたちと仲良く腰を痛めることもなかったのだが……。
「なんか溜め息ばかり吐いてるな、俺」
いかんいかんと頭を振る。
公私の区別に厳しくが、俺こと
言峰士郎のモットーである。
桜の相手に疲れたからって、それを理由に学校の連中に負担をかけてはいけないのである。
一度大きく息を吸った俺は気を取り直して坂道を駆け上がった。
「さて、これからどうするかな」
そうして母校である穂群原学園の校門前で腕組みした俺はこれからの事を考える。
八時半を少し過ぎたばかりの校庭には誰もいないが、別に不思議でも何でもない。
今日、この学校は新入生の入学式がある……というか、それしかない。
だと言うのに十時過ぎから始まり十一時半に終わる式のために早出する人間は、校長以下学校関係者と、実行委員である生徒会の人間くらいのものだ。
「ならなんでこんな早く出てきたんだ、俺」
……何か理由がある筈だが思い出せない。
別に桜の相手をするのが嫌で早出したんじゃないよな……?
「早く出てきちまったものは仕方ない、弓道場に行こう。あそこなら座るところもあるし茶も飲めるしな」
まあ鍵くらいかかってるかも知れないが、それぐらい何とかなる。
そうして暇を持て余した俺は無人の弓道部にお邪魔したのだが────
「……なんでさ」
なんか、道場前に虎が立っていた。
「────────」
言葉がない。
なんでしょんぼりと肩を落としているのか。
なんであんなに負け犬ならぬ負け虎っぽさを感じずにはいられない涙目で立ちつくしているのか。
それもすごい暇そうに。
目尻に涙を滲ませて、誰か遊んでよう、遊んでくれなきゃお姉ちゃん寂しくて死んじゃう、という構ってちゃんの如き気迫。
というか鍵を失くしては中に入れないのか。そうでなくちゃ説明つかないぞ実際。
「えーと……なにかお困りですか藤村先生?」
「あ、言峰くん! ひどいのよう、間桐さんに追い出されちゃったの!!」
観念して話しかけたところ、返ってきたのがこの答えなのだから呆れるしかない。
「……間桐に追い出されたって、なんかアイツの気に障るコトでもしたんですか?」
「してない……と思うし、別に出て行けって言われたんじゃないんだけど……なんていうのかな、出て行けオーラみたいなものに追い出されちゃったの」
そして『よよよ』と泣き崩れる藤村大河英語教諭25歳。
……だが大体の事情は判った。
この中には間桐がいる。
よりにもよって『あの』間桐がいるのだ。
「ねね、みんなひどいでしょ? 切嗣さんの娘さんには露骨に疲れた溜め息をつかれて『もう学校に行ったらタイガ?』って言われるし、間桐さんには露骨に迷惑そうな目で見られるし……うわーん、お姉ちゃんの居場所をあくまっ娘に奪われてたまるかー!」
「あー、とりあえず先生……」
そうして威勢のいい台詞のわりにはガタガタ震える姿がなんとも哀れな名物教師を見ていられなくなった俺は、損を承知で桜に匹敵する貧乏クジに指をかけることにしたのだった。
「……間桐には俺から言っておくんで、先生は職員室かどこかで休んでいてください」
「え、ホント?」
「まあアイツの相手は慣れてるんで」
「助かるわー、やっぱり言峰くんっていい人だねー!」
美綴さんによろしくねーと、さっきとはうって変わって満面の笑顔で退場する虎を尻目に考える。
……さて。
あの場はああ言ったが、はたして本当にこの中に入っていいものなのだろうか……?
繰り返すがこの中には間桐がいるのだ。
よりにもよって『あの』間桐がいるのだ。
そして間桐が弓道部にいる理由も想像がつく。
……アイツはたぶんとんでもなく機嫌が悪い。
それを承知でこの中に入るのならそれなりの覚悟がいる。
さすがに付き合いの長い俺の話をまったく聞いてくれないという事はないと思うが───────
最終更新:2009年07月23日 00:39