球磨川禊の人間関係――黒神めだかとの関係 ◆xR8DbSLW.w
■ ■ ■
■ ■ ■
結局ぼくは何がしたいのだろう。
それは人間未満・『球磨川禊』とスーパーマーケットで遭遇してから、なんだか歪み始めている気がする。
真宵ちゃんとの会話を経ることもなく、ぼくはそう考えた。
主人公になる。
と、あの狐面に対して宣言したはずだ。
かつてぼくがしたように。
正義の味方になると豪語した、あの時のように。
主人公談義、つまりは何が主人公なのかとは真宵ちゃんと散々話を詰めた。
まあ結局、これという定義付けをしたわけではないけれど、しかしどうだ。
今のぼくは主人公――誰かを守れる、何者かに成れているのだろうか。
ぼくは弱い。
七実ちゃんがどう言おうとも、ぼくは弱い。
伊達に人類最弱と謗られている訳でなく、正真正銘、碌でもない人間だ。
人間として成り立たない、欠けている製品としての存在。欠陥製品。
それでも、
そんなぼくでも、
人を守ることは出来るはずである。
誰がどう言おうとも、真宵ちゃんはそう言ってくれた。
ぼくはもう独りじゃない。
これまでたくさん殺してきた。
これまでたくさん壊してきた。
だけど、これからは生かす道を行く――そんな風に考えていた。
果たして。
真宵ちゃんの記憶を消すことは、本当に主人公、そうじゃなくとも彼女の為になるのだろうか。
七実ちゃんにはああ言ったけど。
ぼく自身、散々それでいいと言い聞かせてきたけれど。
未だ、ぼくは人間未満に話を持ちかけられずにいる。
――ずれている。
――揺れている。
ゆらりゆらりと。ぐらりぐらりと。
分からなかった。
何が最適な手段なのか。
ぼくは、――
『そういえば欠陥製品』
不意に。
狭い、本当勘弁して欲しいぐらい狭いトランクの中で。
身を丸くした人間未満は、ぼくに話しかけた。
座席からは、特に雑談めいたものは感じない。
女三人寄れば姦しいとは言ったものの、それも各々旧知の仲だそうだが、そんなことはなかった。
ぼくの耳には零崎の話声と、相槌なのか溜息なのか判別しづらい七実ちゃんの短く息を吐く音が聞こえる。
そして今新しく、未満の声が届いたのだが。
「なんだ」
『いやさあ、僕も親友とじゃれあったら気絶してたり放送を聞いたり色々してたら、後へ後へと流しちゃったんだけどさ――』
未満は、特に感慨ぶったわけでもなく。
さながら今日の運勢でも述べるかのように適当な口調で。
問う。
『――結局、真宵ちゃんの記憶はどうしたいの?』
審判の時、とでもいうのか。
そこまで行くと明らかに大仰な事実には変わりないにしろ、ぼくは答えを返さなければならない。
今更、「もうちょっと待って」もないだろう。
真宵ちゃんは起きている。
引き返すことはできない。
引き戻ることはできない。
加えて、人間未満のこの質問も聞こえているのだろう。
だから。
ぼくは。
答える。
今、この場で。
「―― 」
「待ってください、球磨川さん」
そこで、ぼくが声を出す前に。
音が喉辺りまで迫っていたその時、座席から、声がした。
幼げな、この場に居る誰よりもロリィなボイスで。
八九寺真宵は、割り込んだ。
ぼくは何も言わなかった。
『ん?』
「わたしが起きる前に戯言さんに許可取って記憶を消すことは百歩譲って由としても、
今、意識のあるわたしを差し置いて、わたしの記憶の行方を、わたしを介さずどのようにもして欲しくありません」
強い口調で。
拒絶するように、きっぱりと言い放つ。
ぼくは何も言わなかった。
「球磨川さん。もしかすると勘違いしているかもしれませんが、わたしが過ごしてきたこの一日は、決して辛いだけじゃないんです。
少なくとも、わたしは戯言さんに良くしてもらいました。守って頂きました。
