悪夢のような
誕生日パーティーの翌日。 主役にして被害者の1人であるシンは、医務室のベッドに寝ていた。
彼の食べたショートケーキは、ヴォルケンリッター参謀、“湖の騎士”シャマル手作りのものだったのだ。
その味たるや何と形容するべきなのか……少なくともシンのボキャブラリーにそれを表す言葉はなかった。
だが、シン本人は自分が食べたショートケーキがシャマルの作ったものだとは知らない。
というのも、シンはケーキを食べた直後に気絶してしまい、その後の嵐のような出来事を全く知らないからだ。
「はぁ……もう体は大丈夫だから休んでろって言われても暇なんだよなぁ」
意識が戻ったのは昨日の夜。 その後軽く食事を取ってからはやて隊長と少し話し、その後すぐに寝たので今はもう心身共にスッキリしている。
こうして休んでるのは、機動六課のトップである八神はやて部隊長の強い主張のためだ。
今朝見舞いに来たフェイトさんの話によると、彼女はまるで自分の事のような必死さで自分となのはさんに
俺を1日休ませることを陳情したのだという。
なんでそこまでしてくれたのだろう? もしかしたら責任を感じてるのだろうか。
現に昨日医務室に来てくれた時も何度も謝ってくれたし、そう考えるのが自然だろう。
もっとも、俺は初めからあまり怒ってはないし、あんな毒ケーキを食べる事になったのも自分の運が悪かったんだろうし。
過ぎたことをいつまでウジウジ言っててもしょうがないし、もう気にしていないとはやて隊長に言ったんだけど
どこか浮かない表情をしてたのが気になっていた。
もう一度ちゃんと話しよう、などと思いながら天井を眺めていると、突然ブザーがなった。
ノロノロと体を起こし、スピーカーに向けて入室を促す旨を伝えると、一刻置いてドアが開く。
「お邪魔するわよ~」
入ってきたのはティアナ。 制服姿の彼女は小さな紙袋をベッド脇に置き、
椅子を引っ張ってきてベッドのそばに座る。
「あれ、訓練はどうしたんだよ?」
「まだ昼休みよ。それに、午後からはオフィスでの仕事になったから」
「あぁ、そうなのか」
「で、体調のほうはどうなの?」
「もう何ともないさ。 念のためもう1日休んどけって言われたけど」
実際のところ、“念のため”というのがどういうことかわからないのだが、あそこまで強く休めと言われちゃ
断るのも気が引けるわけで。
「なるほどねぇ。だから私達にあんたの仕事がまわってきたわけか」
「う……ご、ごめん」
「ま、別に良いわよ。こう言っちゃなのはさんに申し訳ないけど、訓練よりは疲れないし」
「そんなに凄いのか?あの人の訓練」
「あんたエリオと同室でしょ?あの子の疲れ具合とか見てるでしょうに」
そう言われてみれば、確かにエリオはくたくたになって部屋に帰ってくるし、ベッドに入ったらすぐに
寝息を立て始めることが多い。
そんな彼の様子を見てると、自分もザフトの士官学校に入った当初は毎日ヘロヘロになってたなぁ
なんて思い出してたりするのだが。
ふと、物思いに耽っていると、何やらシャリシャリという音が聞こえてくる。 気になって横を向くと。
「それ、リンゴか?」
「見ればわかるでしょ。それとも他の物食べたかった?」
「いやぁ、そういうわけじゃないけど……」
リンゴといえばお見舞いの定番だしな。 まぁこっちの世界にもリンゴがあるのか、なんて思いかけたけど
食文化が殆ど変わらないのだからそれも当たり前か、と自己完結で納得した。
「何よその目……」
そう言いながらティアナが突然睨んでくる。 まて、確かに俺は目つきが良いとはいえないけど
睨まれるようなことはした覚えがないんだが。
「私がリンゴを剥いてることがそんなにおかしいのかしら?」
「そ、そんなこと言ってないだろ。ちょっと珍しいって思っただけだって」
今言ったことは半分事実で半分嘘かもしれない。 いや、そんなことより睨んでくるティアナが恐いんです。
手に持ってるのは果物ナイフのはずなのに他の刃物に見える。
包丁? いや、むしろ鉈だな……。
ヤバい、そんなこと考えてたら変な汗が出てきた。 これ以上あれこれ考えるのは止めよう。
「ほら、せっかく剥いてあげたんだから味わって食べなさい」
いつの間にか食べやすいサイズにカットされ、皿に乗せられたリンゴとそれを差し出すティアナを見比べる。
「剥いてもらっといてなんだけどさ……ちょっと恩着せがましくないか?」
嗚呼、“ちょっと”以降が小声になってしまうのが悲しい。
「何か言ったかしら?」「ナンデモゴザイマセン」
……今のティアナには俺の得意なナイフ戦を挑んでも負けそうな気がする。
ちょっと酸味が強めなリンゴを頬張りながら、疑問に思ったことを口にする。
「にしても、俺が食ったケーキには一体何が入ってたんだろうな?」
「私が判るはずないでしょ。何、そんなに不味かったの?」
「あ~不味いっていうかなんつうか……表現する言葉が見つからないな」
2つ目のリンゴを手に取りながら考えてみるが、どうしても表現できない。 唯一言えることは人間
