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エスプガルーダII_5

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匿名ユーザー

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  空の青と海の青の間で逃げ惑う一匹の蝶。
  そしてそれを捉えようと羽ばたく、輝きを放つ大きな翼。
  浮遊砲台より無差別に吐き出される青い光弾が、またしても蝶の体をかすめて行く。
  体をぴったりと覆うドレスシャツの脇腹部分に、新たな裂け目が生じる。
  そしてその下にはうっすらと血のにじむ白い肌。
  脇腹に手を当て、聖霊力で負傷箇所を復元させながらアゲハは必死に考えを巡らせていた。

――バリアで凌ぐにしても限度があるし、それ以前に効率が悪すぎる。かと言って……

  虹色に輝く羽根を止め、中空にてしばし静止。と、そこへ自身の中より聖霊の声。

(相変わらず子供には甘いのねぇ)
「理由はどうであれ、あんな幼い子相手にどうしろと!」

  眉間にシワを寄せつつ、苦々しげに早口でそれに答える。
  無理も無い。3年前のあの戦いでこの少年と同じぐらいの年の妹を、
  他にしようが無かったとは言え自らの手で殺めてしまったのだから。

(アゲハ君のそういう所キライじゃ無いけど……でも、このままじゃ殺されるわよ?)
「くっ」

  一瞬少年から目をそむける。その刹那、視界に浮遊砲台が飛び込んできた。
  それも、少し手を伸ばせば触れられるのではないかというような間合いで。
  そして他の砲台もまた似たような間合いに、アゲハを取り囲むようにして浮かぶ。

「出来損ないめ、これで終わりだっ」

  声に反応し上を見る。
  背中から金色の翼を生やした少年が右手を高々と掲げつつ、勝ち誇ったように見下ろしている。
  ヴヴヴヴヴ……
  少年の頭上に凝縮された聖霊力と思しき光球が4つ5つと生じ、それらが段々と赤く染まって行く。
  そしてその様に呼応するかのように砲台達から発せられる唸り声もだんだんと高まって行く。

(ほらほら、覚悟決めないと)

  のんびりとした口調で、だが急かすかのように聖霊がはやし立てる。
  砲門に囲まれたまま身をこわばらせ、目をぎゅっとつむる……
  そして、やっとの思いで声を絞り出した。

「すまない――頼む!」
(ほい来た、出番ね!!)

  少年の上を舞う赤い光球、そして周囲を取り囲む砲台から光弾が放たれるまさにその瞬間、
  まばゆい閃光がアゲハの胸に輝く聖霊石よりほとばしった。


                            ■


  碧色の閃光の中、一つの人影が徐々にその姿を露わにして行く。
  太ももの中ほどまでを覆う青いタイツ、シースルー地の腰布、
  丈が短い上に胸元も大きく開かれヘソも谷間も露わになっているカットソー、
  そして谷間の先に小さく輝く聖霊石。

――聖霊とは元来定まった肉体を持たず、聖霊力を使い人間にちょっとした
悪戯を施す……そんな存在であった。
そして、彼女はアゲハと体を共有する、聖霊。


(無茶はするなよ!)
「はいはい、分かってます」

  今度はアゲハの声が聖霊の頭の中で響く。

――人でありながら聖霊力を操り、蝶のごとき羽根で空を舞う事が出来る……
ガルーダにとって、これは言うなればオマケ程度の力でしか無かった。

  聖霊を中心にし、瞬時に魔方陣が描かれた。その大きさは、半径にしておおよそ数百メートル。
  そして魔方陣が現れるのと同時に手を振り下ろす少年の動きが、砲台より打ち出されようとする
  光弾の動きが急激に遅くなった……言うなれば、スローモーションで映像を見るかのように。

――聖霊のいたずら……たとえば、ちょっぴり時間の流れを遅くする。

  砲台の一つに視線を向ける……と、その表面が波打ちだし元の聖霊力へと還元され、
  さらにはもっとも聖霊に近しいとされる物質『金』へと変性していく。

――聖霊のいたずら……たとえば、ちょっぴり物の形を変えてみる。

  アゲハを囲んでいた、聖霊力により生み出された砲台達が無抵抗に次々と金塊へと変性させられていく。
  そして上空の少年、彼は今だ手を振り下ろす最中であった。ゆっくりと、ゆっくりと……

――『賢者の石』、『柔らかい石』などの二つ名で呼ばれる錬金術の至宝『聖霊石』。
これを媒体とし人と……自らと異なる性別を持つ具象生命体と、融合を果した聖霊にもたらさる力。
安定した存在と化した事により発現される、強大な力。
聖霊力が奴従化され、自分の意思の支配下外にある物すべてが枷をはめられた時の流れの中へと
送り込まれる空間を生み出す力。
ガルーダの真髄、それはすなわち『覚聖死界』を生み出す力。


「さ~てっと……」

  流れるような髪がさぁっと揺れ、聖霊の顔が上へと向いた。
  視線の先にいる少年の頭上に浮かんでいる光玉を錬金しながら、少年自身をぽんやりと観察する。

「あらまぁ、目ん玉の聖霊石と背中の羽根とがキレイにつながっちゃってるわ」
(つまりあの少年自体が聖霊機関になってるという事か)
「うん、まぁ大雑把に言えばそんな感じ?」

