第5話 『銀と金』
――『PLANT』アーモリー・ワン社 最上階、ギルバート・デュランダルの私室――
廊下にコツコツと靴の音を響かせながら、社長室に近づく女性がいた。
タリア・グラディス――彼女は、『ZAFT』アーモリー・ワン支社の社長である。
タリア・グラディス――彼女は、『ZAFT』アーモリー・ワン支社の社長である。
彼女が何度かドアをノックすると、中から穏やかな低音が返る。
「入りたまえ」
ドアを開けるとそこにはプラント社長、ギルバート・デュランダルが立っていた。
「失礼致します。社長、少々お時間頂けますでしょうか?」
「やあ、タリア。急に電話をもらったので驚いたよ」
「申し訳ありません。お伺いしたいことがありまして」
「いや、構わない。こっちで話を聞こうか」
ギルバート・デュランダルは、タリアを隣の私室に促す。
「失礼します」
彼の私室はベッドとソファ、私物であろう本棚、後は冷蔵庫などしかなかった。
私室だからだろうか。随分と簡素な部屋である。
デュランダルが本社以外で執務室や私室を持っているのは、このアーモリー・ワン支社のみ。
この都市は経済においても、政治においても重要な意味を持っているからだろう。
促され、ソファに座るとデュランダルも向かいに腰掛けた。
「さて、それでは用件を聞こうか」
デュランダルは私室に人を招くことはまずない。
だが――どうやら彼にとって自分は特例らしい。もちろん、自分の表情から今日は『そういった』意味でないことはすぐにわかったようだ。
「はい。二日前に入隊試験を受けたシン・アスカが意識を取り戻したそうです」
「そうか……二日間も眠っていたとは。彼にはゆっくり休むように伝えてくれ」
心配するような口ぶりだが、口許にはいつもの笑みを浮かべている。
彼はいつもそうだ。穏やかな笑みを浮かべながらも、その裏で何を考えているのか。
タリアにもその真意を測ることはできない。だが、不思議といつもその選択に間違いはなかった。
それがタリア・グラディスのギルバート・デュランダルの印象だった。
「用件はそれだけかね?」
「いえ。私が聞きたかったのは……彼がどこまで知っているのか、ということです」
デュランダルは僅かに眉をひそめた。
「ファントム・ペインはただのテロリストではない可能性があります。
知っての通り、プラント支社の爆破未遂や、先の新型RSの強奪事件からも明らかにプラントを標的にしています」
デュランダルは適当に相槌を打つ。
「彼らの活動と思しきものは、ほぼ世界中で確認されています。しかし、大西洋連邦では、目立った被害は出ていません。」
「君は連邦が彼らを支援、もしくは彼ら自体が連邦の暗部なのではないか――そう、疑っているのだね?」
「これは少し調べれば不自然さが見えてきます。そう考えれば説明がつくこともあります」
デュランダルは黙って頷いた。
「このことは社長もご存知ではないですか?」
「既にそれを疑っている国もあるようだ。だが――」
デュランダルは口許に笑みを浮かべたままだ。いやらしさを感じさせるものではないが、タリアはその笑みが気にかかって仕方なかった。
「それは確実な情報ではない。で、ある以上彼に教えるのは彼を不必要に惑わすことになる――そう私は判断した」
「では、プラントに関してはどうお話になったのですか?ザフトはファントム・ペインに関して警察権を持ち、銃やRSの使用も認められています。
また、3年前の周辺諸国と連邦との戦争で少数ながら投入されたRS装着者の多くは、現在ザフトに在籍している」
デュランダルがどんな手を使ったかは不明だが、軍にRSの秘密を渡さないためなのだろうことは予測できた。
タリアはデュランダルについても調べている。確かなことではないが、どうやら彼はこの国の政治に深く入り込んでいるようだ。
「もう一つ聞きたいことがあります。詳細な技術に関しては隠しているようですが、RSは作業用としてこの国に販売されています。あなたはRSが戦争に利用されるのを嫌っているのではなかったのですか?」
デュランダルは僅かな沈黙を置いて答えた。
「RSを分析するには専門の技術者が必要だ。軍事用に量産することは難しいだろう。
ザフトの独立は守られており、我々は何一つ負い目も弱みもない。そこまで私を調べたなら君もそれは知っているだろう?」
その返答は、これ以上話すことはない、ということだろう。
タリアとしてはこれで彼から何か聞き出せると思っていた。少なくとも、彼の真意が垣間見えるのではないか、と。
だが、彼は全く動じていない。口許には張りついたように笑みが浮かんでいる。
「君が今言ったことはどれも確実と言えるものではない――だが、私がそれを彼に伝えなかったのはそれだけではないよ。
君は我々とファントム・ペインが双方の国家の傀儡である可能性を危惧しているようだが、それでも我々の仕事は変わらないはず。そう、市民を守ることだ」
そしてデュランダルの顔からはじめて笑みが消えた。彼はまっすぐにタリアを見る。
「私は彼に事実のみを伝えたつもりだ。私は彼に自ら真実を見つけてもらいたい――たとえそれが後々、私に対しての疑惑の種になろうとも」
「真実と事実……ですか?」
「真実とはなにか……人によって様々な解釈があるだろうが、私はこう考える――真実とは、客観的事実を認識する過程で主観が混ざった不純物だと」
「不純物……」
「不純物といえば聞こえが悪いだろうか。だが、人は事実だけを信じるものにはできない。誰しも己のエゴを羅針盤としているのだよ。彼が迷いながらも得た真実ならそれは合金のように強靭なものともなり得る」
タリアは彼がシン・アスカを偶然を演出してアーモリー・ワンに導いたように、自分も含めて全てが彼の掌で踊らされているような気がした。
そんなタリアの動揺を見抜いたのか。デュランダルはタリアに新たな質問を投げかけた。
「タリア。シンは私を信頼していると思うかね?君の考えを聞かせて欲しい」
いきなりの唐突な質問だ。
タリアは慎重に言葉を選ぶ。彼の言葉の意味を探ろうと。
「どうでしょうか……あなたの言葉を疑ってはいないようですが、完全に信用した訳ではないかと思われます」
「それでいい。言葉にした時点で主観が混じることは避けられない。相手が意図した通りに受け取ってくれないこともある」
デュランダルは少々不安げな感情を瞳に浮かべた――ような気がする。タリアの勘違いかもしれないが。
「そして、それが自分にとって重要な人物であればあるほど、重要な事柄であればあるほど――その差は大きい。私の個人的な考えだがね」
彼のその言葉は自問自答しているようでもあり、意味が今一つ掴めない。
というか煙に巻かれているような気さえする。
「知った事実を無条件に真実に変わってしまうこともあるということだよ。それほどまでに大事な人物、事柄が偽りだと知ったとしたら――それがほんの一部だとしても――その全てが偽りだ。それが真実となってしまうこともある。そういうことだ」
「はぁ……」
タリアは怪訝な顔をしながらも、デュランダルの言葉に頷く。
空はタリアの心中を写したようにもやもやと雨雲が集まりだしていた。
「入りたまえ」
ドアを開けるとそこにはプラント社長、ギルバート・デュランダルが立っていた。
「失礼致します。社長、少々お時間頂けますでしょうか?」
「やあ、タリア。急に電話をもらったので驚いたよ」
「申し訳ありません。お伺いしたいことがありまして」
「いや、構わない。こっちで話を聞こうか」
ギルバート・デュランダルは、タリアを隣の私室に促す。
「失礼します」
彼の私室はベッドとソファ、私物であろう本棚、後は冷蔵庫などしかなかった。
