925 :うたかたのユメ ◆6l0Hq6/z.w:2009/05/26(火) 19:51:06 ID:VHjXetHg0
結論を言えば死ぬ事はなかった。
誰もが息絶えた炎の中、死んでいなければおかしい火傷を負っていながら、不公平にも■■士郎は死ななかった。
前の名前は思いだせない。奇跡には代償が必要だから、もしかしたら以前の自分を失う事が奇跡の代償だったのかも知れない。
「その子をどうする気だ言峰綺礼」
「聖職者にそれを訊くか衛宮切嗣」
黒い腕に包まれてぼんやりと、誰かと誰かの会話を耳にしていた。
「むろん助ける。そして引き取り手が現れなければ私の息子として育てる。───それが子供を拾った人間の責任というものだろう」
「なら僕がその子を引き取る」
「それは断る。貴様のようなろくでなしに引き渡すほど、私は今の自分に誇りを持っていないわけではないのでな」
それはこの少年が以前の自分としてではなく───そして衛宮士郎としてでもなく───
言峰士郎として生きていかなければならないという意味。
「ふん、その顔を見れば私を殺してでもこの子を奪いたいらしいが……滑稽だな衛宮切嗣」
「なに……?」
「自己の理想を守るために犠牲を認めるのはいいが……さて。衛宮切嗣、貴様はその言い分をこの子に説明できるかな?」
「……どういう事だ」
「なに、簡単な話だ───この惨劇の発生を防げなかったという自責の念から逃れるために『この子を助けた』という自己満足を必要としている貴様が、その独善に満ちた身勝手な動機をこの子に説明できるのかと訊いている」
「────────」
二度目の戦いは言峰綺礼の勝利に終わり。
「ふむ、お互いこれ以上語る言葉はないようだな。行くぞギルガメッシュ。……それともおまえはまだその女に用があるのか?」
「たわけ。理想を失った騎士王になど用はない」
二人の勝者は二人の敗者に背を向けて立ち去った。
「それにしても無様よなセイバー。拍子抜けだぞ、たかだかあの泥を数滴浴びただけでその有様とは」
……その直前に。
自らの宝具で蹂躙した敵を一瞥した男は、最後にこう言い残した。
「せいぜい苦しみ、そして理解するが良い。貴様の救いはこの我の腕の中にしか存在しない事をな」
こうして言峰士郎となった少年は神の庭で育った。
人格とは環境が作り上げるもの。
歪んだ保護者を持つことになった少年は、だが彼を慕い、彼のようになりたいと願った。
故に、言峰士郎が養父と同じ聖職者の道を志すのは必然だったのだが。
「おまえには信仰がない」
自分と同じ教会の学校への編入を希望した息子を、言峰綺礼はきっぱりと否定した。
「あの大火で全てを失ったおまえに『神の実在』を信じる事はできまい? 神の不在を証明するに相応しい真の絶望を経験したおまえには、仮初の信仰を手にする事すら難しい。それがおまえの道を閉ざす理由だ」
抗えぬ拒絶。
たしかに綺礼は正しい。
神の愛は誰も救わなかった。
自分を救ったのは、苦しむ自分を見たいという言峰綺礼の悪意だけ。
それでも士郎は原初の心には逆らえなかった。
「誰かの為になりたいだと……?」
ある日、士郎は、我が物顔で教会に出入りする男にそう打ち明けた。
雑種ごときに名乗るいわれはないと名乗ることのなかった男。
「くだらぬな。そんな生き方のどこに愉悦がある」
彼はこのとき初めて士郎の目を見て退屈そうに続けた。
「────しかしその意気は良し。
好きに生きろ。その道が茨の道と承知でなお貫くことを望むなら、せいぜい足掻いてこの我を愉しませるがいい」
こうして言峰士郎は自らの道を選んだ。
その道がただ苦しいだけの道と承知で。
ただこんな自分が存在していい理由を求めて。
「ただし条件がある」
こんな自分が認められたと喜び紅潮する少年に、男は、最後にこう厳命した。
「誰かの為などという曖昧な生き方は許さぬ。故に見つけろ───ただ一人の相手を。
この我の為に生きた朋友のように、貴様の存在意義、存在意味、存在理由を証明するただ一人の人間を、だ。
……次に会う時までにその相手を見つけられぬようなら、貴様に価値はない。その時は大言壮言の罰を受け取るものと思え」
言峰士郎は、自己の存在と引き換えにする誰かを探していた。
言峰士郎に友人はいない。言峰士郎は友人を必要としていない。
言峰士郎が必要としているのは特別な誰かだ。
相手は男でも女でもいい。
男なら親友で、女なら恋人とか、そんな陳腐な表現では済まされない。
ある意味とんでもなくハードルが高い。
とにかくアイツが言うにはソイツの為なら笑って死ねる────そんな相手を見つけろと言うのである。
なんだかオマエに結婚の許可を求めているみたいな話だな、と口を滑らすと男は怒った。
ええい、貴様には男子たるものの生き様というものが理解できぬかと、とにかくすごい剣幕で怒った。
でもソイツは子供に手を上げる事だけはない男だったので、なんとか許してもらえた。
そのかわり、我の目に適わぬ相手を選んだときは覚悟しろ、と高すぎるハードルを上げられたが、その程度で済んだのは幸いである。
……幸いであるのだが、そろそろあいつが「我との約束を忘れていまいな?」と姿を現しても不思議ではないくらいには時間が経ったので、いつまでもうかうかとしていられないのが実情である。
さて。
現時点で、言峰士郎が最も大事に感じる相手とは一体誰か?
