第四回放送 ◆ARe2lZhvho


「時間だ、放送を始める。
 見知っている者もいるだろうが名乗っておこう、俺は都城王土という。
 もっとも、覚えてもらう必要はない。
 ただの協力者の一人と思ってもらって結構だ。
 さて、理事長と違って俺は長話をする気はないのでな、死者の発表に移らせてもらう。

 供犠創貴
 真庭鳳凰。
 戦場ヶ原ひたぎ
 黒神めだか
 宗像形

 以上、五名だ。
 これまでの傾向からすると少ないのだろうな。
 前回頑張りすぎたか?
 俺には与り知らぬことだが。
 そして禁止エリアは以下の三ヶ所だ。

 一時間後の1時から、E-5。
 三時間後の3時から、F-7。
 五時間後の5時から、G-4。

 そして引き続き報告事項がある。
 まず、竹取山の火災だが、こちらについては収束しつつある。
 しかし、人が立ち入れる領域ではないのは変わりはない。
 熱気で踊山の雪が溶け、雪崩が発生する可能性もある。
 ここまで生き長らえたたのだ、くだらない死因で死にたくないのなら麓ですら近づかない方がいいだろう。
 そのような死に方をされるのはこちらとしても不本意なのでな。
 そして西部に発生した危険区域だが、こちらは被害拡大を食い止めただけに過ぎん。
 ただし、火災と同様に近づかなければお前たちには無関係のものだ。
 全員の現在位置を鑑みれば不必要なものかもしれんが、一応警告しておこう。

 今回の放送はこれで終了だ。
 失礼する」





「ご苦労様でした」

スイッチを切ると同時、ねぎらう声がかかる。

「こんなものに苦労も何もあるまい」
「あら、私と同じ反応をなさるんですね」

くすくすと笑うのは『策士』――萩原子荻。
その反応を見た都城王土はストレートに反応を返す。

「含みを持った言い方だな」
「他意はありません。それにしても、随分とあっさりした放送でしたね」
「問うに落ちず語るに落ちる、だ。無駄なことを漏らしてしまうのは貴様にとっても不利益だと考慮したのだが」
「ええ、聡明な判断です。とはいってもあなたが放送をしたという事実だけで、参加者には考察の材料をいくらか渡してしまったことにはなるのですが」
「その俺が放送をやることになった理由は? 俺の認識では『仕事』はまだ全て終わっていないはずなのだが」
「私ではなく理事長ですよ」

ちら、と子荻が目線を動かした先にいるのは一人の老人だ。
二人のやり取りを黙って見ていた不知火袴は、話題の主導権を自分に移されたことを察すると咳払いを一つし、口を開いた。

「お二人の意見を伺いたい用件ができてしまったものですので」
「大方予想はついているが、生憎過負荷については門外漢だ」
「都城さんに同じく。ですが、私は輪をかけて専門外ですよ」

片や元十三組の十三人、片や元澄百合学園の策士。
屈指の頭脳を持つ者たちだ、一文を聞いただけで二人は意図を察する。
鑢七実の過負荷習得、重し蟹の出現などもあったがこれらは想定外とまで言えるものではない。
十中八九、球磨川禊の『却本作り』についてだろう。

「もちろん承知の上です。ですがそういった方たちの視点が突破口になるというのはままあることですのでね」
「今回はそういう『調整』だったのでしょう? 失敗していなかったとするなら、外部の干渉でしょうか」

まず答えたのは子荻だ。
しかし、スキルなど存在しない世界出身である彼女に話せる事柄はない。
自然と、当たり障りのないものになる。

「やはりそうお考えになりますか。ですが会場のセキュリティーに異常はありませんし……都城君は?」
「俺には皆目見当もつかんな。それでも意見を述べるなら、『あの人外』が関わっているとしか」

続いて王土も意見を求められるが、『異常』しか持たぬ王土に『過負荷』について子荻同様深くは話せない。
結局、一つの可能性を述べるに留まる。
その可能性もかなり突飛なものだが。

「そうだとすると、まだ失敗していてくれた方が状況はよいのですがね……」

ずず、と不知火袴は湯飲みの茶を啜る。
今回の実験はイレギュラーが多い。
当然、実験にイレギュラーは付き物で、イレギュラーから思わぬ成功を生み出すことがあるというのもわかってはいるが。

「用件はこれだけか? 俺はそろそろ戻りたいのだが」
「おっと、つい考えに没頭してしまいました。もう大丈夫ですよ、お呼び立てしてすみませんでした」
「では失礼するとしよう。ときに萩原」
「はい、なんでしょうか」
「『仕事』が終わった後の予定を聞いておきたいのだが」
「早急なものは特になかったはずですが」
「そうか」