私室だからだろうか。随分と簡素な部屋である。
デュランダルが本社以外で執務室や私室を持っているのは、このアーモリー・ワン支社のみ。
この都市は経済においても、政治においても重要な意味を持っているからだろう。
促され、ソファに座るとデュランダルも向かいに腰掛けた。
「さて、それでは用件を聞こうか」
デュランダルは私室に人を招くことはまずない。
だが――どうやら彼にとって自分は特例らしい。もちろん、自分の表情から今日は『そういった』意味でないことはすぐにわかったようだ。
「はい。二日前に入隊試験を受けたシン・アスカが意識を取り戻したそうです」
「そうか……二日間も眠っていたとは。彼にはゆっくり休むように伝えてくれ」
心配するような口ぶりだが、口許にはいつもの笑みを浮かべている。
彼はいつもそうだ。穏やかな笑みを浮かべながらも、その裏で何を考えているのか。
タリアにもその真意を測ることはできない。だが、不思議といつもその選択に間違いはなかった。
それがタリア・グラディスのギルバート・デュランダルの印象だった。
「用件はそれだけかね?」
「いえ。私が聞きたかったのは……彼がどこまで知っているのか、ということです」
デュランダルは僅かに眉をひそめた。
「ファントム・ペインはただのテロリストではない可能性があります。
知っての通り、プラント支社の爆破未遂や、先の新型RSの強奪事件からも明らかにプラントを標的にしています」
デュランダルは適当に相槌を打つ。
「彼らの活動と思しきものは、ほぼ世界中で確認されています。しかし、大西洋連邦では、目立った被害は出ていません。」
「君は連邦が彼らを支援、もしくは彼ら自体が連邦の暗部なのではないか――そう、疑っているのだね?」
「これは少し調べれば不自然さが見えてきます。そう考えれば説明がつくこともあります」
デュランダルは黙って頷いた。
「このことは社長もご存知ではないですか?」
「既にそれを疑っている国もあるようだ。だが――」
デュランダルは口許に笑みを浮かべたままだ。いやらしさを感じさせるものではないが、タリアはその笑みが気にかかって仕方なかった。
「それは確実な情報ではない。で、ある以上彼に教えるのは彼を不必要に惑わすことになる――そう私は判断した」
「では、プラントに関してはどうお話になったのですか?ザフトはファントム・ペインに関して警察権を持ち、銃やRSの使用も認められています。
また、3年前の周辺諸国と連邦との戦争で少数ながら投入されたRS装着者の多くは、現在ザフトに在籍している」
デュランダルがどんな手を使ったかは不明だが、軍にRSの秘密を渡さないためなのだろうことは予測できた。
タリアはデュランダルについても調べている。確かなことではないが、どうやら彼はこの国の政治に深く入り込んでいるようだ。
「もう一つ聞きたいことがあります。詳細な技術に関しては隠しているようですが、RSは作業用としてこの国に販売されています。あなたはRSが戦争に利用されるのを嫌っているのではなかったのですか?」
デュランダルは僅かな沈黙を置いて答えた。
「RSを分析するには専門の技術者が必要だ。軍事用に量産することは難しいだろう。
ザフトの独立は守られており、我々は何一つ負い目も弱みもない。そこまで私を調べたなら君もそれは知っているだろう?」
その返答は、これ以上話すことはない、ということだろう。
タリアとしてはこれで彼から何か聞き出せると思っていた。少なくとも、彼の真意が垣間見えるのではないか、と。
だが、彼は全く動じていない。口許には張りついたように笑みが浮かんでいる。
「君が今言ったことはどれも確実と言えるものではない――だが、私がそれを彼に伝えなかったのはそれだけではないよ。
君は我々とファントム・ペインが双方の国家の傀儡である可能性を危惧しているようだが、それでも我々の仕事は変わらないはず。そう、市民を守ることだ」
そしてデュランダルの顔からはじめて笑みが消えた。彼はまっすぐにタリアを見る。
「私は彼に事実のみを伝えたつもりだ。私は彼に自ら真実を見つけてもらいたい――たとえそれが後々、私に対しての疑惑の種になろうとも」
「真実と事実……ですか?」
「真実とはなにか……人によって様々な解釈があるだろうが、私はこう考える――真実とは、客観的事実を認識する過程で主観が混ざった不純物だと」
「不純物……」
「不純物といえば聞こえが悪いだろうか。だが、人は事実だけを信じるものにはできない。誰しも己のエゴを羅針盤としているのだよ。彼が迷いながらも得た真実ならそれは合金のように強靭なものともなり得る」
タリアは彼がシン・アスカを偶然を演出してアーモリー・ワンに導いたように、自分も含めて全てが彼の掌で踊らされているような気がした。
そんなタリアの動揺を見抜いたのか。デュランダルはタリアに新たな質問を投げかけた。
「タリア。シンは私を信頼していると思うかね?君の考えを聞かせて欲しい」
いきなりの唐突な質問だ。
タリアは慎重に言葉を選ぶ。彼の言葉の意味を探ろうと。
「どうでしょうか……あなたの言葉を疑ってはいないようですが、完全に信用した訳ではないかと思われます」
「それでいい。言葉にした時点で主観が混じることは避けられない。相手が意図した通りに受け取ってくれないこともある」
デュランダルは少々不安げな感情を瞳に浮かべた――ような気がする。タリアの勘違いかもしれないが。
「そして、それが自分にとって重要な人物であればあるほど、重要な事柄であればあるほど――その差は大きい。私の個人的な考えだがね」
彼のその言葉は自問自答しているようでもあり、意味が今一つ掴めない。
というか煙に巻かれているような気さえする。
「知った事実を無条件に真実に変わってしまうこともあるということだよ。それほどまでに大事な人物、事柄が偽りだと知ったとしたら――それがほんの一部だとしても――その全てが偽りだ。それが真実となってしまうこともある。そういうことだ」
「はぁ……」
タリアは怪訝な顔をしながらも、デュランダルの言葉に頷く。
空はタリアの心中を写したようにもやもやと雨雲が集まりだしていた。
――プラント地下、ザフト医務室――
「お兄ちゃん……」
それはもう随分長く聞いていない声――否、もう二度と聞くことのできない声。
しかし忘れることなどできない声だった。
――マユ
声に出してその名を呼ぶ。
光の中で楽しそうに笑い、走り回っている。
いつだったか、森で日が暮れるまで遊んだ。その時の光景だろうか。
走り、飛び跳ねる度に茶色の髪が揺れた。
だが、やがて日が落ち、辺りは闇に包まれる。楽しかった時間は終わりを告げる。
彼女は切なげな顔を見せ、徐々に自分から遠ざかっていく。
――待ってくれ、マユ!
繋ぎとめようと掴んだ彼女の腕は、耳障りな音を立てて肩から千切れてしまった。切れた部分は闇に染まり、腕も闇に溶けてしまった。
彼女は痛がりもせず、どんどん遠くに消えていき、やがて見えなくなった。
じきに自分も黒く覆われ、感覚が失われていく。
それでも彼女の名を呼び続けた。
そのうち自分の声さえも遠くなり、視界がおぼろげながら開けてくる――。
それはもう随分長く聞いていない声――否、もう二度と聞くことのできない声。
しかし忘れることなどできない声だった。
――マユ
声に出してその名を呼ぶ。
光の中で楽しそうに笑い、走り回っている。
いつだったか、森で日が暮れるまで遊んだ。その時の光景だろうか。
走り、飛び跳ねる度に茶色の髪が揺れた。
だが、やがて日が落ち、辺りは闇に包まれる。楽しかった時間は終わりを告げる。
彼女は切なげな顔を見せ、徐々に自分から遠ざかっていく。
――待ってくれ、マユ!