それに身を呈して守ってくれた日之影さんを忘れたくなんてありません。最後まで心配してくれたツナギさんを忘れたくありません」
まるで反論させる隙をなくすかのように、埋め尽くすかのように。
言葉を垂れ流す。
切実で、真摯な、彼女の声。
ぼくは何も言わなかった。
「確かに辛いことも沢山ありました。なにより、阿良々木さんが死にました。
きっと今後一生――なんて本来わたしが使う機会のない言葉ですが、それでも一生、代替の利かない人間でした」
トランクで同じく蹲っているぼくには、座席に居る三人の表情は窺えない。
けれどどこか、空気が張り詰めたのを肌で感じる。
何時の間にか、零崎の声も聞こえなくなっていた。
八九寺真宵はただ一人、車内で訴える。
ぼくは、何も言わなかった。
「だけど、それは戯言さんたちとの出会いだってそうなんです。代替のできない幸せなもので――」
ゴクン、と。
恐らく真宵ちゃんのものだろう。
唾を飲む音が聞こえる。
もしかしたらぼくが唾を飲んだのかもしれない。
ぼくは。
ぼくは、何も言わなかった。
「忘れさせてりなんか――記憶をなかったことになんか、させません!」
一際強い声で。
喚くようで、訴えていて。
訴えるようで、喚いていた。
彼女の率直な思いである。
彼女の直情な気持ちである。
きっとそれは、ぼくがどれだけ戯言を並べても、揺るがない、彼女の本音。
ぼくは何も言わなかった。
僕が代わりに口を開く。
『うわぁ、格好いいなー』
真宵ちゃんとは対照的に。
極めて素っ気なく、どこか作り物めいた、嘘っぽい口調でそう言った。
その顔は、確かに感心してそうな表情を浮かべている。
『真黒ちゃんといい、そういう自分の罪って言うの? 一生懸命背負おうと刻苦するのって格好良くて憧れるんだよなー』
真宵ちゃんの言は、まあそういう罪の意識と言うのが少なからず混じっていて。
だからこそ日之影くんの話も出ていたし、だからこそぼくは、真宵ちゃんの記憶を消して欲しいと思っていた。
学習塾跡を去った辺りのこと、ぼくは彼女に現実を見つめろと言った。
あの時、彼女は現実逃避のあまり命の危機に晒された。故にぼくは注意を喚起した。
しかし結果として、現実を見つめすぎたあまり、彼女は体調不良へ陥ったのである。
紛れもなくぼくの観測不足であったことに変わりないが、彼女にこの現実は、あまりに重すぎた。
ぼくは何も言わなかった。
僕は引き続き括弧つけて、垂れ流す。
『けど、ごめーん。もうなくしちゃった』
「「「「「…………!」」」」」」
誰も。
何も。
言わなかった。
ただ再度、唾を飲む音が何処かから聞こえた。
これもまた、ぼくのものかもしれなかった。
彼は。
人間未満は。
特に何かをする素振りを見せず。
何時の間にか。
先ほどまで喋っていた人間の記憶を消した。
真宵ちゃんから、応答はない。
ぼくは何も言わなかった。
僕は続ける。
『思い入れとかー、心がけとか、誓いとかー。ごめーん、僕そう言うのよくわからないんだ―』
朗らかに。
何気なく。
悪げもなく。
乱す。
荒す。
壊す。
人間未満は、ただ言った。ただ――行使した。
『真宵ちゃん、大事なのは強がることじゃないんだぜ。弱さを受け入れることさ』
弱さを知り尽くした男は。
『不条理を』
『理不尽を』
『堕落を』
『混雑を』
『冤罪を』
『流れ弾を』
『見苦しさを』
『みっともなさを』
『嫉妬を』
『格差を』
『裏切りを』
『虐待を』
『嘘泣きを』
『言い訳を』
『偽善を』
『偽悪を』
『風評を』
『密告を』
『巻き添えを』
『二次災害を』
『いかがわしさを』
『インチキを』
『不幸せを』
『不都合を』
――『愛しい恋人のように受け入れることだ。』
坦々と。
嘘めいた言葉の羅列が続く。
ぼくはその言葉を聞き入れる。
まるでそれしか能がないみたいに。
