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ガンダムSEED DH 7.1話

第7.1話『失い続けた過去/イカレテイクミライ/安ラギノ今』

「あーあッ・・・・やっぱ強いよなぁ」
ベッドの上で1人、ノートパソコンと睨めっこをし包帯にくるまれた青年がいた。シン・アスカだ。
前の襲撃から少し経っていた。
シンは無理をすれば動けるが、ガイア2ndは動かす手足がない。
そして、ユンから大目玉を食らったのとディエチからのお願いという名の命令により絶対安静が義務づけられている。
「あれ?」
突然、画面が真っ暗になった。もちろんアダルトサイトを見ていたわけではないのでウイルスの筈もない。
カタカタと適当にキーボードを叩いても反応がない。
「んー・・・」
『何が強いんだ?』
「うわあああ!」
真っ暗な画面からいきなり、文字が表示された。8だ、8しかいない。
「なんでお前が“ここ”にいるんだ!?」 
8の本体はガレッジでガイアの修理をしているはずである。
『空いた時間でここ(ギガムーブ)のメインコンピューターをハッキングした』
『ここはもう私の制御下にある』
『ならこのパソコンの赤外線受信機から入ることも容易いことだ』
「・・・・」
コイツ将来ターミネーターでも作るんじゃないのか、と言おうとしたが何も言えない。
「ってガイアはどうなった?!」
しかし、愛機のことは気になる。
『変形はできないが、一応修理完了だ。両手首は予定道理、マルチプラグのものに換装』
『ロウの作ったアレを装備している。お前ならそれで戦闘に支障ないだろう』
「そうか・・・・ようやく『羅刹』の二つ名が伊達じゃないことを証明できる」
『ところで何が強いんだ?』
突然会話を元に戻す、疑問はすぐに解消するためには空気など読まない。
「・・・なんでお前に――」
言わなきゃならいんだ、と言おうとするが。
『ムービーファイル:『白衣の天使、夜は白衣の小悪魔へ』』
『コピー完了』
「え?」
間抜けな声だった。
『3D処理化完了』
「ちょっ、おまッ」 
『これでギガムーブ内すべてのディスプレイ及び3Dディスプレイで流せる』
これは脅迫だ。話さなければ性癖を暴露するという恐ろしい脅迫だ。
ちなみにこの男にとって、ナースは純白にスカート以外はナースではない。
『で、何が強いんだ?』
「・・・エドワードさんの戦い方だ」
あきらめは肝心である、これは日常にいたっても同じだった。
さっきまでシンのパソコンのディスプレイには『切り裂きエド』の乗るソードカラミティが映っていた。
『なぜエドの戦闘記録を見ているんだ?』
「『切り裂きエド』の強さを“盗む”」
『できるのか?』
「装甲と装甲の隙間を狙っているのと、相手の動きを見切って剣筋を読んでいることは分かったんだ。ただ・・・こう“流れ”ってのがあるような」
『流れ?』
「ああ。タイミングがドンピシャってなくらいに合っている。それが分かれば」
『切り裂きエド』の強さを盗める。さらに強くなれる。
「そして、もう1つ分かったのは。2本の剣の前に敵はあの人のパーソナルマークのように血(オイル)しぶきをバラの花のように散らして倒されるってことだ」
『今のままでもお前は十分強いと思うが』
「全然ダメだ、俺はただ相手の隙を見つけたり作ったりして叩き込んでいるだけなんだ。・・・・アレしかないか」
『アレとは?』
「実戦の敵で試しまくる、エドワードさんと模擬戦しまくる。感覚で覚えれば、道理はあとでついてくるだろう」
『お前な』
『今のままじゃゲーリー・ビアッジには勝てない。あの連撃の真価は対艦刀みたいなでっかい得物と一緒に使って発揮するはずだ・・・・なんとなく分かるんだよ」
