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ふたり暮らし~百合色の日々~_2 - (2006/03/20 (月) 21:40:45) のソース

*11話「翌朝見たら拾われて行った後だった」

「ね~ね~彩ちゃん」
「ん?」

  ハマグリの身を貝殻から剥がしながら答える。

「……また、見つけちゃったの」
「何を?あむっ」

  土鍋からあがる湯気の向こうで志穂が少しうつむく。

「あのね……猫ちゃん」
「ダメだからね、ミルクだけで手一杯なんだから」
「にう?」

  ご飯を食べていたミルクがこちらに向かって歩いてきた。

「こらこら、呼んだんじゃないって」
「にぃ~」


                    ■


「ほら、これ見て」

  パジャマに着替え終わった彩ちゃんに写メ見せてあげたの。

「あ、さっき言ってた捨て猫?」
「うん」

  彩ちゃんが携帯見てる間に志保もパジャマに着替えたの。色違いのお揃いの柄だよっ!

「それじゃ、歯磨いてくるね」
「あ、うん」

  洗面所から帰ってきたら、彩ちゃんまだ写メ見てたの。

「彩ちゃ~ん、歯、磨かないの?」
「ん~」

  ――1時間後

「あ~や~ちゃ~ん~、寝ようよぉ~」
「ん~」

  腕掴んで揺すっても猫ちゃんの写メに釘付けなまんま。志保怒るよ?

「にぅぅ……」

  ほらミルクも眠いって……あ、そうだ。ミルクおいで~。
  よし抱っこして……いけ、ミルク!

「うにっ」

  ぷすっ

「ぎゃー!」


*12話「カップうどんもあったのに……」

  小腹空いたなぁ~……
  彩ちゃんはお出かけ中だし。
  とりあえずうどんでも作ろっと。

  冷凍うどんと、粉末だしの元……うん、これならいくらなんでも失敗しないよね。
  ふんふ~ん♪
  うどんを茹でて~、だしの元どば~♪

  あ、そうだ。とろみ付けたらいい感じになりそうだね。志穂あったまいい!
  片栗粉、片栗粉っと……確かきゅっきゅって感じの白い粉……あったあった。
  何でトウモロコシの絵が描いてるんだろ……まぁいいや、気にしない。
  どばっ。


                    ■


「――で、コーンスターチ全部入れちゃったのね」
「うん……」

  買い物から帰ってきたら、志穂がまた得体の知れない物を作っていた。
  鍋の中で薄茶色の物体が固まっていて、
  そこからぴょこんぴょこんと白い物体が飛び出している。

「おうどんにね、とろみ付けようと思って……」
「はぁ……」

  さすがに食べられないよね、このうどんモドキは。

「……志保がしとくね、片付け」
「いいよ、アタシも手伝う」
「彩ちゃん……やさしいね、チュッ」

  いや、これ以上台所荒らされても困るから。


*13話「デートで一回使ったきりなのにぃっ!!」

「それじゃマユちゃん、お願いね」
「は~い、お二人ともゆっくりして来て下さいね」
「ごめんなさいね……ミルク、いい子にしてるのよ」

  彩さんがケージの中を覗き込む。
  それにしても毎度の事ながら綺麗だなぁ、彩さん。

「に~」

  ミルクちゃんのか細い声を後にして、
  二人がウチの玄関から出て行った。
  何でも志穂さんが久々に有給取れたとかで、
  一泊二日の温泉旅行に行ってくるそうな。

