834 :うたかたのユメ ◆6l0Hq6/z.w:2009/05/03(日) 03:02:01 ID:AmqPjbTs0
入学式に参列した凛は、微睡むように目をつぶって退屈な時間をやり過ごしていた。
視覚を閉ざし、聴覚を意識から切り離すことで外界を遮断する。
それは関わらなければ傷つくこともないという自己防衛。
前の席に座っている士郎は気づいていなかったが、彼のすぐ後ろには凛がいたのだ。
辛そうに体を丸める士郎の姿が、凛に孤立を択ばせる。
つまり彼女は見ていられなかったのだ。
今朝の事は、彼女にとってそれほどまでの痛恨事だった。
間桐凛は他人と関わらない。正確には他者の世界と関わらない。
彼女にとって世界とは孤独に他ならない。
世界中の人間に嫌われているような絶望的な孤独だけが、彼女とっての世界というもの。
ならば関わらなければいい。
比較対象である他人さえいなければ異常も正常も意味を失う。それが彼女の結論。
……いや、結論だった。
凛は初めて触れた他者のぬくもりを心地いいと感じたことを忘れられなかった。
知らずにいれば望むこともなかったのに知ってしまった。
間桐凛に情熱はない。生きる目的もなければ死ぬ理由もない。
故に海面を漂うクラゲのように息苦しい生を続けてきた。
それなのに知ってしまった。
知ってしまったからこその欲望が生まれてしまった。
───それからだろう。
彼女がたとえ表層的な付き合いであっても他者と関わるようになったのは────
バタンという大きな音を無視する事に失敗する。
ざわめく喧騒の不快さに舌打ちして視線を向ける。
別に興味があったわけではないし、特に知りたいと思ったわけでもなかった。
それは脊髄反射に過ぎない無意識の行動。
だから驚いた。
彼女は意識せず視界に納めたモノを見て思考を焼きつかせた。
「…………」
一目で誰か判った。
今この瞬間まで記憶に残っていなかったくせに忘れていなかった。
肩で大きく息をする少女。
腰に届くほど長い黒髪。左の一房を結わく髪留めから目を離せない。
「…………」
息が詰まるような苦しさを覚えて胸を押さえる。
自分を苦しませる感情がいかなるものか凛には判らない。
それは義兄の慎二に覚えるように。
あるいは友人───といっていいものかどうか自信はないが───の士郎に覚えるようなソレに似て非なる感情。
凛は自らの感情に苦しみ混乱する。
懐かしいと思ったのか、それとも恨めしいと思ったのか。
彼女はその判別に失敗して苦しみながらも結論を求める。
懐かしいと思っていることは確かだ。
だが恨めしいと思っている気持がないとも言えない。
むろん桜を責めるのは筋違いだ。
全ては自分たちの父親が決めたことだ。
だけど美しく成長した妹に昏い感情も憶えてしまう。
……これだから関わりたくなかったのだ。
自らの感情に苦しみ混乱した凛は胸の中で吐き捨てる。
そんな凛をよそに、きょろきょろ周囲を見回した桜は大声で言った。
「ごめんなさい! わたしついうっかり居眠りして遅刻してしまいましたお兄ちゃん!!」
「はあ────?」
思わず声に出る。
桜の視線はわずかに自分から逸れている。
彼女は自分を『おにいちゃん』と呼んだわけではない。
だがそれなら一体誰をこの上なく親愛に満ちた呼び方で兄と呼んだのか。
桜が見ているのは自分の少し前だ。
……つまり士郎。
桜の視線と、それに釣られて集まった視線を一身に浴びているのは穂群原のお助けマン一号だった。
「…………」
だと言うのにソイツは実に白々しい口調で「アイツのお兄ちゃんって誰だ?」とほざきながら左を見た。
言峰士郎の左隣には一人の漢が座っていた。
威厳に満ちた太い眉は慈愛をたたえ、見事に刈り揃えられた髪型は古の聖者を連想させる。
体育館中の視線を一身に集めてなお動じず、まるで桜を安心させるように破顔したその漢は腕組みを解いてこう言った。
「そうかー、遅刻しちゃったかー! でも正直に謝ってくれて先生嬉しいぞー!!」
「────、は?」
思わぬリアクションに目を丸くしているのは凛だけではない。
前の日に見たドラマによってキャラが変わる脇役にしておくのはもったいない個性の持ち主がその漢、後藤くんのキャラだった。
彼の生態を知らない新入生や他のクラスの生徒が目を丸くするのも無理はない。
……だが桜は違った。
彼女は最初驚いたように目を丸くしたが、理想の教師を演じる後藤くんのキャラによって救われたのだろう。
わずかに目を潤ませた桜は、やがて両手を胸の前でグッと握ってこう続けてきた。
「ありがとうございます! わたしこのご恩は一生忘れません!!」
「そう言ってもらえると先生嬉しいなー! よし、二人で夕日に向かって走ってみようか!!」
「はいっ!!!!」
こうしてお兄ちゃんがどうたらという話はすっかり忘れられて。
後藤くんには葛木先生が無表情で。
桜には藤村先生が笑顔で。
それぞれかなりの剣呑さで体育館の外まで連行されたのだが。
凛はそれら全ての騒動を無視して士郎の背中を見つめていた。
「────」
つまり彼女は見逃さなかったのだ。
桜が誰を『おにいちゃん』と呼んだのかを。
「───そんな話は頭にくるぐらい聞いてない」
ふつふつとこみ上がる感情の判別に成功する。
これは怒りだ。
問わなかった自分への怒りと、話題にもしなかった彼への怒り。
「……ふむ。羽目を外した後藤も悪いが、さっきの女生徒にも困ったものだ……と、言峰どうした? なぜか今にも死にそうな顔をしているぞ?」
「いや、とりあえず大丈夫だ……と思うんだがどうだろうかな?」
「はあ? 自分の体の事を柳洞に訊いてどうするんだよ?」
「なんだ、いたのか慎二?」
「いたよ。暇だったから早めに来たからこんな中の方に座ってたけどさ……それよりどこかのあばずれと違ってさ、あの子結構かわいかったじゃんか」
呟き合う士郎と一成の会話に席ごと割り込む慎二も凛がいることに気付いていない。
「……いや、普通だったと思うんだけど……」
「はん、見る目がないね言峰は。おまえも見たろあの胸!? あのあばずれの断崖絶壁とは雲泥の差だね!!
それに少し足りないところもいいし……ふん、やっぱり女のクセに利口ぶった可愛げのないヤツは駄目だってコトさ」
「間桐……おまえが妹と争うのは勝手だが言峰を巻き込むのは止せ」
凛はもう遅いわねと言ってやりたかった。
自分たちの糸はもう四年前に───そして三年前にもつれ合い絡み合ったのだ。
今さらその糸を解すことは誰にも出来ないというのに、十年前から伸びてきた糸まで絡みつこうとしている。
関わるべきではないと理解していても納得できない。
言峰士郎への認識を改めた凛は────
●現在凛ルート(他にも桜ルート慎二ルート?ルートなどがあり、凛ルートからの他ルートへの分岐もある)
*
遠坂桜好感度初期値より+1
*間桐凛好感度初期値より+4
*間桐慎二好感度初期値より+1
*美綴綾子好感度初期値より+1
*柳洞一成好感度初期値
*タイガースタンプ二個獲得
最終更新:2009年07月23日 18:20