韓遜 かんそん
?-915
唐末・五代の群雄。霊武軍節度使の将校であったが、唐末の戦乱にあたって霊州・塩州を占領し、霊武軍節度使(朔方節度使)に任じられた。開平三年(909)潁川王に封ぜられた。この当時、邠寧節度使の
楊崇本、鄜延節度使の李周彝、鳳翔節度使の
李茂貞は、梁と抗争しており、韓遜と夏州節度使の
李思諌のみが梁に臣従していた。
劉知俊が大軍で侵攻してきたが撃退している。統治は善政を敷いたから人々は敬愛し、生祠が建立されたという。子に韓洙がいる。『旧五代史』『新五代史』に伝がある。
列伝
『旧五代史』巻一百三十二 世襲列伝第一 韓遜
『新五代史』巻四十 雑伝第二十八 韓遜
外部リンク
最終更新:2026年07月14日 10:55