繋ぎとめようと掴んだ彼女の腕は、耳障りな音を立てて肩から千切れてしまった。切れた部分は闇に染まり、腕も闇に溶けてしまった。
彼女は痛がりもせず、どんどん遠くに消えていき、やがて見えなくなった。
じきに自分も黒く覆われ、感覚が失われていく。
それでも彼女の名を呼び続けた。
そのうち自分の声さえも遠くなり、視界がおぼろげながら開けてくる――。
「シン。目が覚めた?」
優しげな声、そして光に煌いて見える紅い髪。
目覚めたシン・アスカを迎えたのはルナマリア・ホークだった。何故、自分はルナマリアの声をマユの声と間違えたのだろう。
「ルナ……?」
シンは彼女の名を呼ぶが、上手く声が出せず、その声は掠れてしまう。声を出すこと自体が久しぶりだった。
首をゆっくりと左右に振ると、白い壁。無機質な空気と薬品の匂い。
どうやら自分はベッドに寝ている。腕には点滴の針が刺さっていた。
「シンはあれから3日も眠ってたのよ。覚えてない?」
シンはゆっくりと記憶を遡っていく。
優しげな声、そして光に煌いて見える紅い髪。
目覚めたシン・アスカを迎えたのはルナマリア・ホークだった。何故、自分はルナマリアの声をマユの声と間違えたのだろう。
「ルナ……?」
シンは彼女の名を呼ぶが、上手く声が出せず、その声は掠れてしまう。声を出すこと自体が久しぶりだった。
首をゆっくりと左右に振ると、白い壁。無機質な空気と薬品の匂い。
どうやら自分はベッドに寝ている。腕には点滴の針が刺さっていた。
「シンはあれから3日も眠ってたのよ。覚えてない?」
シンはゆっくりと記憶を遡っていく。
最初は静かに――燃えること、殺すことを躊躇っているような小さな炎。
変身する自分――身体が造り変えられる感覚と共に、爆発した業火に焼き尽くされる理性。
最後の記憶は男の挑発に乗り、殴りかかった辺りで途切れていた。
「そう……まあ今は身体を休めることを考えて。メイリンも私も、ほんと心配してたんだから」
シンは腕を突いて身体を起こそうとするが、手に力を入れた瞬間、凄まじい痛みが全身を駆け抜ける。
「無理しないの!RSを限界以上に動かしたから、身体がついていかないのよ」
ルナマリアに支えられてシンは再びベッドに横たわる。自分の身体なのに思うように動かないのがもどかしかった。
だが、痛みで意識は多少覚醒した。
「ルナは……俺についててくれたのか?」
「心配ないって言われてもやっぱり心配だしね。仕事のない時間はだいたい」
そう言ってルナマリアは笑った。
「メイが倒れてた私に付き添ってた気持ちが少し解る気がする。どんなに大丈夫だって励まされても我慢できない――いてもたってもいられない。
その人が笑ってくれるまで安心できない。そんな感じかも」
彼女は目に掛かったシンの前髪を優しく、くしゃりと掻きあげた。
彼女をマユに錯覚したのは声だけじゃなく、笑った顔がどこか似ていたからかもしれない。
「それじゃあ先生に伝えてくるわ。いい?無理に動こうとしないのよ?」
「あ、ルナ」
立ち上がり部屋を立ち去ろうとするルナマリアをシンは呼び止めた。
「どうしたの?」
思わず呼び止めたものの、何を言いたいのかわからない。しかたなく――
「ありがとう」
とだけ伝えた。
ルナマリアは何も言わずに笑い、軽く手を振って出て行った。
彼女の後姿を見送りながら、シンは安らかな眠りに落ちていく。
今度は夢を見ることは無かった。
変身する自分――身体が造り変えられる感覚と共に、爆発した業火に焼き尽くされる理性。
最後の記憶は男の挑発に乗り、殴りかかった辺りで途切れていた。
「そう……まあ今は身体を休めることを考えて。メイリンも私も、ほんと心配してたんだから」
シンは腕を突いて身体を起こそうとするが、手に力を入れた瞬間、凄まじい痛みが全身を駆け抜ける。
「無理しないの!RSを限界以上に動かしたから、身体がついていかないのよ」
ルナマリアに支えられてシンは再びベッドに横たわる。自分の身体なのに思うように動かないのがもどかしかった。
だが、痛みで意識は多少覚醒した。
「ルナは……俺についててくれたのか?」
「心配ないって言われてもやっぱり心配だしね。仕事のない時間はだいたい」
そう言ってルナマリアは笑った。
「メイが倒れてた私に付き添ってた気持ちが少し解る気がする。どんなに大丈夫だって励まされても我慢できない――いてもたってもいられない。
その人が笑ってくれるまで安心できない。そんな感じかも」
彼女は目に掛かったシンの前髪を優しく、くしゃりと掻きあげた。
彼女をマユに錯覚したのは声だけじゃなく、笑った顔がどこか似ていたからかもしれない。
「それじゃあ先生に伝えてくるわ。いい?無理に動こうとしないのよ?」
「あ、ルナ」
立ち上がり部屋を立ち去ろうとするルナマリアをシンは呼び止めた。
「どうしたの?」
思わず呼び止めたものの、何を言いたいのかわからない。しかたなく――
「ありがとう」
とだけ伝えた。
ルナマリアは何も言わずに笑い、軽く手を振って出て行った。
彼女の後姿を見送りながら、シンは安らかな眠りに落ちていく。
今度は夢を見ることは無かった。
翌日、シンはベッドから起き上がり、軽いストレッチで身体をほぐす。ルナマリアは仕事なのか、そこにはシンと医者しか居ない。
シンはこの3日間、極度の疲労から眠り続けていた。診断によると身体に異常はなく、全身の筋肉痛も2,3日すれば治まる。
恰幅のいい白髪混じりの医師はそう答えた。豪快な性格らしく、意識が戻ったならさっさと出て行けと言われ、叩き出されてしまった。
シンの表情は浮かない。行動のひとつひとつにキレがないのは痛みだけのせいではない。
意識が戻ってから色々と考えた。
ふらふらと医務室を出たシンは出口を探して、ザフトの地下を歩き出す。そして彼の心も今は行き場を無くして彷徨っていた――。
シンはこの3日間、極度の疲労から眠り続けていた。診断によると身体に異常はなく、全身の筋肉痛も2,3日すれば治まる。
恰幅のいい白髪混じりの医師はそう答えた。豪快な性格らしく、意識が戻ったならさっさと出て行けと言われ、叩き出されてしまった。
シンの表情は浮かない。行動のひとつひとつにキレがないのは痛みだけのせいではない。
意識が戻ってから色々と考えた。
ふらふらと医務室を出たシンは出口を探して、ザフトの地下を歩き出す。そして彼の心も今は行き場を無くして彷徨っていた――。
379 仮面ライダー・デスティニー 第5話 [sage] Date:2007/06/14(木) 00:44:42 ID:??? Be:
今でははっきりと思い出せる。戦いを挑み、つまらない挑発に乗せられ、RSも装着していない男にKOされたという事実――。
いまさら合わせる顔がなかった。推薦してくれたデュランダルにも、ルナマリアにも――。
そしてシンは恐れてもいる。また暴走してしまうかもしれない自分と、そしてザフトの隊長というあの男。
再び戦ったとしても、勝てるとは思えない。少なくとも今の自分では。
そしてもうひとつ――。
考えているうちに、シンはいつのまにかゲートまで来ていた。
エレベーターに乗り、1Fで降りる。
窓の外はどんよりと曇り、ここからでも雨の音が聞こえてくる。ロビーにはスーツ姿の男女がまばらに歩いているだけだ。
外は案の定、土砂降りの大雨。少し先の景色も見えない。
傘は持っていなかったので、少し考えたが結局雨の中を歩き出した。雨に打たれれば、少しは気分も晴れるだろうか――。
今でははっきりと思い出せる。戦いを挑み、つまらない挑発に乗せられ、RSも装着していない男にKOされたという事実――。
いまさら合わせる顔がなかった。推薦してくれたデュランダルにも、ルナマリアにも――。
そしてシンは恐れてもいる。また暴走してしまうかもしれない自分と、そしてザフトの隊長というあの男。
再び戦ったとしても、勝てるとは思えない。少なくとも今の自分では。
そしてもうひとつ――。
考えているうちに、シンはいつのまにかゲートまで来ていた。
エレベーターに乗り、1Fで降りる。
窓の外はどんよりと曇り、ここからでも雨の音が聞こえてくる。ロビーにはスーツ姿の男女がまばらに歩いているだけだ。
外は案の定、土砂降りの大雨。少し先の景色も見えない。
傘は持っていなかったので、少し考えたが結局雨の中を歩き出した。雨に打たれれば、少しは気分も晴れるだろうか――。
――市内バス『PLANT』停留所――
空港から約一時間――バスに揺られ、ようやく目的地に到着した。
窓際の席には美しい銀髪の男が座っていた。一見女性と間違えられそうな髪と顔立ち。
だが、その眼は鋭く窓の外を流れる景色を睨んでいた。
外はもう三日も降り続く雨。雨に濡れる街も車の中から眺めるにはいいが、実際歩くにはやはり面倒だ。
「やっと着いたな。イザーク」
後ろの席から呼ぶ声にイザーク・ジュールは振り向いた。振り向くと銀髪がさらりと揺れる。
後ろの席から覗き込んでいる金髪・色黒の男がウインクして片手を振った。
「ディアッカ。降りる準備はできてるのか?」
返事の代わりにディアッカ・エルスマンは立ち上がり、荷物を軽く掲げて見せた。
二人はバスを降り、目の前にそびえるプラントのビルへと歩き出す。
「変わってないよなぁ。ここも」
久々の休暇で数年ぶりに戻ったプラントを、ディアッカは短髪を掻き上げながら見上げている。
彼につられてイザークも見上げると、通行人と肩がぶつかった。