『それではアイツは本当の実力を見せていないというのか?』
「当たり。多分、もう今回の依頼の間には姿を見ないだろうけどな」
『お前はシン・アスカだぞ。かつて『ヤキンのフリーダム』を討った唯一の男だ』
「俺1人でフリーダムを墜としたような言い方はやめろ。あれはインパルスとミネルバのみんなのおかげもある」
『いつもインパルスという機体のことになると熱くなるな』
「インパルスは、力が欲しかった俺が初めて手に入れた“力”で、1人だった俺が初めて沢山の人たちに支えてもらった“証”でもあるんだ。まあ、けどそのおかげでルナと別れるきっかけになったんだけどな」
『ルナ?』
「前に付き合ってた彼女」
『検索終了。ルナマリア・ホークのことだな』
「・・・ああ、早いな。俺は、俺のためとはいえインパルスに乗っていながら最後までミネルバを守らなかった彼女が許せなかった。ルナは丁度いい位にズルくていい女だった・・・別れたのは俺のワガママだ」
『こだわりを持っていただけだろう』
「ははっ・・・サンキュ。俺はいい知り合いをもったよ」
慰めの一言でしかないが、少しだけ楽になった。
「でも、別れて正解だったよ。じゃなきゃ、あの地獄に付き合わせるところだったんだからな」
『お前は他人の幸せのために我慢するタイプか』
「それは過去の話だ。もう我慢するのは止めだ」
『何を考えている?』
「管理局に襲撃をかけて、ディエチとその家族を奪いとる。どうせそいつらも生命保険かかっているだろうし、ならいいじゃないか」
『正気か!?』
「嘘だ。」
“本体”であれば、五月蠅い位に音を鳴らしていただろう。
その問いにきっぱりと答えた、悪びれることなく。
「管理局って言葉に反応するということは、やっぱりお前もからんでたか」
呆れている。まあ慣れてしまったけど。
『!?』
「ずっと怪しいと思っていたんだ。なんせ彼女の肩ばかり持つ上に、ジャンク屋の仕事に伴う危険を知っているはずなのに仕事・・というよりは“経験”をさせようとしているんだからなッ」
ちょっと優越感に浸っている。滅多に8から言い勝つことはないのだ。
『私と彼女の親は同じだ』
「・・・・。」
『私は市街地でMSで暴動をおこすために製造された。だが私クラスの人口知能は裏切る可能性があるため廃棄された』
『私はディエチに『王道から外れた道』を教え、“戦闘機人”というカテゴリーから外すことであの変態に反抗がしたかった』
『それが真実だ』
「市街地でMSか・・・・悪趣味の極みだな。誰だってやりたくないに決まっている、なにも悔いるこはない。なあ“8”!」
『そう言ってもらえると嬉しい』
「安心しろよ、誰にも言わないから」
『すまない』
「証拠もないに言っても精神科を勧められるだけだしな。しかしッ・・・・管理局ってのも、お前の親も、この世界もイカレテいる。狂気に満ちているんじゃない、狂気そのものだ。俺が保障するよ」
『お前はどうするつもりだ?』
「何が?」
『管理局の者が目の前に現れた時、お前はどうするつもりだ?』
「話からしてキレイな“表”はヒロイズムに酔っているんだろう。まあ彼女たちが本当に話通りのことをやったんなら当たり前だ、簡単に許されることじゃないだろうし。戦わないのが最善だ、生身の戦闘ならあっちのほうが上だろうしな」
目が鋭く、口の端が開き、顔の皮膚が歪む。
「ただ・・本当の元凶が管理局の“裏”ってのが気に入らない。俺は戦場で人を殺す狗だけど、あっちは自分の身を肥やすために見境なく人の人生を食い漁るバケモノのような組織だ。もし、そのことに目をそらしてディエチやその家族を責める奴(身勝手な正義)がいるのなら、ソレは俺の“餌”だ」
怒りのままに。
「喰い殺して」
憎しむままに。
「喰い荒らして」
狂うがままに。
「喰い尽くして」
