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  卒業式を間近に控えた放課後の廊下を、   教え子と二人連れ立って歩いていた。 (まいったなぁ、あんな事言うんじゃ無かった)   私のクラスの男子、頑張ればもう少しで   上のランクの大学に行けそうな感じなんだけどもどうにも及び腰。   正直初めてクラス担任を受け持った物だから、   どうやって発奮させればいいのか分からず   つい勢いで言ってしまったのだ。   ――○○大学に受かったら、何でも言う事聞いてあげると。    (喜んでいいのやら、悪いのやら……)   チラリと背後の彼へと視線を流す。   手をブレザーの上着のポケットに突っ込んだまま、   少しうつむき加減で黙々と私の後ろについて歩く。   思わず鼻から小さいため息がこぼれてしまう。 (まずいわよねぇ、やっぱり……)   白衣のポケットに手を入れ中を探る。   セルロイド包装でパッケージされたゴムが三つ。 (年頃のオトコノコだし、本番二回って所かな)   ざっくばらんに算段を立てる。   手で一回、口で一回、本番二回、ゴム一個は予備……    「はぁ」   今度は口からため息。    「あの、先生」 「……何?」   平静を装い、正面を向いたままでやさしく答える。 「その、やっぱりいいですよ」 「いいから。嘘つくわけには行かないでしょ、教師が」   柔らかい、だが若干早口気味の口調で返す。    (約束なんだし、仕方無いわよね……)   再びちらりと彼の姿を見る。   胸の鼓動が、早まる。 (それに……)   一年間見てきた彼の姿を思い返す。   思わず頬が上気してしまう。            (……九歳差、普通に付き合うとか無理だよね。教師云々抜きに)   胸で膨らむブラウスの下で腕を組み、またため息。   正直、こんな形でするのは不本意だ。   でも、こうでもしなきゃ出来ない。   分かっている。   叶わない片思いだって事は。 (最後の思い出に……これぐらいだったら……)   もどかしい気持ちで胸が張り裂けそうになる。   私情を挟んでいいような立場じゃ無い事ぐらいわきまえている。   九歳も下の男の子相手に本気になるなんてあり得ない事ぐらい分かっている。 (教え子とした約束を、守るだけよ。うん)   伏せていた目を開き、正面を見据える。   廊下の突き当たりまであとわずか。   夕日の差し込む廊下に、二人の足音だけが響く。   そして、止まった。      後ろを振り返り、彼以外に誰もいない事を確認しつつ   ポケットからキーホルダーを取り出す。   留められている鍵の内、理科室と書かれたラベルが張り付いている物を手に取り   鍵穴へと差込みひねる。   いつも通り、カチッと音を立てて施錠が外れる。    「さ、入って」 「はい」   振り向きながら引き戸を開け、中に入るよう促す。   私も彼の後ろに付いて理科室へと滑り込む。   廊下に誰もいない事を確認しながら、そっと引き戸を閉める。   そして、手早く鍵をかける。      無言のまま、さらに奥へと歩いていく。   黒板と教卓の間を通り抜け、木製のドアの前で立ち止まる。   今度は理科準備室の鍵を手に取り、鍵を開ける。   ドアを開き、無言のまま室内へと入る。      一番奥にある自分専用のデスクへと歩いていく。   背後で小さくドアが閉まる音。   鼓動がだんだんと高まっていく。    (覚悟決めなさいよ、美雪)   デスクから椅子を引っ張り出し、横に向ける。   肘掛に両手をかけ、すっと腰掛ける。   そのまま、背後に付いてきた彼の方へと向き直る。    「いいわよ、そこにかけて」 「は、はい」   たどたどしい動作で脇にあった丸椅子をたぐりよせ、それに腰掛ける。   しんと静まり返った部屋の中で向かい合い、座る。 「それで……」 「はい」   膝の上に乗せた手をぎゅっと握り、次の句を必死になり搾り出す。    「……どうして、欲しいの?」   