15話前編
月が暗雲に覆われた暗黒の夜。さざ波の音だけが静かに聞こえてくる。
ユニウスセブンが海の底に沈んでから、約二十日。規制が解かれた直後は空前絶後の大事件として取り上げられ、野次馬も多数訪れていた。
だが、タレントの離婚騒ぎや政治家の汚職などの膨大な情報の波に押し流され、忘れ去られてしまった。
そのため、ユニウスセブン沖に人はほとんどおらず、漆黒の海に起こった異変に気付いた者は、誰一人としていなかった。
ユニウスセブンが海の底に沈んでから、約二十日。規制が解かれた直後は空前絶後の大事件として取り上げられ、野次馬も多数訪れていた。
だが、タレントの離婚騒ぎや政治家の汚職などの膨大な情報の波に押し流され、忘れ去られてしまった。
そのため、ユニウスセブン沖に人はほとんどおらず、漆黒の海に起こった異変に気付いた者は、誰一人としていなかった。
今は何もない海。二十日ほど前はユニウスセブンと本土を繋いでいた連絡道路のあった所だ。
小さな気泡が浮かび上がってくる。それは本土の方に近づきながら徐々に数を増し、時折大きな気泡までも混ざってくる。
陸地から2、3メートルほどの距離まで来たとき、勢いは急激に激しさを増した。
さらに近づいたところで、水面が爆発。瞬間、水の柱が海面にそそり立つ。
収まりかけたとき、水の壁を破って手が伸びる。
テカテカした金属質の、黒い手だ。
やがてそれは水の上に上半身を現した。
ピンク色に輝く一つ目、複雑な直線と曲面により構成されたそのシルエットは、紛れもなくMS、それも未確認のものだ。
MSは地面に足をかけ、海から上がり全身をあらわす。
小さな気泡が浮かび上がってくる。それは本土の方に近づきながら徐々に数を増し、時折大きな気泡までも混ざってくる。
陸地から2、3メートルほどの距離まで来たとき、勢いは急激に激しさを増した。
さらに近づいたところで、水面が爆発。瞬間、水の柱が海面にそそり立つ。
収まりかけたとき、水の壁を破って手が伸びる。
テカテカした金属質の、黒い手だ。
やがてそれは水の上に上半身を現した。
ピンク色に輝く一つ目、複雑な直線と曲面により構成されたそのシルエットは、紛れもなくMS、それも未確認のものだ。
MSは地面に足をかけ、海から上がり全身をあらわす。
雲が動き、わずかに月が姿を覗かせた。白い光が大地を照らし、海を、水を滴らせているMSを妖しく輝かせる。
月明かりに照らされ、ようやく全体像がはっきりした。
闇と同化するかのような、黒いボディ。背中に巨大な荷物のようなものを背負い、スパイクのついたシールドが両肩にあることを除ば、
その形はザクフォーリアと酷似している。しかし、このMSを何より特徴付けているのは全身から発せられる憎悪だった。一つ目の下、
鼻先に刻まれた古傷がそれをさらに増幅させている。
この、有り余る憎悪が向けられる対象は……
「イン……パルス!」
怨嗟の声を上げたMSは、ゆっくりと夜闇の中に消えていった。
月明かりに照らされ、ようやく全体像がはっきりした。
闇と同化するかのような、黒いボディ。背中に巨大な荷物のようなものを背負い、スパイクのついたシールドが両肩にあることを除ば、
その形はザクフォーリアと酷似している。しかし、このMSを何より特徴付けているのは全身から発せられる憎悪だった。一つ目の下、
鼻先に刻まれた古傷がそれをさらに増幅させている。
この、有り余る憎悪が向けられる対象は……
「イン……パルス!」
怨嗟の声を上げたMSは、ゆっくりと夜闇の中に消えていった。
「おはよう、レイ」
「おはよう」
食卓には牛乳とシリアルコーンが置いてある。あとは器が二つおいてあるだけであり、とても食事と呼べるようなものではない。
広い食卓には、空席が三つもある。マユは入院で、ルナマリアは付きっ切りでの看護。そしてシンは、行方不明。
以前のような騒々しい、それでいて不思議と居心地の良かった食卓は、もうなかった。
それでも一応、二人は席に着き、朝食を摂る。だが、会話は全くない。
レイはもともと無口な方で、自分から口を開くということはほとんどない。
それにメイリンも彼とは同年代であるにもかかわらず、二人きりで会話したことはあまりない。
しかも、こんな状況で下手にしゃべったところで気まずさを助長してしまうことは目に見えている。
そのため、お通夜のような沈んだ雰囲気の中、二人は黙々とシリアルを半ば事務的に咀嚼していった。
「おはよう」
食卓には牛乳とシリアルコーンが置いてある。あとは器が二つおいてあるだけであり、とても食事と呼べるようなものではない。