相手が落としたと思われるカードが地面に落ちている。
イザークはそのカードを拾い上げ、気付かずに歩き去ろうとする相手―――傘も差さずに歩いている少年だ。
「おい。落としたぞ」
振り向いた目はどこか虚ろな、心ここにあらず、といった感じだった。
「おい、イザーク。そのカード……」
ディアッカの言葉に目を落とすと、それは見慣れたザフトのカードキーだった――。
窓際の席には美しい銀髪の男が座っていた。一見女性と間違えられそうな髪と顔立ち。
だが、その眼は鋭く窓の外を流れる景色を睨んでいた。
外はもう三日も降り続く雨。雨に濡れる街も車の中から眺めるにはいいが、実際歩くにはやはり面倒だ。
「やっと着いたな。イザーク」
後ろの席から呼ぶ声にイザーク・ジュールは振り向いた。振り向くと銀髪がさらりと揺れる。
後ろの席から覗き込んでいる金髪・色黒の男がウインクして片手を振った。
「ディアッカ。降りる準備はできてるのか?」
返事の代わりにディアッカ・エルスマンは立ち上がり、荷物を軽く掲げて見せた。
二人はバスを降り、目の前にそびえるプラントのビルへと歩き出す。
「変わってないよなぁ。ここも」
久々の休暇で数年ぶりに戻ったプラントを、ディアッカは短髪を掻き上げながら見上げている。
彼につられてイザークも見上げると、通行人と肩がぶつかった。
相手が落としたと思われるカードが地面に落ちている。
イザークはそのカードを拾い上げ、気付かずに歩き去ろうとする相手―――傘も差さずに歩いている少年だ。
「おい。落としたぞ」
振り向いた目はどこか虚ろな、心ここにあらず、といった感じだった。
「おい、イザーク。そのカード……」
ディアッカの言葉に目を落とすと、それは見慣れたザフトのカードキーだった――。
とりあえず、イザークとディアッカはその少年を近くの喫茶店に引っ張りこむ。
ザフトの隊員としては少々若いものの、それ以上に何故、傘も差さずにふらふらしていたのか。
少年は驚いているようで少し抵抗したが、イザークが一発睨みつけてやると、しぶしぶ不満げに従った。
「俺はイザーク・ジュール。こっちはディアッカ・エルスマンだ。プラント・ザフト本社のあるアプリリウスでザフトの隊長をしている」
「俺はヒラだけどな」
イザークの自己紹介にディアッカが付け加える。
ザフトの隊長――その言葉に少年は反応を示し、わずかに警戒を解く。
「それで、貴様は?ザフトの隊員か?」
先程よりかはしっかりした様子で、少年は自己紹介を始めた。
ザフトの隊員としては少々若いものの、それ以上に何故、傘も差さずにふらふらしていたのか。
少年は驚いているようで少し抵抗したが、イザークが一発睨みつけてやると、しぶしぶ不満げに従った。
「俺はイザーク・ジュール。こっちはディアッカ・エルスマンだ。プラント・ザフト本社のあるアプリリウスでザフトの隊長をしている」
「俺はヒラだけどな」
イザークの自己紹介にディアッカが付け加える。
ザフトの隊長――その言葉に少年は反応を示し、わずかに警戒を解く。
「それで、貴様は?ザフトの隊員か?」
先程よりかはしっかりした様子で、少年は自己紹介を始めた。
少年の名前はシン・アスカ。
デュランダル社長の推薦は受けたものの、すぐに試験を受けたいと隊長に食いついたらしい。そして試験代わりにと隊長と戦って完全に伸されてしまった、とのことだ。
社長の推薦というのは珍しいが、特に驚きはしなかった。自身の力量を過信することも、現実を突きつけられることもザフトではそう珍しくはない。
だが、その続きを聞いて二人ともが目を見開いた。
「変身せずに変身した貴様を倒しただと……?」
イザークの言葉にシンは無言で頷く。
「歳は貴様より少し上、藍色の髪――」
「イザーク……そりゃあ……」
ディアッカがイザークの表情を窺う。
そんな芸当が可能なのは自分が知る限りでは幾人も――いや、一人しかいない。
イザークは歯をきつく噛み締めていた。
「奴だろうな……!」
イザークの頭に男の顔が浮かぶ。
アスラン・ザラ―――かつては戦友として共に戦った男。だが、信念の違いから彼はザフトを離れた。一時は怒りも感じたものの、今ではその行動も理解している。
戦友と共に捨てたはずの場所に、いまさら帰ってきたというのか―――。
イザークはいてもたってもいられなくなり、店を飛び出そうとする。
だが、腕を掴まれ仰け反った。ディアッカだ。
「なんだ、ディアッカ!」
「待てよ、イザーク!こいつはどうするんだ?」
ディアッカはシンを指差した。彼はイザークとは対照的に落ち着き払っている。
イザークは音を立てて再び席に着いた。
確かにここまで聞いて放り出すのも勝手な話だ。もともとは説教でもしてやろうと思い引っ張り込んだのだから。
イザークは腕を組んで考え込む。
アスランはどんな理由にせよ問い詰めなければならない。だが――。
眼を閉じて数分が流れる。
イザークはシンを睨みつけた。それは、ほんの気まぐれか。それとも彼に何か感じるものがあったのか。はたまた、奴を驚かせることができるからか――それはわからない。
「貴様はまだ奴に勝ちたいと思うか?」
シンはイザークの言葉に戸惑っているようだったが、やがて短く、だが力強く――。
「はい!」
答えた。腑抜けた表情はいつの間にか引き締まっている。
イザークは自分でも珍しいと思うほどニヤリと笑った。きっと他人が見たなら悪い顔だと言うだろう。
貴重な休暇を費やす価値があるかもしれない――。
「ディアッカ、奴への土産が決まった。付き合うか?」
デュランダル社長の推薦は受けたものの、すぐに試験を受けたいと隊長に食いついたらしい。そして試験代わりにと隊長と戦って完全に伸されてしまった、とのことだ。
社長の推薦というのは珍しいが、特に驚きはしなかった。自身の力量を過信することも、現実を突きつけられることもザフトではそう珍しくはない。
だが、その続きを聞いて二人ともが目を見開いた。
「変身せずに変身した貴様を倒しただと……?」
イザークの言葉にシンは無言で頷く。
「歳は貴様より少し上、藍色の髪――」
「イザーク……そりゃあ……」
ディアッカがイザークの表情を窺う。
そんな芸当が可能なのは自分が知る限りでは幾人も――いや、一人しかいない。
イザークは歯をきつく噛み締めていた。
「奴だろうな……!」
イザークの頭に男の顔が浮かぶ。
アスラン・ザラ―――かつては戦友として共に戦った男。だが、信念の違いから彼はザフトを離れた。一時は怒りも感じたものの、今ではその行動も理解している。
戦友と共に捨てたはずの場所に、いまさら帰ってきたというのか―――。
イザークはいてもたってもいられなくなり、店を飛び出そうとする。
だが、腕を掴まれ仰け反った。ディアッカだ。
「なんだ、ディアッカ!」
「待てよ、イザーク!こいつはどうするんだ?」
ディアッカはシンを指差した。彼はイザークとは対照的に落ち着き払っている。
イザークは音を立てて再び席に着いた。
確かにここまで聞いて放り出すのも勝手な話だ。もともとは説教でもしてやろうと思い引っ張り込んだのだから。
イザークは腕を組んで考え込む。
アスランはどんな理由にせよ問い詰めなければならない。だが――。
眼を閉じて数分が流れる。
イザークはシンを睨みつけた。それは、ほんの気まぐれか。それとも彼に何か感じるものがあったのか。はたまた、奴を驚かせることができるからか――それはわからない。
「貴様はまだ奴に勝ちたいと思うか?」
シンはイザークの言葉に戸惑っているようだったが、やがて短く、だが力強く――。
「はい!」
答えた。腑抜けた表情はいつの間にか引き締まっている。
イザークは自分でも珍しいと思うほどニヤリと笑った。きっと他人が見たなら悪い顔だと言うだろう。
貴重な休暇を費やす価値があるかもしれない――。
「ディアッカ、奴への土産が決まった。付き合うか?」
――アーモリー・ワン中央公園――
翌朝、シン・アスカは彼らとの待ち合わせ場所である中央公園へと向かった。幸い天気は快晴。
都会の中心にありながら、かなりの面積のある運動公園は、昨日までの長雨で水溜りがあちこちに見られる。だが、ようやくの上天気に公園には多くの人が集まっていた。
約束の場所には、既にイザークとディアッカが待っていた。
「遅い!」
イザークはシンが来るなり怒鳴りつけた。ディアッカは横で苦笑している。
「す、すいません!」
シンは慌てて謝ってしまった。約束より十分は早く着いたはずなのだが。
「あの、訓練をしてくれるっていうのは……ここでですか?マラソンとか?」
周りを見渡すと、小さな子供がはしゃぎ回っている。ジョギングをしている老人もいた。
「はぁ……」
イザークはシンに対してため息を吐き、シンを睨みつける。
「いまさら身体を鍛えたところで、意味があるわけもない。だが、技術の方ならこの二日間ひたすら鍛えれば最低限闘えるようにもなる」
シンは神妙な表情で相槌を打つ。
「はい」
「だが、それでも奴を戦闘不能にするのは難しいだろう。ならば、奴からダウンを奪う方法を考えろ。隙を見逃すな、無ければ作れ」
あの時、あの隊長が出した条件は――戦闘不能にすること。もしくはダウンをさせることだった。
確かにあの男は強い――自分よりも遥かに。戦闘不能にすることよりも、条件の甘いダウンを選ぶのは当然だろう。
だが、それで勝ったと言えるのか?
