朱子奢

朱子奢 しゅししゃ

?-641
隋・初唐の官人・儒者。蘇州呉県(江蘇省蘇州市)の人。顧彪から『春秋左氏伝』を授けられ、文章をよくした。隋の大業年間(605-618)直秘書学士となり、杜伏威に従って唐に帰順し、国子助教となった。貞観九年(635)高麗・百済が同時に新羅を攻撃し、新羅の要請によって使者として高麗・百済に派遣された。諌議大夫・弘文館学士となった。また同年高祖が崩ずると、七廟の建立を主張した。太宗が自身の起居注の閲覧を希望した際に諌めている。『旧唐書』『新唐書』に伝がある。

列伝

『新唐書』巻一百九十八 列伝第一百二十三 儒学上 朱子奢
『旧唐書』巻一百八十九上 列伝第一百三十九上 儒学上 朱子奢

外部リンク

維基百科,自由的百科全書 朱子奢(中文)
https://zh.wikipedia.org/zh-tw/%E6%9C%B1%E5%AD%90%E5%A5%A2

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最終更新:2025年10月18日 18:17
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