「よろしくね、ミルクちゃん」
「に~」

  ケージと、志穂さんから預かった
  ミルクちゃんお泊りセットの入ったバッグを抱えて
  部屋へと戻った。


                    ■


「ミ~ルクちゃ~ん」
「に~……」

  ケージのフタを開けて呼びかけるが、
  隅っこでへばりついて出てこようとしない。

「ほらおいでおいで~」

  お泊りセットに入っていたねこじゃらしを
  顔の前で振ってみせるが、反応しない。

「参ったなぁ……ん?」

  プルルル……がちゃっ。

「はい、木戸です……あ、大泉君?」

  彼氏からの電話でした。休日の朝っぱらから何用なのやら。

「ん~ゴメン、今日はちょっと出かけられないや。
志穂さんから猫預かってて」

  ちらっとケージの方を見る。相変わらず引きこもってるっぽい。

「真っ白な子猫ですごく可愛いの。
あ、来る?じゃ折角だしお昼ウチで食べなよ」

  またまたちらっとケージを見る……

「お?猫ちゃんケージから出てきた。
いやさぁ、ウチ来たの初めてだから怖がって出てこなくって……」

  ん?丸めて置いといたストールの上乗っかっちゃった。

「ありゃ、さすが志穂さんとこの猫ちゃんだわ。
カシミアのストールの上に……」

  そして、フルフルと震えて……

「げっ!ちょ、ちょっと!ダメだって!」

  受話器から顔を外してミルクちゃんの方へと悲鳴をあげる。
  その声に反応してひょいとストールから飛びのく。

「……やられた。いや、ウンチはしてない。
……うん、ホワイトデーに貰った……ごめん……」
「にぃ~」

  悪びれもせず、私の方へと歩いてきて足にしがみついて来……

「ぎゃーっ!」

  爪刺さったー!


*14話「志穂と彩」

  お弁当、お弁当~ふんふふ~ん♪

「もう……まだ乗って三十分も経ってないでしょ」
「だって志穂、お腹空いちゃったんだもん」

  シート備え付けのテーブルを開いてビニールごそごそやってたら、
  彩ちゃんがあきれたように言ったの。
  名古屋まで新幹線で二時間、さらに特急に乗り換えて一時間。
  今の内にお弁当食べておけば、向こう着く頃には
  丁度いい腹具合になってるはず。志穂やっぱり頭いいね。

「はい彩ちゃん、あ~ん」
「まったく……」

  シューマイあげるから機嫌直してね。
  ……彩ちゃんの唇可愛いなぁ。

「うん……おいひいわね、このシューマイ」
「志穂のちゅーとどっちがおいしい?」
「……バカ」

  うん、照れた所も可愛いよ。
  それにしてもまだまだ窓の外ビルだらけだなぁ。

「ねぇ志穂ぉ」
「ん~?」
「ミルクちゃんといい子にしてるかなぁ、お泊りするの初めてだし……」
「きっと大丈夫だよ、マユちゃんしっかりしてるし」

  あ、だいぶ緑が増えて来た。

「ほら彩ちゃん、見て見て」
「わぁ、綺麗なお花畑~」

  彩ちゃんが通路側の席から私の方へと身を乗り出して来たの。
  えい、むぎゅーっ!

「こ、こらっ、やめなさいこんな所でっ!」
「だって彩ちゃん可愛いんだもん」
「もぉ……」

  抱きしめたついでに頭なでなでしてあげるね。

  ん~、そろそろ静岡かな。

「ちょっとトイレ行ってくるね」
「うん、分かった」

  彩ちゃんが席を立ったの。
  それにしても緑がキレイだな~、年取ったらこういう所で暮らすのも……

「あぁ!?ざけんなよ!」

  ひぃっ!な、何?

「立場分かってんのかオイ、絶対に明日までに……」

  電話……?やだ、そんな大声出さないで……

「目処が付かねぇだぁっ!?」

  ごめんなさいっ!お願いだから殴らないでっ!
  助けてっ!
  彩ちゃん助けてぇっ!!

    
                    ■

                                        
  トイレから出て車両へと戻ると、男の怒鳴り声が聞こえて来た。

――まずい!