シンにはどうにも腑に落ちなかった。
「馬鹿者!転ばせることもできなければ勝利もなにもあったものではない!つべこべ言わずさっさと準備しろ!!」
「痛っ!」
イザークはシンの顔面にグローブを投げつけた。
シンはしぶしぶ顔をさすりつつ頷く。
「わかりました。でも……なんで二日間なんですか?」
「俺とイザークの休暇があと3日なんでな。」
ディアッカが横から口を挟んだ。彼は既に準備できている。
「はぁ……。」
「はぁ……て何だよ。4ヶ月休み無しでようやく取れた休暇だぜ?無駄にならないようにしてくれよ。」
イザークも白のスーツの上着を脱ぐ。ディアッカに比べると、かなり小奇麗な格好だ。あまり汚れてもいい服装には見えない。
「あの……その格好でいいんですか?」
「そういうことは俺を転ばせることができてから言うんだな」
凄い自信だ。だが、ザフトの隊長ならば、あながち自信過剰ではないのかもしれない。
「無駄口はここまでにして……」
イザークとディアッカはシンを挟んでゆっくりと移動し――
「いくぞ!!」
掛け声と同時に前後からシンに踊りかかった。
二時間後、芝生の上に転がっているのはシンだった。荒い息を吐いて大の字に横たわっている。
特訓中、シンの攻撃はほとんど当たらなかった。いや、そもそも攻撃に転じること自体ができなかったのだ。
イザークとディアッカは息の合ったコンビネーションで攻める。堅実なイザークと、ディアッカのトリッキーな動きに翻弄され、シンはほとんど一方的にやられるばかりだった。
シンはあの日の隊長の動きをイメージして戦った――彼は攻撃を徹底的に捌いていた。流れるように、円を描くように。その場からほとんど動くことなく。
あの流麗な動きを真似ることができれば勝てる――。
そんな甘いものではなかった。
シンが一人を相手にする間にもう一人は後ろに回り込む。それに対応していると前の相手にやられてしまう。とても全てに対応することなどできるはずもなかった――
「どうした!こんなものか、ヒヨッコ!」
「俺たち二人の攻撃も、アイツなら捌くかもな。俺たちをかわせないようじゃあアイツには勝てないぜ?新入り」
イザークとディアッカがシンを見下ろしている。二人とも汗ひとつかいていない。
「俺はっ……シン・アスカですっ……!」
シンは息を吐き出しながら答えた。二人はシンを名前で呼ぼうとはしない。
「貴様が一人前になれば呼んでやる」
だそうだ。
「やるなら早く起きろ!でなければいつまでも寝ているがいい!」
その言葉がシンに火をつけた。未だ迷いは晴れていない――何故立ち上がるのか自分でもわからない。
シンはよろよろになりながらも立ち上がる。その眼は未だぎらつきを失ってはいない。
「まだまだぁ!!」
拳を構え、足を強く踏み込み、悲鳴を上げる身体を支えた――
都会の中心にありながら、かなりの面積のある運動公園は、昨日までの長雨で水溜りがあちこちに見られる。だが、ようやくの上天気に公園には多くの人が集まっていた。
約束の場所には、既にイザークとディアッカが待っていた。
「遅い!」
イザークはシンが来るなり怒鳴りつけた。ディアッカは横で苦笑している。
「す、すいません!」
シンは慌てて謝ってしまった。約束より十分は早く着いたはずなのだが。
「あの、訓練をしてくれるっていうのは……ここでですか?マラソンとか?」
周りを見渡すと、小さな子供がはしゃぎ回っている。ジョギングをしている老人もいた。
「はぁ……」
イザークはシンに対してため息を吐き、シンを睨みつける。
「いまさら身体を鍛えたところで、意味があるわけもない。だが、技術の方ならこの二日間ひたすら鍛えれば最低限闘えるようにもなる」
シンは神妙な表情で相槌を打つ。
「はい」
「だが、それでも奴を戦闘不能にするのは難しいだろう。ならば、奴からダウンを奪う方法を考えろ。隙を見逃すな、無ければ作れ」
あの時、あの隊長が出した条件は――戦闘不能にすること。もしくはダウンをさせることだった。
確かにあの男は強い――自分よりも遥かに。戦闘不能にすることよりも、条件の甘いダウンを選ぶのは当然だろう。
だが、それで勝ったと言えるのか?
