776 :うたかたのユメ ◆6l0Hq6/z.w:2009/04/18(土) 15:53:55 ID:t.rMVVaU0
「……慎二。誰なの、その子?」
出会いは、最悪だった。
アイツに誘われてお邪魔した間桐邸で、階段の上から腕組みして見下してくる少女。
「ああ、コイツは言峰。僕が付いていてやらないと駄目なヤツだから、仕方なく友達になってやったんだ」
薄暗い家の中に差し込む夕日が彼女を赤く染め上げていて。
自然とウェーブがかかった青い髪を真っ直ぐに伸ばした赤い少女は、なぜか。
「いいけど……あまりこの家にワケの分からないヤツを連れ込まないでよね」
なぜか蔑むように───なぜか羨むように見つめてきた。
「慎二……あの子は?」
赤い少女が立ち去った廊下で訊ねる。
「ふん、悪かったな。いきなりあんなで驚いただろ?」
「いや、それはいいけど」
「アイツは凛。まあ一応だけど僕の妹になるのかな」
「……おまえに妹がいたなんて初耳だぞ」
「なんだよ藪から棒に。そんなのいちいち教えることじゃないだろ?」
慎二もあの子が苦手なのか不貞腐れたように吐き捨てる。
「それに血は繋がっちゃいない。……親父が物好きなヤツでね。どこかの家から追い出されたアイツを物好きにも拾ってきたんだよ」
「あの子が自分の家を追い出されただって……?」
「……ああ。もとはこの街で一番古い家の娘だったらしいんだけどさ……アイツはいつもあんなだから父親に嫌われたんじゃない?」
「それだけの理由で自分の娘を────」
「うるさいな。言峰には分からないだろうけど、古い家には色々あるんだよ。……家風とか格式とかさ」
「────────」
「まぁあんなヤツどうでもいいじゃないか。ほら、僕の部屋に行こうぜ。今日は言峰にはもったいないほど贅沢な遊びってヤツを教えてやるよ」
……当時は自分が何に怒っているのかよく分からなかったが、今でも一つだけ覚えていることがある。
「なにアンタ?」
適当な口実をつけて外に出ると、やはりその子は薄暗い居間で明かりも点けずにたたずんでいた。
「そんなにジロジロ見られると迷惑なんだけど……あ、トイレならそっちよ」
理由は分からないし、それが正しかったかどうかも判別がつかない。
「あー……実は慎二が」
「慎二が、なに?」
「いや、その……実は慎二がこのゲームは一人でやるより大勢でやった方が面白いって言ってさ」
「ああ、だからアンタを連れてきたんだ」
「ああ、だから……」
それでも彼女を独りにしておいたらいけないと思ったのだ。
「……だから君もどうかなって」
「はあ!?」
素っ頓狂な声をあげて、初めて人間らしい表情を浮かべた少女。
自分の家を追い出されて────貰われたこの家でも腫物のように扱われている彼女を放ってはおけない。
「よし、やっぱりそうしよう。一人でやるより二人でやった方が面白いんだったら、二人より三人でやった方が面白いよな」
「ちょ、ちょっと待ってよ! なんだってわたしがアンタたちと遊んでやらなきゃいけないわけ!?」
びっくりと驚いて途方に暮れる女の子の手を無造作に掴む。
「こら、いきなり人の手を掴んで何しようってのよアンタは、っていうかいきなり引っ張るヤツがあるかぁ────!!」
今となっては他にやりようはなかったのかと赤面するその手を、しかし、彼女が振り払うことはなかった。
「……なんだよ。帰りが遅いと思ったらわざわざそんなヤツを連れてきたのかよ」
「慎二が言ったんだぞ。出来ればもう一人いれば最高なんだけどなって」
「いいさ、連れてきちまったもんは仕方ない。……入れよ凛。今日は特別に僕の部屋に入れてやるよ」
「……思いっきり迷惑なんだけど」
そして慎二も彼女を拒むことはなかった。
それが彼女、間桐凛との出会いだった。
そうして月日は流れ、ぎこちなかった兄妹の仲から険悪なものが消えていったある日。
雨の日に傘も差さずに立ちつくしていたアイツを見つけた俺は────
「っ……」
陽射しの眩しさが回想を打ち切る。
場所は射場内の更衣室から出たところ。
どうやら物思いにふけっていたのは一瞬だったらしい。
「……さて」
独りごちて片手を上げる。
日差しを遮って入口へと向かおうとした俺は────
「───は?」
なんか、とんでもないモノを目にしてしまった。
「……おかしいな。こうした方がよく聞こえるって何かの本に書いてあったのに、かえって聞こえなくなったじゃないか」
目の前には美綴がいる。
壁に押し付けたコップに耳を当てて、ブツブツと文句を言うとんでもなく怪しい美綴。
彼女は壁の向こうが気になるのか、目の前にいるのに視界から外れている俺に気付かない。
「……まいったね。せっかく間桐が自分を抱けとかそういう話をしているのが聞こえたのに……こんな小道具に頼るんじゃなかったよ」
「……………………」
むくむく邪念が湧いてくる。
