薛令之 せつれいし
683-757
盛唐の官人・詩人。字は珍君。長渓県(福建省福安市)の人。進士に及第し(福建省最初の科挙合格者)、左補闕となり、
賀知章とともに太子侍読を兼任した。東宮の牆上に「自悼」の一詩を書き付けて、東宮の官の異動が長らく行なわれないことを風刺したが、かえって
玄宗にその下に「病によって辞職し東に帰れ」と書かれてしまい、辞職して故郷に戻った。
粛宗が即位すると、自身の侍読であった薛令之に報いようと朝廷に呼び寄せようとしたが、その数ヶ月前に卒していた。『新唐書』に極めて短い伝がある。
列伝
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最終更新:2025年05月23日 12:56