シンにはどうにも腑に落ちなかった。
「馬鹿者!転ばせることもできなければ勝利もなにもあったものではない!つべこべ言わずさっさと準備しろ!!」
「痛っ!」
イザークはシンの顔面にグローブを投げつけた。
シンはしぶしぶ顔をさすりつつ頷く。
「わかりました。でも……なんで二日間なんですか?」
「俺とイザークの休暇があと3日なんでな。」
ディアッカが横から口を挟んだ。彼は既に準備できている。
「はぁ……。」
「はぁ……て何だよ。4ヶ月休み無しでようやく取れた休暇だぜ?無駄にならないようにしてくれよ。」
イザークも白のスーツの上着を脱ぐ。ディアッカに比べると、かなり小奇麗な格好だ。あまり汚れてもいい服装には見えない。
「あの……その格好でいいんですか?」
「そういうことは俺を転ばせることができてから言うんだな」
凄い自信だ。だが、ザフトの隊長ならば、あながち自信過剰ではないのかもしれない。
「無駄口はここまでにして……」
イザークとディアッカはシンを挟んでゆっくりと移動し――
「いくぞ!!」
掛け声と同時に前後からシンに踊りかかった。
二時間後、芝生の上に転がっているのはシンだった。荒い息を吐いて大の字に横たわっている。
特訓中、シンの攻撃はほとんど当たらなかった。いや、そもそも攻撃に転じること自体ができなかったのだ。
イザークとディアッカは息の合ったコンビネーションで攻める。堅実なイザークと、ディアッカのトリッキーな動きに翻弄され、シンはほとんど一方的にやられるばかりだった。
シンはあの日の隊長の動きをイメージして戦った――彼は攻撃を徹底的に捌いていた。流れるように、円を描くように。その場からほとんど動くことなく。
あの流麗な動きを真似ることができれば勝てる――。
そんな甘いものではなかった。
シンが一人を相手にする間にもう一人は後ろに回り込む。それに対応していると前の相手にやられてしまう。とても全てに対応することなどできるはずもなかった――
「どうした!こんなものか、ヒヨッコ!」
「俺たち二人の攻撃も、アイツなら捌くかもな。俺たちをかわせないようじゃあアイツには勝てないぜ?新入り」
イザークとディアッカがシンを見下ろしている。二人とも汗ひとつかいていない。
「俺はっ……シン・アスカですっ……!」
シンは息を吐き出しながら答えた。二人はシンを名前で呼ぼうとはしない。
「貴様が一人前になれば呼んでやる」
だそうだ。
「やるなら早く起きろ!でなければいつまでも寝ているがいい!」
その言葉がシンに火をつけた。未だ迷いは晴れていない――何故立ち上がるのか自分でもわからない。
シンはよろよろになりながらも立ち上がる。その眼は未だぎらつきを失ってはいない。
「まだまだぁ!!」
拳を構え、足を強く踏み込み、悲鳴を上げる身体を支えた――
更に二時間程が経過。時計の針はとっくに14時を回っている。
「ここらで休憩でもするか。そろそろ腹が減ってきたぜ」
最初に言い出したのはディアッカで、イザークもそれに無言で頷く。
「はい……」
シンはさっきよりも顔を腫らして、同じように芝生にダウンしたまま答えた。
既にそんな時間になっていたことに言われるまで気付かなかったが、腹時計はわかっていたようでシンにその存在を主張した。
「それじゃあ行くか。この近くにいい店があるんだ」
ディアッカに連れられていった店は公園から程近い通りにある喫茶店だった。
屋根には『FREEDEN』と小さな看板が掛けられている。
店内は、日光を多く取り込む造りが店を明るく感じさせる。白を基調にした落ち着いた雰囲気の店だ。昼食時を過ぎているせいか、他の客は一人しかいなかった。
「それじゃ、座っててくれ」
イザークとシンは窓に面したテーブル席に通され、ディアッカは奥から出てきたマスターらしき人――口髭を整え、バンダナをしている上品そうな男性――と話し出した。
内容までは聞き取れないが、何やら頼み込むディアッカに首を振っている。だが、しつこく頼むディアッカに彼はとうとう困ったように頷き、一緒に奥に入っていった。
「あれ、何しにいったんですか?」
シンは奥を指差してイザークに尋ねる。
「すぐにわかる。黙って待っていろ」
としか答えてくれない。それきり会話は途切れてしまった。
気まずい沈黙。こういった時は何を話せばいいのだろう。
店員もマスターの他には一人しかいないのか、コーヒーを運んできたらすぐに奥に引っ込んでしまった。
「さっきの戦い方はなんだ?」
「え?」
突然イザークが口を開いた。
「貴様はあの男の戦い方を真似ようとしていたな。無駄だ。やめておけ。貴様には向かん」
イザークはシンが訓練中、あの隊長がやったように、攻撃を捌こうとしていたのを見抜いていた。
だが、何故そんなことを言うのか。それはわからない。
「俺は……あの時、俺が怒りに任せて暴走したから負けたんです……。俺が冷静でさえいれば……」
シンはあの時を思い出して歯を食いしばった。
「貴様は奴の挑発に怒り、暴走したことを恥じている。だが、家族や仲間、自らの誇りを傷つけられて怒らない者などいない。少なくとも俺は認めない。」
「でも、俺の中の怒りを無くさないと――俺はまた暴走してしまうかもしれない!」
「怒ればいい。それが貴様の力となる。貴様が暴走したのは、怒りのせいだけだと思っているのか?」
「……どういうことですか?」
「思い上がるな。貴様がどれだけ冷静であろうと、奴に勝てるはずがない」
「なっ……!」
思わず顔が熱くなる。握る拳に力が入った。
「まぁ聞け。奴の戦い方は貴様には合わんというだけだ。訓練と経験を重ね、己を支える信念があれば、怒りをコントロールし、それを爆発させる戦い方もできる。」
イザークは言いながら、当然とでも言うようにコーヒーを啜った。それは彼にとって当然のことなのだろう。
「結局はスタイルの問題だ。どちらにせよ、何度も訓練を重ねなければものにはならん。それに奴とて全ての感情を押し殺して戦っているわけではない。奴にも迷わない理由――少なくとも冷静に徹することのできるものがあるんだろう」
そう言ってイザークがどこか遠い眼をするのにも、シンは気がつかなかった。
シンが悩んでいるのは、暴走、そして歴然とした力の差。
だが、それだけではない。
信念――その言葉がシンの中でぐるぐると回っていた。それは状況に流されてきた自分には無いものだ。
あの時デュランダルは、シンに『市民を守るために戦ってほしい』と言い、シンはそれに応えた。
だが、実際はあの灰色の怪物を見た瞬間に、そんなことは頭から消えていた。彼を支配していたのは怒りと恐怖が入り混じった感情。そして、父を愚弄したあの隊長にはただただ怒りのみをぶつけていた。
デュランダルへの誓いなど砂上の楼閣のように容易く流されていた。
自分は名も顔も知らない誰かのために戦うことなどできないのか?そんな自分がザフトに入ってどうしようというのか。
そんな思いが、シンの中で渦巻いていた。
「ならば何故、貴様は俺に応えた?」
イザークはシンに問う。
「わかりません……。あの時はただ勝ちたいと思ったんです。それに……たとえ身勝手な復讐だとしても、俺は真実を知りたい」
「ならば今はそれでいい。真実も信念も勝手な思い込みだ。そんなものを振りかざして他人を傷つけるなど傲慢でしかないが、それを自覚しているならそれでいい」
「でも……」
――グゥレイト!!
それでも納得できないシンを遮って厨房からディアッカの声が響いた。何かと思っていると、しばらくしてディアッカが大皿を持って現れた。
「お待ちどうっ!昼飯できたぜ」
大皿一杯に盛られた飯は狐色に炒められ、なんとも香ばしい香りを漂わせる。
飯の隙間からは、大きめにザク切りにされた赤い物体が覗いている。
シンは熱々の湯気を立てるそれを口に入れる――醤油の焦げた香り、胡椒他のスパイスの香り、そして特有のキムチの香りが混然と鼻腔をくすぐる。具は豚肉、卵、ネギ、白菜のキムチといったところか。
一口食べればどんどん次が欲しくなる。口の中で跳ねる米粒の熱さとキムチの辛さに気付けば汗が噴き出ていた。
それでも手は止まってくれず、あっという間に平らげてしまった。食べた後も身体の中でまだ燃えているような辛さが心地よく、満腹感を味あわせてくれる。
「どうやら味は聞かないでもよさそうだな」
シンを見て、ディアッカは嬉しそうに歯を見せて笑った。
「ここのマスターがいいキムチを持ってるんだよ。それをちょっと頂いたんだ」
口ぶりから察するにこのキムチチャーハンも彼が作ったらしい。
シンよりも早くキムチチャーハンを平らげていたイザークが口を開いた。
「悪くない。だが――らしくないな」
顔は得意げな表情のディアッカに向いている。視線はやはり鋭い。
「塩と胡椒が少々きつい。分量を間違えたか?」
ディアッカはにやりと笑った。