広い食卓には、空席が三つもある。マユは入院で、ルナマリアは付きっ切りでの看護。そしてシンは、行方不明。
以前のような騒々しい、それでいて不思議と居心地の良かった食卓は、もうなかった。
それでも一応、二人は席に着き、朝食を摂る。だが、会話は全くない。
レイはもともと無口な方で、自分から口を開くということはほとんどない。
それにメイリンも彼とは同年代であるにもかかわらず、二人きりで会話したことはあまりない。
しかも、こんな状況で下手にしゃべったところで気まずさを助長してしまうことは目に見えている。
そのため、お通夜のような沈んだ雰囲気の中、二人は黙々とシリアルを半ば事務的に咀嚼していった。
味気ない形だけの朝食も終わり、レイは新聞を開いた。メイリンは声をかけるタイミングを失い、また重苦しく気まずい雰囲気となる。
こんな空気は、メイリンが最も苦手とするところであった。だが、こんなときにレイと二人でいたら当然のことであり、もちろん
メイリンもこうなることは予想していた。
それでもここへきたのは、レイにどうしても聞きたいことがあったからだ。しかし、このままではいつまで経っても聞けそうにない。
メイリンは意を決し、思い切って口を開いた。
こんな空気は、メイリンが最も苦手とするところであった。だが、こんなときにレイと二人でいたら当然のことであり、もちろん
メイリンもこうなることは予想していた。
それでもここへきたのは、レイにどうしても聞きたいことがあったからだ。しかし、このままではいつまで経っても聞けそうにない。
メイリンは意を決し、思い切って口を開いた。
「ねえ、レイ。少しいい?」
紙面に向けていた目を、わずかにこちらの方に向ける。一応話だけは聞く、ということだろうか。メイリンはそう解釈し、続ける。
「いいかげん、何があったか教えてよ」
レイは目線を紙面に戻した。答えるつもりはない、というのはもはや明白だ。以前と同じような反応だった。
それでも、食い下がる。今度こそ、何が何でも教えてもらうつもりだ。
「お姉ちゃん、いきなりマユちゃんが入院したって言って家を出てっちゃって……、シンもどっかいなくなっちゃうし。ホント、
どうしたのよ?」
「何故俺に聞く? ルナマリアに聞けばいいだろう」
「……何も教えてくれないんだもん。ケータイも通じないし、たまに戻ってきてもすぐ出て行っちゃうし」
「なら、俺も何も言うことはない」
「そんな! お姉ちゃんもレイもどうして何も教えてくれないの!?」
「ルナマリアが黙っていることを、俺が教えるわけにはいかない」
「私、マユちゃんのお見舞いにもいけないんだよ? 私だって心配してるのに」
「知らない方が、いいこともある」
「……もう、いい! レイにはもう頼まない!」
埒の明かない問答に、ついに限界が来た。メイリンは目に涙を溜めながら叫び、部屋を飛び出していく。程なくして、玄関の方から
バタンと激しい音がした。
紙面に向けていた目を、わずかにこちらの方に向ける。一応話だけは聞く、ということだろうか。メイリンはそう解釈し、続ける。
「いいかげん、何があったか教えてよ」
レイは目線を紙面に戻した。答えるつもりはない、というのはもはや明白だ。以前と同じような反応だった。
それでも、食い下がる。今度こそ、何が何でも教えてもらうつもりだ。
「お姉ちゃん、いきなりマユちゃんが入院したって言って家を出てっちゃって……、シンもどっかいなくなっちゃうし。ホント、
どうしたのよ?」
「何故俺に聞く? ルナマリアに聞けばいいだろう」
「……何も教えてくれないんだもん。ケータイも通じないし、たまに戻ってきてもすぐ出て行っちゃうし」
「なら、俺も何も言うことはない」
「そんな! お姉ちゃんもレイもどうして何も教えてくれないの!?」
「ルナマリアが黙っていることを、俺が教えるわけにはいかない」
「私、マユちゃんのお見舞いにもいけないんだよ? 私だって心配してるのに」
「知らない方が、いいこともある」
「……もう、いい! レイにはもう頼まない!」
埒の明かない問答に、ついに限界が来た。メイリンは目に涙を溜めながら叫び、部屋を飛び出していく。程なくして、玄関の方から
バタンと激しい音がした。
独り部屋に取り残されたレイは、黙々と食器を片付けた。
ああも感情的になったメイリンを見るのは初めてのことだった。一人だけ除け者にされているように感じたのだろう。
だが、たとえ恨まれようとも本当のことを話すわけにはいかない。
シンとルナマリアはマユのことを自分のせいだと感じ、ひどく苦しんでいる。そんな所にメイリンが行けば、二人はさらに傷つくだろうし
メイリンだって苦しむかもしれない。
