懲戒

懲戒の目的


懲戒の目的は何だろうか。
一般的に、「刑事罰」には、応報刑思想と教育刑思想のふたつがあるとされている。別の言い方をすれば、社会防衛と社会復帰という目的がある。応報刑とは、悪いことをした分、加害者も被害者と同じ苦しみを受けるべきである、というものである。(目には目を、歯には歯を)応報刑は、社会防衛を目的とすることが多いので、見せしめにすることによって、他の人々に犯罪を犯さないように促す効果をねらうことも多い。それに対して、教育刑思想とは、犯罪を犯すものは、社会への適応ができていないために、犯罪に至るのであって、社会に適応させ、社会で通常の生活を営ませることが、本人のためにも、また、犯罪を防ぐためにも、望ましいという考えかたである。
現在の刑罰は、この双方の要素を含んで行われている。
学校における生徒への懲戒は、これと同じであろうか。
学校教育法は、懲戒について以下のように規定している。



〔学生・生徒の懲戒〕
第十一条 校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、監督庁の定めるところにより、学生・生徒及び児童に懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない。



ここでも、「教育上必要があるとき」という限定がなされており、また、施行規則でも、「教育的配慮」が必要であるとされている。
また、義務教育段階の公立学校では、「退学」処分はできないことになっている。そして義務教育段階の学校では、私立学校も含めて「停学」処分はできない。(ただし、出席停止措置は可能とされており、2001年度の学校教育関係法の改正で、出席停止措置の要件を明確にした。



学校教育法
第二十六条  市町村の教育委員会は、次に掲げる行為の一又は二以上を繰り返し行う等性行不良であつて他の児童の教育に妨げがあると認める児童があるときは、その保護者に対して、児童の出席停止を命ずることができる。
一  他の児童に傷害、心身の苦痛又は財産上の損失を与える行為
二  職員に傷害又は心身の苦痛を与える行為
三  施設又は設備を損壊する行為
四  授業その他の教育活動の実施を妨げる行為
○2  市町村の教育委員会は、前項の規定により出席停止を命ずる場合には、あらかじめ保護者の意見を聴取するとともに、理由及び期間を記載した文書を交付しなければならない。
○3  前項に規定するもののほか、出席停止の命令の手続に関し必要な事項は、教育委員会規則で定めるものとする。
○4  市町村の教育委員会は、出席停止の命令に係る児童の出席停止の期間における学習に対する支援その他の教育上必要な措置を講ずるものとする。



注意しなければならないのは、出席停止というのはあくまでも「義務教育制度」の根幹に反する規定であるから、極めて重大な事態と考えるべきであり、軽々しく実行すべきではない。要件が明確化されたが、その要件は基本的に他の生徒の学習妨げるような事態を防ぐためである。校則に従わない程度では出席停止はできない。 
また学校の判断ではなく、教育委員会が決定することであり、保護者に連絡し、また期間が明確でなければならない。
現実にはこうした要件を満たさずに事実上の出席停止を行っている学校が少ないが存在する。つまり校門の前に教師が立っていて、校則を守らないと判断した生徒を追い返してしまうという方法で学校の授業に出させない。それが長髪であったり茶髪であったりするが、長髪や茶髪は校則に反していたとしても、他の生徒の学習の妨げになるわけではないから、こうした理由による出席停止は法に合致しているとは言えない。また教育委員会の決定に基づいていないので手続き的にも問題がある。78)因みに、学校選択が完全に保証されているオランダでは、義務教育段階でも、学校側に、退学処分の権限が認められている。ヨーロッパでは公立義務教育学校での退学が認められている場合は他にもある。(フランスなど)
さて、懲戒に関しては、学校教育法施行規則において、より具体的に定められている。しかし、これは大変あいまいな規定になっている。



(懲戒)
第十三条 校長及び教員が児童等に懲戒を加えるに当つては、児童等の心身の発達に応ずる等教育上必要な配慮をしなければならない。
2 懲戒のうち、退学、停学及び訓告の処分は、校長(大学にあつては、学長の委任を受けた学部長を含む。)がこれを行う。
3 前項の退学は、公立の小学校、中学校、盲学校、聾学校又は養護学校に在学する学齢児童又は学齢生徒を除き、次の各号の一に該当する児童等に対して行うことができる。
一 性行不良で改善の見込がないと認められる者
二 学力劣等で成業の見込みがないと認められる者
三 正当の理由がなくて出席常でない者
四 学校の秩序を乱し、その他学生又は生徒としての本分に反した者
4 第二項の停学は、学齢児童又は学齢生徒に対しては、行うことができない。