「わかってねえなぁ、イザーク。こいつは新入りに合わせて作ってあるんだ。汗をたっぷり掻いて疲れた身体にゃ多少塩を濃くしたほうが美味いんだよ」
「しかし、卵には火を通しすぎだ。米粒に十分絡んでいないし、辛さを和らげる役目を十分に果たしていない」
「……お前相手だと気が抜けねえよ」
そう言ってディアッカは軽く肩を竦めた。
「ここらで休憩でもするか。そろそろ腹が減ってきたぜ」
最初に言い出したのはディアッカで、イザークもそれに無言で頷く。
「はい……」
シンはさっきよりも顔を腫らして、同じように芝生にダウンしたまま答えた。
既にそんな時間になっていたことに言われるまで気付かなかったが、腹時計はわかっていたようでシンにその存在を主張した。
「それじゃあ行くか。この近くにいい店があるんだ」
ディアッカに連れられていった店は公園から程近い通りにある喫茶店だった。
屋根には『FREEDEN』と小さな看板が掛けられている。
店内は、日光を多く取り込む造りが店を明るく感じさせる。白を基調にした落ち着いた雰囲気の店だ。昼食時を過ぎているせいか、他の客は一人しかいなかった。
「それじゃ、座っててくれ」
イザークとシンは窓に面したテーブル席に通され、ディアッカは奥から出てきたマスターらしき人――口髭を整え、バンダナをしている上品そうな男性――と話し出した。
内容までは聞き取れないが、何やら頼み込むディアッカに首を振っている。だが、しつこく頼むディアッカに彼はとうとう困ったように頷き、一緒に奥に入っていった。
「あれ、何しにいったんですか?」
シンは奥を指差してイザークに尋ねる。
「すぐにわかる。黙って待っていろ」
としか答えてくれない。それきり会話は途切れてしまった。
気まずい沈黙。こういった時は何を話せばいいのだろう。
店員もマスターの他には一人しかいないのか、コーヒーを運んできたらすぐに奥に引っ込んでしまった。
「さっきの戦い方はなんだ?」
「え?」
突然イザークが口を開いた。
「貴様はあの男の戦い方を真似ようとしていたな。無駄だ。やめておけ。貴様には向かん」
イザークはシンが訓練中、あの隊長がやったように、攻撃を捌こうとしていたのを見抜いていた。
だが、何故そんなことを言うのか。それはわからない。
「俺は……あの時、俺が怒りに任せて暴走したから負けたんです……。俺が冷静でさえいれば……」
シンはあの時を思い出して歯を食いしばった。
「貴様は奴の挑発に怒り、暴走したことを恥じている。だが、家族や仲間、自らの誇りを傷つけられて怒らない者などいない。少なくとも俺は認めない。」
「でも、俺の中の怒りを無くさないと――俺はまた暴走してしまうかもしれない!」
「怒ればいい。それが貴様の力となる。貴様が暴走したのは、怒りのせいだけだと思っているのか?」
「……どういうことですか?」
「思い上がるな。貴様がどれだけ冷静であろうと、奴に勝てるはずがない」
「なっ……!」
思わず顔が熱くなる。握る拳に力が入った。
「まぁ聞け。奴の戦い方は貴様には合わんというだけだ。訓練と経験を重ね、己を支える信念があれば、怒りをコントロールし、それを爆発させる戦い方もできる。」
イザークは言いながら、当然とでも言うようにコーヒーを啜った。それは彼にとって当然のことなのだろう。
「結局はスタイルの問題だ。どちらにせよ、何度も訓練を重ねなければものにはならん。それに奴とて全ての感情を押し殺して戦っているわけではない。奴にも迷わない理由――少なくとも冷静に徹することのできるものがあるんだろう」
そう言ってイザークがどこか遠い眼をするのにも、シンは気がつかなかった。
シンが悩んでいるのは、暴走、そして歴然とした力の差。
だが、それだけではない。
信念――その言葉がシンの中でぐるぐると回っていた。それは状況に流されてきた自分には無いものだ。
あの時デュランダルは、シンに『市民を守るために戦ってほしい』と言い、シンはそれに応えた。
だが、実際はあの灰色の怪物を見た瞬間に、そんなことは頭から消えていた。彼を支配していたのは怒りと恐怖が入り混じった感情。そして、父を愚弄したあの隊長にはただただ怒りのみをぶつけていた。
デュランダルへの誓いなど砂上の楼閣のように容易く流されていた。
自分は名も顔も知らない誰かのために戦うことなどできないのか?そんな自分がザフトに入ってどうしようというのか。
そんな思いが、シンの中で渦巻いていた。
「ならば何故、貴様は俺に応えた?」
イザークはシンに問う。
「わかりません……。あの時はただ勝ちたいと思ったんです。それに……たとえ身勝手な復讐だとしても、俺は真実を知りたい」
「ならば今はそれでいい。真実も信念も勝手な思い込みだ。そんなものを振りかざして他人を傷つけるなど傲慢でしかないが、それを自覚しているならそれでいい」
「でも……」
――グゥレイト!!
それでも納得できないシンを遮って厨房からディアッカの声が響いた。何かと思っていると、しばらくしてディアッカが大皿を持って現れた。
「お待ちどうっ!昼飯できたぜ」
大皿一杯に盛られた飯は狐色に炒められ、なんとも香ばしい香りを漂わせる。
飯の隙間からは、大きめにザク切りにされた赤い物体が覗いている。
シンは熱々の湯気を立てるそれを口に入れる――醤油の焦げた香り、胡椒他のスパイスの香り、そして特有のキムチの香りが混然と鼻腔をくすぐる。具は豚肉、卵、ネギ、白菜のキムチといったところか。
一口食べればどんどん次が欲しくなる。口の中で跳ねる米粒の熱さとキムチの辛さに気付けば汗が噴き出ていた。
それでも手は止まってくれず、あっという間に平らげてしまった。食べた後も身体の中でまだ燃えているような辛さが心地よく、満腹感を味あわせてくれる。
「どうやら味は聞かないでもよさそうだな」
シンを見て、ディアッカは嬉しそうに歯を見せて笑った。
「ここのマスターがいいキムチを持ってるんだよ。それをちょっと頂いたんだ」
口ぶりから察するにこのキムチチャーハンも彼が作ったらしい。
シンよりも早くキムチチャーハンを平らげていたイザークが口を開いた。
「悪くない。だが――らしくないな」
顔は得意げな表情のディアッカに向いている。視線はやはり鋭い。
「塩と胡椒が少々きつい。分量を間違えたか?」
ディアッカはにやりと笑った。
「わかってねえなぁ、イザーク。こいつは新入りに合わせて作ってあるんだ。汗をたっぷり掻いて疲れた身体にゃ多少塩を濃くしたほうが美味いんだよ」
「しかし、卵には火を通しすぎだ。米粒に十分絡んでいないし、辛さを和らげる役目を十分に果たしていない」
「……お前相手だと気が抜けねえよ」
そう言ってディアッカは軽く肩を竦めた。
「ふーっ、もう食べられない」
シンは満足そうに腹部をさすった。デザートとして出た杏仁豆腐は、熱くなった身体と口の中を適度に冷やしてくれ、胃袋を落ち着かせてくれた。
「こんなに綺麗に食ってもらえりゃあ作り甲斐があるぜ」
ディアッカは空になった容器を片付けていく。
そして誰よりも早くデザートを平らげ、今はコーヒーを啜っているイザークもカップを置き、シンの眼を見据えた。
「どうだ。満足したか?」
「はい、もう大満足です。コーヒーも美味いし、店の雰囲気もいい感じですね」
シンは何気なく外の道路を向き、差し込む日光に目を細めた。
こんなに落ち着いた時間を過ごしたのは久し振りな気もした。暖かさは眠気を誘い、こんな時でなければ昼寝をしたいくらいだ。
イザークもシンの視線を追い、通りに目をやる。少し眩しそうに目を細め、そして再びシンに目線を戻した。
「そうか。この店も俺の戦う理由の一つだ。そしてお前の探している答えの一つかもしれん」
「この店が……?」
シンは店をぐるりと見渡す。何度みても何の変哲もない喫茶店だ。
「ここだけじゃない。街の南にある洋食屋もそうだ。そこは常連になると鯖の味噌煮を食わせてくれる」
今度は洋食屋ときた。シンはどんどん訳がわからなくなってくる。
「あそこはウェイトレスの娘が可愛いぜ。ちょっとばかし無愛想だけどな」
「貴様はそれであの妙な常連の男に睨まれていただろうが」
そのうちディアッカも混じりだして、ますます置いていかれてしまう。二人とも傍から見れば、思い出話に華を咲かせているようにしか見えない。
「東地区にある甘味処は団子が格別だ。それもみたらし団子だな」
「ああ。あそこも看板娘の二人が可愛くてな――」
「ちょっ……ちょっと待ってください!」
そこでようやくシンは止めに入った。このままいつまでも話されていたのではたまらない。
「なんでそれが戦う理由なんですか?食べ物屋ってだけなんですか?」
二人は会話を止めシンに向き直った。
「貴様の言うとおり、ここはただのカフェでしかない。」
