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タピオカ丼氏の擬人化ネタその3

ある何の変哲も無い夜 前編


よどみ無くペンを走らせながらシンは内心、声紋認証等存在せず、未だに紙媒体をメインに用いている『この世界』の文明のレベルに嘆息する。
ざっと街中を見渡した限り、木材を多く使用しているこのホテルの内装は、趣を醸し出すためのものではない。
このホテルは、この街、否、この世界においては何の変哲も無い平均的なホテルなのだとうかがい知れる。

「シン・アスカ様とティニー・アスカ様ですね。御兄妹でいらっしゃいますか?」
「ええ、まぁ……」

ホテルの主人、年の頃は40~50くらいのでっぷりとした男だ。
シンの背後に行儀良く控えている金髪の少女を見つめる瞳にありありと下卑た好奇心が浮かぶのを、吐き気を堪えつつぶっきらぼうに答える。
金色の滑らかな髪を二つに結い、キメ細やかな白い肌に、清潔感のする青いワンピース姿の少女と、黒髪、黒服、色白の中に血を一滴零したような
紅い瞳のシンが兄妹ではないだろう事ぐらい誰でもわかる事だ。
今更好奇の視線に晒される事に対してムキになって否定しようとは思わなかった。
果たして、この主人の目に自分と少女は人買いと売られた娘に映っているのだろうか、それとも誘拐犯とどこぞの令嬢に映っているのだろうか。
自分に向けられる視線が主人だけではないことに気付く。
視線は一階の受付と繋がっているサロンにいる男性のみならず女性客からも向けられているのにこっそりと溜息を吐く。
こういう文明の発達の遅い所ほど不思議なくらいに余所者への嗅覚がよく働く。

放っておいてくれとシンは言いたいのをグッと堪えながら、部屋のキーを受け取る。
これまた、金属のはめ込み式のキーである事に、いよいよシンは溜息を漏らす。
サロン内の空気といい、これでは産業革命時代以前の世界だ。

とりあえず、屋根のある場所で、温かい寝床にありつけただけ良しとして、シンは早々に番号の示す部屋へと向かう事にした。






部屋の宿帳に記入する主の背を見つめながら、デスティニーはサロン内の人間を見渡す。
人間では聞き取れない言葉が、彼女の耳に次々と入ってくる。

『ちょっと、あの男の人かっこ良くない?』
『ええ?怖くない』
『ちょっと怖いくらいがいいんじゃない』
『わかるわかる、何かワイルドっていうか攫って欲しいって感じ』
『この街にいるような辛気臭い男とは違うよね。一緒の子妹かな』
『似てないわよ……まさか恋人?』
『あははは、無い無い。お嬢様がボディーガード連れてお忍びで来ているとか』

『あの娘…可愛いなぁ、オイ』
『お前、そんな趣味あったわけ?』
『いや、無ぇけどさ、アレくらい上玉なら突っ込んでみてぇ』
『お前、行ってアプローチかけてこいよ』
『バッカ、一緒の男見ろよ、あれ絶対ヤベェって』

下らなく、下種な会話に、少女は溜息と共に集音機能を下げる。
女性客のシンに向けられる憧れや、物欲しげな視線と、自分に向けられる妬ましい視線に、少女は軽い優越感を覚える。
シンに自覚は無いが、彼の見目は相当に一目をひきつける。
少年時代は雰囲気、言動の幼さが目立つため意識されてこなかった端整な顔立ちが、二十歳を越える事で精悍さと共に際立つようになった。
絵本の王子様のような外見ではなく、ホラーに現れる吸血鬼のような妖しい魅力を放つ彼に、女性は度々視線を釘付けにされる。
少女は、そんなシンに向けられる視線を感じ取るたび、背筋をゾクゾクとした快感にも似た悦びが走るのを覚える。
彼の唯一の所有物であるという悦びだ。
彼に道具として扱われるのも、苛立ちをぶつけられるのも、性の捌け口になるのも、全て自分だけに権利があるという事実。
その事に十派一絡げの女性達と、そして消失してしまった『彼女』への優越感を覚える。

デスティニーが視線を主に戻すと、キーを受け取ったシンに一人の少女が近付いてきた。
年は外見的にはデスティニーよりも3つ4つ下くらいの、恐らく10歳前後の少女だ。
少女は、サロンにいる女性達とは異なり、不快感の無い、好奇心でキラキラと輝いた瞳をシンに向けている。
久しく接する事の無い視線に、無感情とさえ言えるようになった鉄面皮に微かな困惑を滲ませる。
デスティニーは、即座に主の困惑の原因に思い当たる。