黙って。
何も言わずに。
『結局答えを聞いてないけれど――これでよかった? 欠陥製品』
「…………」
ぼくは何も答えずに。
ぼくは何も頷かずに。
ただ、言葉として。
「――ああ、これで、よかったんだ」
知らない人が、ぼくの声で、用意された言葉を、呟いた。
ぼくは。
ぼくはぼくは、ぼくは。
ぼくは何も、言わなかった。
■ ■ ■
「話しかけないでください、あなたのことが嫌いです」
記憶を失った彼女は。
しかし果たして、どうなったかと言うと、別にどうというわけではなかった。
この殺し合いの最中の記憶を失っただけだ。
そもそも。ぼくたちはこの殺し合いの会場まで何ら脈絡もなく連行されている。
記憶を失ったところで、別段ぼくたちと反応が異なるわけではない。
気が付いたら、ここにいた。
車の中に居た。
ただそれだけだ。
「……はて?」と。
間抜けな声が真っ先に上がったのも致し方ないことである。
ここはどこでしょう、と言いたげな雰囲気につられ、
ぼくは人間未満の身体を下敷きにしてトランクから顔を覘かせ、真宵ちゃんに話しかけた。
そして、先の一言だ。
リフレイン。
デジャブ。
まあ、なんだっていいのだけれど、およそ十八時間ぶりとなるのか、そんな真宵ちゃんの冷たい一蹴をぼくは浴びる。
さもありなん。
僕がやった事とはいえ、仕打ちとしては当然で。
ぼくは甘んじてその嫌悪を受け入れなければならない。
――そういった嫌悪は慣れている。
今は基本的に翼ちゃんが様々な質疑応答をしているが、彼女自身現状をよく把握していない。
あの白いネコミミ娘から通常モードへ、あるべき姿であろう彼女に戻った際に、記憶は吹き飛んでいる。
だからひたぎちゃんが時折、口を挿みながら、事情説明は進んでいく。
無論のこと、都合の悪い様々なことは隠蔽したままであるにしろ。
その際、翼ちゃんの思考回路がどのようなショートを起こしていたのかは定かではないが、
「――つまり、あなた方が私にとって不都合な記憶を消して下さったんですね?」と問うた。
彼女の気持ちが十全に伝わるわけではないが、確かに謂われない記憶喪失は恐怖を煽るものであろう。
だから何らかの理由づけ、理屈の継ぎ接ぎを欲したのかもしれない。
ぼくとしては好都合であり、そして翼ちゃんとしても好都合だったのだろう。
人間未満が何も言わなかったので、ぼくが代わりにそういうことにしておいた。
八九寺真宵の記憶喪失――もとい、記憶消失が行われて間もなく。
零崎曰く、中身は遊園地というランドセルランドにあと十分、十五分で到着するかと思われた。
まあ、言われてみればそれだけの距離を車を走らせている。
放送が有ったり、真宵ちゃんのことがあったりと、ぼくの胸中は終始落ち着きないものだったから、そうは感じなかったが。
どうであれ、これで予定通りいけば友とも合流できるな――と少しばかり安堵してしまった。
しかし。
忘れちゃいけなかった。
ぼくの辞書に――『予定通り』なんて都合のいい言葉が、あるはずもない。
「――っと、」
運転席で、それまで比較的快適に車を走らせていた零崎が、唐突に急ブレーキをかける。
慣性の法則と言うものは殺し合いの場でも有用な模様で、ぼくや球磨川の体は後部座席に押し付けられた。
言いつつ、スローリィに走らせ、安全運転を心掛けていたからかそれほど痛くはない。
だとしても、あまりの急ブレーキに(急ブレーキとは大抵唐突なものであるにせよ)ぼくはその理由を問う。
「あー? そりゃあおめー」
どこか座りが悪そうに。
言葉を濁す様に、言葉尻を逃がす様に。
しかしその内諦めもついたのか、投げやりに――告げる。
聞いたことある名前だ。
そう、
阿良々木暦くんを殺した奴だ。
――だとしたら、だとしたら。
これから一体、どうすればいいのだろう?
