孫華 そんか
?-617
隋末の群雄。馮翊郡。大業十二年(616)挙兵して自ら総管と号し、兵を挙げて群盗となった。関中の群盗の中では最強であったが、大業十三年(617)李淵(
高祖)と好を結び、水軍を備えて唐軍の到着を待って合流した。李淵と合流すると握手し、左光禄大夫、武郷県公、馮翊太守に任じられた。
屈突通の部将の
桑顕和を、
史大柰とともに撃破した。同年十月、長安攻略戦において流矢にあたって戦死した。
列伝・史料
『新唐書』
巻九十 列伝第十五 任瓌
『新唐書』
巻一百九十一 列伝第一百一十六 忠義上
王行敏
『隋書』巻四 紀第四 煬帝下 大業十二年七月戊辰条
『旧唐書』巻一 紀第一 高祖 九月壬寅条
『旧唐書』巻五十八 列伝第八 柴紹
『資治通鑑』巻第一百八十四 隋紀八 恭皇帝下 義寧元年八月条、同年十月条
外部リンク
最終更新:2025年07月06日 23:17