秋山幸二

背番号81 一軍監督

  • 恵まれた現役時代のスター性に反して、監督就任以来地味オーラを持つ我らがホークスの監督。アッキー。mgmgは標準装備。ふさふさ髪とダンディズム、現役時代から変わらない体型の持ち主。たまに言動がおそろしかったり可愛かったりする、掴みどころのないおひと。
  • 八代高から1981年西武に入団。1993年オフにいわゆる世紀のトレードがあり、渡辺智男、内山智之と共にダイエーに入団。2002年に引退し、以降は解説業をこなしたのち2005年からホークスの二軍監督、コーチ、そして2009年からは王さんに代わり一軍監督となった。
  • 名球会入り、野球殿堂入りを果たしている。


選手時代


  • 西武ライオンズ時代に米国留学した際、うっかりメジャーに引き抜かれそうになったことがある。正しく、「メジャーに一番近い男」。
  • 1986年の日本シリーズにて披露した「バック宙してホームイン」「三角キャッチ」のイメージがあまりに強いが、その成績は実に派手。3年連続40本塁打、18年連続オールスター出場、パリーグ史上4人目のトリプルスリー達成などゴイスーである。
  • 1999年には、当時獅子に所属していた松坂大輔から死球を受けて顔面骨折するも、スタメン復帰。優勝に貢献したばかりか日本シリーズでMVP獲得。
  • 2002年は、充分に動けなくなったという本人談より、野球選手を卒業(当時幼かった娘さんにもわかるように「プロ野球選手を"卒業"します」と発言)。慕っていた柴原かぷてんを始め、ファンに惜しまれながら引退。

選手時代の獲得タイトル

ベストナイン(86、87、88、89、90、91、92、93)
ゴールデングラブ賞(87、88、89、90、91、92、93、94、95、96、99)
最多本塁打(87)
最多盗塁(90)
日本シリーズMVP(91、99)


監督時代


  • mgmgとした喋りの、聞き取りが非常に厳しい解説者業をこなした後は、改めてホークスに招へい。二軍監督やコーチをこなした後、監督に就任。
  • あんな人こんな人が引退後はメタボ化する中、ガチで現役時代と変わらない外見を維持している渋メン。一部では、顔に関してはむしろ入団当初が老け顔すぎだろという声も。
  • 監督業のプレッシャーがあるのか、特に2010年自身監督として初めて向かえる優勝シーズンは、体重が減り軽い栄養失調に陥ったことも。独自采配で知られる落合さんが「そこまで見ているのか」と驚くほど、細かいところにまで目を配っているらしいだけに体調にはくれぐれも気をつけてもらいたい。
  • バント厨だということはご愛嬌で、それまで問題視されていた一人の中継ぎ酷使を断ち切ったこと、ベテランを聖域扱いにしないこと、また当時最下位から始まったチームを三年で二度のリーグ優勝に導いたことが評価されている。
  • 自分の現役時代が現役時代だったため、「外野手は誰でもできる」という考えがあるのか、2010年5月22日に初スタメンの福ちゃんほぼ経験のない中堅手としていきなり起用。この他にもちらちらファイヤーフォーメーションオーダーを組み、そのたびたかせん住民の肝を冷やしている。
  • ちなみに本人は大変元気で、今も選手に混じってバッティング練習や守備練習を楽々とこなしているらしい。何故かグアムで自主トレしたりもする。本人いわく「体をあんまり動かしていないから」とのこと。もうわけがわからない。
  • 普段はマイナス感情が選手に伝わらないように、あえてポーカーフェイスを装っているとのこと。しかし、2011年日本一になった際はいつもと一転、涙で顔をぐしゃぐしゃにさせ、もらい泣きするたかせん民続出。
  • 2014年シーズンは3年ぶりにチームをリーグ優勝に導き、インタビュアーにマイクを向けられると声を絞り出すようにして「幸せです」と感極まった。CS直前にシーズン限りで退団することをスポニチがバラしたことで会見が開かれ、正式に辞任を表明。スポニチ絶許。クライマックスシリーズを勝ち上がり、阪神タイガースとの日本シリーズでは4勝1敗で日本一に輝き、勇退を日本一で締めくくった。日本一後には、自身3度目の正力松太郎賞を受賞した。選手と監督と、両方での受賞は王会長以来2人目。