今は、一人にしておくべきなのだ。たとえ、恨まれようとも。
ああも感情的になったメイリンを見るのは初めてのことだった。一人だけ除け者にされているように感じたのだろう。
だが、たとえ恨まれようとも本当のことを話すわけにはいかない。
シンとルナマリアはマユのことを自分のせいだと感じ、ひどく苦しんでいる。そんな所にメイリンが行けば、二人はさらに傷つくだろうし
メイリンだって苦しむかもしれない。
今は、一人にしておくべきなのだ。たとえ、恨まれようとも。
ミーアはいつものように上半身を起き上がらせ、ヘッドホンから流れる音楽に合わせてリズムを取る。これは本来禁止行為であり、
見つかったら叱られた上、ソフトも没収されてしまう。現に一度取り上げられてしまったこともある。
しかし、音楽のない生活など考えられない。そのためミーアはいつも隠れて音楽を聴いていた。
CDなどの音楽ソフトはデュランダルがやはりこっそりくれたものだ。だが、それにも限りがある。同じものを何度聞いたかも分からないが、
それでも入院中で唯一の楽しみだ。
検診や看護士の見まわり時間も把握している。何しろ死活問題だ。
ドアが動いたのを見たミーアは驚き、慌ててヘッドホンを外すが間に合わなかった。好きな曲で熱中しすぎたせいで反応が遅れたのだ。
だが、ドアの向こうから現れた顔を見たミーアはほっと胸を撫で下ろした。
「あ、アスラン!」
ヘッドホンをベッドの上に放り出し、歓喜の声を上げる。アスランはやや照れくさそうに、お見舞い用の花を持った左手を持ち上げた。
見つかったら叱られた上、ソフトも没収されてしまう。現に一度取り上げられてしまったこともある。
しかし、音楽のない生活など考えられない。そのためミーアはいつも隠れて音楽を聴いていた。
CDなどの音楽ソフトはデュランダルがやはりこっそりくれたものだ。だが、それにも限りがある。同じものを何度聞いたかも分からないが、
それでも入院中で唯一の楽しみだ。
検診や看護士の見まわり時間も把握している。何しろ死活問題だ。
ドアが動いたのを見たミーアは驚き、慌ててヘッドホンを外すが間に合わなかった。好きな曲で熱中しすぎたせいで反応が遅れたのだ。
だが、ドアの向こうから現れた顔を見たミーアはほっと胸を撫で下ろした。
「あ、アスラン!」
ヘッドホンをベッドの上に放り出し、歓喜の声を上げる。アスランはやや照れくさそうに、お見舞い用の花を持った左手を持ち上げた。
アスランが訪れるのは実に久しぶりだった。ミーアははしゃぎ、この間デュランダルに提案されたことも話す。
「あたし、もうすぐ退院できるんですよぉ。そしたらぁ、先生が助手として雇ってくれるって」
それは純粋な善意ではないだろう。しかし、ミーアにとってはいいことだ。
何しろ、今の彼女にとって信頼できる者はほとんどいない。デュランダルのもとにいるのが最良であるはずだ。
「そうか。良かったな」
「ねえねえ、アスランも、先生のところで働いてるんでしょ?」
「ああ。一応はな」
アスランはデュランダルの助手という名目で、アカデミーに籍を置いている。そうすると、ミーアと立場はずいぶん違うが、
同僚ということになるのだろうか。
「じゃあ、いつでも会えるんですね。そうだ、先生ってどんな研究してるんですかぁ?」
以前訪れたときと同じように、質問攻めが始まった。アスランは少しうっとうしく感じながらも、一つ一つの質問に丁寧に答えていった。
「あたし、もうすぐ退院できるんですよぉ。そしたらぁ、先生が助手として雇ってくれるって」
それは純粋な善意ではないだろう。しかし、ミーアにとってはいいことだ。
何しろ、今の彼女にとって信頼できる者はほとんどいない。デュランダルのもとにいるのが最良であるはずだ。
「そうか。良かったな」
「ねえねえ、アスランも、先生のところで働いてるんでしょ?」
「ああ。一応はな」
アスランはデュランダルの助手という名目で、アカデミーに籍を置いている。そうすると、ミーアと立場はずいぶん違うが、
同僚ということになるのだろうか。
「じゃあ、いつでも会えるんですね。そうだ、先生ってどんな研究してるんですかぁ?」
以前訪れたときと同じように、質問攻めが始まった。アスランは少しうっとうしく感じながらも、一つ一つの質問に丁寧に答えていった。
「そうだ! のど、渇いてません!?」
しばらくしてから、ミーアが嬉しそうに手を叩く。対照的に、アスランの顔が蒼ざめた。
「いや、大丈夫だ! 病人は静かにしていないと!」
「大丈夫ですよ~、そんなに心配してくれなくても大丈夫ですからぁ」