そしてこの規定は教育委員会の規則や学校の規則の原型となっている。その一例をあげておこう。



○秋田市立秋田商業高等学校学則 平成3年3月25日 教委規則第8号
第24条 校長および教員は、教育上必要があると認めるときは、生徒に懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない。
2 校長が行う懲戒は、訓告、停学および退学とする。
3 訓告は、過去の言動を戒め、将来を諭すものとする。
4 停学は、出席を停止するものとし、その期間は、1箇月以内又は無期とする。
5 退学は、次の各号の一に該当する者に対してこれを行うことができる。
(1) 性行不良で改善の見込みがないと認められる者
(2) 学力劣等で成業の見込みがないと認められる者
(3) 正当な理由がなくて出席が常でない者
(4) 学校の秩序を乱し、その他生徒としての本分に反した者
6 停学又は退学の処分を行うときは、停学(退学)処分通知書によってしなければならない。
(物品の弁償)
第25条 生徒が学校の物品を損傷し、又は紛失したときは、校長は、これを弁償させることができる。79)http://www.city.akita.akita.jp/city/gn/dc/reiki/honbun/c3020249041304011.html



さて国家における刑罰の場合には、どのような行為を罰するか、どのような手続きで罰が決まるか、そして、それぞれの過程を実行するのかは誰かという点について、法で明確に定められ、またその際の罰せられる可能性のある者が不当に罰せられることがないように、被疑者を守る原則もまた明確に定められている。
どのような行為が罰せられるかは、「罪刑法定主義」ということで、法(ほとんどは狭義の法、つまり法律。しかし、例外的に条例などでも罰が定められている。)により決められている。法で禁止されていない行為はどれほど悪辣な行為でも刑罰を課せられることはない。
また、その手続きも刑事訴訟法(民事の場合には民事訴訟法)によって、詳細に規定されている。扱う主体についても、犯罪の捜査は警察、起訴・裁判の維持は裁判所、そして刑の実行は法務省・刑務所において行われる。
しかし、学校における懲戒は、教師の場合もそれほど明確ではないし、また、生徒の場合には一層不明確な部分が多い。そして、それは明確ではない方がいいのだという考えに基づいて行われていると言える。しかし、それは大きな問題点も孕んでいる。
まず第一に、懲戒を行うのは誰かという問題を考えてみよう。
法の規定では、「懲戒」を加えることができるのは、「校長」と「教員」であることになっている。これがひとつは懲戒の意味を曖昧にし、また体罰等が行われやすい土壌を作っているとも言えるのである。
本来の意味での「懲戒」処分とは、組織の正式な決定に基づいて出されるものであって、その執行者は当然その組織の長でなければならない。組織の決定であるがゆえに、後述べる適正手続にともなって行うのである。そのように考えると、懲戒処分は、学校の責任者である「校長」が行うことになる。教員はある行為を校長、職員会議に報告し、適正手続を経て懲戒の内容が定められ、それを校長が執行するのが、その性質上当然のことになる。
しかし、学校教育法では、教員も懲戒を行うことになっている。これは、生徒と接している中で、教員独自の判断で、その場その場で行う懲罰的行為も「懲戒」として認める余地を残している。つまり、「懲戒」と「教育的な懲罰的行為」とが、混同されている。
教師が日常的に行う「懲罰的行為・指示」、例えば宿題を忘れたのでグランドを*周走らせるとか、なにかルール違反をしたので掃除をさせるなどのやり方は、「懲戒」とは区別されるべきものであると同時に、そのこと自体が教育的に意味があり、有効なものなのかを検証する必要もあるだろう。教師が懲戒を行うことができるとしているのは、こうした懲罰的な行為を生徒に対して行ってよいという趣旨であると考えらる。



Q 懲罰的行為の教育的意味について検討してみよう。



どのような行為が懲戒の対象になるのかは、校則の問題として考える。どのような手続きで懲戒処分がなされるのかは適正手続の部分で考察する。
最終更新:2007年04月06日 20:37