ぼくが何らかの反応をする前に。
人間未満――過負荷――球磨川禊は、トランクを出て立ち上がる。
その瞳はとてもまっすぐだった。
その視線は彼女しか見ていない。
真新しい制服に身を包んだ黒神めだか。
球磨川禊の視線は、彼女にしか向いていない。
「――欠陥製品。とっとと車を出して」
球磨川禊はそう言った。
いつもみたいな口調でない、格好つけない、括弧付けない、揺るぎない言葉。
それがきっと彼の覚悟で。
それがきっと彼の思いだ。
診療所で言っていた。
――僕はずっと勝ちたいと思っていた。と
「彼女は人殺しだよ。早く逃げなきゃ殺されるぜ」
彼は言う。
早く何処かへ行け、と。
暗にそう告げている。
それを分からないぼくでは、なかった。
「ではわたしも、降りさせてもらいます」
七実ちゃんは車を降りた。
球磨川がいないのにいる意味なんてないと感じたのか――或いは。
何であれ、吸血鬼、不死身である阿良々木暦くんを殺したのは紛れもなく彼女、黒神めだかだ。
それだけのことが出来る人間である。
人間未満が死んで悲しむような間柄ではない気もするが、それでも強力な補佐がいるに越したことはない。
いざという時の為に付けておく。という意味では間違っちゃいないだろう。
――じゃあ零崎。引き続きランドセルランドへ
と、伝える。零崎はあっさりそれを承諾する。
七実ちゃんが出るのであれば、ぼくは空いた助手席に移動する。
少し急ぐように、ぼくは一度トランクから出て助手席に向かう、その際に一言だけ、呟いた。
「がんばれ」
「がんばる」
独り言だった。
■ ■ ■
第-2槽『球磨川禊の負けてられない大勝負』
■ ■ ■
車が去っていく。
僕はそれを遠巻きに見送って、改めてめだかちゃんを見る。
箱庭学園の一般生徒用の学生服を着て、左腕には『庶務』の腕章をつけていた。
それは西東診療所で会った時善吉ちゃんがつけていたものと瓜二つ――というよりもそのものだろう。
「なんだ、めだかちゃんは善吉ちゃんにちゃんと会えたんだね」
「ああ。あやつには助けられたよ。善吉がいなければ、私は私でなかっただろう」
「なーんだ、会ってなかったら西東診療所で見かけたことを報告してあげようかと思ったけれど」
ははっ。
羨ましいことだ。
めだかちゃんにそう言ってもらえるのは善吉ちゃんぐらいだろうに。
少なくとも、僕には未来永劫掛けられる言葉じゃない。
「そういや善吉ちゃんも高貴ちゃんも真黒ちゃんも、そして江迎ちゃんもみぃーんな死んじゃったけどさ、誰が殺したか知らない?」
「善吉以外知らんよ」
「冷たいね。きみの大事な『仲間(チーム)』、だったんでしょ?」
「その通りだよ。私は自分の仲間さえも救えないのかと己の非力さを悔やんでおる――」
――だからこそ、と。
めだかちゃんは会話の流れを打ち切り、新たな話題を投げかけた。
「見たところ先の車には戦場ヶ原上級生がいたんだがな、
私は少しばかり彼女に用事があるから、貴様に構っている暇は生憎今はないんだよ」
「つれないこと言うなよ。僕ときみの仲だろう。それに何だってさっきはスルーして見送ったんだい?」
「私と貴様の仲だからこそ――な気もするよ。
そしてさっき見送った理由は簡単だ――そっちにいる貴様の連れが中々手強くてな」
彼女は顎で七実ちゃんを指す。
なるほど、彼女が車を守るようにしていたから、めだかちゃんも手が出せなかったのか。
七実ちゃんも律義なことだ。
刀だどうだと言っておきながら、僕の嘘泣きで戸惑うぐらいには、人間らしい。
「――まあ、そうだね。めだかちゃんは週刊少年ジャンプを読むかい?