……真っ先に思い浮かんだのは遠坂だが、こいつのぼんやり顔が思い浮かぶと同時に死にたいと思った時点で、あの男が言うような運命のお相手とやらではないのだろう。
頭の中で手を振って桜を追い出すと、次に姿を現したのは凛だった。
家が貧乏だという理由でお祭りに参加できず、遠くから寂しそうに眺めている女の子。
言峰士郎にとって間桐凛はそういう女の子なのだが……どうした理由か頭の中に浮かんだ彼女は全身ずぶぬれの下着姿だった。
これは三年……いや、もう四年前になるのか。
まさに狂乱の体で自分の家から逃げ出した慎二を追いかけ、追いつけずに見失い、雨の中で立ちつくしていた凛。
そんな彼女を自宅に戻らせ、風呂場に押し込んで体を拭かせようとした時の姿。
ずぶぬれの青いワンピースを脱いだ彼女は俺に抱きつきそれ以上の行為を求めた。
俺がはっきりと拒絶すると、彼女は俺の手を取り自分の体を触らせて「本当に好きにしていいから」と誘惑したのだ。
理由は分からない。そして原因も判らないが、言峰士郎はそんな間桐凛に何一つすることはなかった。
それが彼女の瑕であると同時に俺の瑕でもある過去。
彼女が救いを求めている事にも気づかなかったこの俺の過ち。
故に彼女は適任と言えなくもない。
言峰士郎は間桐凛に償わなければならない。
ならば言峰士郎は間桐凛に自身の全てを差し出さなければならない。
……その結論は確かに男の条件をクリアしている。
だがあの男が俺に求めたのは本当にそういう事なのだろうか────
……そうして俺の前にはダンボールがある。
「おい慎二。なにがあった慎二……っていうか、学校でダンボールに隠れていじけるのはどうかと思うぞ。そういうコトいつもの場所でやったらどうなんだ」
「……僕は疲れたんだ。このまま寝かせてくれたっていいじゃないかよ言峰ぇ……」
いや、正確には頭からダンボールをかぶった慎二なのだが、それにしたって見た目はダンボールである。
これが今の時点で『もっとも放っておけないもの』である事にどっと疲れが押し寄せる。
自分自身はもちろん、こんなものが目の前にある現実にも失望できるものならしてみたい。
「……で。慎二に何をしたんだよおまえは」
「いえ特になにも」
犯人はこいつしかいないとばかりにジト目を向けた可憐は素知らぬ顔だ。
ダンボールの向こうで無表情に───されど少しだけ満ち足りた表情で。
「いやでも」
「でも、なんですかお兄さま?」
言峰可憐は言峰士郎を精神的に虐待することも忘れないのだった。
「……わかった、深く追求しない。だからおまえも俺の事をお兄さまとか言うな」
自分も中に入れてほしいような心境でダンボールの傍らにしゃがみこむ。
「……男の人って打たれ弱いんですね」
「ええ、彼らは犯される事に慣れていない生き物ですから」
不思議そうな顔をする妹分と、哀れむような笑みを浮かべた継母を意識から締め出して空を見上げる。
雲ひとつない空の下、まんまと新入部員の獲得に成功した運動部員が歓迎会へと繰り出そうとする校庭の中。
事情を知らない部外者の探るような視線を無視して時の流れに身を任せる。
「───星が見えるぞ慎二」
そんな言峰士郎が話しかける相手は一人しかいない。
「昼間でも見えるんだな。……あれはなんて星かわかるか?」
「僕が知るわけないだろ」
「俺は子供のとき星を掴みたくって手を伸ばした事がある」
「……おまえやっぱり馬鹿だろ? そんな事をしたって掴めないって分からないワケ?」
「ああ、おまえの言うとおり掴めなかった。何度手を伸ばしても掴めなかった」
「はあ、これだから足りないヤツはいやなんだよね。それぐらい最初から分かっときなよ」
言葉は語るためのものではなく伝えるためのもの。
そう言ったのは誰だったか。
「そうだな……星は掴めなかった。俺の行動はまるきり無意味だった」
「ああ、僕もそう思うよ。おまえの行動は全部無意味だって」
「でも、慎二───あの星に手を伸ばした俺の気持ちも無意味だったのかな?」
「手を伸ばしても届かない───でもいつか届くかも知れない。
そう信じて手を伸ばした気持ちに意味はあった。価値はあったって信じている」
「────────」
「だから出てこいよ慎二。そんなところにいたって星は見えないぞ」
「……そうだね。ちょうど退屈してたから出てってやってもいいかな」
……誰でもいい。
ただ伝える手段がある事に感謝したかった。
「でも条件がある。おまえの妹……あの胸が平らな方を僕に近付けるな。いいな、近付けるんじゃないぞ」