  大急ぎで座席へと戻る。
  途中でちらりと声の主を見る。
  二十代ぐらいのチンピラ風の男が座席で携帯に向かってがなりたてている。

「志穂!」

  思った通りだ。
  座席で体を抱え込むようにしてうずくまりながら、ガタガタ震えている。

「大丈夫だよ、もう大丈夫だから」
「彩ちゃん、彩ちゃん、彩ちゃん……」

  荒い呼吸でアタシの名を呼び続ける志穂をぎゅっと抱きしめる。
  幸いにも電話が終わったらしく、男の声が途絶えた。

「誰も志穂の事傷つけたりしないから、大丈夫だから」

  徐々に呼吸が落ち着いてきた。だが、震えが一向に治まらない。

「彩ちゃん」
「なぁに、志穂」
「ごめんね、ごめんね……」
「いいんだよ、志穂は何も悪く無いんだから」

  しっかりと抱きしめたまま頭を撫でてやる。

「志穂、大好きだよ」
「ごめんね……ごめんね……」
「アタシが付いてるから、大丈夫だから」

  だんだんと震えも治まってきた。

「落ち着いた?」
「うん……ありがとうね、彩ちゃん」
「名古屋着いたら少し休もっか」
「うん、ごめんね」


*15話「出来るものなら分けて欲しい」

  彩ちゃんの腕にしっかりしがみ付きながら、
  休めそうな所を探して駅構内を歩き回ったの。

「やっぱり改札から出ないと駄目っぽいね」
「う~ん、土産物屋しか無いなぁ……」

  ん?何かおいしそうな匂い……

「どうしたの?」

  彩ちゃんを引っ張って匂いのする方向に向かったの。

「あら、食堂街」
「よし大当たり!」

  壁に張り付いている案内板を見上げる。
  全部で六店舗入ってるんだね。

「どこにしよっか」
「ん~……」

  洋食、うどん、イタリアン、カレー専門店……
  あ、そうだ。名古屋と言えば……

「ここにしよ!」


                    ■

                                        
  確か二時間ぐらい前にお弁当食べたのよねぇ、この子……
  しかも、発作まで起こしたって言うのに……

「ねぇ、志穂……」
「ん~?ずるずる」
「よく食べられるわね……」

  味噌煮込みうどん大盛り。
  ウチのどんぶりの倍は入ってるだろうし、この土鍋。

「うん、別腹別腹」
「初めて聞いたわ、うどん別腹って」

  ホント、このちっこい体のどこに収まってんのか不思議でならないわ。
  あ~見てるだけでお腹ふくれてきた。

「ふぅ~、美味しかった」

  キレイにおつゆまで全部飲んじゃって……

「満足した?」
「うんっ!」

  まぁでも元気になってくれてよかったわ。

「あ、すいませ~ん、みつ豆一つ追加で~」
「……太るよ?」
「大丈夫大丈夫!」

  そう言いながら手で胸をぽよんぽよんとさせてみせる。

「養分全部ここに詰まってるから」

  そういう問題じゃ無いだろ。

「……彩ちゃんにも分けたげよっか?」

  名古屋に来てまでそれかぁぁぁぁっっ!!!
  ってか哀れそうな視線で見るなぁぁぁぁあっっ!!!

  ……ぐすん。


*16話「のぞき大観音」

「それではこちらの方に記帳を」
「はい」

  旅館の係員に促され、宿泊手続きを取る志穂の後ろ姿を
  ぼんやりと眺める。
  ふわふわした絨毯、細かい飾り細工が施されたきらびやかな天井。
  志穂が言うには、何でも大正から続く老舗旅館で
  地酒やら源泉を利用した化粧品やらにも力を入れているんだとか。

「彩ちゃ~ん」
「ほいほい」

  呼ばれ、ひょこひょことカウンターの方へと歩いていく。

「はい、記帳お願いね」

  ボールペンを受け取り、カウンターの上に広げられた帳面へと視線を移す。
  んっと、住所は同上でいっか。
  名前……ん?
  !!
  ポーカーフェイスのまま、『神戸彩』と名前を書き入れる。

「書けた?」

  志穂が横から覗き込んできた。
  ちらりとその笑顔を一瞥し、さっと視線をそらす。

「……バカ」
「んふふ~」

  『神戸彩』と書かれているすぐ隣に、アタシとは比べ物にならないような
  きれいな字で『神戸志穂』と。
  あ~もう何書いてんのよこの子はもぅっ!
  そう書くならそう書くと言いなさいよまったくっ!
  ……もぅ~、バカバカっ!

    
                    ■


「到着ぅ~」

  係員に案内され、五階の客室へと通された。
  さらっとしたさわり心地の、金糸銀糸で飾られたふかふか座椅子が
  まさに高級旅館といった風情をかもし出している。

「ほら彩ちゃん、見て見てっ」

  志穂が奥の障子を開け、その向こう側から顔をのぞかせながらはしゃぐ。

「へぇ、これが言ってた露天風呂?」

  畳が敷かれた客室の奥の板張り部分より、障子で隔たれたさらに奥。
  石作りの床の上にすのこが引かれ、脇に焼き物で作られた風呂が備え付けられていた。
  ざらっとした風呂の縁をコンコンと叩く。

「一緒に入ってもゆっくり出来そうだねっ、こんだけ大きいと」
「うん。ウチのバスタブだと志穂、アタシの足の上に座らないと一緒に入れないもんね」

  まぁそれはそれでぴったりくっつけて嬉し……いやいや何でもない。
  竹で作られたついたての向こう側を見上げる。
  青々とした山がいくつも連なる様がはっきり見て取れる。
  心なしか、空気も透き通って見える。

