注:出来れば上から順に読んでやってください。
今ここに無い物にこそ価値を感じる。在るものには様々な要旨のついた存在感が含まれるから、そこにどれほどの情感を抱いても、五感が正常なら否が応にも別の感想を持ってしまう。プラスの感想ならともかくそれは近くにある限り常に纏われる外装だ。悪いものまで目を向けなければならないしずっと聞き続けていかなければならない。いつかは欠陥に気付いてしまう。完璧なものなどこの世に少ない。幻想だって触れられないからなんぼのように、初めから手元に存在し無ければそれがすなわち数億の価値にも値する宝物となるのだ。
「いやー。平和な一日だと平和で実にいいねぇ」
何言ってんだと言われればつまりそういうことである。重複ホント便利ね。
仲の良くないウドの大木がいない店内は実に広々として風通しもいいし日当たりもバツグン。コンビの方を最初「イクスガン」と読んでしまったのは僕だけだろうか。そんな呑気な気分になれるほど今この本屋はそんなムワムワとした、薄緑の植物が点々と自生している壁にピンクの綿毛が張り巡らされているような空間、に似た空気に包まれている。乾燥してない訳じゃないよ。今なら本達の声も聞こえそうだ、早く売ってよー、そんなこと言う奴は食べちゃうぞー、文学少年と昼下がりの呆け(シエスタ)。あー駄目だ、あそこまで髪長くなかったや残念。
手に持つ物へと視線を戻す前にもう一度店内を見回しておく。今日は10日とか25日みたいにどっと新刊本がくる日でもないし、それが起因にならない範囲でお客さんも現在は自宅待機か他の有意義な活動に当てているのだろう。さっきまでは珍しくいたんだけどね一人。
パウワウワウー(僕の耳って、ひょっとして、耳たぶ小さいからピアス開けられないかもしれない、と思った時だった)。
『いらっしゃいませー』
『漫画コーナーはどこですか』
『あちらになりますが』
『あー、いーや直接聞いちゃえ、探しているんですけど』
『何をですか』
『「GANTZ」全巻』
『ああ……今切れちゃってますね』
『マジか……いいですじゃあ』
『飛び飛びでいいなら余っていない事も』
『いいですいいです。本当に知りたい人生ならちゃんと順を追っていかないとそれは見た事にならないでしょ。それに……予算が』
パウワウ(ここで略すとあしかになると気付いた)ー。
などという展開が先ほどまで繰り広げられていたんだけどね、すぐにすぐに丸まってしまったのは驚きだ。愕然とまではいかない。
学部近くで見たことがある気がする女子だった気がするけど、話したことある相手かもしれないけど、誰だっけ。今は良いか。この重複はなんかそして不自然だ。
ノルウェイの森やフリーター、家を買う。が売れているようにちょうどGANTZもピーク時期らしい。どうだろうでも一巻からなかなか際どいからなアレ、耐性ある人でなければきついかも。でもマンガだしあくまで絵だと考えれば問題ないのか。いや、むしろそうやって歪めているところが間違いか。娯楽のつもりで性の領域には触れてはいけないのだ。誰の憤慨なんだこれは。
まあ一巻で投げ出した僕なんかが言えることは少ないけど、見る人は覚悟しといてね、警告しとくよ。誰だよ僕って。
さて、それじゃあ続きを読もう。と、途中で閉じてしまったから開いてもう一回さっきまでのページ数を探している時だった。
「君はいつも何か読んでいるな」
などと仕事合間の暇潰しに興じようとしたところ、高い所から声が落ちてくる。その姿を確認するや否や僕は表情を変えた。それは雰囲気がガラリと、スパッと切り裂かれたように変わったためでもある。
「また来てくれましたね」
すぐさま営業スマイルで相手を迎える。だって贔屓のお客さんだから。こんな店によくも悪くもよく来るものだ。
「君との話もなかなか面白いからな」声は降ってくるけれど、表情をしばらくこの形に瞬間凍結しておいて、再びお客さんの周りに視線を泳がせる。細身でカジュアルな服装に身を包むお兄さんならいくらでもいるだろうけど、この人を語るにおいてプラスしなければならない事象、というか生き物がいる。