「俺らは昔、三年程この街にいたことがあってな。この街のことなら美味い飯屋から、成功率の高いナンパスポットまで網羅してるんだぜ?」
「それは貴様だけだろうが!」
この人たちはどうやら放っておくとこうなるようだ。
シンのジト目に二人はようやく気付くと、罰が悪そうにゴホンと咳払いをした。
「つまりだ、ヒヨッコ。貴様はまだこの街に来て一月程度しか経っていない。しかも一月と3日は病院と医務室で寝ていた。貴様はこの街をどれだけ知っている?」
「ショッピングモールに映画館。プール、遊園地。図書館、博物館。この街にもいろいろあるぜ?」
「それは……」
シンは何も知らなかった。今までは考えたことも無かった。
三年前、家族を失ってからシンの生活は淡白そのものになった。
買い物は最低限、ましてや遊ぶことなど全く無く、人間関係も希薄になった。以前は当たり前だったそれは、いつから無縁のものとなっていたのだろう。
「知らない街、知らない他人の為に命懸けで戦うことなどそうはできん。貴様はもっとこの街を知るべきだ」
「知ったからこそ、好きになれる。守りたい気持ちも湧いてくるってもんだろ?」
「そう……かもしれませんね」
考えてみれば当然のことだ。しかし今までただ無為に生き、真実を知ることしか頭になかったシンには衝撃だった。
同時に、デュランダルに軽々と誓った自分を恥じた。たかが二度、戦いに勝ったというだけで、できると考えていた。
命懸けで誰かのために戦うことは、甘いものではない。一月前の戦いでその身に刻んだはずなのに――。
「それでも、何も知らなくても……あの日、社長に誓った時の思いは嘘じゃなかったと思います。それに――たかが一月でも、守りたい人が俺にもいる。」
もっと彼女らを知りたいと思う。そしてそれは守りたいと思う気持ちへ繋がるはず。
今度こそ前を、上を向いて戦えそうな気がした。
「それでいいんじゃないか?多分、街の景色も少しは違って見えると思うぜ」
「長く休憩し過ぎたか。そろそろだな」
イザークが立ち上がると、続いてディアッカ、シンも席を立つ。不思議と身体が軽い。
「今日は奢りだ。但し、今度はまともな戦いをさせてくれるんだろうな?」
その眼は厳しいままだったが、口許は心なしか綻んでいる――ような気がする。
「はい!」
シンは満足そうに腹部をさすった。デザートとして出た杏仁豆腐は、熱くなった身体と口の中を適度に冷やしてくれ、胃袋を落ち着かせてくれた。
「こんなに綺麗に食ってもらえりゃあ作り甲斐があるぜ」
ディアッカは空になった容器を片付けていく。
そして誰よりも早くデザートを平らげ、今はコーヒーを啜っているイザークもカップを置き、シンの眼を見据えた。
「どうだ。満足したか?」
「はい、もう大満足です。コーヒーも美味いし、店の雰囲気もいい感じですね」
シンは何気なく外の道路を向き、差し込む日光に目を細めた。
こんなに落ち着いた時間を過ごしたのは久し振りな気もした。暖かさは眠気を誘い、こんな時でなければ昼寝をしたいくらいだ。
イザークもシンの視線を追い、通りに目をやる。少し眩しそうに目を細め、そして再びシンに目線を戻した。
「そうか。この店も俺の戦う理由の一つだ。そしてお前の探している答えの一つかもしれん」
「この店が……?」
シンは店をぐるりと見渡す。何度みても何の変哲もない喫茶店だ。
「ここだけじゃない。街の南にある洋食屋もそうだ。そこは常連になると鯖の味噌煮を食わせてくれる」
今度は洋食屋ときた。シンはどんどん訳がわからなくなってくる。
「あそこはウェイトレスの娘が可愛いぜ。ちょっとばかし無愛想だけどな」
「貴様はそれであの妙な常連の男に睨まれていただろうが」
そのうちディアッカも混じりだして、ますます置いていかれてしまう。二人とも傍から見れば、思い出話に華を咲かせているようにしか見えない。
「東地区にある甘味処は団子が格別だ。それもみたらし団子だな」
「ああ。あそこも看板娘の二人が可愛くてな――」
「ちょっ……ちょっと待ってください!」
そこでようやくシンは止めに入った。このままいつまでも話されていたのではたまらない。
「なんでそれが戦う理由なんですか?食べ物屋ってだけなんですか?」
二人は会話を止めシンに向き直った。
「貴様の言うとおり、ここはただのカフェでしかない。」
「俺らは昔、三年程この街にいたことがあってな。この街のことなら美味い飯屋から、成功率の高いナンパスポットまで網羅してるんだぜ?」
「それは貴様だけだろうが!」
この人たちはどうやら放っておくとこうなるようだ。
シンのジト目に二人はようやく気付くと、罰が悪そうにゴホンと咳払いをした。
「つまりだ、ヒヨッコ。貴様はまだこの街に来て一月程度しか経っていない。しかも一月と3日は病院と医務室で寝ていた。貴様はこの街をどれだけ知っている?」
「ショッピングモールに映画館。プール、遊園地。図書館、博物館。この街にもいろいろあるぜ?」
「それは……」
シンは何も知らなかった。今までは考えたことも無かった。
三年前、家族を失ってからシンの生活は淡白そのものになった。
買い物は最低限、ましてや遊ぶことなど全く無く、人間関係も希薄になった。以前は当たり前だったそれは、いつから無縁のものとなっていたのだろう。
「知らない街、知らない他人の為に命懸けで戦うことなどそうはできん。貴様はもっとこの街を知るべきだ」
「知ったからこそ、好きになれる。守りたい気持ちも湧いてくるってもんだろ?」
「そう……かもしれませんね」
考えてみれば当然のことだ。しかし今までただ無為に生き、真実を知ることしか頭になかったシンには衝撃だった。
同時に、デュランダルに軽々と誓った自分を恥じた。たかが二度、戦いに勝ったというだけで、できると考えていた。
命懸けで誰かのために戦うことは、甘いものではない。一月前の戦いでその身に刻んだはずなのに――。
「それでも、何も知らなくても……あの日、社長に誓った時の思いは嘘じゃなかったと思います。それに――たかが一月でも、守りたい人が俺にもいる。」
もっと彼女らを知りたいと思う。そしてそれは守りたいと思う気持ちへ繋がるはず。
今度こそ前を、上を向いて戦えそうな気がした。
「それでいいんじゃないか?多分、街の景色も少しは違って見えると思うぜ」
「長く休憩し過ぎたか。そろそろだな」
イザークが立ち上がると、続いてディアッカ、シンも席を立つ。不思議と身体が軽い。
「今日は奢りだ。但し、今度はまともな戦いをさせてくれるんだろうな?」
その眼は厳しいままだったが、口許は心なしか綻んでいる――ような気がする。
「はい!」
「ただいま~……」
生気の抜けた声でシンは玄関のドアを開いた。リビングではメイリンがソファに足を乗せて寛いでいる。
「おかえり~……ってシン!?どうしたの!?」
顔を腫らしてボロボロになったシンを見て驚いている。
当然だろう。あれから夜になるまでひたすら殴られ続けたのだから。
だが、自分の中で確かなものは感じていた。昼までとは確実に違う何かを。
「大したことないよ。それよりルナは?」
「お姉ちゃんならまだ帰ってないよ。あ、ご飯食べる?」
「食べる!」
疲れ果てていても食欲は存分にあるのは健康な証拠だ、と実感する。
「はいはい。でもその前にちょっとは手当てしなきゃね」
救急箱を持ってくるメイリン。
「痛いって!もう少し優しく……」
「もうっ!贅沢言わない!あ~あ……凄い傷だね」
結局その日は、夕飯をルナマリアの分(一般成人男性の約3人分の食事量)まで食べてしまった。
すぐさまベッドに倒れ込み、泥のように眠るシン。
彼にはルナマリアの帰りが誰も起きていない深夜になったこと、メイリンの連絡にも答えなかったことなど気づくはずもなかった――。
生気の抜けた声でシンは玄関のドアを開いた。リビングではメイリンがソファに足を乗せて寛いでいる。
「おかえり~……ってシン!?どうしたの!?」
顔を腫らしてボロボロになったシンを見て驚いている。
当然だろう。あれから夜になるまでひたすら殴られ続けたのだから。
だが、自分の中で確かなものは感じていた。昼までとは確実に違う何かを。
「大したことないよ。それよりルナは?」
「お姉ちゃんならまだ帰ってないよ。あ、ご飯食べる?」
「食べる!」
疲れ果てていても食欲は存分にあるのは健康な証拠だ、と実感する。
「はいはい。でもその前にちょっとは手当てしなきゃね」
救急箱を持ってくるメイリン。
「痛いって!もう少し優しく……」
「もうっ!贅沢言わない!あ~あ……凄い傷だね」
結局その日は、夕飯をルナマリアの分(一般成人男性の約3人分の食事量)まで食べてしまった。
すぐさまベッドに倒れ込み、泥のように眠るシン。
彼にはルナマリアの帰りが誰も起きていない深夜になったこと、メイリンの連絡にも答えなかったことなど気づくはずもなかった――。