無償の人助けを日課とする俺だったが、
言峰士郎はアイツの息子でもあるわけで。
この手の『ごちそう』には目がなかったりする。
「あー、美綴さん美綴さん」
パンパンと両手を叩いて話しかけると、彼女はよほど驚いたのか「ひゃう」という可愛らしい悲鳴を上げてこっちを見た。
「あ────」
そうして気がつく。
気づかないワケがない。
そして気づいてしまったら慌てざるを得ない。
何しろ目の前には不審極まりない自分をジト目で見る俺がいるんだから、まあ慌てるよな。
「や、やあ言峰! もう終わったのかい!?」
「終わったけど、何したんだよおまえは?」
「特になにもしてないぞ、なにも」
問い詰める俺にシラを切る美綴。
「いやなにもしてないってコトはないだろ?」
「うるさいね! あたしがなにもしてないって言ったらなにもしてないんだ!!」
そんな美綴の落着きをなくした瞳が『おかしなものは見ていなかっただろうな』と俺を睨む。
……なるほど。
相手はあらゆる武道に精通することが生き甲斐の美綴綾子である。大抵の場合はこれで乗り切れるだろうが……。
「おーい、出てこい間桐ー」
「ちょっ、言峰!?」
こやつの天敵がいるからこの場では通用すまい。
うむ、なんまいだぶなんまいだぶである。
「────なに、まだ居たのアンタ?」
更衣室から出てきた凛は気だるげに青い髪をかき上げ、おい言峰と美綴に腕を引っ張られる俺をつまらなさそうに一瞥して続けてくる。
「初めて知ったわ……仲良いのねアンタたち」
「いや、実は美綴がな────」
「いいからこっちに来いって!!」
そんな凛に事情を説明しようとするもずるずると引っ張られる。
「悪かった! 少し気になっただけなんだよ!!」
そうして物陰まで引っ張り込んだ俺に、狂乱の美綴綾子は必至の形相で謝ってきた。
「もう二度とあんなマネはしないから許してくれ! この通りだ!!」
……ううむ。
これは薬が効きすぎたと見るべきか。
「いいけど……なんだってあんなマネをしたんだよおまえは」
「……いや、なんかアイツが自分を抱けとか言ってたからさ。弱みを握れたら嬉しいかなって……」
はははと笑って語尾を濁す。
……まったく。
ライバルの足を引っ張るのはどうとは言わんが、少しは俺に迷惑をかけないネタに食いつけバカ。
「今回は多めに見るけど、次はないからな」
「ああ、おまえに迷惑かけるつもりはなかったんだ……本当に悪かったね言峰」
肩を怒らせて睨むと、如何にも反省しているという風に頭を下げる。
それでこの話は終わりだ。
「ねえ二人とも」
……終りだった筈なのに。
「そんな小声で内緒話してるところに悪いんだけど────わたしって耳だけはいいから筒抜けなのよね、全部」
その呆れたような声にビクリと全身を震わせる。
「……で。綾子が聞き耳を立てていたって事でいいのね?」
血の気が引くとはこの事か。
美綴の顔色は蒼白で、振り向いて確認した凛の表情もシャレにならない。
……凛は本気だ。
このままでは美綴だけではなく俺まで危ない。
これは俺と慎二しか知らないコトだが。
気難しく他人と慣れ合おうとしない間桐凛には、とんでもない悪癖があるのである。
凛の悪癖、それは────
「そう……それじゃ士郎に抱かれたコトも知られちゃったか」
「ええええ!? 言峰に抱かれた!!!?」
「ば、いい加減なコトを言うなこのバカ! 美綴もどうしてそう簡単に信じる!?」
……こういう風に人を真顔でからかう悪癖である。
「ちがう、ちがうぞ美綴! 俺は凛を抱いていない!!」
「凛って呼び捨てかよ!?」
「……士郎。服を着ていないわたしを抱きしめただけでなにもしなかったなんて、誰も信じやしないわ」
凛の表情は冗談を言っているようには見えないが、騙されてはいけない。
「こ、言峰が裸のおまえを抱きしめたって!?」
「ええ……もう二年前の話だからわたしが十四のときかな?」
「嘘をつくな! あの時おまえは下着をつけてただろう!!」
コイツは愉しんでる。
コイツは俺たちを弄んで愉しんでいるというのが俺と慎二の結論である。
「はん、騒がしいと思って来てみれば綾子と言峰かよ」
……と。
アイツがやってきたのはまさに泥沼の渦中だった。
「やあ、何を盛りあがっているのか僕にも教えろ……よ?」
親しげな言葉が途切れる。
……そうだろう。
アイツに気付いたコイツはアイツを見て。
アイツもまたコイツが居ることにようやく気づいたのだから。
「『────────』」
嵐の前の静けさを肌で感じる。
……さて。
俺はこれからどうしたらいいのであろうか……?
●現在凛ルート(他にも桜ルート慎二ルート?ルートなどがあり、凛ルートからの他ルートへの分岐もある)
*
遠坂桜好感度初期値より+1
*間桐凛好感度初期値より+2
*美綴綾子好感度初期値より+1
*タイガースタンプ一個獲得
最終更新:2009年07月23日 00:46