847 :うたかたのユメ ◆6l0Hq6/z.w:2009/05/05(火) 04:17:18 ID:tDbkFW2Q0


 ────それはもう、十年も昔の話だ。

 魔術師の家の当主である父親の手で、既に英才教育が始められていた長女が他家へ養子に出されるのは異例の事。
 そもそも代々の研究の成果である“魔術”を伝える後継者は一人。それがこの世界の常識である。
 師を殺して研究成果を奪おうとする弟子が後を絶たない魔術師の世界において、複数の後継候補を育てるなど非効率以前に災厄の素でしかない。
 故に魔術師の家で二子が生まれた場合、その子は魔術から隔離され一般人として育てられる。
 その習わしは、極東冬木の管理者である遠坂の家においても例外ではない。
 あまりに優れた素養をもって生まれた為に急逝を恐れて二女を儲けはしたが、細心の注意を払って育てた長女が無事成長した以上、自身を含めた血族の研究成果をどちらに継がせるかは明白。
 それが上の娘に魔術を教授するにあたっての遠坂時臣の結論だった。

 その結論が揺らいだのは、古くからの盟友である間桐から二子の内どちらかを養子として貰い受けたいと申し込まれた時だった。
 時臣は当初魔術師として常識的に考えて、二女の桜を養子にやることを決定した。
 だが時臣には不安もあった。
 時臣には選択の機会があった。
 生誕と同時に生まれた家を継ぐことを運命づけられた彼には、それでも選択の機会があったのだ。
 これは他ならぬ自分自身が選びとった道だという誇りが自分を支えた。
 だが、はたして間桐の娘となるまで魔術の存在を知らずに育てられた桜に、そんな誇りを手にする機会があるか───時臣の不安はその一点に集約される。
 実は魔術師の家系だった生家の都合で養子に出され、貰い受けられた他家の都合で魔術師にされるその道に、ただの一度も選択肢はあるまい。
 ならばその運命に立ち向かう気概も生まれる筈がない───遠坂時臣は魔術師としてではなく、桜の父親として思い悩んだ。

 ……凛が時臣の許を訪れたのはそんな時だった。
 一体何処で耳に挟んだのか、彼女は父親に妹を養子に出すのは止めてほしいと訴えた。
 娘の訴えに耳を傾ける時臣の脳裏に天啓が閃いたのもそんな時だった。
 時臣は凛におまえたち二人のどちらか一人を養子に出さなければならないという『都合』を辛抱強く言い聞かせた。
 その上で彼は選ぶ機会を与えたのだ。
 つまり”おまえが間桐の家に行くか、それともこの家に残るか選べ”、と。

 結論を言えば、凛は自らの意思で間桐の家に行くことを選んだ。
 その家で待ち受ける運命も知らず、ただ父親の期待に応えんが為だけに──────

 過去は色褪せ、未来は不鮮明。
 己に許されたのは他人事のような現在だけ。
 それが自分を育てた人たちの都合だったと、間桐凛は退屈そうに周囲を一瞥する。

 周りには新しいクラスメイトと談笑する生徒たちの姿。
 何が楽しいんだかと言葉にせず吐き捨てる。

 教室の一番後ろに陣取る凛と、それ以外の生徒との間には埋めがたい断絶がある。
 迂闊にも彼女に言い寄った三人の上級生の末路を思えば、誰だって好きこのんで話しかけようとは思うまい。
 この学校で彼女から話しかける相手は三人で、物好きにも話しかける人間は二人。
 そんな数少ない友人がこのクラスに配置されなかった時点で、凛の孤立は約束されていたも同然だった。

「あの、間桐さん?」

 ……だと言うのに新たな物好きが一人。
 おい、やめろよ由紀っちという制止の声に後ろ髪を引かれながらも話しかける少女。

「……なに?」

 不機嫌そうな返事とは裏腹に凛は困っていた。
 彼女は誰とも関わる気はなかった。
 だがその結論は傷つくことを恐れてのことではなく、傷つけることを恐れてのこと。
 四年前まで傷つくことを恐れての結論だったが、三年前のあの日から傷つけることを恐れての結論に変わった。

「あの……えーと、その……」

 だから凛は困っていた。
 目の前には如何にも善良そうな女の子が一人。
 彼女はおずおずと遠慮がちに話しかけてくる。

「実はわたしたち陸上部の人間で、その……これから新入生の勧誘とか色々あって、結構遅くまで学校に残ってるからお弁当を作ってきたんですけど……」
「…………」
「ちょっと多めに作りすぎちゃって……もし良かったら間桐さんもどうかなって」

 ……さてどうするか、と凛は返答に困る。
 結論は出ている。
 ジロリと横目で確認した少女の連れ───日焼けした少女は追い詰められた小動物みたいな顔をしていて。
 もう一人の眼鏡っ娘も多少の関心はあれど歓迎とまでは言えない雰囲気だ。
 ならば自分が参加しても息苦しい時間にしかならないだろう。

「悪いんだけど……」

 だから凛が悩んでいたのは申し出を受けるか否かではない。
 ただこんな自分を誘ってくれた女の子にどう答えればがっかりさせずに済むか────

「……この後ちょっと用事があるからまた今度さそってもらえる?」

 苦労して選んだ言葉を並べると、少女は驚いたように目を丸くした。
 ……いや。目を丸くしているのは彼女だけではない。
 背後の色黒はバカみたいにあんぐりと口を開け、もう一人の眼鏡っ娘は感心したような溜め息をもらしていた。

