889 :月命交差 ◆4OkSzTyQhY:2009/05/12(火) 08:12:15 ID:hUEaoCns0

 シエルは梱包を解いた銃器を箱に戻した。
 使命感から気は急くが、それでも闇雲に動くだけでは効率が悪すぎる。

「そうですね――まずはもう一度事件のことを考えて見ますか」

 誰ともなしに呟くと、シエルは部屋の片隅に放置してあった鞄から書類を取り出す。
 それは今回の事件について、教会の諜報部が調べ上げた情報をまとめたものだった。
 改めてそれを頭の中に入れ直す。
 すでに幾度も読んだが、知識とは詰め直す毎に違う発見があるものだ。

 ハイレオット事件。被害現場となった村の名前から、この出来事は単純にそう呼称されている。
 被害の内容としては村民の自主的ではない消失、つまり誘拐である。
 だが同時に、被害者は誰一人例外なく数日後に誘拐されてからの記憶を失った状態で発見されている。
 犯人からの要求は無し。犯人を特定できるような痕跡も無し。結果として怪事件と扱われ世間を一時騒がせた。
 だが、これを怪事件と思わなかった人種もいる。
 魔術等の神秘を扱う人間からしてみれば、これはさして珍しい事件ではない。
 一般人を拉致し、自身の研究の試金石として利用。
 その後、経過を見るために一般社会に放流するというのは良くあることではある。
 ただし、それは世間一般に知られずに行わなくてはならない。
 神秘は秘匿してこそ強力でいられる。
 同業者ならばともかく、一般人にまで知られてしまうとなるともはや無視できるレベルではない。
 おそらく魔術協会はすでに調査、粛清の為の人員を派遣しているだろう。
 シエルと目的はほぼ同じとはいえ、協会と教会は反目しあう団体である。協力は望むべくも無い。
 おまけに、それとは別件で封印指定の魔術師とその封印指定の捕縛任務を請け負った魔術師も紛れ込んでいるらしい。
 実戦経験皆無の自分としては、そんな化け物どもとやり合うのはできれば避けたかった。

「……ま、それは置いておくとしましょうか」

 窓から長閑な風景を眺めなどしつつ、目の前の問題から現実逃避。その上で事件の事を再考してみる。
 犯人はまず魔術師で間違い無い。協会が動いているのだから。
 だがそうすると幾つか分からないところがでてくる。
 まずは事件がおきたこの土地について。
 閉鎖的な環境という点では確かに実験にはもってこいだ。
 だがここは聖堂教会によって管理されている土地でもある。
 つまりここで異端の実験などすれば、仮に一般社会に事件の情報が漏れなくとも自分のような代行者に付け狙われるということだ。
 まさか知らなかったという事はありえないだろう。
 村の外れとはいえ、シンボルたるこの教会棟は巨大だ。反対側の村外れからでも認めることが出来る。

「まあ、調子こいた馬鹿という可能性も捨て切れませんが――」

 だが馬鹿だとしても、無力な馬鹿というわけではなさそうだ。
 昨日、暗示を掛けるついでに頭の中を覗いた失踪済みの村人。
 奇妙なのは彼らには魔術の痕跡が欠片も見当たらなかったということ。これが分からなかった事二つ目。
 確かに失踪してから発見されるまでの記憶は頭の中になかった。だが、それなら魔術の痕跡が残っているはず。
 シエルは魔術を忌避しているが、それでも協会が認定できる最上位階級たるグランドに匹敵する腕前だ。
 彼女を欺けるような魔術師など存在する筈がない――つまるところ、在野の輩の中には。
 だからといって、例えばバルトメロイやアグリッパの当主が犯人だというのは馬鹿馬鹿しいのを越えて最早ギャグの領域だ。

「つまり――訳が分からないってことです」

 これまで何度も考え、その度に辿り着いた答えを再び口にする。
 もとより自分はこれが初仕事なのだ。
 勘も経験も働かない。安楽椅子探偵揃いの諜報部がまとめた調査書さえ不明という単語のオンパレード。

「無理じゃないですか、これ?」

 シエルはアーメンと嘆いて書類を放り投げた。やはり実際に村を歩き回ってきな臭い場所を虱潰しにするしかないようだ。
 だが昨日作成した村の地図を取り出そうと鞄を手にしたその時、扉が遠慮げにノックされた。

「はい?」
「シスター・シエル。これから昼食をつくろうと思うのですが、よろしければご一緒にどうですか?」

 やはりというか、ノックの主はメーアー神父だった。
 そういえばこの村に着いたのが昨日の昼過ぎ。調査や測量で忙しく、夕飯は村にあった食堂で摂ってしまった。
 神父とは到着時と夜に言葉を少し交わしただけである。
 シエルはこの神父が嫌いではなかった。同じ席で昼食を摂り、親交を深めるのいいかもしれない。
 だが、と脇にある箱に目を落とす。そこに詰まっている銀色のレトルトパウチ達。
 これが届くからとシエルは朝食を抜いていた。果たして数時間耐えた空腹をこれ以外で埋めてよいものか。
 それに事件についての質問はもう終えている。これ以上事件について実のある話を聞く事はできないだろう。
 さて、どうするか――

【選択肢】
混:昼食を共にする。
単:丁重にお断りする。
黒:メニューを聞いてみる。

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最終更新:2009年07月23日 19:43