こういうとき、僕みたいな奴はこう言うのさ」
どうであったところで、
僕は今、彼女と戦う。
――過負荷として、僕として。
後回しだなんて、させやしない。
「ここを通りたければ、僕を倒してからにしろ――ってね」
だけど僕は勝つ。
きみに。
プラスに。
今まで負けだらけの人生だったけど。
これまで勝てなかった人生だったけど。
これから僕は勝つ。
めだかちゃんに――。
「成程――それは実にありがちだな」
彼女は腕を組みながら、うんうんと首を振る。
しばらくそうしている内に、彼女は徐々に歯を見せていく。
真っ白で、だけど好戦的な、素敵な笑みだった。
「面白いッ! この黒神めだか、貴様からの挑戦状――受けて立とうじゃないか!!」
――――ドガンッ!!
彼女が何か言っていたけれど。
受けて立つと言った以上、そこから交渉は成立している。
僕は彼女に先手必勝と言わんばかりに、相手の身体に大螺子を螺子込む。
「ありがとう、きみのそういうまっすぐな志が、一番嫌いだ」
彼女の体が吹き飛んで、コンクリートの外壁に激突する。
これで死ぬような魂じゃない。
それは誰よりも僕が知っている。
「まさかこれで終わりだなんて言わないよね」
「――勿論だ」
コンクリートが崩れ、塵灰に包まれた向こうで声がする。
塵灰が晴れていくうちに、彼女の姿が鮮明になって行く。
僕の投げつけた螺子を受け止めていた。――そしてその顔は何処までも晴れやかな笑顔だった。
「……なんで奇襲をされたのに笑ってるのさ」
「いや、殺し合い中に――それも皆が死んでいっている中で不謹慎だとは思ってたんだが、
しかしもう駄目だ。破顔せずにはいられない」
そして彼女は、僕の螺子を粉々に打ち砕き、
高らかに叫ぶ。
「こうしてまた貴様と戦える日を私は待っていた!!
だからこそ、このような場でも戦いたいという私の性根共々、貴様の性根ももう一度叩いてやる!!」
いや。
さっきまでも笑っていたけれどね。
そう思いつつも、僕もまた、応える。
「江迎ちゃんはともかく、善吉ちゃんや高貴ちゃんが死んだというのに笑えるだなんて本当に変な子だ」
――そういうきみも、僕は嫌いだ。
僕は右手に螺子を持つ。
これまでのそれとは違う、マイナスの螺子。
安心院さんに返してもらった、過負荷。
「だから遠慮なく使わせてもらうぜ。僕の禁断(はじまり)の過負荷。――――『却本作り(ブックメーカー)』!!」
■ ■ ■
乱打戦だった。
僕はめだかちゃんに攻撃すると、めだかちゃんは仕返しとばかりに僕を殴る。
それを繰り返す。
泥臭い攻撃の応酬だった。
僕にこんな体力あっただろうか。
不思議だ。
ちょっと走れば疲れてしまうような体力なのに。
誰がそうさせているのだろうか。
めだかちゃんか。
或いはめだかちゃんと向きあいたいという僕自身か。
どちらであれ、僕らのドラクエみたいな単純な攻撃の繰り返しも、終わりを迎えそうだ。
僕の限界が近いからか。
多分、そうだ。
僕は既に限界なんて言うものを越している。
なのに彼女は、笑っている。
嬉しそうに。
幸せそうに。
僕は――今どんな表情を浮かべているのだろう。
分からないけれど、笑っているのかもしれない。
何に対してなのかも、分からないけれど。
ああ。
ちくしょう。
やっぱり強いなあ、めだかちゃんは。
とことん強くて。
とにかく凄くて。
とりわけ気高く。
とびきり格好いい。
圧倒的に絶対的な、女の子だ。
せっかく返してもらった僕のはじまりの過負荷――『却本作り』を使う機会なんてまるでないでやんの。
「ははっ! 相変わらず楽しいなあ球磨川! 貴様と戦うのは楽しいなあ――さあ! もっともっと戦うぞ!!」
