昇平公主
750頃-810
唐の公主。代宗の皇女。母は
崔貴妃。昇平公主に封ぜられ、永泰元年(765)に
郭子儀の子の
郭曖に嫁ぎ、
郭釗・
郭鏦・
郭銛・
懿安皇后を産んだ。夫婦喧嘩の際に、夫郭曖が「お前がいばっているのは父親が天子だからだろう。私の父が天子に迫ったらどうなるかわからんぞ」と言ったから公主は怒り、車で走って父に伝えると、代宗は「これはお前が知るところではないが、彼は本当のことを言っている。もし
郭子儀が天子になろうと思えば、天下はどうしてお前の実家のものであろうか」と言い、諭して帰らせた。
郭子儀はこれを聞いて郭曖を縛り上げて処分を願った。代宗は「世間ではこういうではないか。「ばかになって、聞かぬふりをしないと、一家をうまく取められない」子どもと女子の閨の言葉なんぞ、聞くに足らんさ」と言い、
郭子儀を帰らせたという。薨去すると虢国長公主を贈られ、諡を斉国昭懿公主という。『新唐書』に伝がある。
列伝
外部リンク
最終更新:2023年11月28日 00:01