いや生物が食べるような物ではないということだろうか。 恐ろしや恐ろしや。
「ふ~ん、それなら私まで順番が回ってこなくてよかったわ。いくらゲームでもあんな目には遭いたくないしね」
「そういやお前、結局食べなかったんだよな?」
「私はね。あの後スバルがチーズケーキ食べてまた一騒ぎあったんだけど」
「スバルが?あいつならさっき来たけど普段と変わらなかったぞ」
「そりゃそうよ。別に倒れたとかそんなんじゃなかったんだから」
「じゃあ、どんな事が起きたんだよ?」
「……知らないほうがいいわよ」
余計気になるじゃないか。 俺から目を逸らしてポツンと呟かれちゃ。
だけどこの様子じゃ問い詰めても話してくれそうもないし、逆に問い詰めてる俺の方が変に思われるかもしれない。
そう思われるのは癪なので止めておこう。
そう結論が出たのは、3つ目のリンゴを口に入れた時だった。
シンの誕生パーティーで行われたケーキルーレット。 けれど、それがゲームとは名ばかりで、その裏にとんでもない
計画があったことを私は知っていた。
私がそれを知ったのは今から2週間程前。 訓練が半休になったので、本局の無限書庫へ行った時だった。
六課に入って少し経ってから、訓練の合間を使って執務官試験のための勉強をしていた。
半年に一度行われる執務官試験は非常に合格率が低く、フェイトさんですら2回も落ちているらしい。
早いうちから勉強しておく事に越した事はないので、スクライア司書長にも協力して貰い無限書庫でテキストや資料を探して勉強していた。
その日、私はお借りしていた資料を返却するために無限書庫を訪れていた。
係員に資料を渡した後、スクライア司書長に挨拶していこうと思い彼を探していたところ
他の司書達から離れた場所で彼の姿を見つけた。
けれども……そこにいたのは司書長一人だけではなかった。
「ごめんなぁユーノ君。忙しいのに手間取らせてもうて」
「気にしなくていいよ。最近は特に急ぎの仕事は無いからね」
この独特の口調――カンサイベンだっけ?――で喋る人物はは私の知る限り1人しかいない!
「はやてのほうこそ大丈夫なのかい?最近よく来るけど」
「平気平気。やることはしっかりやってから来とるしな」
なんで八神部隊長がここに? 確かに本局に行くとは言ってたけど……。
いや、そんなことより周りに人がいない所で何してるんだろう?
不思議に思い少しずつ近付く。 この時、どういうわけか本棚の陰に隠れながら慎重に近付いていってることに
心の中で苦笑。 日頃の訓練が体に染み着いているのかな……こんな所で発揮しても意味無いんだけど。
あまり近付くと気付かれる可能性があるけど、遠過ぎると何を話しているのか聞き取れない。
――いや、殆ど唯一だが聞き取れた単語があったわ。 それは……「シン」という固有名詞。
少し前から私は「シン」という単語に敏感になってしまっていた。 それどころか、シンの姿が目に入ると
何か頭がモヤモヤとしてきてしまう。
やっぱり同年代の男の子っていう意識があるからだろうか。 陸士学校時代にはそんな感情を持つことはなかったのに。
……女性ばかりの六課に配属になってからだいぶ経っていたし、ちょっと敏感になっていたのかもしれないわね。
うん、そういうことにしておくのが一番。 決して恋なんてものではないわ。
今の私には恋などしてる時間なんてないんだから。
でも……それでもシンが誰かとこ、恋人になるのは気に食わない。 理由などなく、ただそうなる事が気に入らない。
事あるごとに八神部隊長がシンをかまっているのを見ていると、イライラしてくるのが自分でもよくわかる。
だからこそたった今、八神部隊長の口から発せられた「シン」という言葉に反応してしまったのかも……。
って何一人でゴチャゴチャ考えてるんだろ私。 とにかく八神部隊長が何をしようとしてるのかを調べるべきね。
それから私は八神部隊長に誘導尋問をかけたりした。けれども相手は手練、なかなかボロを出してくれなかった。
ならばもう一つの方法、相談を受けていたスクライア司書長に聞くというものだ。
幸い執務官試験の勉強という理由があるので、時間さえ許せば無限書庫に行くことができる。
フェイトさんに教われば良いじゃない、なんて指摘も華麗にスルー。 スバルだけはしつこく聞いてくるから
お尻を抓って黙らせといた。
「ティアナ、無限書庫に行くのもいいけど、私だって力になれると思うんだ。どうかな?」
「お気持ちはありがたいんですけど、フェイトさんも忙しいと思うんでまた次の機会にお願いします」
◇
「どうしたんですかフェイトさん?」
「廊下でorzされると邪魔なのだがな」
「ほっといてください。私だって、私だって教えることぐらい……」
床にのの字を書きながら愚痴り始めたフェイトさんから理由を聞き出すのにはちょっと時間がかかった。
どうやらティアナが原因らしいが、状況を聞く限りただフェイトさんがネガティブ思考なだけなんじゃ?