年の頃と、躍動感に満ちた少女に、失った彼の妹を重ねてしまっているのだ。


「ねぇ、ねぇ、お兄ちゃん。お兄ちゃん外国から来た人なの?」
「こら、お客様に失礼だぞ!!」

デスティニーは、少女の肌の色、瞳の色、その他の生態情報から、彼女がこのホテルの主の娘なのだと察する。
しかし、少女は父親の意見に耳も貸さず、シンを珍しげに見上げている。

「ねぇ、ねぇ、どっから来たの~?」

シンは、微かに口元を緩めると、しゃがみ込んで、少女の頭を撫でる。

「ずっと、ずっと遠い所からだよ」

「ええ~~」

少女はその答えに不満だったのか、この世界の外国にあたるだろう国々を挙げながら首を捻っている。
平謝りに頭をぺこぺこと下げている主人を手で制しながら、シンは苦笑じみた柔らかな表情を浮かべ少女を見つめる。
少女は、真っ直ぐに端整な顔立ちの青年に見つめられたのが気恥ずかしかったのか、頬をリンゴのように赤く染める。


「ねぇ、お兄ちゃんの来たところのお話聞かせてくれる?」

「…………ああ、いいよ。ただ、今日はもう疲れちゃったから、明日でもいいかな?」

「うん!!ありがとうね、お兄ちゃん!」

少女は、パァッと瞳を輝かせると、叱り付ける父親の声など何処吹く風というように、カウンターの奥へと引っ込んで行ってしまった。
それを、暫らく珍しいほどに優しい瞳で見送ると、普段の無表情に戻り、頭を下げる主人を無視して部屋へと向かって行った。
デスティニーは、それに倣ってシンの後を付いていきながら、根の部分では過去の残滓を拭う事の出来ない主の背を無機質な瞳で静かに見ていた。







「えへへへ…」

少女は、ドキドキと高鳴る胸を押さえながら、何度目かになる寝返りをうつ。
今日、いつもと変わり映えのしないサロンの酒気と喧騒にウンザリしていたところに現れた黒服の端整な顔の青年と金髪の人形のような美しい少女。
身に纏う空気が、今まで見てきたどんなお客とも異なり、まるで何かの物語の登場人物のように思えた。

「きっと、あの子がお姫様で、あのお兄ちゃんが騎士様なんだわ」

うっとりと夢見るようにシンの顔を思い浮かべながら、明日が早く来ないだろうかと思い少女は目を瞑る。
しかし、少女は気付いていなかった。

自分の顔を蛇の舌が舐めるように、黒い何かが這いずっているのを。







「ッ!?」

異変に最初に気付いたのはデスティニーであった。
聴覚が捉えたモノに、少女は、そっと窓辺に歩み寄る。
窓枠に腰掛けながら、ミネラルウォーターの瓶に口をつけているシンに呼びかける。

「マスター…」

「どうした?」


窓の外から視線を外すことなくシンは短く答える。
それを気にするでもなく、少女は淡々と自身の察知した異変を報告する。


「どうやら、アサキムが先回りをしていたようです」

特に驚いた風でもなく、シンは水を一気に飲み干すと、窓の外に乱暴に瓶を投げ捨てる。
ガツンと鈍い音が、何かに当たった事を二人に伝える。

「みたいだな。このホテルが囲まれてる…」
「いえ、僭越ながら訂正いたします。正確にはこの部屋がです」
「…………ここの客もか?」


デスティニーが頷くよりも先に、木製の扉がけたたましい音と共に破裂する。
二人は欠片の動揺も見せずに扉を振り返ると、サロンにいたと記憶していた男が、ショットガンを握り締め、立っていた。
その背後には、同じく、サロンで見かけた顔ぶれがチラホラと見られる。
男がショットガンを向けるより早く、シンはコートの内側にしまっていた拳銃で男の眉間を撃ちぬく。
もんどりうって倒れるかと思った男は、頭が床にぶつかるすれすれのところでゆっくりと起き上がる。

そして、シンは初めて感情の一端らしきものを覗かせる。

それは苛立ち。

男は、打ち抜かれた眉間の風穴、そしてトマトの爆ぜる音と共に、眼球から黒い羽の絡みついた触手がぬるりと飛び出す。
ようやくシンは腰掛けていた窓枠から立ち上がると、傍らの少女を横目で見る。
それだけで理解したのか、デスティニーは頷くと、身体を粒子かさせる。


「相変わらず芸がないな……アサキム。モンスターが無い世界では必ずコイツらを使う辺り」


嘲笑と共に、唇を吊り上げるシンの腰に銀色の金属製のベルトが形成される。
手にしたカード入りのパスをシンは慣れた手つきで素早くバックルにはめ込む。



『変……身……』



乾いた声で、シンはその一言を呟いた。


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最終更新:2009年02月06日 22:12
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