アスランは必死に否定し、ベッドから降りようとする彼女を懸命に止める。
「さっきから質問してばっかだし、あたしも少しはお返ししないと」
お返しにならない。むしろ仕返しだ。自分の生命がかかっていることもあり、文字通り命がけで制止するがミーア排外と頑固で止まらない。
そこで、病室の扉が開いた。
「ミーア・キャンベルさん、検診の時間ですよ」
それはアスランにとって神の声にも等しかった。
定期検診の時間となり、運良く病室を追い出されたアスランは自動販売機で缶コーヒーを買い、待合用の長いすに座って一息ついていた。
検診にそんなに長い時間はかからない。束の間の休息といったところか。正直、アスランはかなりの疲労を感じていた。
慕われるのは悪い気はしないが、あのように接しられた経験がなく、どちらかというと不器用なタイプの彼にとって、ミーアとの会話は
かなり気疲れするもの。
実際、デュランダルのように余裕をもって対応できているとは到底思えない。それでなんであんなに自分のことを気にかけてくるのか。
しばらくしてから、ミーアが嬉しそうに手を叩く。対照的に、アスランの顔が蒼ざめた。
「いや、大丈夫だ! 病人は静かにしていないと!」
「大丈夫ですよ~、そんなに心配してくれなくても大丈夫ですからぁ」
アスランは必死に否定し、ベッドから降りようとする彼女を懸命に止める。
「さっきから質問してばっかだし、あたしも少しはお返ししないと」
お返しにならない。むしろ仕返しだ。自分の生命がかかっていることもあり、文字通り命がけで制止するがミーア排外と頑固で止まらない。
そこで、病室の扉が開いた。
「ミーア・キャンベルさん、検診の時間ですよ」
それはアスランにとって神の声にも等しかった。
定期検診の時間となり、運良く病室を追い出されたアスランは自動販売機で缶コーヒーを買い、待合用の長いすに座って一息ついていた。
検診にそんなに長い時間はかからない。束の間の休息といったところか。正直、アスランはかなりの疲労を感じていた。
慕われるのは悪い気はしないが、あのように接しられた経験がなく、どちらかというと不器用なタイプの彼にとって、ミーアとの会話は
かなり気疲れするもの。
実際、デュランダルのように余裕をもって対応できているとは到底思えない。それでなんであんなに自分のことを気にかけてくるのか。
疑問に思いつつ、やや冷めてしまったコーヒーを口に含む。飲めないことはないが、美味くもない。
そのおり、見知った顔を見つけたアスランは思わず立ち上がった。
「ルナマリア?」
赤毛の少女の方も気付いたようで、こちらに振り向き、声をかけてくる。
「あ、ええと……アスランさんでしたっけ?」
「久しぶりだな」
「はい。今日はお見舞いですか?」
「ああ。知人が入院していて、それで。君の方は……シンの妹さんか?」
ルナマリアが提げていた、大きな紙袋を見てアスランが聞く。その中身は使用済みのタオルやパジャマなどで、ちょうどクリーニングに
出す途中だった。
「はい。シン……、まだ帰ってこなくて」
「帰って来ない? どういうことだ?」
シンとは、緑色のMSを倒したときに共闘して以来、会っていない。したがってアスランは、彼らの近況など知る由もなかった。
「……それが」
そのおり、見知った顔を見つけたアスランは思わず立ち上がった。
「ルナマリア?」
赤毛の少女の方も気付いたようで、こちらに振り向き、声をかけてくる。
「あ、ええと……アスランさんでしたっけ?」
「久しぶりだな」
「はい。今日はお見舞いですか?」
「ああ。知人が入院していて、それで。君の方は……シンの妹さんか?」
ルナマリアが提げていた、大きな紙袋を見てアスランが聞く。その中身は使用済みのタオルやパジャマなどで、ちょうどクリーニングに
出す途中だった。
「はい。シン……、まだ帰ってこなくて」
「帰って来ない? どういうことだ?」
シンとは、緑色のMSを倒したときに共闘して以来、会っていない。したがってアスランは、彼らの近況など知る由もなかった。
「……それが」
「そうか。そんなことが……」
一通り彼女の話を聞いたアスランの言葉に、ルナマリアはこくりとうなずく。そこに、以前の快活さは微塵も感じられない。
一通り彼女の話を聞いたアスランの言葉に、ルナマリアはこくりとうなずく。そこに、以前の快活さは微塵も感じられない。
「大変、だったんだな」
こんな月並みな言葉しか思いつかない、自分の語彙の少なさに苛立ちを覚える。しかし彼女は、
「私は、いいんです。それより、マユちゃんがかわいそうで……」
そう言って、まるで遠くを見るような目つきになる。
