「ぐふふふふ……シンの部屋に侵入成功や」
「ですー」
怪しげな笑い声と共にベッドへ忍び寄るyagami(+1)に、シンは取り敢えず枕を投げつけて迎撃した。
「ぶほっ!? い、いきなり何するんやシン!」
「不意討ちとは卑怯ですー!!」
「ドやかましい、この不法侵入者共が」
憤慨したように拳を突き上げながら抗議するyagamiこと八神はやてと、その肩の上でぷんすかと顔を紅潮させるリインフォースⅡを軽くあしらい、シンは再びベッドに横になる。
「……で、一体何の用ですか? 這い寄るyagami」
「ちょ、そんなどこぞの邪神みたいな呼び方やめてー!?」
涙目になりながら猛抗議するはやてを無視して、シンは布団を被り直す。
「もう……シンが風邪ひいたって聞いて時空も次元も突破して会いに来たゆーのに、シンのいけず」
「何しに?」
「勿論、夜這いに!」
しっかり這い寄ってるじゃねーか。
つき合っていられないとばかりにシンは寝返りを打ち、はやてから視線を外して壁の方へと顔を向ける。
便乗がいた。
「うをっ!?」
いつの間にか布団の中に潜り込んでいた便乗――フェイト・T・ハラオウンに驚き、シンは弾かれるようにベッドから飛び退いた。
動悸が激しい、急激な運動に風邪で弱った心肺が悲鳴を上げているのだろう。
「な……フェイトちゃん!?」
フェイトの出現に、はやてが狼狽えたように声を上げる。
「添い寝なんてうらやm――じゃなくて、抜けがk――でもなくて! あんた一体何やっとるんや!?」
「ですー!」
猛然と叫ぶはやてと、ここぞとばかりに自己主張するリインフォースⅡに、フェイトは可愛らしく首を傾げる。
「え? だって――風邪には人肌が一番だって母さんが言ってたから」
「「何ぶっ飛んだこと教えてるんですか(るんや)リンディさぁぁぁーーーん!?」」
不思議そうに尋ねるフェイトに、絶叫にも似たシンとはやての声がユニゾンする。
その時、まるで氷の刃物で撫でられたような不快な悪寒が背筋を奔り、シンは背後を振り返った。
――冥王がいた。
「シン君、それにはやてちゃんにフェイトちゃんも……皆何やってるのかなぁ?」
「な、なのはさん……」
まるで天使のように可憐な笑顔を浮かべながら、槍にも似た攻撃的な形状に変形した魔杖の先端を突きつける高町なのはの貫録は、まさに冥王と呼ぶに相応しい。
「な、なのはちゃん? これはな……」
必死に言い訳を試みるはやてを視線一つで黙らせ、なのはは魔杖レイジングハートに搭載された魔力カートリッジをロードする。
一つ、二つ、三つ……まるで龍の頭のような意匠の魔杖頭部の付け根から、消費されたカートリッジが次々と排出され、空薬莢が山のようになのはの足元に積み上がる。
「……少し、頭冷やそうか?」
死刑宣告だった。
冥王の裁定にシン達全員が全力全壊を覚悟したその時、空気の抜けるような開放音と共に新たな人影が自動扉の向こうから現れた。
「シンくーん、お見舞いに来ました……よ?」
見舞い品らしき果物入りの籠を抱えて部屋に入って来た、どこか幸薄そうな黒髪の女性――セツコ・オハラは、目の前の光景に絶句した。
ベッドの上の金髪美女、這い寄るyagami、そしてフル装備で武器を構える天使のような管理局の悪魔……一体何事!?
「お、お邪魔しましたぁ!」
数秒の硬直の後、このカオス極まりない構図をどう解釈したのか、セツコはシン達に背を向けて部屋の外へと駆け出した。
長い前髪の下から覗くセツコの目元には、涙の粒が光っていた。
「ちょ……違っ、セツコさん!? ていうか行かないで、助けてぇ!」
シンの懇願の声も空しく、自動扉はぴしゃりと音を立てて固く閉ざされる。
嗚呼、行ってしまった……がっくりと肩を落とすシンの背後に、しかし新たな異変は着実に忍び寄っていた。
――ンガイ・ングアグアァ・ブグ=ショゴグ・イハァ、ヨグ=ソトース、ヨグ=ソトース……。
歌が、聞こえる。
――イグナイィ・イグナィイ・トゥフルトゥクングア、ヨグ=ソトース。イヴトゥンク・ャフイエ・ングルクドルゥ……エエ・ヤ・ヤ・エャアア、ングアァ、ングアァア!
