地球からのシ者
真夜中の海。
地平線の向こう側、真っ暗な空には蛍光灯を垂らしたかのような満月が煌めかさを自己主張していた。
風がそっと吹き、波の優美な音色が海面に揺れる。
何処からかヒグラシの声が、波音を遮るが如く響き渡っていた。
カナカナカナカナカナカナ――――――
瓦礫が散らばり、美しいとは言い難い浜辺に、青年――
グエル・ジェタークは眼下の波をただ茫然と眺めていた。
彼のまなざしはひたすらに虚ろ。
灰色で統一された作業着――ところどころ汚れがこびり付くそれを着たグエルは、うつむき続けている。
グエルの容姿を形容するのなら、まるで銃殺刑執行前の死刑囚。
深い絶望がその顔に刻まれ、彼はただそこに佇み続けていた。
いや、彼は、本当に死を望んでいたのかもしれない。
父を殺した自分への贖罪を込めた――――死。
“グエル………、お前、が…無事で…よか…………った、…………”
彼の鼓膜に焼き付くは、父の最期の言葉。
その途切れ途切れのかすれた声がリフレインされる度に、瞳孔が揺れ動き、心はどす黒い海に沈んでいく。
ふと、グエルは今日にいたるまでの経緯を頭の奥底で振り返っていた。
すべては、あの日。学園にやってきた“水星からの転入生”に決闘で敗れてから始まった。
学園のトップ生徒として威厳を振るっていた自分の、すべてが失われたのがその日以来というのは過言でないだろう。
巨大経営グループ役員の一員であるグエルの父は、とにかく野心が強い人間であった。
同業者を蹴落としてでも――人を殺めてでも上を目指そうとする父は、会社の信用を損なうことを意味する敗戦を喫した息子を激しく叱責した。
感情のままに発せられるは人格否定の数々。グエルは文句言うことなくそれを受け止め続ける。
やがて、とうとう父の口から絶縁宣言と退学命令を言い渡された。失望が故の宣告に、グエルの地位、そして矜持がどん底へと転落したのである。
退学後のグエルは、父に相談することなく、ちっぽけな輸送会社へボブという偽名を使い働き始めた。
彼の役職は下っ端の清掃業。先輩から「いつまでやってるんだボブ」と注意される度に、人生が転落したことを自覚させられる。
「何で…、何で俺は…こんなことをやらされてんだ………ッ!」
何度も自問自答し、涙に濡れた日々であった。
どれほど経った頃だろうか。グエルは巨大宇宙施設“プラント・クエタ”行きの輸送船に搭乗していた。
この頃になると、グエルは努力が認められる職場で充足感を心中覚えていた。先輩たちに弁当を支給する為、広い艦内を巡るグエル。
無論、彼は現状に満足はしていない。それでも、彼は苦笑しつつ、この仕事に身を置いていたのであった。
その時である。突如前触れもなく、後方からの大爆発音がはち切れそうなくらい耳に響き渡った。
襲撃。グエルも後に分かったことだが、宇宙船がテロリスト集団に奇襲されたのである。
こんなところで死にたくなかった――――。
グエルは瞬時にその場から飛び出した。
彼が向かうは輸送船奥のコンテナ。そこに、ただ一基のみ鎮座していた戦闘用大型機械“モビルスーツ”に乗り込み、グエルは宇宙の彼方へと駆け出す。
そんな矢先、敵の機体モビルスーツが急接近し、自分へ向けて執拗に攻撃を仕掛けてきた。
雨の様に降り注ぐ弾幕。乗ったモビルスーツの性能が悪いこともあり、かわすこともできず集中被弾を浴び続ける。
装甲部の爆発が続く。
爆音と閃光が鳴り響くコックピット内部にて、グエルは操縦を握り続ける。
「まだだ…、俺はまだ………進めていないんだッ………!」
火中が飛び交う中、それでも彼は抵抗の火を消すことなく目の前の敵機と対峙をした。
機体損壊により敵機との交渉通信機能は破壊されている。グエルは戦闘という唯一残された進む道へと挑んだ。
目の前のレバーを力いっぱい握り締め押し倒し、急速に敵機へと距離を縮めていく。
機体は損傷の悪化を続け、全身が穴だらけとなっていた。
が、それでも、グエルはモビルスーツの右腕部に持つビーム銃剣を一心不乱に振り続けた。
「死ぬわけにいかないんだッ…!!!――――――――
軽いゾーン状態に入っていたのかもしれない。
グエルが意識を取り戻したのは鈍い金属が鳴り響いた時だった。
「………はぁ、はぁ……………」