「マユちゃん……ときどきシンのことを呼ぶんです。お兄ちゃんって……。そんなときに限ってひどく汗をかいたりして、辛そうで。
こんなときにあいつ、どこに……。あ、もうこんな時間なんですね。すみません、忙しいのにお引止めしちゃって」
時計を見たルナマリアが頭を下げる。
「いや……、そんなことは」
「聞いてくれてありがとうございました。それでは、失礼します」
お辞儀をして、ルナマリアは早足で去っていく。以前よりも小さく感じる後姿を見送りながら、アスランはシンのことを考えていた。
かつての自分と同じ力を持ち、同じように苦しんでいる人間のことを。
彼の気持ちは、おぼろげながら理解できる。アスランとて、変身したことで人に恐怖を与えてしまった経験がある。
シンの場合はそれが最愛の妹だったのだ。彼の妹に対する思いは、とても強いものだった。その相手を自分が怯えさせ、あまつさえそれが
きっかけとなって心を閉ざしてしまったのだ。
それで自己嫌悪に陥ったシンは、自分がいないほうが妹のためになると感じて姿を消してしまったのだろう。
今のままでは、大変なことになるかもしれない。手遅れになる前に、何とかしなければ。
こんな月並みな言葉しか思いつかない、自分の語彙の少なさに苛立ちを覚える。しかし彼女は、
「私は、いいんです。それより、マユちゃんがかわいそうで……」
そう言って、まるで遠くを見るような目つきになる。
「マユちゃん……ときどきシンのことを呼ぶんです。お兄ちゃんって……。そんなときに限ってひどく汗をかいたりして、辛そうで。
こんなときにあいつ、どこに……。あ、もうこんな時間なんですね。すみません、忙しいのにお引止めしちゃって」
時計を見たルナマリアが頭を下げる。
「いや……、そんなことは」
「聞いてくれてありがとうございました。それでは、失礼します」
お辞儀をして、ルナマリアは早足で去っていく。以前よりも小さく感じる後姿を見送りながら、アスランはシンのことを考えていた。
かつての自分と同じ力を持ち、同じように苦しんでいる人間のことを。
彼の気持ちは、おぼろげながら理解できる。アスランとて、変身したことで人に恐怖を与えてしまった経験がある。
シンの場合はそれが最愛の妹だったのだ。彼の妹に対する思いは、とても強いものだった。その相手を自分が怯えさせ、あまつさえそれが
きっかけとなって心を閉ざしてしまったのだ。
それで自己嫌悪に陥ったシンは、自分がいないほうが妹のためになると感じて姿を消してしまったのだろう。
今のままでは、大変なことになるかもしれない。手遅れになる前に、何とかしなければ。
インパルスは三体のMSと対峙していた。ジンが二体に、シグーが一体。
そのうちのそのうちの一体、ジンに狙いを定め、突進する。
重い刃が左肩に打ち下ろされるが、シンは怯むことなく右の拳を突き出した。
「ハアァッ!!」
この拳はカウンターとなった。外殻を打ち抜き、骨格を破壊、ジンを内部から粉砕する。
一瞬、動きが止まる。その隙に別の個体によって、背中から重斬刀を叩きつけられる。
重斬刀は、名前に刀と付いてはいるが、西洋の両刃剣に似た形状をしている。堅牢ではあるが、インパルスの外殻を切り裂くほどの切れ味
はなかった。
「ツぅっ!」
ダメージを受けながらもシンは拳を引き抜く。外殻や骨格を飛び散らせながら、勢いのままに身体ごと腕を後ろへ振る。
インパルスの肘が頭部へと直撃、頭蓋を破壊されたジンはそのまま後方へ倒れこみ、二、三度痙攣し、動かなくなった。
瞬く間に二体のMSを葬ったシンは、残された最後のMS、シグーへと目を向ける。
シグーは後ずさっていて、インパルスから距離をとっていた。さらに遠くへ逃げようとしているのか、こちらに背を向けている。
「逃がすかァッ!」
強く地面を蹴ったシンは跳躍、空中でベルトの力を込めたフォースキックをシグーの背中に直撃させ、前のめりに地面に叩きつけた。
勢い余ったシンの右足は、アスファルトを撒き散らし、道路にめり込んだ。エネルギーの余波による白煙を立ち上らせながら、
シンは右足を持ち上げ、後ろへ振り向く。
シグー、そして二体のジンは完全に行動を停止している。そして、彼の目の前で相次いで爆散した。
そのうちのそのうちの一体、ジンに狙いを定め、突進する。
重い刃が左肩に打ち下ろされるが、シンは怯むことなく右の拳を突き出した。
「ハアァッ!!」
この拳はカウンターとなった。外殻を打ち抜き、骨格を破壊、ジンを内部から粉砕する。
一瞬、動きが止まる。その隙に別の個体によって、背中から重斬刀を叩きつけられる。