そこから決して引くことのできない、彼らは常にツーマンセル。
「いらっしゃいませ」
と、ようやっとその人物をあの人物だと確信できたので挨拶とお辞儀の連結行動をしておく。多分言うべきは目の前の人物なのに声を足下に向けてしまうのは一種の挑戦だ、黒いもふもふのネコ目イヌ科さん(名前は知っているけど心では言わない、なんとなく)はでもそんなもの聞く気もないようで一緒に来た人物を引っ張りこちらへ尻尾を向けている。彼女だけには帰宅の意がある。久賀さんがいなければ帰られていたところだ。
久賀さんは店内に入る時必ずこの犬さんと歩みを共にする。その事に関して僕も久賀さんも互いに何も言わないから問題に発展していない。気の持ちようだこれも、問題視する意味も分からない。
「いつもではないんですけどね。量の少ない仕事だっていうのは否定しませんが」
「運動量は関係ないさ。自分が見越した結果と見合っているかどうかが問題だから。それで何を読んでいるんだ」
「アニメ映画のノベライズ」
「ああこれか、そんなのがあったんだな」
「あんまないんですけどね。小説にしてみたっていうインパクトは強かったんで印象的ですよね」
今はちょうど電気鼠と全力男ご一行がモモ太郎的な名前の愛玩鼠の声に似た声(当時のCMを思い出して)の黒ギツネと会ったシーン、つまりまだ読み始めたところだ。
「面白いのか」
「まだ序盤ですよ」
そんな会話は成り立つものの僕らの距離感は広まるばかり。僕と、優雅な恒温動物さんの。
外に出ないだけましとはいえ、僕から死角となるところでちょうど歩みを止めている。見たくはない、けれどいなければならない。彼女も苦労しているな、誰のせいだかまったくもう。
「そんなにこの年のものが面白かったのか」
久賀さんも互いを意識しながらか、適当な距離にいるがやはり犬さん側に立つのは仕方のないこと。とりあえず話を続けながら久賀さんは本に手を伸ばしているけど、どうして粋ズィーに触れたんだ。
「いえ見ていないんでなんとも言えません、ただ」
ぼん、とそこで僕はわざとのような音を立てて本を閉じていた。
「一番はジラーチですねゆるぎません」
久賀さんは中を見ず粋ズィーを戻し僕へと視線を向ける。探していたものと違ったか、いきなり音を立てたからか。どっちでもいいか今は。
口を開くと、身振り手振りまでつけてしまっていた。
「何て言うんですか。感動所を押さえているというか。どうしようもない別れをあれは変に歪めることなく描いているんですよ。しかも誰も絶望していない、これがあったから少年達は大人に成長した、っていう教訓が嫌みなく使えるし、あそこから毛色というか経路というか変わってしまいましたね。勿論背景見とか子ども向けとかそういう要素を考えたら他のシリーズも良作だらけですよ。いえテーマ性だったら最初の奴なんかには敵わないかもしれませんが僕は――」
はっと思ったが、こういう時に限って千景さんは僕の話をよく聞いていた。犬さんは相変わらずこちらに目を向けない。
「……なんて言ってもガキくさいって一蹴ですけどねー」
顔が赤くなったりはしないけど、なんとなく恥ずかしい。僕は広げていた腕を折りたたみ、手に持つ小説を読みやすいように位置を固定する。久賀さんは僕を見たままで「そういうものか」とつぶやく。声から感情を読み取れない、サイコさん設定は無いものね。
「そうですね。周りに同意見がいないってだけかもしれませんが」
題材も題材だしね。それなりに盛り上がるだろうけど、自分の中で意見がはっきりしていないから、未見の人への説明も、マニアの人との同調も出来ない。中途半端はだめだよな。などと考えていたら「いや」と遠くからよく響く声があるではないか。
「周りも何も、同意見なんて無いだろう」
と、千景さんのトーンに変調は無い。ただ、少しだけこちらに見える位置、犬さんが千景さんを見える姿勢で、犬さんが落ち着いた眼差しを千景さんに送っていた。
