元徳秀
695-754
盛唐の官人。字は紫芝。元魯山と尊称される。北魏の明元帝の九代の孫。父を幼くして亡くし、貢挙に挙されると母を背負って長安に趣き、及第したが母が亡くなったため服喪した。南和県の尉、龍武軍録事参軍となった。甥を養育するため望んで魯山県の県令となったが、事故のため足を負傷して拝礼ができなくなった。甥が成長すると官を辞して陸渾で清貧自適の生活を送ったが、大雨のため外界と途絶して餓死した。
李華・
蕭穎士・
劉迅と親しく、門下に
元結など多数。『旧唐書』『新唐書』に伝がある。
列伝
参考文献
外部リンク
最終更新:2023年11月19日 22:40