  • 今後は解説者として復帰することが決まった。mgmg。



エピソード


  • 名前の「幸二」には、生まれる前に兄が七歳で夭折し、「兄の分まで二倍幸せになってほしい」という想いが込められている。
  • 「肥後もっこす」と称される通りの人柄で、王会長から第3回WBCの監督を再三頼まれるも、かわし抜いたことがある。
  • 内川曰く、こちらに背を向けていたのに転がっていったボールを確認もしないで足で簡単に止めたことがあるらしい。
  • 監督なのに野手による遠投コンテストで97mの記録を出し、監督超えに失敗する選手も。さらには走塁練習で打者役なのに、軽く打って左翼席へエンタイトル二塁打。もうやだこの人。握力測定結果も毎年余裕でチーム内トップレベルである。
  • 2013年秋季キャンプではブルペン入り。ストレートを中心に、スライダー、スラーブ、シュート、フォーク、ナックルなど約60球を球速130km/h以上で投げ込んだらしい。「ピッチャー・俺」はよ。
  • 試合前に機嫌が良いと打撃練習、機嫌が悪いとマスコミから遠い外野での守備練習を行う。ちなみに解説者になってからもホークス内外問わず打撃指導する様子が見られている。勘弁してください。
    • 2012年開幕戦前日には、フリー打撃に登場。御年49ながら21スイングで柵越え2本を放ち、周囲をあぜんとさせた。ぺーにゃんに「自分も50歳になった時に監督のようにホームランを打ちたい」と感激させる。
    • 以上のような経緯もありエイプリルフールに球団公式Twitter上で、4年連続で現役復帰ネタを呟かれ、そのたびにたかせん民から「外野守備込みでぜひ」「秋山の現役復帰が最大の補強」などと言われている。
  • ゴルフの腕はさすがで、娘の真凛ちゃんにもその才能は引き継がれている。しかし、娘さんに負けた時は大変悔しそうにしていたらしい。
  • 寡黙な印象があるが、時々びっくりするほどフランク。2011年のビールかけの際は、森福を上から押さえつけて「森福どこだ?見えないなぁ~」とお茶目さを見せた。また、この年のオフにハワイに行った際も「みなさん、アロ~ハ♪」と言ったと新聞に記載され、たかせんを混乱させる。
  • イチローの電撃移籍が発表されると、ナインらと共に川﨑を心配するコメントが新聞に掲載される。が、「秋山幸二監督(50)は『ムネがフワ~。ムネを取材して』と両手をバタバタさせるしぐさで、川崎の心情が穏やかでないことを察して思いやった」と訳のわからない内容で、住民も困惑。
    • mgmgのため「フワ〜」と「不安」を記者が聞き間違えた説、ムネが昇天しそう=フワ〜説など様々な見解がなされる。
  • 落合さんや元チームメイトの伊東勤には「アキ」と呼ばれているもよう。
  • 喋るとmgmgがお約束で、監督インタビューになると「mgmgキター!」「誰か翻訳頼む」「通訳付けろ」「字幕来い」などとレスされる。が、監督が機嫌の良い日や興奮している時は、いつもより聞きとりやすいとのこと。
  • 引退直後に手違いで数学者の秋山仁と間違えられ中学校での講演会に呼ばれ、会場に着くと来場者用の整理券を渡されてしまう。福岡の学校だったこともあって生徒は大歓声だったが、校長一同青くなる中、詫びた上での「もしよければ講演してもらえないか」というお願いを快諾。すぐに講演をしたというエピソードから人柄が伺い知れる。ちなみに2015年に同市に招かれ、十数年の時を経て正式に講演会が開かれた。まだツーショットは実現していないものの、同年には秋山仁氏の講演会も開かれている。
  • 2011年後半は、不振状態だったタムさんをスタメンに起用し続け、結果日本シリーズで結果を残させる。タムさん曰く「おまえは考え過ぎ。思い切り楽しめ。サインを出さないということは 打ってほしいということ。ホームランをな」と声を掛けられて吹っ切れたとのこと。監督イケメンすぎ。また、新聞によると、よく返事をしないでサムズアップで済ませていることもしばしばのようである。
  • 2014年シーズンにも、4番として得点圏打率が低いことに悩み、打撃を見失いそうだったデホに対し、「自分の打撃を信じろ」と発言。「その言葉に報いたいと思った。『4』番を意識せず、自分の役割を果たしたい」とデホを奮起させている。
  • 2011年ドラフト会議では、王さんと共に姿がどう見てもヤのつく世界の人で、色んなところで「若頭にしか見えない」と言われる。
    • ペーニャが顔面近くに死球を受けた際も、サングラス姿でポケットに手を突っ込みながら審判に歩み寄り、「秋山の方が恐ぇよ」と住民を震え上がらせる。
  • 西武時代、清原が乱闘を起こした際には、清原曰く「北斗の拳みたいな身体して5~6人を投げ飛ばしてくれた」のだとか。
  • 松田曰く「めちゃめちゃ好きっす。LOVE寄りのLIKE」