暴力のままに。
「喰い散らして」
欲望のままに。
「(ディエチを)奪うだけだ。肉の焦げる匂いを教えてやる」
歪んでいる。表情も、心も歪に悪鬼のように歪んでいる。
『シン!』
「ッ!・・・悪い、言い過ぎた」
何かに気付いたような仕草だった。
『今のは本気の顔だった。どうした、最近おかしいぞ?』
「9割が本気でけどな。アイツだ、ゲーリー・ビアッジと戦う度に“こんな”風になっていく。・・・・どうやら俺も本格的にイカレてきたらしい。自分が1番なりたくはないモノになっていくってのは吐き気がする、でもあの血が熱くなって渇きが潤っていく感覚は本物だった。ハハッ・・・・あの娘がそばにいてくれると平気なんだけどなぁ」
その声はすでに諦めの意思を含んでいた。まるで“前例”を知っているように。
「確かと言えるのはディエチがいる限り俺は正気で、もう1度アイツ(ゲーリー・ビアッジ)と戦えば本当にイカレルかもってことだ」
『お前は戦いから身を引くべきだ。手遅れになるぞ!』
「もうなってる、なっているんだ。戦場で敵を見る度に敵を効率よく墜とす映像が頭の中に浮かぶ、俺が俺に呟くんだ、ああやって殺せ、こうやって殺せってなぁ。でも、俺なんてまだマシなほうだぞ?」
これ以上五月蠅いのは嫌なので話題をそらすことにした。
『どういう意味だ?』
「昔、あの地獄の中で別の小隊が“人食い”になった」
『人食い?』
好奇心の塊が食い付いた、成功だ。
「ああ。あの頃は意図的に食料供給が減らされててさ、餓死寸前になった別の小隊が敵テロリストの焼死体を食ったんだ。それからそいつらは少しづつ体調が良くなった、答えは簡単、敵を殺したり食えそうな人の死体を見つけては食ってたからさ」
『その連中はどうなった?』
「死んだよ、人の死体を食い始めてから敵の攻撃を恐れなくなって、それが災いして蜂の巣になったらしい。滅多にない食料供給がきても手を付けずに人の肉を食ってたんだ、“何か”があったんだろう」
吐き捨てられるように言ったその言葉には悲しさが含まれていた。
『お前は食っていないだろうな』
「寸前で食料をわけてくれたのがロウ達だった。本当に感謝しているよ」
『お前の話は本当なのか?私の見てきた戦場にはそんな場面はなかった』
「本当だ、嘘や夢であってほしいがノンフィクションだ。道徳も法律もないあの戦場では強姦、拷問、麻薬、その他諸々の犯罪的行為は“敵”に対してなら何でも許された。お前が見てきたのは思想をぶつけ合って殺しあうだけのマシな戦場なんだろな」
『マシな戦場なんてあるのか』
「あるさ、戦火の爪痕も沢山見てきた。息子や夫を亡くして泣き続ける母親、1回の食事のために体を売らなければならない女、家族を養うために危険な仕事をする子供たち、泣くのはいつだって力のない人たちばかりだ。みーんな大切な人を喪って哀しい目をしてたけど俺たちには、守ってくれるからって優しくしてくれた。俺はその時に感じた無力感を今でも忘れられない」
少しだけ、ほんの少しだけ白い天井を見ながらあの赤とモノクロで構成された戦場の風景を思い出した。―――それがきっかけになるとは思ってはいなかった。
「ッ・・・!!」
戦闘中でもないのに種が割れるイメージが脳裏に浮かぶ。いつもとは違う、強引に叩きつけられる感じだ。
「ふぅーッ!・・ふぅーッ!・・・」
衝動がシンを襲う。内容は―――思い出したくもない。
「ぐ・・・ッ!!」
両手で頭を押さえ、なんとか歯を食いしばりそれを押さえつける。
ごくり、と唾を音を鳴らして飲み込んだ。
「っはァ・・はぁっ・・はぁっ・・・何なんだ、今のは?」
『大丈夫か?』
「ああ・・・。」
飲みかけのペットボトルに入っているミネラルウォーターを喉を鳴らして飲むと、それが堪らなく美味かった。