「人に理解されたい思いもあるだろうがそれは無理な話だ。感想に同じものなんてないさ、作品なんて特に露骨らしいぞ。例えば文字が読めるか読めないかでどこまで理解できるか決まる」
「最低限の話ですね。でもそれを味としているとかで無い限りは難しい漢字をただ使うだけの文章は嫌悪されますよね。僕は好きなんですが」
「そうだ好き嫌いで二択。そこで半数が落とされるんだ。第一、全くの同一も嫌悪感を伴うらしいぞ。昔教育テレビで見た話であるけど。シャネルだか裕一だかのモノマネ料理人と緑帽子に灰色肌の駅員との掛け合いだった。駅員の方が料理人の真似をしているんだ。選択肢は必ず合わせる、髪をかきあげるといった細かい動きもだ。それが愛情表現の一種かもしれないと料理人は後になって気付くんだが、気付く前はとにかく煙たがっていたうろ覚えでタイトルさえ出てこないな。世代が違うかもしれないのに」
「いえ遊びダマなしのどストライクですよそれ」
などと返しながら僕は本の表面をなぜる。そして思い出す。前、中学時代か、感想を言っても分かってもらえず、自分も言う気が無くなったあの頃。
分かる分かると、行ってほしいのか僕は。
ここがいい、ここが悪い、他はこうなのに、全部僕と同じ、僕の感想だ。
それで僕は、相手に何を思うだろう。
「無理に合わせてもらいたくないだろうし、そんな合わせる必要は無いんだ」
真似されること。中途半端にやられればそれもありだろう。けれど、元に近付けば近付くほど、掌を返したように人は気分を害する。
自分がオリジナルと思いたいから、独占欲に守られる、横取りすればそれは頭にくる。
取られたくない、とるな、それは僕のものだ。
「持っている内はその意見を大切にしておいて損は無い。君の持つ意見も感想も印象も自分のものだ。否定的な思想もまとめてな。いいじゃないか、守りに徹しているってことだろう」
なぜだろう、ここであの、今頃弟の世話でもしている派手髪巨人を思い出す。今日はまだ来ていないのに、来なくて嬉しい。なぜならそれは来た時の苦労をすでに経験しているから。経験によって生み出されてしまった、捨てたいのにないと困る、拒絶反応。
無くて嬉しいも、自分の意見。
そうやって僕は守っている僕自身を。
嫌いを作っておくことで、嫌いとの付き合い方を知る事が出来る。
「そうでしたね」
なるほどね。もろ手をあげたい気分だった。そもそも勝ち負けではないし判定の仕方は犬さん次第だし、消去法、よってやはり僕の完全敗北だ、悔しくないよ、ホント。
共感など無いと言われたばかりだけれど、この人と自分は割と似通っている部分もあるのかもしれない。
以前人と話すのが趣味と言っていた、その人物の意見が知りたいから。可能性を信じている。人間に内包されているものへの興味を捨てきれない。
この人はただ踏み込もうとしない。全てを自分の中で収めて、影響を与えないように突き放すような思考までしてしまう、だからかき乱しはしない。ワンセンテンスぐらいだ。じわじわとセコイ手で押し迫り、ぐっちゃぐっちゃにしたがる僕とは大違い。
それに、彼の隣にいつもいてくれる存在、確かな存在感を持った存在は僕に無い。昔いたとかいっても、それは違う話だろう。
まあそれもあくまで僕一人が抱く考えなんだけれど。全然似てねぇよ! とキレる人がいてもいいのだ。キレる犬がいてもいいのだ。嫌われることでもね、こうして心の声なら聞かれないんだよやったね。
「すまない」
と、今度見てみたら千景さんに、ばつの悪い仕草が追加されていた。そして犬さんにはそんな千景さんに対する感傷的な表情が付加されていた。
「何がですか」
「話しこんでしまった事だ。他人の意見を聞くことが趣味というか日課だからどうにも会話を重んじて時間をかけてしまう。仕事中の相手までにするとは俺も失礼だな」
何を言うんですか千景、あなたに非など見当たらないではないですか、言うならこの男が悪いではないですか、見て下さいよ今だって全然反省した素振りなんて見せていないのですよ。