重斬刀は、名前に刀と付いてはいるが、西洋の両刃剣に似た形状をしている。堅牢ではあるが、インパルスの外殻を切り裂くほどの切れ味
はなかった。
「ツぅっ!」
ダメージを受けながらもシンは拳を引き抜く。外殻や骨格を飛び散らせながら、勢いのままに身体ごと腕を後ろへ振る。
インパルスの肘が頭部へと直撃、頭蓋を破壊されたジンはそのまま後方へ倒れこみ、二、三度痙攣し、動かなくなった。
瞬く間に二体のMSを葬ったシンは、残された最後のMS、シグーへと目を向ける。
シグーは後ずさっていて、インパルスから距離をとっていた。さらに遠くへ逃げようとしているのか、こちらに背を向けている。
「逃がすかァッ!」
強く地面を蹴ったシンは跳躍、空中でベルトの力を込めたフォースキックをシグーの背中に直撃させ、前のめりに地面に叩きつけた。
勢い余ったシンの右足は、アスファルトを撒き散らし、道路にめり込んだ。エネルギーの余波による白煙を立ち上らせながら、
シンは右足を持ち上げ、後ろへ振り向く。
シグー、そして二体のジンは完全に行動を停止している。そして、彼の目の前で相次いで爆散した。
変身を解いたシンは、バイクにまたがろうとするが、一瞬、目の前がふらつく。
そのままもたれかかるが、バランスを崩してしまい、もろともに倒れこむ。
「くっ、くそぉ……!」
バイクを起こそうとするものの、身体に力が入らない。立ち上がることもままならず、倒れたまま悔しげに呻いた。
そのままもたれかかるが、バランスを崩してしまい、もろともに倒れこむ。
「くっ、くそぉ……!」
バイクを起こそうとするものの、身体に力が入らない。立ち上がることもままならず、倒れたまま悔しげに呻いた。
明らかに、限界が来ていた。
何しろマユに別れを告げて以降、まともな休息を取っていない。ろくに眠ることすらできずにいたのだ。そして、ひたすらに戦いを求めた。
シンはバイクのボディに手をかけ、無理やり自分の身体を起き上がらせる。だが、身体中が悲鳴を上げる。蓄積した疲労とダメージが
立つことさえも拒絶し、片膝を着かせてしまう。
それでもわずかに顔を上げ、目をぎらぎらときらめかせる。
「まだだ。……戦え!」
これはここにいないMSに向けたものか、自分自身への言葉か。
しかし、今の自分にできることはそれだけだ。戦って、戦って、戦い続けてMSを滅ぼす。
皆のもとにいられなくなった自分が、皆のために唯一できることだ。
何しろマユに別れを告げて以降、まともな休息を取っていない。ろくに眠ることすらできずにいたのだ。そして、ひたすらに戦いを求めた。
シンはバイクのボディに手をかけ、無理やり自分の身体を起き上がらせる。だが、身体中が悲鳴を上げる。蓄積した疲労とダメージが
立つことさえも拒絶し、片膝を着かせてしまう。
それでもわずかに顔を上げ、目をぎらぎらときらめかせる。
「まだだ。……戦え!」
これはここにいないMSに向けたものか、自分自身への言葉か。
しかし、今の自分にできることはそれだけだ。戦って、戦って、戦い続けてMSを滅ぼす。
皆のもとにいられなくなった自分が、皆のために唯一できることだ。
「こんな所にいたのか。探したぞ」
バイクを背にして形だけでも休んでいたシンは、突然かけられたその声にいぶかしみつつも顔を上げた。
「ああ、あなたですか」
別段驚いた風もなく答える。その声に、感情の色は見られない。
「ルナマリアが心配している。早く戻るんだ」
「俺はもう戻りません。戻れや、しませんよ」
「……君が戻らないからといって、妹さんが目覚めるわけじゃないんだぞ?」
「そんなこと、関係ありませんよ!」
「それとも、顔を合わせるのが会うのが怖いのか?」
その瞬間、顔つきが豹変する。図星だったのだ。シンは立ち上がってアスランの胸倉を掴み、声を荒げる。
「――ッ! あんたには関係ないでしょう! とっとと帰ってくださいよ!」
「そういうわけには……」
バイクを背にして形だけでも休んでいたシンは、突然かけられたその声にいぶかしみつつも顔を上げた。
「ああ、あなたですか」
別段驚いた風もなく答える。その声に、感情の色は見られない。
「ルナマリアが心配している。早く戻るんだ」
「俺はもう戻りません。戻れや、しませんよ」
「……君が戻らないからといって、妹さんが目覚めるわけじゃないんだぞ?」
「そんなこと、関係ありませんよ!」
「それとも、顔を合わせるのが会うのが怖いのか?」
その瞬間、顔つきが豹変する。図星だったのだ。シンは立ち上がってアスランの胸倉を掴み、声を荒げる。
「――ッ! あんたには関係ないでしょう! とっとと帰ってくださいよ!」
「そういうわけには……」
――ッ!