シン・アスカは知らない。
SEED(=Superior Evolutionary Element Destined-factor)は使えば使うほど使いやすくなる、それはSEEDに侵されていくとも言いかえられることを。
戦いの中で負った心の傷口に着々とSEEDの根が張っていっていることを。
自身が戦場という“環境”に適応するため進化していることを。
「喰」という言葉を使っていた間、左目の瞳から焦点が失われていたことを。
いつも見えるあの赤い種が弾ける前にひび割れ“芽”が出はじめていたことを。
知らないでいた。


「8、とりあえず話したんだから動画のデータを消してくれ、ディエチにばれたらと思うと俺は本気でビビッているんだ」
今のところ、SEEDのことよりそっちのほうが本人にとっては重要なことだった。安いな、SEED。
『消したぞ』
以外に素直だ。このとき裏があることを疑っていれば未来は少しだけマシだったのかもしれない。
『だが無駄だとは思うがな』
「どういう意味だっ!?」
不吉な8の言葉に、冷や汗が垂れる。
『噂をすれば何とやらだ。ではさらば!!』
そのままブツンと画面は切り替わり、もとに戻った。
「おい!どういう意味だッ、答えろ!!」
パソコンを掴んで叫ぶが返事はない。

「シンさん安静にしてないで何やってるのッ!?」

「あ」
間抜けな声を発するとともに、ディエチがドアを開けてそこにいることに気付く。自分の声は意外と響いてたらしい。
「や、やあ、ディエチさん。どうしたんだい?」
焦りでキャラが崩壊している、これはこれで面白い。
「何って、体を拭きにきた。縫って少ししか経ってないからお風呂入れないじゃない」
洗面器にお湯を張り、タオルを浸しながら言った。
「あー・・・そうだよな」
当たり前のこなのだが忘れていた。
「じゃあ脱いで」
「え?」
「服を脱がなきゃ拭けない」
「い、いいよ。自分で拭くからっ」
「何恥ずかしがっんの? もう全部見ちゃったのに」
「そうだけど!」
パンツの中まで見られたけど、抵抗はある。
「怪我人の時ぐらい怪我人らしくしてよッ!」
じらすシンに我慢ができなくなり、半ば強引に服を脱がそうとする。
「こんな、こんなところで俺――」
その時、再びドアが開いた。
「よおシン! 病人食じゃものたりねーだろ? バーガーでも・・・」
時が止まった。
通称『切り裂きエド』『南米の英雄』、エドワード・ハレルソンは見た。
ドアを開けると『羅刹』と呼ばれ恐れられている青年が茶髪の女の子に服を無理やり脱がされようとしいる光景を。
シンの表情は凍りついていた。ディエチはこの表情を生涯忘れないだろう。
「ああ、“そっち”を食う――いや、今から食われるのか。『切り裂きエド』はクールに去るぜ。ヤッタあと腹が減るだろうからバーガーはここに置いておくぜ」
エドワードはいい笑顔でバーガーの入った包みを適当なところに置いて告げた。その笑顔は「分かっている、若いんだからしょうがない」と言っていた。『白鯨』に飲み込まれた経験のあるこの男だからこそできる余裕である。
「あ、ちょっと待――」
「あとシン、先輩からの忠告だ。」
引き止めようとした。だが振り返ったエドワードの顔は優しく真剣だった。
「自分のワガママを相手に伝えるのも勇気の1つだ、俺はそれができずに女を泣かせちまったことがある。」
「・・・・」
その真剣さについ無言で聞いてしまう。エドワードの声には“後悔”の念が孕んでいたからだ。
「お前はそんなバカな後悔はするな、ワガママを言って後悔しろ。そっちのほうが楽だからよ」
余計なお節介かもしれないが、シン・アスカには必要な言葉だった。
「そんじゃ後悔しないようになッ」
エドワードは最後に小さく四角い何かをシンに投げ渡した。
「!!!?」
シンがそれをパシッとキャッチする、それは使い方次第で水が1ℓ入るゴム製品だった。折りたたまれているが、広げれば1ダースもある。
「使い方は分かるな? HAHAHA~ じゃ~な~」
そしてエドワードは去って行った。シンは何だか一気に疲れた。
「さっ――ワガママ言ってないでとっとと脱いで」
「・・はい」