やれやれ。
こっちの気も知らずに嬉しそうに……。
本当に弱い奴の気持ちが、
がんばれない奴やできない奴の気持ちがわからない子だぜ。
彼女は笑顔だった。
僕は嘆息する。
やれやれ、勝負を吹っ掛けたのは僕だけれど、少しは弱い者の気持ちを分かってほしいところだ。
だから僕は、今も昔もそんなきみが大嫌いで、
だけど僕は、今も昔もそんなきみが大好きだったよ。
憧れた瞳先生より。
服うた安心院さんより。
お父さんより。
お母さんより。
大好きだ。
思えば初めてあったあの時から。
僕はきみの気を引くことに精一杯だったね。
「どうした、球磨川。まさか、もう負けを認めて通してくれる――というわけではあるまいな?」
「いやいや――ちょっと気付いたことがあっただけさ。わかんないもんだね、自分の気持ちなんて」
……だけどまあ。
気付いたからにはちゃんと伝えなきゃね。
その気持ちって奴を。
たとえ気持ち悪がられたりしても。
「めだかちゃん。僕からの相談を受けて欲しい」
めだかちゃんは面白そうに笑う。
僕は構わず話を進める。
「このまま戦い続けても、おそらく決着はつかないだろう。
どれだけ叩き伏せられようと、僕は絶対に負けを認めないし、だけどそれはめだかちゃんだって同じことだと思う」
「そんなことはない。今回だって私は貴様に勝つために、最後まで全力でがんばるつもりだぞ」
「光栄な限りだけれど――まあ聞けよ。そこで相談だ」
僕は再度右手にマイナスの螺子を持つ。
その螺子の先端は伸びていく。
伸びて、伸びて、さながら刀剣の様な長さに成る。
「僕の始まりの過負荷、『却本作り』を避けずに受けてくれないか?」
これが僕の始まりの過負荷。
久々に使うわけだが、別に感慨深くもなんともない。
「『大嘘憑き(オールフィクション)』を現実(すべて)を虚構(なかったこと)にする過負荷だとするなら、
『却本作り』は強さ(プラス)を弱さ(マイナス)にする過負荷だ。
具体的には。
この過負荷の被害を受けた者はみぃーんな! 不完全(ぼく)と完全に同じになる」
――あの安心院さんが封じぜらるを得なかった、曰くつきの過負荷だぜ。
そう言っても、彼女の表情が変わるわけではなかった。
ただ、真剣に僕のことを見つめている。
「肉体も精神も、技術も頭脳も才能も! ぜーんぶ僕と同じ弱さに落ちて、
それでもきみの心が折れないのなら、そのときこそ僕は負けを認めるよ」
きっと彼女は分かっていない。
弱い者の気持ちがわからない彼女には、きっと分かりっこない。
僕たちの過負荷たる由縁の惨憺さを。
だからきっと、思わず彼女はこう言うだろう。
「『私の負けだ』『許してくれ』」――と。
そうなったら僕の勝ちだ。ひたぎちゃんをどうしようとも僕は構わないけれど、
律義な彼女のことだ、素直に退散していくのだろう。
まあ先のことはいい。
僕は、
僕は、言う。
「さあ、決めてくれめだかちゃん。きみは僕の過負荷(きもち)を、受け止めてくれるかい?」
答えは決まっている。
「言うまでもない」
彼女はきっとこう宣言するだろう。
「24時間365日、私は誰からの相談でも受け付けるし、どのような気持ちでも受け止める!!」
凛ッ。
とでも漫画だったら擬音がつきそうなほど凛々しく。
彼女は僕の想像通りの言葉を吐きだした。
全く、やれやれ。
困ったものだ。
彼女はいつでも、まっすぐで、正しくて。
僕みたいな過負荷でも、受け入れて。
だからこそ僕は。
「…………愛してるぜ。めだかちゃん」
「そうか、もちろん私も、愛しておるぞ」
――ありがとう。
だけど。
だけど。『僕を』じゃなくて、『人を』、だろ?