突如、二人は同時に硬直した。MSの気配だ。
「どいてください!」
シンは静止するアスランを振り払い、バイクのもとへ走る。それを止めようと追いかけるアスランだったが、
「待てっ、シ――!?」
突然、腹部に電流が走る。続いて、全身の細胞がざわめくような不思議な感覚。身体中が熱くなり、総毛立つ。
「う、うわあああぁぁぁっっ!」
さらに、激しい頭痛が襲い来る。アスランは頭を抱え、その場で絶叫した。
突如、二人は同時に硬直した。MSの気配だ。
「どいてください!」
シンは静止するアスランを振り払い、バイクのもとへ走る。それを止めようと追いかけるアスランだったが、
「待てっ、シ――!?」
突然、腹部に電流が走る。続いて、全身の細胞がざわめくような不思議な感覚。身体中が熱くなり、総毛立つ。
「う、うわあああぁぁぁっっ!」
さらに、激しい頭痛が襲い来る。アスランは頭を抱え、その場で絶叫した。
ユニウス警察署の、駐車場。そこで惨劇が展開されていた。
顔に傷のある黒いMSが、倒されたまま起き上がることのできない警官を踏みつけにする。手足をジタバタさせてもがくが、
強固な外殻に覆われた野太い足は、びくともしない。
「所詮、ナチュラルなどこんなものか」
呟き、さらに踏みつけた方の足に力を込める。
「ギィヤャアアァァァァッッ!!」
断末魔の悲鳴を上げた彼は、救いを求めるかのように伸ばした手をわずかに動かすものの、それで力尽きてしまう。
黒いMS、ザクファントムはもはや動かなくなった警官には何の関心も示さずに足を上げ、一つ目を巡らし、別の警官のもとへと固定される。
睨みつけられ、身じろぎすらできず、目を離せなくなる。彼の視界に、つい先ほどまで共に仕事をしていた同僚の姿が映りこむ。
表情は苦悶に醜く歪んでしまっている。踏みつけにされた背中は大きく陥没しており、MSのかけた力の程をありありと語っていた。
変わり果ててしまった同僚、そして、自分の避け得ぬ未来の姿を目の当たりにした彼は、せめてもの抵抗として震える手で拳銃を構える。
しかし、ザクファントムはそんなものは全く目に入らない様子でゆっくりと歩み寄る。もはや手が届きそうな距離にまできたところで、
彼の精神は限界に達した。
「く、来るな……うわああぁぁ!!」
目を閉じ、絶叫しながら引き金を何度も引く。ごく近距離で何発か直撃するもの、それらは全て強固な外殻に阻まれ、弾き飛ばされてしまう。
銃弾をまったく意に介せず、進んでくる。彼は更に恐慌し、引き金を引くが弾丸は出てこない。
「た、弾が……!」
彼の前に立つMSは腕を伸ばし、首を掴むやいなや自らの目線の上に持ち上げる。もがく間もなく、黒い腕に力が込められる。
嫌な音と共に彼の意識は永遠に失われた。
ただの肉塊と化した警官を、まるでごみのように投げ捨てる。
ありえない角度に曲がった彼らの身体を踏みつけ、先へ進む。その姿は、まさに地獄の悪鬼そのものだった。
顔に傷のある黒いMSが、倒されたまま起き上がることのできない警官を踏みつけにする。手足をジタバタさせてもがくが、
強固な外殻に覆われた野太い足は、びくともしない。
「所詮、ナチュラルなどこんなものか」
呟き、さらに踏みつけた方の足に力を込める。
「ギィヤャアアァァァァッッ!!」
断末魔の悲鳴を上げた彼は、救いを求めるかのように伸ばした手をわずかに動かすものの、それで力尽きてしまう。
黒いMS、ザクファントムはもはや動かなくなった警官には何の関心も示さずに足を上げ、一つ目を巡らし、別の警官のもとへと固定される。
睨みつけられ、身じろぎすらできず、目を離せなくなる。彼の視界に、つい先ほどまで共に仕事をしていた同僚の姿が映りこむ。
表情は苦悶に醜く歪んでしまっている。踏みつけにされた背中は大きく陥没しており、MSのかけた力の程をありありと語っていた。
変わり果ててしまった同僚、そして、自分の避け得ぬ未来の姿を目の当たりにした彼は、せめてもの抵抗として震える手で拳銃を構える。
しかし、ザクファントムはそんなものは全く目に入らない様子でゆっくりと歩み寄る。もはや手が届きそうな距離にまできたところで、
彼の精神は限界に達した。
「く、来るな……うわああぁぁ!!」