「いや、それは話に乗ったこっちの責任ですよ普通」
うんうんそうです何も千景はわるいことありませんよ、頷きながらそんな感情を犬さんは示しているのかもしれない。
「お詫びではないが買わせていただこう、元々本を買いに来たんだ」
「それは何より。本屋に出来る事って、本を売るぐらいなんですよ」
などとしばらく見て回る。そういうからには何を買うか決まっていると思っていたんだがそうでもないらしい。
結局千景さんはある一冊の本を買っていった。絶対本来の目的では無い。何故なら。
「たまにはいいものさ、童心に帰って読書をするのも」
「そうですね、ちなみにどれが一番好きでした?」
「原作派なんだ」
「ならミュウツーは鉄板ですから見ても損は無いですよ」
千景さんは振り返ってくれた。ただ思いのほか自動ドアが開いて(パウ省略)歩道に出ていくまでの時間は短かった。先導するもふもふ族さんが早く帰りたいんだとさ。ちょっともこっちを見やしなかった。次来る時にもう少し仲良くできたらな。
あまり言うと自分の趣味がおかしな方向にいきそうだ。ここらで軌道修正しておくか。
久賀千景。我が大学の伝説の人。噂の絶えない生きた不可思議。
あの人こそ、仕事をした方がいいのではないだろうか。
あるいは、あの人達はひょっとして。
僕は本を開く、この先彼らに待ち受ける運命は果たして! 僕はそれを見て何を抱くだろう。あの人は同じシーンをどう取るんだろう。分かりはしない、ただせっかく金まで出してもらったんだ、少しでも楽しんでほしい気がする、でもどうだろうなぁ。
集中できないためすぐに閉じた。今度はあまり音を立てなかったけれど、どの道聞き手はいないか。まだ仕事は残っているが蔵書整理くらいだ、時間はまだある。次のお客さんか、物喋る大木が来るまで僕は、あの人達の人生を想像してみる。
「いやー。平和な一日だと平和で実にいいねぇ」
何言ってんだと言われればつまりそういうことである。重複ホント便利ね。
仲の良くないウドの大木がいない店内は実に広々として風通しもいいし日当たりもバツグン。コンビの方を最初「イクスガン」と読んでしまったのは僕だけだろうか。そんな呑気な気分になれるほど今この本屋はそんなムワムワとした、薄緑の植物が点々と自生している壁にピンクの綿毛が張り巡らされているような空間、に似た空気に包まれている。乾燥してない訳じゃないよ。今なら本達の声も聞こえそうだ、早く売ってよー、そんなこと言う奴は食べちゃうぞー、文学少年と昼下がりの呆け(シエスタ)。あー駄目だ、あそこまで髪長くなかったや残念。
手に持つ物へと視線を戻す前にもう一度店内を見回しておく。今日は10日とか25日みたいにどっと新刊本がくる日でもないし、それが起因にならない範囲でお客さんも現在は自宅待機か他の有意義な活動に当てているのだろう。さっきまでは珍しくいたんだけどね一人。
パウワウワウー(僕の耳って、ひょっとして、耳たぶ小さいからピアス開けられないかもしれない、と思った時だった)。
『いらっしゃいませー』
『漫画コーナーはどこですか』
『あちらになりますが』
『あー、いーや直接聞いちゃえ、探しているんですけど』
『何をですか』
『「GANTZ」全巻』
『ああ……今切れちゃってますね』
『マジか……いいですじゃあ』
『飛び飛びでいいなら余っていない事も』
『いいですいいです。本当に知りたい人生ならちゃんと順を追っていかないとそれは見た事にならないでしょ。それに……予算が』
パウワウ(ここで略すとあしかになると気付いた)ー。
などという展開が先ほどまで繰り広げられていたんだけどね、すぐにすぐに丸まってしまったのは驚きだ。愕然とまではいかない。
学部近くで見たことがある気がする女子だった気がするけど、話したことある相手かもしれないけど、誰だっけ。今は良いか。この重複はなんかそして不自然だ。