どこからともなく聞こえてくるこの歌声に喚ばれたのか、まるでシャボン玉のような虹色の球体が現われ、部屋の中をふわふわと浮遊する。
――顕れ給え、外なる虚空の闇に棲まいしものよ。顕れ出で給え、時空の彼方に留まりしものよ。門にして鍵なる神。全にして一、一にして全なる神よ。
朗々と響き続ける歌声に合わせるように、虹色の球体はまるで細胞のように分裂と増殖を繰り返し、段々とその数を増していく。
虹色の球体、虹色の玉。
球、玉、弾、珠。
球球球球球球球球球球球球球球球珠球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球弾魂タマ玉たまTAMA珠球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球球○○○○○○○○●●●●○○●○●●●●●●●○○○○●●○○○●○●○○○○○○○○○○○○○○○○○○○●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●○○●○●●●●●●○○○○○○○○○○○●○○●●●●●●●●●●●。
虹色の球が部屋の中を埋め尽くす、虹色が世界を侵食する。
それは黄金の王冠を戴く駱駝、それは巨大な牡牛にして恐るべき王、それは偉大なる君主、それは鉄の冠を戴く赤い男、鴉、暗雲、白蛇、蝿、禿鷹、巨人、蟇蛙……。
そして声は告げる。
――顕れ給え、顕れ出で給え……我が父君!
虹色の球体が一つに集積し、この世ならざる異界の光を放ちながら結晶化して実体を結ぶ。
それは一枚の扉だった。
ただの扉ではない、扉の属性を持つ神性である。
それは静止した『現在』であり流動する『過去』であり蓄積された『未来』、全にして一、一にして全なるもの、門の鍵を守護する外なる神――ヨグ=ソトース!
ヨグ=ソトースの扉が断末魔に似た軋みを奏でながらゆっくりと開かれ、扉の向こう――あらゆるものが歪み蠢く混沌とした世界から大小二つの影が姿を現わす。
それは人外じみた美しさを持つ金色の少年と、闇色の豪奢なドレスに身を包んだ黒い少女だった。
新たな来訪者と目を合わせた瞬間、まるで電撃のようになのはの身体を貫いたのは、かつてない程に絶対的な死の予感。
金色に輝く少年の髪と瞳、目を奪われる程の美麗な容姿はあたかも神の寵愛を受け、完璧な黄金比によって造形されたかのような凄絶さだが、そこには華やかさは微塵も無い。
夕陽の黄昏色にも似た瞳の奥に見えるものは、宇宙の暗黒よりも更に暗く、冥府の深淵よりも尚も深い無限の絶望。
生き物としての本能が告げている……目の前の存在は少年の形をした異形である、と。
「ふむ」
部屋の中を撫でるように軽く見渡し、金色の少年は思案するように首を傾げる。
友人が風邪で倒れたと聞いて見舞いに来たのだが、このような展開は初めてだった。
ベッドの上の金髪美女、這い寄るyagami、そして顔が赤いシンと準備万全な冥王……これらが意味するものは一つ!
「――ごゆっくり」
空気を読み、ペルデュラボーはエセルを連れてくるりと踵を返した。
去り際にシンを振り返り、親指を立てて友人の健闘を祈り応援することも忘れない。
男とも女とも取れる中性的な美貌には亀裂のような笑みが浮かび、シンの女難を楽しんでいることは明らかだった。
「ちょ……二度ネタ!? ていうかこれだけ登場にページ使っといて出落ちかよ!?」
慌てて引き留めるシンの声も空しく、ヨグ=ソトースの扉はつんざくような軋みを上げながら再び閉ざされ、蜃気楼のように跡形も無く消え失せる。
危機は去った。
何とも言い難い微妙な沈黙が部屋の空気を支配する……が、静寂は長くは続かなかった。
「ちょっとぉ? 煩いわよ、安眠妨害よぉ」
不機嫌そうな声を響かせながら、デスクの上に置かれたトランクケースがバンと音を立てて勢い良く開く。
「ちょっとあんた達ぃ、私の部屋で何を好き勝手に騒いでるのよぉ。ジャンクにするわよ?」
まるで棺桶から這い出るゾンビのようにトランクケースから起き上がり、据わった眼でなのは達を睨むのは、稀代の人形師ローゼンに造られた生きる人形、
水銀燈。
更に――、
「マスター! 風邪ひいたって本当ですかぁ!?」
自動扉を薙ぎ払うような勢いで乱暴に開き、身の丈程もある大剣を背負う、額で金色に輝くV字型のカチューシャが特徴的な赤い瞳の少女が部屋の中へと入ってくる。
説明しよう!
この少女――デス子はシンの愛機であるデスティニーがご都合主義で擬人化し、更にロストテクノロジーを応用した物体縮小兵器の効果で人間大まで縮小した鉄腕少女なのだ。
ちなみにシンもその時の物体縮小光線に巻き込まれ、今では手乗りサイズまで身体が縮んでいる。
「ちょ!? 手乗りサイズって……何だよその驚きの新事実、後づけ設定にも程があるだろ!」
部屋の中に持ち込まれた、ミルフィーユのお古の人形用ベッドの傍で叫ぶシン(手乗りサイズ)のメタなツッコミは、当然ながら無視された。
「ああ、もう……どーするんだよ、このカオス? 誰か何とかしてくれぇ!」
「うん、それ無理」
シンの心の底からの絶叫を、差し入れらしき土鍋――中身は恐らくおでんだろう――を両手で抱えた朝倉涼子がにこやかな笑顔で切り捨てる。
――HAPPY END:とまらないカオス
「全然ハッピーじゃねぇよ、馬鹿やろぉぉぉーーーっ!!」
最終更新:2009年05月22日 18:05