部屋を後にしようと王土が扉を開くと、少女がいた。
ちょうどノックをするところだったのだろう、握られた左手は胸の前で止まっている。
一方、右手には会場の参加者が持つものと同じデイパックが複数、ぶら下がっていた。

「ありゃ、都城先輩じゃないですか。放送お疲れ様でした」
「不知火か。理事長と萩原なら中にいるぞ」
「それはどうも」

不知火半袖は出口を譲るように一歩ずれると、他愛のない会話を交わす。
振り返ることなく王土はそのまま立ち去っていった。

「ただいまー、おじいちゃん」
「おお、袖ちゃん。おかえりなさい」

入れ替わるように部屋に入った不知火半袖は、不知火袴が座るソファーの対面、萩原子荻の隣にどっかりと腰を下ろした。
そのままテーブルの上にあった羊羹を断り無くもぐもぐと食べ始める。
羊羹を取られ、お茶請けにするつもりだった不知火袴は少し残念そうにしていたが気を取り直して団子をつまんだ。

「それで、どうでした?」

食べ終わる頃合いを見計らい、子荻が訊く。

()()()が連絡入れるって聞きましたけど。まだいってませんでした?」
「いえ、報告は聞いていますよ、だからこそあの放送です。その上で訊ねているのです」
「別に違いなんてありませんけどねえ。江迎怒江本人が死亡している以上、『正喰者』でも消すのが精一杯でした。
 ですので終わってしまった結果の方、要するに腐敗した地面や空気はどうしようもありません。
 大元を消したので感染拡大するということはないと思いますがね。腐らせるスキルを浄化させるスキルにできれば言うこと無しだったんですけれど。
 で、あたしがこうして五体満足なことからおわかりでしょうけれど、『制限』そのものは有効でした、ってところですかね」

不知火半袖からの報告を聞いて「ふむ」と軽くうつむくと、

「それならばなんとかなりそうです。では私は都城さんがおっしゃっていた『あの人外』さんがいた場合の『策』を練っておきましょうか」

そう言って子荻も部屋を後にした。
残った二人はしばらく無言でお茶を飲んだり茶菓子を貪っていたが、ふと不知火袴が口を開いた。

「……袖ちゃんは本当に安心院さんがいると思うんですか?」
「あたしよりもおじいちゃんの方が詳しいでしょ」
「付き合いこそ確かに袖ちゃんよりは長いですが、深さにおいて勝るとまでは自負していませんよ」
「そんなの、あたしも似たようなものだって。それに、球磨川先輩の方が圧倒的なのは変わらないだろうし。まあいるかいないかで考えるならいるだろうね、多分」
「袖ちゃんもそう思いますか」
「案外あたしがもう見つけてるかもしれないけどね。でもいたとしてもそこまで介入はしてないんじゃない?」
「安心院さんがその気になれば、一瞬で片が付きますからな……それは望まないところです」
「実験を壊すなら参加者が、そう言ってたもんね」
「むしろそうでなければ困ります。この実験の成功は我々の悲願でもありますからな」
「あたしたち不知火一族の、ひいては世界のためにも、でしょ?」
「ええ、ですから成功した暁にはたった一つの願いなどいくらでも叶えて差し上げましょう。それくらいはお安いものです」

ことり、と空になった湯呑みを置いて不知火袴は笑みを浮かべた。
それは邪悪とも軽薄とも愉悦ともつかない笑いだった。

「そうそう、おじいちゃん。ここまで言うタイミングがなかったんだけど」

そこに水を差すように不知火半袖から声がかかる。

「何ですかな?」
「腐敗を止めるついでに回収してきたのがあるんだけど、一つはまだ中身入りだったんだよね。特に感染血統奇野師団の病毒なんかは使い道まだありそうだし」

右腕を持ち上げてデイパックを見せるように揺らして言う。

「これ、どうしよっか?」


 ▼


同時刻。
とある簡素な一室。
部屋のあるじとなった安心院なじみの元に来客が訪れる。
正体を認めると少しだけ意外そうに眉根を寄せた。
だが、それも一瞬のことで直後にはいつものように柔和な笑みに戻る。