  この状況に聖霊が珍しく頭を捻っていた。
  眉間にちょっぴりシワを寄せ、指先でうっすらとした、ピンク色の唇をトントンと叩く。

――まいったわねぇ、無茶な事したら後で何言われるか分からないし……
  いつものように撃ち出される弾を錬金しながら、あの子に聖霊力注ぎ込んでドカーン
      ↓
  あの子自体がドカーンしちゃうからダメ。

  なんとか器用に頑張って、背中の羽根だけドカーン
      ↓
  聖霊力が目ん玉の聖霊石と直結しちゃってるから無理。頭もドカーンてなっちゃう。

「ねぇねぇアゲハくぅん~」
(何だ)
「やっぱりあの子、死なせたく無いんだよね」
(……当然だ)

――はぁ……ちょっと面倒だけど、仕方ないか。お腹も減ってる事だし。

  聖霊が小さくため息を吐き、スローモーションで手を振り下ろしている最中の少年の背後へと回り込む。

「すこ~し痛いかもしれないけど、我慢してね」

  ささやくように、優しげな声をぽつりとこぼす。
  そして、輝羽の付け根の辺りに手を触れ、聖霊力を一気に吸収していく。

(ぐぁぁぁぁっ!?)
「言ったでしょ?我慢してねって」
(俺は、てっきり、その少年に、あががががっ!!)

  今はアゲハが封じられている聖霊石へと、膨大な量の聖霊力が流れ込んでくる。
  聖霊力の吸引は本来聖霊へと覚聖している時には行わないものである。
  いかにガルーダと言えども人間と聖霊はそれぞれ別物。
  覚聖し、人間の精神の方が聖霊石に封じられている時にそれを行うのは
  言ってみれば煮立つ油の中に水を注ぐような物である……聖霊にしてみれば
  多少なりとも聖霊力を補充出来るし、自分は別に苦痛も受けないしなのでそれこそ他人事な訳だが。

(いぎいぎぎぎぎぎがががががぁぁぁっっ!!!!!)
「もうちょっとの我慢ですよ~、はい痛くない痛くない~」

  まるで医者の治療に怯える子供をあやすかのように、聖霊が感情のこもってない言葉を吐き出す。
  そして、少年が手を振り下ろしきるのとほぼ同時に、左目の聖霊石から光が消え、同様に輝羽も光を失い鉄の骨格のみが残された。

「あ~おいしかった♪それじゃ後はお願いね」

  満面の笑みを浮かべ、小さく鼻から息を吐き出す聖霊。
  そして再び胸の輝石が閃光を放ち、通常の時の流れに戻った空間にぐったりとしたアゲハが現れた。

「お前……せめて……こうなるなら……こうなると……っ!!」
(言ったも~ん、痛いよって言ったも~ん。それにこの子を死なせないで済ませるにはこうするしか無かったし)


                            ■


  上へと掲げた右手を振り下ろす、ほんの一呼吸の間に一気に状況が変化してしまった。
  眼下にいたはずのガルーダが忽然と姿を消し、それを取り囲んでいた浮遊砲台もまた姿を消し、
  その代わりに金塊が浮かんでいた。

「うわっ」

  そして自分の意思に反し、体が落下を始めていた。

――何が起きたと言うんだ、何故輝羽が消失してる?

  理由は分からないが鉄の骨組みだけになってしまっている背中のそれに、もう一度光を灯そうと試みる
  ……が、何の反応も示さない。

――何故だ、動け、動けっ、動けぇっ!!

  何度も何度も試みる……しかし一向に輝羽はその姿を見せようとしない。
  そうしてる間にもどんどん海面が近づいてくる。

『お前の左目に埋め込まれた聖霊石、そして聖霊力増幅装置ガルーダローブ。
この2つがあればガルーダなど要らぬ』

  不意に父王の言葉を思い出した。

――ガルーダは出来損ないのはずなのに……輝羽こそが最強のはずなのに……

  だが、何をされたのかすら分からぬ内にこのような有様になったのは紛れも無い事実。

――父さんが、裏切ったなんて……そんなの僕は信じないぞぉ!!

  それでも海面は近づいてくる。
  だんだんと濃くなっていく海の青が視界の端に飛び込み、現実へと引き戻された。

  初夏だと言うのに凍えそうなほどに冷たい風。
  それが耳に叫びのごとき轟音となり流れ込んでくる。

――こんな速度で水面に叩きつけられたらどうなる、もしかして死……

  この絶望的な状況より一つのイメージが想起されるのと同時に、一人の人物の笑顔が頭に浮かんだ。
  大好きな、ジャノメおねえちゃん。

「おねぇちゃぁぁぁんっ!!助けて、助けてぇっ!!!」

  涙が溢れ出す両目で空を見上げ、何かを掴もうとするかのように右手を突き出しながら震える声で絶叫する。

――助けて、おねえちゃん、死にたくないよぉ!こわいよぉっ!!!

  海面が大きく白い飛沫をあげる。
  一瞬、背中の装置の破片が飛び散るのが見えた気がした。
  そして背中を壁に叩きつけられたかのごとき激痛。
  少年は気を失い、海の中へと吸い込まれていった。

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