そして僕は。
黒神めだかの胸に、マイナスの螺子を、螺子込んだ。
■ ■ ■
「だったらあなたは、私の殺意(きもち)さえも受け止めてくれるのかしら」
唐突だった。
少なくとも僕からしたら唐突だった。
そこにはひたぎちゃんがいる。
刀を握り。
刀を翳し。
刀を振り。
めだかちゃんの――めだかちゃんだった遺体の傍に立っている。
彼女の首は、落とされた。
やけにスローモーションになって首輪が落ちていくのを、僕はただただ見つめるしかなかった。
「………………………………え?」
首輪が地面に落ちたその時。
めだかちゃんの首が落ちたその時。
僕は、知らず知らず、言葉を零していた。
「だとしたら――それはそれは嬉しいわ」
白髪に染まっためだかちゃんの髪が、再び元の色に染まっていく。
元通りに。
だけどそれはあまりに時遅く。
身体を貫いたマイナスの螺子もまた、めだかちゃんの心(いのち)が失われていくのと同調するように、崩れていく。
ひたぎちゃんが、膝をつく僕を見下しながら。
坦々と、まるで括弧付けるかのように――芝居がかった声で、僕に言う。
「よかったわね、神様モドキ。あなたの勝利よ。喜びなさい」
――違う。
「あなたの『却本作り(ブックメーカー)』のお陰で、黒神めだかは弱体化され――晴れて私に殺されるに至ったわ」
――違う。
『どれもこれもあなたのお陰――だからあなたの大勝利。ブイ』
――違う!
こんなの、勝利じゃない。
こんなの、何でもない。
こんな、台無し――僕は認めない。
「う、うう、うわああああああああああああああああっ!?」
叫んだ。
がむしゃらに。
わけのわからない、さっぱりわからない状態に。
叫ぶ。
叫んだ分だけ、喉が渇く。
それでも僕は叫ぶ。
頭を抱える。
僕は勝てなかったというのか。
僕はめだかちゃんに勝ち逃げされたのか?
違う。
違う。
――こんなの僕は認めない。
黒神めだかに僕はまだ勝っていない!
僕が勝つまで、黒神めだかに死と言う選択肢なんか与えない!
僕は、
僕は――黒神めだかの死を『なかったこと』にする!
「――……っ! 黒神めだかの『死』をなかったことにした!!」
と。
僕はそこで冷静さを欠かしていたことに、ようやく気付いた。
気付いた、というほど意識的じゃなく、多分それは無意識下のどこかで、僕は感じ取った。
駄目だ、今復活させても、生き返らせても――黒神めだかの傍にはひたぎちゃんが、いる。
きっと今復活させても、二の舞だ。
現に、彼女は今刀を振りかざしている。
いくらめだかちゃんでも、避けれないんじゃないか?
だとしたら――――僕は。
「何度だって殺してあげるわ、黒神めだか。あなたの気が晴れるまでね」
ざくりと、音がする。
ぐしゃりと、音がする。
僕の身体を、それは袈裟切する。
めだかちゃんの身体を押し飛ばし、僕は身代わりとなった。
だから僕は今、切り裂かれている。
だから僕は、死ぬ。
もう僕には命に関する『大嘘憑き(オールフィクション)』は使えない。
死ぬしかない。
これほどよく切れる刀――僕の身体を真っ二つに裂いた刀に斬られたのだ。
例え人吉先生の治療でも助かる見込むは薄いと言うより、皆無だろう。
今まで沢山死んできたけど。
なんだか。
なんていうんだろう。
今回の僕の死は、ほかならぬ僕のせいだったけれど。
めだかちゃんを守って死ねるだなんて、幸せだなあ!
奥で七実ちゃんが立ち尽くしているのが見えた。
あーあ、彼女とも仲良くなれたと思ったんだけど、これでお別れか。
辞世の句だなんて格好いいことを言いたい気分だけれど、
僕にそういうのは似つかわしくない。
だから最後は、極めてシンプルに、惨めたしく。
後悔の念を置いて、死んでいこうと思う。
――――勝ちたかったなあ。
『球磨川禊@めだかボックス 死亡』
最終更新:2013年12月17日 10:55