「ふ、お前は二浪してるからな。ティアナもお前に教わるのは不安だったんじゃないのか?」
「!!」
「え、二浪?」
シグナム副隊長が放った言葉を思わず復唱。 途端にわなわなと震えだすフェイトさん。
あれ、もしかしなくても俺ってマズいこと言っちゃった?
思ったことは何でもかんでも口に出すことではない、という事の良い例かもしれないなこれ。
それにしても……隣で微妙にイヤらしい笑みを浮かべてるシグナム副隊長が気になる。
普段はこんな笑い方をするような人ではないはずなのに。
と、いじけていたフェイトさんがゆらりと立ち上がる。 何だか近寄り難い雰囲気を醸し出しているのが恐い。
「ん?どうしたんだテスタロッサ?」
「シグナム……貴女に私の事がバカにできるんですか?」
「……どういうことだ?」
「いくら教官資格を持ってないからって模擬戦以外の訓練にはほとんど姿を見せず、
内勤の時には私に仕事を回してばっかりじゃないですか」
「『ばっかり』ではないぞ。私は事務仕事なんかは手際が悪くて遅いのでな。仕事を効率良く進めるためには必要なことだろう」
随分ハキハキと言うな……自慢できることではないだろうに。 というか俺にもシグナム副隊長の分の
仕事が回ってきてたりするのだろうか?
立場上、面と向かって文句を言えるわけではないが、何かムカつく。 決して口には出さないけど。
「そんなことだから『ニート』なんて呼ばれるんですよ」
次の瞬間、時が止まった。
いや、時が止まるなんてことないだろう。 そんな魔法は存在しないとはやて部隊長も言ってたし。
言い換えれば俺達3人がいる周りの空気が凍り付いたということか。
フェイトさんには珍しく、抑揚の無い声で発せられた今の台詞。 よく見るとフェイトさん自身も無表情だ。
対するシグナム副隊長は引きつった表情を浮かべている。
この場を支配する奇妙な静寂。 昼間のオフィスなのに喧騒の一つも耳に入って来ない。
この世に生を受けて早17年、こんな体験は初めてだ。
何も変化は起こらず、ただ刻一刻と時間が過ぎていく。 30秒か、1分か、それとも1時間だろうか?
もはや時間の感覚すら定かでは無くなってきた頃……。
《Sonic Move》
突然響きわたった男性の声を模した機械音声。 それがフェイトさんのデバイス、バルディッシュのものであると
俺の脳が認識した時には、目の前にいたはずのフェイトさんは忽然と居なくなっていた。
取り残された俺とシグナム副隊長。 これは……非常に気まずいシチュエーションだなオイ。
ここは波風立たせないように退散した方が得策か。
「――アスカ、ちょっと付き合え」
突然襟を掴まれ俺の思考は止められた。 しかもズルズルと引きずられていってる!
「ちょ、離してくださいよ!だいたいどこへ行くつもりですか!?」
「訓練場に決まってるだろう。汗と一緒に鬱な気分を流すためだ」
「アンタって人はぁぁっ!そんなんだからニートだなんだって言われるんだよ!」
「だ、黙れ!訓練はTraining、すなわち最後のTは抜けるのだ!」
「ちょっと待て、そのTrainingってのはニュアンスが違いませんでしたか?」
「気にするな。私は気にしてないぞ」
「気にしろぉぉぉっ!」
数時間後、医務室に運ばれることになった俺。 何かが弾けた気がしたけど最終的に『シデンイッセーン』で叩きのめされた。
それは、誕生日の3日前の出来事……。
◇
「こんな短期間に医務室の世話になるなんてなぁ。コーディネイターの頑丈さってのが嘘みたいだぜ」
「いいからさっさと食べちゃいなさいよ。酸化して変色しちゃうから」
思わず口から出た俺の変な発言をサラリと流すとは。 いや、関心が無いだけなんだろうけど。 小さく息を吐きながら
俺は残り少なくなったリンゴを口の中に放り込んだ。
最終更新:2008年08月08日 01:48