もはや反論する気もなく、最後の気力でゴム製品をベッドの下に隠した。見つかれば気まずさ120%である。
とりあえず上半身の背中から拭くことにした。
「傷だらけだね。消さないの?」
目の前にある裸の体には沢山の傷があった。おかげで肌はデコボコになっている。
「細胞活性化治療は金がかかるし、どうせまたついていくし・・・・何より背負っていかなきゃならないんだ。一生消えなくても」
この傷を作った大半の人間たちはもう死んでこの世にいない。その最期の理由はこの男であり、傷の数は罪の数なのかもしれない。
「チンクと・・・同じことを言うんだね」
ふと悲しい声になった。どうやら家族のことを思い出させてしまったらしい。
「チンク?」
「5番目のお姉ちゃんだよ、見た目は一番幼いけど。・・・人を殺したことがあって、その時に負った傷を治せるのに治さないでいる」
「傷ってのは、思い出だ。知り合いに修羅場を潜りぬけてきた証として傷を残している傭兵がいる。」
ただ思い出が全て良いものだとは限らない。彼女の話からあっちにMSは存在しないことは知っている、
「その娘は辛かった・・・・いや、今でも辛いんだろうな」
つまり相手の死に様を見ている筈だ。その辛さは知っている、飽きるほど見てきたのだから。
「・・・次に会った時、私はどうすればいいのかな」
男の場合は「女を抱けばいい」と言えるのだが。
「簡単だ。俺と一緒さ、そばにいてあげるだけでいい」
「本当?」
「俺はそれで救われているよ。なんだったら、俺がその子の相手(いやらしい意味ではない)をしてあげてもいい」
「ダメ、児童ポルノ法で捕まっちゃう」
実の姉に対して結構ヒドイことを言っていることになるのだが気付いていない。
「マジかよッ・・・・今のノーカンな。これ以上手配書が増えるのは勘弁だ」
「手配書って何の?」
「確か最近のだと・・・・最後のウィンダム達を絶滅に追い込んだとかで」
現在ウィンダムは性能はいいが結果を出せていないおかげで生産中止になっており、最後に稼働中だったものを破壊したのがこの男だったのだ。
だが大半の連合兵はウィンダムやダガーLより105ダガーの顔つきが好きだったので気にしていないのが事実だ。
哀れウィンダム、ガンダムフェイスなら運命は変わっていたのだろう。
ふと少女は青年に疑問をもった。
「ねえ、思ったんだけど、シンさんっていくつなの?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「うん」
「今が17で、次の誕生日で18」
「え?未成年だったの!」
少女にとっては驚きの事実だった。灯台下暗し、というやつである。
「プラントならちゃんとした成人だよ。けどそれがどうかしたのか?」
「いやだって普通にMS操縦したり、銃撃ったり、煙草吸ったり、お酒飲んだり、Hな本やムービーディスクを持っているからてっきり20歳以上だと――」
「ちょっと待て」
聞き捨てならない単語があった、逃すわけにはいかない。
「え?」
「今なんて言ったんだ?」
出来得る限り平常心を保ってきた。嘘であってほしい。
「てっきり20歳以上だと」
「その前」
「Hな本やムービーディス――」
「なんで知っているんだ!? あれは床下の武器庫の中の筈だっ!・・・暗証番号はどうした!!」
「8が3秒足らずで解除した」
「あいつあとで鉛玉をぶち込んでやる・・っ!!」
騙された。奴は知っていただけではない、最後の壁をぶち壊していたのだ。
武器弾薬と一緒にしまうこの男もどうかとは思うが。
「しょうがないよ。シンさんも男の子なんだから」
眩しいくらいに慈しみの眼差しだった、
「やめろっ!そんな優しい目で汚れた俺を見ないでくれ!」
それがなお痛い。
この男、実は彼女がきてからというもの自家発電を行っていない。まあ、そのおかげで完治に2週間かかるといわれている怪我を細胞活性機と併用して3日で完治できそうな勢いなのだけれども、性欲は振り切れない。この男は今ある意味地獄にいるのかもしれない。
「そ、そういえばさッ! さっきエドワードさんが言ってたけど、ディエチにはワガママってあるのか?」
軽い気持ちだった。話題をそらすための軽い気持ちだった。