「へえ、このタイミングで来るのか。噓八百のスタイルでも習得したのかい?」
「あひゃひゃ、冗談は結構ですって。……それにしても、スタイルのこともしっかりご存知のようで」
「その言い方だと、こっちの僕はスタイルのことをそこまで知らずに死んだみたいだねえ」
「間違いではありませんよ」
「どこまで知っていたかは、不知火ちゃんでもわからないか」
「さすがにそんなとこまで把握できませんって。それにしても、宗像形も、黒神めだかも死んだというのにその反応ですか」
「おかしなことを言うじゃないか。それこそそのままそっくり君に返してあげたいねえ」
「まあ今更ですね。だったら最初からどうにかしておけって話ですし」

探りを入れるような会話の応酬の末、来訪者の不知火半袖は先程と同じように対面のソファーに腰掛ける。

「で、何の用なんだい? まさかこの時間に来て話すだけだったとしても、付き合うのは吝かじゃないけど」
「もちろんそんなわけないじゃないですか。一つ確認……確定させたいことがありましたので」
「その認識で間違ってないと思うけどねえ」
「ですから確定させたいんですよ……とはいっても、さっきあたしの方が質問しすぎちゃいましたからねえ。公平さは期したいので安心院さん、お二つどうぞ」
「不知火ちゃんがこれから聞くということを考慮すると三つじゃないのかなあ。とはいっても僕も聞きたいことがあるわけじゃないしねえ……うん。
 そうだね、さっきの僕の『想定』のことと、スタイルのことで二つとしておこう」
「それはどうも。お礼ついでにその問いにきっちり答えておくとしますと、あたしはスタイルは使ってませんよ」
「『使ってません』ねえ……まあいいか。じゃあ純粋な興味から聞いておくとしよう、あのデイパックの仕組みとか」
「ただのスキルの複合ですよ。大きな物でも入り口を通り抜けられるようにするスキルと中の空間を歪曲するスキル、容量を増やすスキル辺りがメインですね」
「僕のスキルで例えるなら『血管戸当て(ブラッドバスストップ)』に『掌握する巨悪(グラップエンプティ)』と『懐が深海(ディープポケット)』か。
 てっきり『次元喉果(ハスキーボイスディメンション)』と『いつまでも史話合わせに暮らしました(エターナルエターナルライフ)』辺りだと思ったんだけど」
「それ、どんなスキルなんですかねえ……」
「ただの次元を超えるスキルと永久世界のスキルだけど」
「たかがデイパックにそこまでやれませんって」
「そんなものなのかい」
「そんなものなんですよ」

やれやれ、と同時に肩をすくめる。
お互い本題ではなかったからか、剣呑な空気はそこにはない。

「僕のターンはこれで終わりかな。さあ、不知火ちゃんの番だよ」
「ええ、そうさせてもらいます」

だがそれもここまでだ。
その場に傍観者がいたならば、部屋の温度が下がったのではと錯覚するくらい、空気が変わった。


「干渉した――あなた風に言うとちょっかいをかけた、ですか。あたしの見立てですと×××××と零崎双識、それに鑢七花もですかね?
 前後で大きく変化が見られたのが彼ら三人でしたからね。あ、球磨川禊は例外ですよ? 例え『却本作り』を渡したのだとしてもそれはこの質問には関係ありませんし。
 そして疑問に思うわけです。なぜこの三人なのか? この三人だけなのか? それともこの三人だけしかできなかった? はたまたこの三人しかする必要がなかった?
 共通点を洗い出すとすると、全員男性、いわゆる『主人公』である、そしてあなたが干渉したと思われるとき一人でいた――違いますか?
 この前提が成り立つとして、阿良々木暦は不可能だったとしても、供犠創貴と櫃内様刻は? まあ、供犠創貴はほぼ真庭蝙蝠や水倉りすかと行動してましたけれども。
 ですが、櫃内様刻は思いっきりあなたがちょっかいかけそうなシチュエーションに複数回いたにも関わらず、それらしき形跡は無し。
 でもそもそも、あなたにとって相手が『主人公』である必要も、一人でいる必要もどこにもありませんよね。それができないあなたではないんですから。
 女性には誰一人何もしてないというのも含めて、どう考えてもおかしいですよねえ……? ですので視点を換えてみました。
 あなたがちょっかいをかけた三人はやむを得ずそうしたのでは?と。女性は全部とは言わず一部でも、してないのではなくし終わっているのでは?と。
 それに伴ってとある仮説を立ててみたらぴったりはまるものがありまして。最終的に確信したのは『猫の世話』をしていることを否定しなかったときです。
 ここまでごちゃごちゃ並べ立てましたけど、結局聞きたいことは一つですよ」



不知火半袖は問いかける。



「あなた、()()()()()悪平等(ぼく)()()()()()()()?」



対する安心院なじみは――


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最終更新:2023年07月09日 21:33