ノルウェイの森やフリーター、家を買う。が売れているようにちょうどGANTZもピーク時期らしい。どうだろうでも一巻からなかなか際どいからなアレ、耐性ある人でなければきついかも。でもマンガだしあくまで絵だと考えれば問題ないのか。いや、むしろそうやって歪めているところが間違いか。娯楽のつもりで性の領域には触れてはいけないのだ。誰の憤慨なんだこれは。
まあ一巻で投げ出した僕なんかが言えることは少ないけど、見る人は覚悟しといてね、警告しとくよ。誰だよ僕って。
さて、それじゃあ続きを読もう。と、途中で閉じてしまったから開いてもう一回さっきまでのページ数を探している時だった。
「君はいつも何か読んでいるな」
などと仕事合間の暇潰しに興じようとしたところ、高い所から声が落ちてくる。その姿を確認するや否や僕は表情を変えた。それは雰囲気がガラリと、スパッと切り裂かれたように変わったためでもある。
「また来てくれましたね」
すぐさま営業スマイルで相手を迎える。だって贔屓のお客さんだから。こんな店によくも悪くもよく来るものだ。
「君との話もなかなか面白いからな」声は降ってくるけれど、表情をしばらくこの形に瞬間凍結しておいて、再びお客さんの周りに視線を泳がせる。細身でカジュアルな服装に身を包むお兄さんならいくらでもいるだろうけど、この人を語るにおいてプラスしなければならない事象、というか生き物がいる。
そこから決して引くことのできない、彼らは常にツーマンセル。
「いらっしゃいませ」
と、ようやっとその人物をあの人物だと確信できたので挨拶とお辞儀の連結行動をしておく。多分言うべきは目の前の人物なのに声を足下に向けてしまうのは一種の挑戦だ、黒いもふもふのネコ目イヌ科さん(名前は知っているけど心では言わない、なんとなく)はでもそんなもの聞く気もないようで一緒に来た人物を引っ張りこちらへ尻尾を向けている。彼女だけには帰宅の意がある。久賀さんがいなければ帰られていたところだ。
久賀さんは店内に入る時必ずこの犬さんと歩みを共にする。その事に関して僕も久賀さんも互いに何も言わないから問題に発展していない。気の持ちようだこれも、問題視する意味も分からない。
「いつもではないんですけどね。量の少ない仕事だっていうのは否定しませんが」
「運動量は関係ないさ。自分が見越した結果と見合っているかどうかが問題だから。それで何を読んでいるんだ」
「アニメ映画のノベライズ」
「ああこれか、そんなのがあったんだな」
「あんまないんですけどね。小説にしてみたっていうインパクトは強かったんで印象的ですよね」
今はちょうど電気鼠と全力男ご一行がモモ太郎的な名前の愛玩鼠の声に似た声(当時のCMを思い出して)の黒ギツネと会ったシーン、つまりまだ読み始めたところだ。
「面白いのか」
「まだ序盤ですよ」
そんな会話は成り立つものの僕らの距離感は広まるばかり。僕と、優雅な恒温動物さんの。
外に出ないだけましとはいえ、僕から死角となるところでちょうど歩みを止めている。見たくはない、けれどいなければならない。彼女も苦労しているな、誰のせいだかまったくもう。
「そんなにこの年のものが面白かったのか」
久賀さんも互いを意識しながらか、適当な距離にいるがやはり犬さん側に立つのは仕方のないこと。とりあえず話を続けながら久賀さんは本に手を伸ばしているけど、どうして粋ズィーに触れたんだ。
「いえ見ていないんでなんとも言えません、ただ」
ぼん、とそこで僕はわざとのような音を立てて本を閉じていた。
「一番はジラーチですねゆるぎません」
久賀さんは中を見ず粋ズィーを戻し僕へと視線を向ける。探していたものと違ったか、いきなり音を立てたからか。どっちでもいいか今は。
口を開くと、身振り手振りまでつけてしまっていた。
「何て言うんですか。感動所を押さえているというか。どうしようもない別れをあれは変に歪めることなく描いているんですよ。しかも誰も絶望していない、これがあったから少年達は大人に成長した、っていう教訓が嫌みなく使えるし、あそこから毛色というか経路というか変わってしまいましたね。勿論背景見とか子ども向けとかそういう要素を考えたら他のシリーズも良作だらけですよ。いえテーマ性だったら最初の奴なんかには敵わないかもしれませんが僕は――」