眼前に映っていたのは、自身の銃剣で串刺しにされ、爆発寸前の放電をまき散らす敵機であった。
勝利だ。彼の「死にたくない」という強い意志が、性能差のある戦いに大番狂わせを起こしたのだ。
「勝った、勝ったんだ…!」
流れ落ちる汗を拭い、ほっと安堵をするグエル。
死という最大の転落を回避し、心に平穏が訪れた瞬間であった。
そんなグエルの眼に次に映ったのは、敵機と思っていたモビルスーツから出てきた血塗れの父の姿だった。
「グエル………お前、か……………、お前、が…無事で…よか…………った、…………」
――――――俺が殺したんだ。父さんを。
波音が悲哀のメロディを奏でる。
殺し合いを強要されてから一時間ほど経るが、グエルは一歩も動かず塞ぎこむのを辞めなかった。
潮風香る海の音響がグエルの耳にも流れ込んでいく。
不意に、幼少時代の海の記憶が思い浮かんできた。
夕日が沈みかけた浜辺にて、よれよれのシャツを着こなした父と、二人でオレンジ色の水面を眺めていた。
その頃のグエル少年は、波の行き来る様子をただ何も考えずに楽しんで見ていた。
ふと、「あれを見てみろ」との父の声が掛けられる。父は海の向こうを指差していたのでグエル少年は黙って従う。
目で追った先には、水中にて1匹のメスを争っている2匹のオスのコウイカがいた。
触手が絡み合う両者。素人目にはどう戦ってるのか分からなかったが、やがて片方のイカがズタボロになって浜辺まで漂ってきた。
グエル少年は、興味から手を伸ばしたが、それよりも先に父はその死骸を遥か遠くに蹴り飛ばした。
眉根を寄せた嫌な表情を向けて語られた言葉が、今でもはっきり覚えている。
「いいか? グエル。なんだかんだ言ってこの世の中ってもんは結果がすべてなんだ。どんなに悪どいことをしようがな、最後に笑った奴が絶対勝者。これが真理なんだよ」
水面に浮かぶ死骸に向かって、父は「つまりあれは敗者なんだ、屑なんだよ」と言うかのように視線を飛ばす。
グエル少年は、そんな父の言葉をありがたい言葉を受け入れるように真剣に聞き入った。
「だから俺はな。他者を裏切り、踏みにじり蹴落とし、そしてわが社を守り続けている」
「うん、」
父は説法を続ける。
「お前も絶対に勝者になるんだ。これが父さんとの絶対約束だ、いいな。グエルよ」
そう言い終えると父はグエルに顔を向けて暖かな微笑みを見せた。
醜悪なものを含んだその愉楽な表情が、水面から乱反射した陽でまばゆく照らされる。
父の言葉にグエル少年も笑みを返し、声を出した。
「うん! わかったよ父さん。ぼくもあの、かったイカみたいな…いや、父さんみたいな!かつ側になってみせるよ!」
少年は嬉々としてイカに指をさした。
父と二人、その背中を並ばせた――――――あの頃の夕日の浜辺。
十年後――――――モビルスーツと共に爆散し、一瞬にして消し炭と化する父の姿。
無音の宇宙空間で、バラの花びらのように漂う鮮血の玉水。
突然記憶の中に蘇ってきた、父の最期の表情。
「……うっ! ぐ……ぐ……げ、おげえぇえぇぇ!」
カナカナカナカナカナカナ――――――。
波は、今でもあの時と同じように打ち続けている。
ここ数日近くグエルは何も口にしていない。そのため彼の口から零れるのは、透明な胃液のみ。
口内に広がる酸っぱさに反応すると、彼は顔を上げる。
「俺は…どう、したら……」
グエルには学園での名誉も信頼も地位ももうない。
そして――父も、もうこの世にいない。生きる希望もない。
なにも無い中、今、この殺し合いの場に参加権だけは与えられている。
グエルは頭を抱えた。背筋を丸める彼は、この現実に一体どう対処すべきか苦悩し続ける。
「…どうしたら…」
救いを求めるように海の向こうへと自身の存在意義を問いかけた。
「どうすればいいんだ………ッ!」
声を絞り出すかのようにか細く、しかし力強く独り言を呟く。
漆黒の中一人輝く満月。
かつてのグエル少年は成長した大きな背中を光に晒し、ひたすらに震え続けた。
――――そんな時、何処からか歌声が聞こえた。
「ふん、ふんふふんふーん、ふんふんふんふん」
まるで、海とヒグラシの鳴き声にハーモニーを奏でるように。少年の鼻歌が旋律を和音となる。
グエルは歌声のする方向へと首をターンさせた。