「わかった。可憐にはおまえをいじめるなって言っておく」
そうして立ち上がり究極のステルスアイムを手際よく片付けた慎二は、きょとん、と首をかしげる桜に愛想笑いを浮かべて「少し考え事をしていたんだ。ほら、こうしていると考えが纏まるだろ?」と言い訳した。
「────このダンボールもらっててもいいですか?」
そして慎二の戯言を真に受ける天然娘。
「いいよいいよ。本当は大事な物だけど特別にプレゼントしてやるよ」
「ありがとうございます! わたしこのご恩は一生忘れません!!」
そんな桜の頭の中を一度見てみたいと思ったのか、俺たち教会のエセ聖職者コンビは互いの顔を見て疲れた溜め息をもらす。
「その……なんだ。アイツのコトは深く考えないでもらえると助かる」
「私も深く知りたいとは思いませんが……それにしても“彼女”から伝え聞いたどこぞの王族以外にもいるものですね。ああいう頭のかわいそうな────」
────と。
可憐も酷評を打ち切って真剣な顔をする。
どん、という遠く重い破裂音。
一度でも“魔術”というものを実践したことのある人間なら無視できない魔力の炸裂。
それが俺たちの意識を切り替える。
「───今の魔力の出所を確認します」
その変化が目に見えるほど激しいのがこいつだ。
「援護を求めます言峰士郎、言峰可憐。これは冬木の管理者としての要請です」
ぼんやりとした表情は見る影もない。
怜悧な横顔は厳しく、隙の無い身ごなしで自身の武装を改める
遠坂桜はさっきまでとは完全に別人。
「……援護といっても大した事ではできないぞ遠坂」
「仮に戦う事になった場合はわたしが。貴方はいつものようにわたしのやりすぎを諫めてもらえれば結構です」
これも桜だ。
魔術師としての遠坂桜だ。
「先行します。わたしの前に出ないように気をつけてください」
言って、彼女は陸上部の人間が目を丸くするほど速度で疾駆する。
「完全にスイッチが切り替わりやがったな遠坂のヤツ」
「……驚いた。あれは本当に彼女なの?」
「ああ、あれも桜……いや遠坂だ」
「おい、待てよ言峰! なにがどうなってるのか僕にも説明してくれぇ────!!」
並走する俺たちに三歩遅れて慎二がついてくる。
既に慎二がこの街に二つある魔術師の家の一つ、間桐の跡取り息子だということは説明しているので可憐はなにも言ってこない。
だがコイツがなんの魔術も使えない『一般人』である事を知る俺としては、慎二の同行を歓迎できない。
「もう少し速度を上げても大丈夫か?」
「心配無く。これでもしかるべき機関で訓練を受けた経験がありますから」
魔力を両脚に集積して速度を上げる。
先行する遠坂を追い抜くほどではなかったが、慎二の追跡を振り切るには十分すぎるスピード。
……そうしてなにかしらの『戦闘』が行われていた場所に到着する。
戦場となった街路にはその性質は不明ながら、極めて高度な結界と思しき魔力の波動があり。
その中心には────
「……あのガキぶっころしてやる」
私服の青いワンピースに着換えた全身を血に染めて。
根元から消し飛んだ右手のあった場所を押える間桐凛の姿と。
「───姉、さん……?」
そんな彼女を呆然と見つめる遠坂桜の姿があった。
●言峰士郎のステータス(現在凛ルート寄り??ルート)
*遠坂桜の言峰士郎に対する好感度初期値(+8)より+1
*間桐凛の言峰士郎に対する好感度初期値(+10)より+6
*間桐慎二の言峰士郎に対する好感度初期値(+10)より+6
*美綴綾子の言峰士郎に対する好感度初期値(+6)より+1
*柳洞一成の言峰士郎に対する好感度初期値(+8)
*言峰可憐の言峰士郎に対する好感度初期値(±0)
*タイガースタンプ四個獲得
●遠坂桜ステータス
*言峰士郎の遠坂桜に対する好感度初期値(??)より+1
*間桐凛の遠坂桜に対する好感度初期値(??)より+2
*間桐慎二の遠坂桜に対する好感度(+12)より+4
●間桐凛のステータス
*言峰士郎の間桐凛に対する好感度初期値(+6)より+4
*遠坂桜の間桐凛に対する好感度初期値(±18)より-6
*間桐慎二の間桐凛に対する好感度初期値(+12)
*三枝由紀香の間桐凛に対する好感度(+6)より+2
●間桐慎二のステータス
*言峰士郎の間桐慎二に対する友情度初期値(+6)より+6
*遠坂桜の間桐慎二に対する軽蔑度初期値(±0)より-2
*間桐凛の間桐慎二に対する哀れみ度初期値(+6)
*言峰可憐の間桐慎二に対する嗜虐度初期値(-256)より+512
最終更新:2009年07月24日 21:03