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張瓌

張瓌 ちょうかい

?-887
唐末の武将・群雄。渭州の人。性格は貪暴であったという。淮南の高駢の将であったが、韓師徳と共に叛いて中和三年(883)復州を陥落させた。荊南行軍司馬となり、中和四年(884)に荊南節度使の陳儒の要請により雷満討伐にあたったが、軍を返して陳儒を捕らえ、自ら留後を自称し、荊南の旧将を皆殺しにした。光啓元年(885)秦宗権が派遣してきた秦宗言の軍に荊南を包囲されたが、二年間の籠城の末に撃退。その間陳儒を推戴する動きがあったため、陳儒を殺害した。光啓三年(887)十二月、淮西の将である趙徳諲が江陵を陥落させ、張瓌は戦死した。

本紀・列伝・史料

『新唐書』巻九 本紀第九 僖宗 中和三年五月条、中和四年十二月甲午条、光啓三年十二月癸巳条
『新唐書』巻一百八十六 列伝第一百一十一 陳儒
『資治通鑑』巻二百五十六 唐紀七十二 僖宗下之上 光啓元年正月己卯条、閏三月条

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最終更新:2026年07月05日 22:29
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