音色が響く先は自分の正面斜め左側――海の方角。
海の真ん中にて、大きな瓦礫が水面から突き出ている。
そこに――声の主が座っていた。白シャツと黒いロングズボンを履いた白髪の、グエルとは少しばかり歳の離れてるであろう少年が瓦礫に腰を掛けている。
歌声の主の少年は、グエルにとって言わば初遭遇の参戦者。
何も言葉を出さずとも、しばらく少年を眺めていた。
「“B小町”はいいね。」
そんなグエルの視線に気づいたかのように、少年がこちらに首を向け言葉を発した。
「…ぁ、?」
グエルは、精神の深い不安定さに苛まれていたこともあり、そんな声のない返しが精いっぱいであったが。
それでも、少年はグエルの返答に微笑み、言葉を続ける。
「――B小町の歌は特にいい。10年前解散してしまったアイドルなんだけども、最近復活したんだ」
そう言うと、少年は耳につけていたイヤホンを取り外し、グエルに見せつけるかのようにそっと掲げた。
黒色のイヤホンから流れ響く、シャカシャカと大音量の電子音。
一方のグエルは、応対も返さず仏頂面のまま座りつくしていた。
確かに、ビー小町だのアイドルだのとまるで次元が違うような意味不明な話を唐突にされて相槌を打てというのは難しいものだが。
そんなグエルを横目に、少年は話を続けるように一言。グエルに呼びかける。
「うん、歌はいい。そう思わないかい? “ヨコレンボ”くん」
カナカナカナカナカナカナ――――――。
ヨコレンボ、
微笑を浮かべ続ける少年が口にした自分への呼び名に、グエルは思わずカッと声を荒げる。
「な…!ぉ、おいふざけんなッ!ヨコレンボって俺に対して言ったのかッ?!…俺はグエルだ!“横恋慕”なんて呼んでんじゃ……」
この時グエルは気づいた。
全身が硬直状態となり、急ブレーキをかけたかのようにその荒げた口調を静まらせる。
ヨコレンボ――改め横恋慕という呼び名。
「ねェ……よ……………………?」
それはかつて、水星からの転入生――スレッタが自分に適当につけた屈辱的な名前であった。
グエルを冷淡に軽くあしらい続ける女生徒・ミオリネのトマト畑を腹いせで荒らした時、しゃしゃり出てきたスレッタは彼をそう呼んだ。
スレッタに尻をしばかれた挙句、横恋慕呼ばわりで取り巻き達にすら失笑された――あの時の赤っ恥は彼にとっていまだに忘れられない出来事だ。
――――問題は、自分がその蔑称で呼ばれていたことを何故、この少年が知っていたのか?ということ。
あの時、あの場にはこんな少年などいなかった。横恋慕という呼び名がほかの生徒間に広まったこともない。
「お前…何故知っている………?なんで、今…横恋慕くんって呼んだんだ……?」
虚を突かれた表情でグエルは、生じた疑問を遠くで座る少年に向かって投げかけた。
少年は穏やかに返答を返す。
――まるで、昔からの馴染みと日常会話をするように、親しく。
「はははっ、これは失礼だったね。グエル先輩」
「…っ! …だ、だから、出会ったばかりのお前がなんで俺の名前を知っているんだっ?! ……お前は誰なんだよ…!」
グエルは勢いよく立ち上がってそう叫んだ。
先程までの仏頂面から一変、その不可解さから額にしわが寄り、息遣いは荒くなる。
そんなグエルを、微笑のまま表情変えず眺める白髪の少年。
少し間をおいて、少年は、「お前は誰なんだ」という質問に対してだけ応える形で、やっと自分の名前を口に出した。
「僕の名前は
渚カヲル、君のことは何でも知っているよ」
ミステリアスな少年・カヲル。
彼は、例えばこんなことも知っているよ、と挙げるように一言。
「――――グエル先輩の会社がもうじき倒産しちゃうことも、ね。」
という言葉で締めて、自己紹介を終える。
「……い、今…なんて言った…っ?」
全身に静電気が走り去った感触だった。
グエルは、投げかけられたカヲルの信じ難き言葉に平常心が大きく揺れ動く。
「なんて言った、ね――。もう一度言うよ。君の会社がもうじき倒産しちゃ」
「俺のっ……父さんの会社が潰れるってどういうことだよぉっ!!!」
――――――――――。
カヲルのリピートは怒号のような大声で遮られる。
ヒグラシの声が、そして波の音すらも、一瞬静粛したように感じた。
会社、が…、ジェターク社が、潰れ、る……?
