安師儒 あんしじゅ
?-886
唐末の藩鎮。平盧節度使であったが、中和元年(881)九月に
王敬武に軍乱を起こされ、追放された。義成軍節度使となるも、
光啓二年(886)十月、滑州軍乱のため追放され、衙将の張驍が留後となり、安師儒は
朱全忠のもとに逃亡した。もしくは
朱全忠の攻撃を受けて捕縛されたとも、十一月に軍乱によって殺害されたともいう。
本紀・列伝・史料
『新唐書』
巻九 本紀第九 僖宗 中和二年九月是月条、光啓二年十月丙午条
『新唐書』
巻一百八十七 列伝第一百一十二 王敬武
『旧唐書』巻十九下 紀第十九下 光啓二年十月壬子朔
『旧五代史』巻一 梁書一 太祖 紀第一 光啓二年十一月条
最終更新:2026年08月03日 13:56