クン付け


  • 監督の怒りの表現その1。ある意味、期待の裏返しである。
  • 滅多に感情を表さないのだが、投手が炎上したり、野手でもやらかしがあると「クン付け」。特にターゲットとなるのはとなりんで、彼が派手に燃えた際には「ウチの大隣クンはねぇ」と「クン」付けコメント。普段が普段なだけに、たかせん民を震え上がらせる。
  • となりんの他にも、3戦に登板し、ぱっとしなかったローに対して「ローくんはねぇ…」→2軍落ち、など地味に枚挙にいとまがない。
  • 2012年4月11日には、炎上したピントの後を受け、さらに激しく油を注いだに対し、晒し投げを敢行。ソース不透明ながら、試合後には「ピントの後の投手はプロじゃないね」と発言したとたかせんで話題に上がる。この日、ピントと巽は即2軍行きを通達される。以上のようなことから、「クン付け」のさらに上の怒りメーターは「名前を呼ばれない」ではないかという結論に。クン付けされているうちが華だということである。なぁ、となりん!ちなみに大隣自身は、クン付けされると「あ、そろそろ二軍なのかな」と察していたそう。
  • 同年7月12日の西武戦であわやノーノー+ばっさん好投見殺し試合になると、試合後にサンドバッグを舌打ちしながら所望。上記のこともあり、何の関係もないはずのがサンドバッグにされるのではないかと心配する住民も多数。巽は犠牲となったのだ…。
    • ちなみに2014年日本シリーズ第1戦で負けた後にも、球場入り口の階段を上がる際、前を歩く担当の記者のお尻を目にすると、パンチを繰り出しながら「サンドバッグには物足りないな」と発言したそう。巽くん!
  • 2012年5月8日は、64球だけ投げて帰国したペニーに対し「ペニーちゃんなぁ。残念だけど、本人の感覚もあるだろうし、肩の状態もあるだろうしなぁ。仕方ないなぁ」 と初の「ちゃん」付け。「プロじゃない投手」と「ちゃん」付けではどちらが上なのか、今後も発言から目が離せない。
  • また、2013年シーズンにはgdgd投球を繰り返した山田に対し「山田のアホンダラが」と発言。これにより、一部住民の間でも山田の呼び名が「アホンダラ」で固定されるようになった。巽枠爆誕である。
  • ちなみに、「あだ名+さん(例:ウッチーさん)」や、「名前+さん(例:山崎さん)」は好評価の表れであるようだ。