心臓が張り裂けそうなまでに波打つ。   静寂の中、鼓動だけが聞こえる。   長い、長い静寂が続く。   意を決し、私のほうから促す事にした。    「……セッ」 「あ、あのっ」 「ん?」   言葉をさえぎるようにして、彼が口を開いた。 「あの、こんなお願いして、いいのか分からないんですけど……」 「うん」   再び静寂。    「いいから、言ってみて」   覚悟は、出来ている。    「その、先生と……」 「うん……」   手をぎゅっと握り締め、来るであろう次の言葉を待ち受ける。   必死になり、息を整える。   体が強張る。   まるで、初めてのセックスを迎えた時のように。    「先生と、卒業してからも会いたいんですっ!」 「えっ」   全く予想外の言葉だった。   目を見開き、彼の顔に見入る。   向こうも顔を真っ赤にし、私の事を見つめていた。    「あ、その、学校に来て会うって言うのじゃ無くて、えっと……」 「デート……したいって事?」   うつむきながら、小さくうなずく。    「たまに会って、ご飯食べるとか、その、そんな程度でも構いませんから……」 「うん、うん」   思わず彼の方へと身を乗り出してしまう。 「もし、迷惑で無かったら……」 「そんな、迷惑だなんてっ!」   ブンブンと振られた首につられて髪が揺れる。    「すごく……うれしい……」   今度は私がうつむいてしまった。 「ねぇ」 「はい……」   顔を上げ、彼を見つめる。   胸が、張り裂けてしまいそうだ。 「なんで、卒業してからも会いたいの?」   優しい、甘えるような口調でたずねる。   理由が知りたい。   聞きたい。   その口から、言って欲しい。      また静寂。   彼を見つめたまま待ち続ける。   ずっと夢見ていたあの言葉を、期待して。    「先生の事が……」 「うん」   静寂の中、ぽつりぽつりと言葉が紡ぎだされていく。   長い、長い静寂。    「……好き……だから……」
  卒業式を間近に控えた放課後の廊下を、   教え子と二人連れ立って歩いていた。 (まいったなぁ、あんな事言うんじゃ無かった)   私のクラスの男子、頑張ればもう少しで   上のランクの大学に行けそうな感じなんだけどもどうにも及び腰。   正直初めてクラス担任を受け持った物だから、   どうやって発奮させればいいのか分からず   つい勢いで言ってしまったのだ。   ――○○大学に受かったら、何でも言う事聞いてあげると。    (喜んでいいのやら、悪いのやら……)   チラリと背後の彼へと視線を流す。   手をブレザーの上着のポケットに突っ込んだまま、   少しうつむき加減で黙々と私の後ろについて歩く。   思わず鼻から小さいため息がこぼれてしまう。 (まずいわよねぇ、やっぱり……)   白衣のポケットに手を入れ中を探る。   セルロイド包装でパッケージされたゴムが三つ。 (年頃のオトコノコだし、本番二回って所かな)   ざっくばらんに算段を立てる。   手で一回、口で一回、本番二回、ゴム一個は予備……    「はぁ」   今度は口からため息。    「あの、先生」 「……何?」   平静を装い、正面を向いたままでやさしく答える。 「その、やっぱりいいですよ」 「いいから。嘘つくわけには行かないでしょ、教師が」   柔らかい、だが若干早口気味の口調で返す。    (約束なんだし、仕方無いわよね……)   再びちらりと彼の姿を見る。   胸の鼓動が、早まる。 (それに……)   一年間見てきた彼の姿を思い返す。   思わず頬が上気してしまう。            (……九歳差、普通に付き合うとか無理だよね。教師云々抜きに)   胸で膨らむブラウスの下で腕を組み、またため息。   正直、こんな形でするのは不本意だ。   でも、こうでもしなきゃ出来ない。   分かっている。   叶わない片思いだって事は。 (最後の思い出に……これぐらいだったら……)   もどかしい気持ちで胸が張り裂けそうになる。   