「誕生日が欲しい」
「え?」
ありえない、それがシンの認識だった。なぜならディエチはここにいる。
「冬季製造・・・ただそれだけだから」
「・・・ごめん」
「なんで謝るの? これから“決める”のに」
その声は子供が今から誕生日プレゼントをもらうように明るい。
「決める?」
「シンさんの誕生日は?」
「9月1日が俺の誕生日だけど」
「じゃあ私の誕生日は1月9日」
「1月9日って・・・それでいいのか?」
ただ単純にシンの誕生日の月と日を入れ替えただけだ。
「いいんだよ、冬の内なんだから。曖昧にした人が悪いし――これならシンさんの誕生日を忘れない、シンさんを忘れない」
振り向くと彼女は笑顔だった。有耶無耶な顔をしている自分が馬鹿らしくなるほどに。
「1つお願いがある」
「お願い? まさかHなこ――」
「違うッ!! 俺を――俺を忘れないで、覚えていて欲しい。」
この前とは正反対だ、変わってきてるのはディエチだけではない。一休みが終わったこの男は“明るいところ”に歩こうとしている。
「・・・・いつかさ」
「?」
「いつか私の誕生日をシンさんが「おめでとう」って言ってくれることに希望をもってもいいのかな?」
「望みは薄いぞ?」
「私が最初にこの世界に来たとき諦めたらそこで終わりだと言ったのは?」
「俺・・・だったな」
「そういうこと。シンさんの誕生日には私が「おめでとう」って言うし、その時にはナースの恰好でもしてあげるから」
「そのことについては忘れてくれないか?」
しかし、しっかりとディエチのナース姿を妄想していたあり隙がない。というより本心は見てみたい。
「やだ☆ もしシンさんが死んだら私は語り継ぐよ、『羅刹』と呼ばれたナース好きの傭兵がいたことを」
8の影響なのだろう。毒舌に磨きがかかってきた。
「俺のヘタレ化は止められないのか?」
「無理だね」
「即答かよ」
こんな楽しくバカバカしい会話はもう慣れた。日常になった。
「じゃあ前を拭こうか」
「ん、ああ頼むよ」
「あれ? 素直だね」
「どうせ、抵抗しても力じゃあ敵わないしな」
「実はもう1つあるんだ。身勝手なワガママが」
「なんだよ、普段大人しいのに珍しい」
「・・幸せに生きたい。許されないのかもしれないけど幸せに生きたい」
「それはワガママじゃないッ」
きっぱりと否定する、気持ちを振り絞っていてもそれが間違いなら。
「人なら当たり前のことだ。難しいけどみんな望むことだ」
「じゃあさッ・・・・責任とってくれるの? 私が幸せになりたいって言ったら」
「俺は言った――俺は君の新しい生き方が見つかるまで付き合うってな」
「じゃあさっ・・・」
「っ?!」
ひしぃ・・と前からディエチに抱きつかれた。戦いを忘れさせる彼女の前だからこそ、シンは反応できなかった。
彼女の吐息が左耳にじかに伝わる、鼓動が早くなっていく。“あの感覚”とは違うが、熱く狂いそうで、目の前の彼女を襲ってしまいそうになった。
ギリギリ聞き取れるような小さく震える声で彼女は言った。