「ここからも見えるね~」

  志穂の声に振り向き、今まで見ていたのとは真逆の方角を見る。
  金ぴかの仏像の上半身が衝立の向こう側ににょっきりと生えていた。

「大っきい観音様だね」

  あの観音像の足元に、今回ここに来た理由がある。
  志穂の隣に立ち、そっと手をつなぐ。

「……大丈夫だよ、彩ちゃん。もう、十年以上前の事だし」

  いつもと変わらない笑顔で答えた。
  脳裏に数時間前の、震えながら謝り続けていた姿が浮かぶ。

「無理しなくてもいいんだよ、志穂」
「うん……大丈夫だから。ありがとう、彩ちゃん」


*17話「二人の誓い」

  荷物を宿に置き、徒歩で観音様の方へと向かう。
  志穂は温泉行くついでに折角だからと言っていたが……
  手をつないだまま、志穂にぴったりと寄り添う。

「ん~?」

  微笑みながらアタシを見上げる志穂に微笑みを返し、正面へと向き直る。
  観音様が段々と近づいてきた。
  水子供養で有名だと言うお寺の御本尊である、大観音像が。
  ふとあの日の事を思い出した。
  志穂に過去を打ち明けられた、あの日の事を。


                    ■


  あれは志穂と付き合うようになって二年目の事だった。
  よく晴れた秋空の下、アタシが作った弁当を持って公園でデートをしていた。

「ほんと彩ちゃんて料理上手だね」
「いやいや~、それほどでも」
「……お嫁さんに欲しいな~」
「ぶっ!!」

  たわいの無い会話を交わしながら、備え付けのテーブルで弁当を食べていると
  コロコロと足元にボールが転がってきた。
  志穂がそれを拾い上げ、こちらへと走ってきた
  三、四歳ぐらいの女の子へと渡してあげる。

「ありがとぉ~」
「どういたしまして、ばいば~い」
「ばいばい、おばちゃん」

  目を細め、走り去っていく女の子の背中を眺めている。

「おばちゃん、ねぇ……」
「しょうが無いよ。あの子の母親と、そう歳も変わらないだろうし。私達」
「志穂っていいお母さんになれそ……」
「無理だから」

  今までに聞いたことも無いような冷たい口調ではき捨てるように言った。
  気まずい雰囲気が広がる。
  場を取り繕えそうな言葉を必死に探す。
  だが戸惑うアタシをよそに、小さくため息をついて
  志穂がいつもの柔らかな口調で話し始めた。

「……もう、子供産めないから」
「えっ」
「大学行ってた時付き合ってた彼が全然避妊してくれなくて、三回妊娠したんだ」

  普段と変わらない口調で、淡々と、うつむきながら続ける。

「一回目と二回目は堕ろせって言われて、中絶手術を受けたの。
三回目はこっそり隠れて産もうとしたんだけど……」

  ポットから紙コップへとお茶をそそぎ、一口飲み込む。
  両手で紙コップを持ち、ため息をついてアタシへと寂しげな笑顔を投げかける。

「四ヶ月目だったかな。彼に見つかって、お腹蹴飛ばされて……流産しちゃった」

  言葉が出なかった。
  志穂のほほえみが涙でにじんだ。

「もう彩ちゃんたら、泣く事無いのに」

  いつもと変わらない笑顔のまま、ハンカチでアタシの涙を拭こうとする。

「なんで、なんで、アンタが、ぞんな目にっ」
「ほらいい子だから泣かないの、志穂は大丈夫だから」

  高校時代にこの子をいじめていた事を思い出してしまった。
  罪悪感で胸が締め付けられそうだった。
  そして誓った。
  これから先、ずっとこの子の支えになって行こうと。


                    ■


  三体の水子観音様に合掌し、目を閉じる。
  ちゃんと産んであげられなくて、ごめんね。
  守ってあげられなくて、ごめんね。
  心の中で、何度も何度も謝り続ける。

  最後の妊娠から十一年と八ヶ月、やっとあの子達を弔ってあげる事が出来た。
  もう子供を産む事の出来ない、女とは言えないような私。
  我が子を三度も見殺しにした、人間失格としか言えない私。

「彩ちゃん、お待たせ」

  そんな私を何も言わず抱きしめてくれる、最愛の人。
  ぺたんこの胸に顔を埋め、私も抱きつく。

「辛かったら泣いてもいいんだからね、アタシは一生アンタの味方なんだから」

  脅迫まがいの事をして無理やり付き合わせたと言うのに。
  あれから七年、ずっと私の事を支えてきてくれた。
  気が付いたら、十年ぶりに目から涙が溢れ出していた。
  もう枯れ果てていたと思っていたのに。

「ありがとう、彩ちゃん。ありがとう……」

  彩ちゃんが一緒に暮らそうと言ってくれたあの日、私は誓った。
  私の生涯を賭けて、彩ちゃんを守っていこうと。
  ううん、たとえ彩ちゃんを残し、先立つ事になったとしても、ずっと、ずっと……
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