私情を挟んでいいような立場じゃ無い事ぐらいわきまえている。   九歳も下の男の子相手に本気になるなんてあり得ない事ぐらい分かっている。 (教え子とした約束を、守るだけよ。うん)   伏せていた目を開き、正面を見据える。   廊下の突き当たりまであとわずか。   夕日の差し込む廊下に、二人の足音だけが響く。   そして、止まった。      後ろを振り返り、彼以外に誰もいない事を確認しつつ   ポケットからキーホルダーを取り出す。   留められている鍵の内、理科室と書かれたラベルが張り付いている物を手に取り   鍵穴へと差込みひねる。   いつも通り、カチッと音を立てて施錠が外れる。    「さ、入って」 「はい」   振り向きながら引き戸を開け、中に入るよう促す。   私も彼の後ろに付いて理科室へと滑り込む。   廊下に誰もいない事を確認しながら、そっと引き戸を閉める。   そして、手早く鍵をかける。      無言のまま、さらに奥へと歩いていく。   黒板と教卓の間を通り抜け、木製のドアの前で立ち止まる。   今度は理科準備室の鍵を手に取り、鍵を開ける。   ドアを開き、無言のまま室内へと入る。      一番奥にある自分専用のデスクへと歩いていく。   背後で小さくドアが閉まる音。   鼓動がだんだんと高まっていく。    (覚悟決めなさいよ、美雪)   デスクから椅子を引っ張り出し、横に向ける。   肘掛に両手をかけ、すっと腰掛ける。   そのまま、背後に付いてきた彼の方へと向き直る。    「いいわよ、そこにかけて」 「は、はい」   たどたどしい動作で脇にあった丸椅子をたぐりよせ、それに腰掛ける。   しんと静まり返った部屋の中で向かい合い、座る。 「それで……」 「はい」   膝の上に乗せた手をぎゅっと握り、次の句を必死になり搾り出す。    「……どうして、欲しいの?」   心臓が張り裂けそうなまでに波打つ。   静寂の中、鼓動だけが聞こえる。   長い、長い静寂が続く。   意を決し、私のほうから促す事にした。    「……セッ」 「あ、あのっ」 「ん?」   言葉をさえぎるようにして、彼が口を開いた。 「あの、こんなお願いして、いいのか分からないんですけど……」 「うん」   再び静寂。    「いいから、言ってみて」   覚悟は、出来ている。    「その、先生と……」 「うん……」   手をぎゅっと握り締め、来るであろう次の言葉を待ち受ける。   必死になり、息を整える。   体が強張る。   まるで、初めてのセックスを迎えた時のように。    「先生と、卒業してからも会いたいんですっ!」 「えっ」   全く予想外の言葉だった。   目を見開き、彼の顔に見入る。   向こうも顔を真っ赤にし、私の事を見つめていた。    「あ、その、学校に来て会うって言うのじゃ無くて、えっと……」 「デート……したいって事?」   うつむきながら、小さくうなずく。    「たまに会って、ご飯食べるとか、その、そんな程度でも構いませんから……」 「うん、うん」   思わず彼の方へと身を乗り出してしまう。 「もし、迷惑で無かったら……」 「そんな、迷惑だなんてっ!」   ブンブンと振られた首につられて髪が揺れる。    「すごく……うれしい……」   今度は私がうつむいてしまった。 「ねぇ」 「はい……」   顔を上げ、彼を見つめる。   胸が、張り裂けてしまいそうだ。 「なんで、卒業してからも会いたいの?」   優しい、甘えるような口調でたずねる。   理由が知りたい。   聞きたい。   その口から、言って欲しい。      また静寂。   彼を見つめたまま待ち続ける。   ずっと夢見ていたあの言葉を、期待して。    「先生の事が……」 「うん」   静寂の中、ぽつりぽつりと言葉が紡ぎだされていく。   長い、長い静寂。    「……好き……だから……」 [[次へ>>>先生と。_2]]

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