「私を・・・・家族にしてよ」

「家族?」
唐突なその言葉に戸惑う。
「うん、今だけでいい。『ディエチ・アスカ』の間だけでいいから、なんでもするから、あの本みたいにシンさんの好きにしていいから。・・・・不安で恐いんだ。もしこのまま発見されずに家族と会えないままだったらとか、自分のやってきたこととか、シンさんは出撃してちゃんと帰ってくるのかとか、償うとは決めていてもこの先どんなふうになるのか分からない・・・・胸が張り裂けそうなくらい恐い。諦めたわけじゃないけど、もう――“独り”は嫌なんだ。・・・・抱きしめてよ!」
肩の肌が濡れていくのが分かる。
指先が、手が、腕が、体が、瞳が震えていた。今にも壊れそうなくらいに。
いや壊れかけていた。一か月以上にわたる現在、過去、未来がもたらす尋常ではない不安は拷問に近かったのだろう。
きっかけはエドワードの言った「ワガママ」という言葉。それにより壊れる寸前まで溜め込んでいたものが噴出した。逆に言えばこの言葉を聞かなければ心が壊れていただろう。
最大の原因はシン・アスカである。2人は親しくなった、親しくなり過ぎてしまった、“家族”のように。

「・・・・」
言葉が出なかった、震えている声が心に痛い。
「やっぱりダメ・・・・だよね。子供に向かって引き金を引いただけじゃなく、利用した私には資格がな――」

「そっか――マユにおねえちゃんができたのか」
割り切る強さという鎧が彼女には心にはあった。でも、その鎧を剥いだのは―――俺だ。

「マユって確か・・・じゃあ」

「なあディエチ、家族なら“さん付け”をやめてくれないか?」
鎧を無くした彼女はただのか弱い女の子になった。だから苦しんで怯えている―――俺のせいだ。

「それだけは絶対にやだ。シンさんはシンさんだからずっとシンさんって呼ぶ」
戦闘中の『羅刹』と呼ばれるシンを知らなければできていただろう。だが知ってしまった、シン・アスカのもう1つの悪鬼の顔を。
不安になる。目の前にいる男がまったく別の手の届かない存在になってしまうのではないかと。
だからこそ『シンさん』と呼び、繋ぎ止めておきたかった。
「でも、分かっているの?私はシンさんを利用しようとしているんだよ、自分勝手な都合で」
「騙されるのと悪役はなれているよ。俺も家族が欲しかった、ちょうどいい」
違う。家族が恋しかった寂しさを無意識に彼女で埋めようとしたのは―――俺の身勝手だ。

「なんで・・・そう優しくしてくれるの?」

「君を抱きしめたいからさ」
馬鹿野郎だ。俺は自分の幸せのために彼女を壊しかけた―――救いようのない大馬鹿野郎だ。
考えてみれば必然だったのかもしれない。彼女の家族は特異で、その絆は何より大切だったはずだ。
彼女は家族のことを思い出して、自分の罪を思い出して毎晩のように泣いた。まるで俺の代わりに悪夢を見続けているように。
それなのに俺は曖昧な存在でい続けた。別れの時、自分が傷つくのが怖かったから。
でも、“家族”という穴が空いたなら、消耗品の俺は喜んで代用品になろう。

「もうやってるじゃない。そういうセリフは普通もう少し悩んでから言うものだと思うけど」
「俺みたいな男は明日にもデットエンドかもしれない、なら今を十二分に楽しみたいじゃないか」
「長生きする気0だね。ほっておけないよ」
「でも、俺を“死にたくない”から“生きたい”に変えたのは君なんだ。つきあってくれよ?」
似ているようだが意味はまるで違う言葉だ。後者には“希望”が含まれている。
「じゃあ――私は何をすればいいの?」
「んー・・・朝のおはよう、夜のおやすみ、昼間の家事、出撃の征ってらっしゃい、生還のお帰り・・・大体やってるな。」
「そうだね」
「そうだッ」
「何?」
「もっと俺に甘えてくれ」
「・・・いいの?」

「俺がさびしい。今から君はこの世界でたった1人の俺の家族だ。遠慮は無しにしよう、言いたいことは言い合おう、泣きたいときは俺が受け止めよう、笑いたいときは一緒に笑おう」
なら背負おう、世界が敵でも俺は1歩も引かない。俺はまた剣をとって、迫ってくる敵は全て―――切り裂いて、薙ぎ払って、逝かせよう。

「私は甘えるよ? 姉妹の中で苦労してた分おもいっきり、重たいくらいに」
「“家族の絆”より重たいものを俺は知らない。それに――」
他人から見れば家族ゴッコと言うものもいるだろう。
寂しさが煽った恋なんて幻と言うものもいるだろう。
だが人は独りでは生きてはいけない、2人なら生きていける。
“本当の孤独”を知っている2人だからこそ、互いを大切にできる。

「君がいるから“こっち側”にいられるんだ。頼む、俺を繋ぎとめてくれ」
恐い。自分という1つの存在が恐い。
「本当は許されないのかもしれないけど、私は今―――幸せなんだ」
恐い。世界という全部が不安で恐い。

本当の孤独を知る2人は一時的な家族になった。
孤独ではなくなった彼女の涙はようやく止んだ。
機人から戦闘をとれば「人」が残り。
鬼人から戦場をとれば「人」が残る。
「人」という字は孤独な「一」と「一」が互いを支えあって成る、のかもしれない。
2人はごく普通の男女のようだった。
2人の心は裸だった。




この娘の心の弱さに付け込んだ自分を俺は正しいなんて思わない。
誰かに許しを乞うつもりはないけど、マユはこんな俺を軽蔑するだろうか?
ただ言えるのは。
俺はこの娘を守って死ねる時、俺は幸せだと笑って死ねるってことだ。
イカレル覚悟はできた。

この人の心の優しさに付け込んだ弱い自分を私は許せない。
この人の死んでしまった家族は、身勝手な私を恨んで憎むのかな?
ただ言えるのは。
この人が望むのなら―――私の全部を差し出せるということ。
心が痛い、この気持ちは何?

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最終更新:2010年09月15日 22:35
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