はっと思ったが、こういう時に限って千景さんは僕の話をよく聞いていた。犬さんは相変わらずこちらに目を向けない。
「……なんて言ってもガキくさいって一蹴ですけどねー」
顔が赤くなったりはしないけど、なんとなく恥ずかしい。僕は広げていた腕を折りたたみ、手に持つ小説を読みやすいように位置を固定する。久賀さんは僕を見たままで「そういうものか」とつぶやく。声から感情を読み取れない、サイコさん設定は無いものね。
「そうですね。周りに同意見がいないってだけかもしれませんが」
題材も題材だしね。それなりに盛り上がるだろうけど、自分の中で意見がはっきりしていないから、未見の人への説明も、マニアの人との同調も出来ない。中途半端はだめだよな。などと考えていたら「いや」と遠くからよく響く声があるではないか。
「周りも何も、同意見なんて無いだろう」
と、千景さんのトーンに変調は無い。ただ、少しだけこちらに見える位置、犬さんが千景さんを見える姿勢で、犬さんが落ち着いた眼差しを千景さんに送っていた。
「人に理解されたい思いもあるだろうがそれは無理な話だ。感想に同じものなんてないさ、作品なんて特に露骨らしいぞ。例えば文字が読めるか読めないかでどこまで理解できるか決まる」
「最低限の話ですね。でもそれを味としているとかで無い限りは難しい漢字をただ使うだけの文章は嫌悪されますよね。僕は好きなんですが」
「そうだ好き嫌いで二択。そこで半数が落とされるんだ。第一、全くの同一も嫌悪感を伴うらしいぞ。昔教育テレビで見た話であるけど。シャネルだか裕一だかのモノマネ料理人と緑帽子に灰色肌の駅員との掛け合いだった。駅員の方が料理人の真似をしているんだ。選択肢は必ず合わせる、髪をかきあげるといった細かい動きもだ。それが愛情表現の一種かもしれないと料理人は後になって気付くんだが、気付く前はとにかく煙たがっていたうろ覚えでタイトルさえ出てこないな。世代が違うかもしれないのに」
「いえ遊びダマなしのどストライクですよそれ」
などと返しながら僕は本の表面をなぜる。そして思い出す。前、中学時代か、感想を言っても分かってもらえず、自分も言う気が無くなったあの頃。
分かる分かると、行ってほしいのか僕は。
ここがいい、ここが悪い、他はこうなのに、全部僕と同じ、僕の感想だ。
それで僕は、相手に何を思うだろう。
「無理に合わせてもらいたくないだろうし、そんな合わせる必要は無いんだ」
真似されること。中途半端にやられればそれもありだろう。けれど、元に近付けば近付くほど、掌を返したように人は気分を害する。
自分がオリジナルと思いたいから、独占欲に守られる、横取りすればそれは頭にくる。
取られたくない、とるな、それは僕のものだ。
「持っている内はその意見を大切にしておいて損は無い。君の持つ意見も感想も印象も自分のものだ。否定的な思想もまとめてな。いいじゃないか、守りに徹しているってことだろう」
なぜだろう、ここであの、今頃弟の世話でもしている派手髪巨人を思い出す。今日はまだ来ていないのに、来なくて嬉しい。なぜならそれは来た時の苦労をすでに経験しているから。経験によって生み出されてしまった、捨てたいのにないと困る、拒絶反応。
無くて嬉しいも、自分の意見。
そうやって僕は守っている僕自身を。
嫌いを作っておくことで、嫌いとの付き合い方を知る事が出来る。
「そうでしたね」
なるほどね。もろ手をあげたい気分だった。そもそも勝ち負けではないし判定の仕方は犬さん次第だし、消去法、よってやはり僕の完全敗北だ、悔しくないよ、ホント。
共感など無いと言われたばかりだけれど、この人と自分は割と似通っている部分もあるのかもしれない。
以前人と話すのが趣味と言っていた、その人物の意見が知りたいから。可能性を信じている。人間に内包されているものへの興味を捨てきれない。