「悪いわね。そういうワケだからまた今度誘ってちょうだい」
「───はい。懲りずにまた今度誘ってみます」

 その笑顔が胸に重い。
 今日のところは傷つけずに済んだが、いつかこの娘の笑顔を裏切ることになるかもしれない。
 予想外の答えを残した間桐凛は、青みがかった黒髪を優雅に靡かせて立ち上がり教室を後にした。

 用事があるというのは嘘ではない。
 間桐凛には用事があった。
 屋上に呼び出した二人をとっちめるという大事な用が──────

 屋上に出ると呼びつけた二人の姿があった。

「あら感心。今度は逃げなかったんだアンタ」
「ふ、ふざけるなよオマエ……」
「……で。何の用なんだ凛」

 もっとも一人はバツが悪そうに肩を落としている程度だったが、もう一人は自らの意思で心臓の鼓動を止めかねない有様だった。
 ある意味分際を弁えていると言えなくもない。
 実際彼我の実力差は虎と仔猫のそれだ。気まぐれで捕食されかねない立場を自覚すれば、膝の震えも精一杯の抵抗と言えなくはない。

「───用か。用ね」

 言えなくはないのだが、癪に障るのも確かだ。
 自分と顔を合わせたくないがためだけに外泊を続ける義兄。
 ……ようは家出だ。
 三月の中頃から始まった今回の家出は実に三週間の長期に及び。
 慎二の無断外泊に責任を感じた凛を心配させるのみならず。
 あろうことか月々の限度額を超えて現金を引き出すとはなんたる狼藉。
 おかげで今月の小遣いがパーになった凛は、それでも不満をぐっと堪えて慎二を探していたのに……。

『それよりどこかのあばずれと違ってさ、あの子結構かわいかったじゃんか』
『はん、見る目がないね言峰は。おまえも見たろあの胸!? あのあばずれの断崖絶壁とは雲泥の差だね!!』

 さてどうしてくれようか、と慎二に微笑む。
 いや、これは微笑むというにはあまりに獰猛な笑みだ。
 間桐凛は牙を剥く肉食獣のように間桐慎二に微笑む。

「な、ななななななんだよ!? そ、そんな顔したって怖くないんだからな!!」

 ……その反応に怒りが冷める。
 どうして彼はそんなに恐れるのかという疑問の答えが自分の中にある。
 義兄は自分を怪物のように恐れているが、その反応は正しいと認めざるを得ない。
 彼は決して口外しまい。
 あの日間桐邸の地下で見た自分の姿を────

「……いいわ」
「い、いいって何がいいんだよ……」
「だからさっきの悪口は、今朝あんたを殴ったことでチャラにしといてあげる」

 たしかに自分はもう人間とは言えないかも知れない。
 あの家で繰り返された過酷な人体改造はこの肉体を根底から作り変えた。
 それはもう取り返しがつかない。
 人間に戻りたいと反旗を翻そうと結論は変わらない。
 だけれど───いや、だからこそこの心は人間のものでありたい。

「もう怒ってない、だから自分の家に帰ってらっしゃい……いいわね慎二」
「はは……なんだよ、それならそうとはっきり言え……よ……?」
「おい慎二……! 凛───おまえに慎二に何かしたな!?」
「ええ、暗示をかけて眠らせたの。……これからする話は慎二に聞かせたくなかったからね」

 糸の切れた操り人形のように倒れた慎二の体を揺する士郎に答える。
 背中は扉に。唇は防音と人払いの結界を詠唱する。

「それじゃ本題にはいるけど……その前にいくつか約束してもらえる?」
「……約束ってなんだよ」
「わたしの質問に答える事と嘘は言わない事」

 周囲には実力は不明ながら、魔術師である事だけは確かな『言峰士郎』との戦闘も考慮にいれ、第一階位の使い魔を待機させる。

「本当にお願いね? 慎二は許したけど……今のわたし、あんたを殺して死体を蟲に食わせかねないほど気が立ってるから」

 この怒りは不当だろうかという自問に不当ではないという回答を得る。
 今の自分を作ったのはコイツだ。
 コイツが余計な真似をしなければ自分は昔のままだった。
 だから今の自分の大元である言峰士郎という基盤に嘘があれば、間桐凛は崩壊する。

「───嘘は言わない。訊かれた事には答える。それって当然のコトだろ」
「……そうね。いつも通りのあんたで安心したわ」

 誤魔化される事だけはないと確信して冷静さを取り戻す。
 間桐の頸木から逃れた三年前のあの日に犯した過ちが『間桐凛』を不安定にする。

「それじゃ訊くけど────」


 ●言峰士郎のステータス(現在凛ルート)
  *遠坂桜の対言峰士郎好感度初期値(+8)より+1
  *間桐凛の対言峰士郎好感度初期値(+10)より+4
  *間桐慎二の対言峰士郎好感度初期値(+10)より+1
  *美綴綾子の対言峰士郎好感度初期値(+6)より+1
  *柳洞一成の対言峰士郎好感度初期値(+8)
  *タイガースタンプ三個獲得

 ●間桐凛のステータス(現在士郎ルート)
  *言峰士郎の対間桐凛好感度初期値(+6)
  *間桐慎二の対間桐凛好感度初期値(+12)
  *遠坂桜の対間桐凛好感度初期値(±18)
  *三枝由紀香の対間桐凛好感度(+6)より+2


 【普】桜との関係を明らかにするために士郎の過去を追求する(凛視点、間桐凛の言峰士郎好感度変動不明)
 【異】何か訊こうとしたら地面と接吻した(士郎視点、言峰士郎の間桐凛好感度変動不明、強制桜ルート勃発)
 【藻】僕は地べたに這いつくばって二人の会話を聞いていたんだ……(慎二視点、強制慎二ルート勃発)

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最終更新:2009年07月23日 18:25