目を閉じ、絶叫しながら引き金を何度も引く。ごく近距離で何発か直撃するもの、それらは全て強固な外殻に阻まれ、弾き飛ばされてしまう。
銃弾をまったく意に介せず、進んでくる。彼は更に恐慌し、引き金を引くが弾丸は出てこない。
「た、弾が……!」
彼の前に立つMSは腕を伸ばし、首を掴むやいなや自らの目線の上に持ち上げる。もがく間もなく、黒い腕に力が込められる。
嫌な音と共に彼の意識は永遠に失われた。
ただの肉塊と化した警官を、まるでごみのように投げ捨てる。
ありえない角度に曲がった彼らの身体を踏みつけ、先へ進む。その姿は、まさに地獄の悪鬼そのものだった。
「ああ! ……そんな!?」
やっと気配のもとに辿りついたシンは、眼前に広がる光景に愕然とした。ありえない方向に身体を捻じ曲げられた警官たち。そして、
彼らをモノのように踏みつけ、平然としている黒いMS。
脳裏にかつての惨劇が甦る。
バイクにまたがったまま、右腕を前に掲げる。腰にベルトが現れ、裂帛の気合を込めて叫んだ。
「変身!」
シンの身体が戦うための姿、インパルスへと変貌する。さらに、灰色から青へと変化させる。シンは共に変化したバイク、
マシンスプレンダーを駆り、ザクファントムへと突進した。
やっと気配のもとに辿りついたシンは、眼前に広がる光景に愕然とした。ありえない方向に身体を捻じ曲げられた警官たち。そして、
彼らをモノのように踏みつけ、平然としている黒いMS。
脳裏にかつての惨劇が甦る。
バイクにまたがったまま、右腕を前に掲げる。腰にベルトが現れ、裂帛の気合を込めて叫んだ。
「変身!」
シンの身体が戦うための姿、インパルスへと変貌する。さらに、灰色から青へと変化させる。シンは共に変化したバイク、
マシンスプレンダーを駆り、ザクファントムへと突進した。
完全に背を向けていたにもかかわらず、黒いMSは直前で向きを変え、回し蹴りを放った。
「なっ!?」
完全に虚を突かれた。回し蹴りは完全に直撃、シンはバイクごと蹴り飛ばされ、自動車に叩きつけられてしまう。
かろうじてシンは自動車の破片を押しのけて立ち上がるが、かなりのダメージを受けていた。
しとめ切れなかったにもかかわらず、ゆっくりとした所作で脚を下ろしたザクファントムは全く残念そうな様子を見せない。
それどころか、歓喜しているようにさえ思える
「来たか……インパルス!」
「お前は……まさか!?」
このMSは今までに戦ったことのないはずの相手だ。しかし、この気配は以前感じたことがある。それに、あの声も。
そして、シンは思い出す。顔に傷のあるMSを。
「思い出したか。あのときの借り、返させてもらう!」
間違いない。姿こそ違うものの、ユニウスセブンで最後に戦った黒いジンHM2――サトーだ。
姿が変わった理由は分からないが、敵は倒さなければならない。それも、以前戦ったときよりも強くなっているようだ。
油断のできるような、相手じゃない。
構えを取ったシンはサトーから一定の距離を保ちつつ、足を運んでいく。
そして、跳躍。
白い影が、黒い影に躍りかかった。
「なっ!?」
完全に虚を突かれた。回し蹴りは完全に直撃、シンはバイクごと蹴り飛ばされ、自動車に叩きつけられてしまう。
かろうじてシンは自動車の破片を押しのけて立ち上がるが、かなりのダメージを受けていた。
しとめ切れなかったにもかかわらず、ゆっくりとした所作で脚を下ろしたザクファントムは全く残念そうな様子を見せない。
それどころか、歓喜しているようにさえ思える
「来たか……インパルス!」
「お前は……まさか!?」
このMSは今までに戦ったことのないはずの相手だ。しかし、この気配は以前感じたことがある。それに、あの声も。
そして、シンは思い出す。顔に傷のあるMSを。
「思い出したか。あのときの借り、返させてもらう!」
間違いない。姿こそ違うものの、ユニウスセブンで最後に戦った黒いジンHM2――サトーだ。
姿が変わった理由は分からないが、敵は倒さなければならない。それも、以前戦ったときよりも強くなっているようだ。
油断のできるような、相手じゃない。
構えを取ったシンはサトーから一定の距離を保ちつつ、足を運んでいく。
そして、跳躍。
白い影が、黒い影に躍りかかった。