第五回放送 ◆mtws1YvfHQ
薄暗い場所。
いかにもなマイクだけが置かれたテーブルを前に、老人は座っていた。
前方をモニターに囲まれ、それのみを光源とした光を浴びる老人。
実験名『バトルロワイヤル』。
その元凶とも言えるその老人。
箱庭学園理事長、不知火袴は静かに座っていた。
テーブルに置かれた物は僅か。
名簿と、マイク。
当初はもう少し乱雑だったその机は、終わりを間近に備え、参加者の数に比例するように綺麗な物となっていた。
そんな中、ぽつりと置かれている電源の切り替えが出来るようになっているマイクに時々目を移しながら座っていた。
「――――さて、もう間もなくですか」
不意に袴が呟き、腕の時計を見た。
時刻は五時五十六分。
六時間ごとの放送の準備は既に万全。
そんな事を袴は考えながらマイクを手元に引き寄せかけ、止めた。
そう言えばあの時もこんな風だった。
苦笑を漏らし、何ともなしに背後へと顔を向ける。
丁度良く、袴の後ろの扉が開き、老人が入って来るところ。
あの時のように。
ただ今回は目を血走らせているその老人は、開け放ったまま何の遠慮もなく袴の隣にある椅子の一つに座った。
袴が顔を向けても何も言わず、マイクを己の元へと引き寄せた。
「――死亡者は分かっていますか、博士?」
「黙れ」
軽く苦笑いしながら袴は時計に目を向ける。
五十九分。
こんな所まであの時と同じ。
確認してからモニターを一通り見渡す。
いや。
最早、見る意味のあるモニターなど片手で数えるほどもない。
忍び笑いを漏らしている間にも、タイマーの小さな電子音が鳴る。
六時零分。
「どうぞ」
あの時のように袴が言えば老人は、苛立ちを隠そうともせずマイクの電源を入れた。
放送を始める。
聞き逃すな。
死者の名は。
以上の六人だ。
続いて禁止エリアの発表に移る。
一時間後の七時より、F-6。
三時間後の九時より、G-2。
五時間後の十一時より、C-5。
連絡事項は以上だ。
ふん。
しかし――――玖渚友。
玖渚友。
玖渚友。
玖渚友!
玖渚、友ッ!
玖渚ァ、友ォ!
貴様!
貴様も!
貴様であっても!
こうもアッサリと死ぬか!
今回、死ぬとは思っていたが!
こうも、アッサリと死ぬとはなぁ?
はっ!
ハハハ!
ハハハハハハハハハハハハハハハハハ!
さあ、殺せ!
殺せ殺せ殺せ!
飽くなく殺せ!
容赦なく殺せ!
意味なく殺せ!
甲斐なく殺せ!
勝ちなく殺せ!
誰も彼も殺せ!
殺せ殺せ殺せ!
殺して殺して殺して殺せ!
殺して殺して殺して殺して殺して殺せ!
ただただ無為に消費するがいい!
私は待っているぞ!
貴様を待っているぞ!
アッハハハハアッハハハハハッハハハハハハハハクハハアハハハハ!
小さく息を吐きながら、何時の間にか入り込んでいた少女がマイクの電源を切る。
しかし老人はそれに気付く様子はない。
高笑いをなおも続け。
そして、既に部屋を出て行く所。
最早モニターの映像に目もくれない。
ただ、考える。
結末までの道筋は粗方、形になっている。
それでも女学生はため息を付く。
既に彼女の予想の中でも限りなく低かった出来事が幾つか起きていた。
起きると考えられていなかったことも幾つかあった。
不確定要素が重なっている。
想定している事態を超えて、此処から逆転の可能性も、ゼロではない。
もっとも。
ゼロではないだけで。
「――――――さて」
闇の中。
様々な姿が、動き始めたモニターの光を受けながら蠢く。
緩やかに微笑む白髭の老人、涼しげな表情をしたセーラー服の女学生、憮然としながらも威圧を放つ青年、真っ黒な笠で目元を隠す和装の男、笑みを絶やした眼鏡のスキンヘッド、悩まし気にか苛立たし気にか棒付き飴を噛み砕く少女。
そして光の届かぬ場所に居る何者か。
「事ここに至ってはサーカスの裏方にも、表舞台に出て頂く必要がありそうですが――」
釘を刺すように、そんな中に声を掛け。
反応を見ることもなくモニターに向き直った老人が、口を開く。
「――皆さん」
「良くも悪くも、今回の催し」
「あと僅かと言った所でしょう」
「皆さんに何か指示を出すつもりはありません」
「ただ、用意をお願いします」
「祝辞か迎撃か」
「そのどちらにされるかは皆さんにお任せします」
「あるいは、最後の一人に成り代わると言うのも否定はしません」
「ただ覚悟は済ませておくように」
「巻き込んでおいて等と言う文句は受け付けません」
「今更、改心――改新できると思っている方も居ないでしょう?」
「私に関しては言うまでもありません」
「結末が死であったとしても」
「少なくともこの私は、私の教育理念を貫くまで」
「――実験名『バトルロワイヤル』」
「今回もいよいよもって――――」
――――おしまいおしまい
「さあ最期まで、張り切って生きましょう――ッ!」
最終更新:2023年07月09日 21:31