この人はただ踏み込もうとしない。全てを自分の中で収めて、影響を与えないように突き放すような思考までしてしまう、だからかき乱しはしない。ワンセンテンスぐらいだ。じわじわとセコイ手で押し迫り、ぐっちゃぐっちゃにしたがる僕とは大違い。
それに、彼の隣にいつもいてくれる存在、確かな存在感を持った存在は僕に無い。昔いたとかいっても、それは違う話だろう。
まあそれもあくまで僕一人が抱く考えなんだけれど。全然似てねぇよ! とキレる人がいてもいいのだ。キレる犬がいてもいいのだ。嫌われることでもね、こうして心の声なら聞かれないんだよやったね。
「すまない」
と、今度見てみたら千景さんに、ばつの悪い仕草が追加されていた。そして犬さんにはそんな千景さんに対する感傷的な表情が付加されていた。
「何がですか」
「話しこんでしまった事だ。他人の意見を聞くことが趣味というか日課だからどうにも会話を重んじて時間をかけてしまう。仕事中の相手までにするとは俺も失礼だな」
何を言うんですか千景、あなたに非など見当たらないではないですか、言うならこの男が悪いではないですか、見て下さいよ今だって全然反省した素振りなんて見せていないのですよ。
「いや、それは話に乗ったこっちの責任ですよ普通」
うんうんそうです何も千景はわるいことありませんよ、頷きながらそんな感情を犬さんは示しているのかもしれない。
「お詫びではないが買わせていただこう、元々本を買いに来たんだ」
「それは何より。本屋に出来る事って、本を売るぐらいなんですよ」
などとしばらく見て回る。そういうからには何を買うか決まっていると思っていたんだがそうでもないらしい。
結局千景さんはある一冊の本を買っていった。絶対本来の目的では無い。何故なら。
「たまにはいいものさ、童心に帰って読書をするのも」
「そうですね、ちなみにどれが一番好きでした?」
「原作派なんだ」
「ならミュウツーは鉄板ですから見ても損は無いですよ」
千景さんは振り返ってくれた。ただ思いのほか自動ドアが開いて(パウ省略)歩道に出ていくまでの時間は短かった。先導するもふもふ族さんが早く帰りたいんだとさ。ちょっともこっちを見やしなかった。次来る時にもう少し仲良くできたらな。
あまり言うと自分の趣味がおかしな方向にいきそうだ。ここらで軌道修正しておくか。
久賀千景。我が大学の伝説の人。噂の絶えない生きた不可思議。
あの人こそ、仕事をした方がいいのではないだろうか。
あるいは、あの人達はひょっとして。
僕は本を開く、この先彼らに待ち受ける運命は果たして! 僕はそれを見て何を抱くだろう。あの人は同じシーンをどう取るんだろう。分かりはしない、ただせっかく金まで出してもらったんだ、少しでも楽しんでほしい気がする、でもどうだろうなぁ。
集中できないためすぐに閉じた。今度はあまり音を立てなかったけれど、どの道聞き手はいないか。まだ仕事は残っているが蔵書整理くらいだ、時間はまだある。次のお客さんか、物喋る大木が来るまで僕は、あの人達の人生を想像してみる。
思信の予想……「ポケモンブリーダーのクガチカゲが現れた。
いけ、『ヤチヨサン』!
ヤチヨサンはどうする? 技……おんがえし
みやぶる
かぎわける
シンプルビーム
クガチカゲはしかし『みがわり』を発動した! ヤチヨサンは(急ぐことなく)にげだした。
うまくにげきれた!
あいてのポケモントレーナーは、『ピッピにんぎょう』を手に入れた」
いけ、『ヤチヨサン』!
ヤチヨサンはどうする? 技……おんがえし
みやぶる
かぎわける
シンプルビーム
クガチカゲはしかし『みがわり』を発動した! ヤチヨサンは(急ぐことなく)にげだした。
うまくにげきれた!
あいてのポケモントレーナーは、『ピッピにんぎょう』を手に入れた」
- あとがき
ぶっちゃけ当初のネタが被りそうだったので急きょ別案を持ち込んだ模様です。こんな変化球もたまにはありかと。
そうですね、早いうちにむずかしめの辞書でも買おうかと思います……。
そうですね、早いうちにむずかしめの辞書でも買おうかと思います……。