自分のことを何故か知っているカヲルが口にした、自分の知らない事実。
グエルは額に汗を滲ませながら、慌ただしく詰め寄っていく。
浜辺を駆け蹴る打音。
――その足音のテンポにぴったり合わせてくるが如く、どこか遠くからギターのか細い音がフェードインをしてきた。
カヲルは近寄ってくるグエルなどお構いなしといった様子で、瞼を閉じ、心地よさそうにそのギターの響音を耳に流し込む。
「…この音は“ぼっちちゃん”のギターだね。小さな音だけどシンプルで、優しさがあって…。やはり、歌は文化の極みだ」
そう言うと先ほど同様、ふんふふんふーん、と鼻歌での重奏をかなで始めた。
「ふざけんじゃねえ! お前っ! さっきから肝心なことは何も答えてくれないじゃねえか!」
掴みかからんとばかりに距離を縮めてくるグエルにはまるで眼中のないように。
グエルは今、カヲルの座る凸凹に浮き上がった瓦礫によじ登っている。
ぜぇ、はぁ、と呼吸を乱しながらも、目のすぐ奥で背中を見せるカヲルに問いただしを続けた。
「…なあって! もう勘弁してくれ、こっちを向けって! なんなんだよお前は?!さっきから言ってるが、父さんのジェターク社がどうな────」
「──さて、そろそろ出発だね。殺し合いという<コンサート・ホール>で開かれたライブ演奏の特等席へと。行くよ、グエル先輩」
突如、こちらを振り返り目を開くカヲル。
グエルの言葉をマイペースに遮った彼は、瓦礫から勢いよく飛び上がり、浜辺へと両の足を着地させ、
「って、なっ────! おい、お前っ!!」
ふらふらとギターの音のする方へ歩いていった。
「待てよ! 待てったら!」
両手を黒い学生服のポケットに突っ込み浜辺を歩いていくカヲル。
グエルも一瞬面を食らった表情をしたが、慌てて瓦礫から飛び出し、後を追って行く。
「────シンジくん…、今度こそ僕が君を救ってみせるよ。この忌々しい運命の輪<リング>からね」
前方を歩くカヲルがボソっと何かを口にしたのが、ふと聞こえた。
真っ暗な夜空を反射する果てしない闇の海にて。
豊かに流れゆく波とギターの調和は、夜の静寂らしからぬ、なんと饒舌なことだろうか。
気づけば、ヒグラシのあの甲高い鳴き声は演奏からフェードアウトし切っていた。
【G9/海辺/1日目/深夜】
【
グエル・ジェターク@機動戦士ガンダム 水星の魔女】
[状態]:精神不安定
[装備]:不明
[道具]:食料一式(未確認)
[思考]基本:まだ動向が定まっていない
1:カヲルを追いかける
2:カヲルにジェターク社のことについて問い質す。
3:父さんを…殺しちまった…
※
参戦時期は1期最終回後、地球で捕虜にされた頃です。
【
渚カヲル@新世紀エヴァンゲリオン】
[状態]:健康
[装備]:不明
[道具]:ウォークマン@エヴァ、食料一式(未確認)
[思考]基本:
碇シンジを救う
1:ギターの音がした方へ向かう
2:グエル先輩と行動
※
参戦時期は死亡後です。
最終更新:2023年10月28日 21:57