――――――――――【第1章】出発―――――――――――――
かつて、ドサクイ帝国スターティングラード州カリン市に、一人の男がいた。名はロレックス・テルム。
この男、ただ者ではない。なぜなら今、命がけでこの町を脱出しようとしているのだ。
この国は独裁体制のもとに支配されていた。いや、この時代、多くの国がそうだった。だが、ドサクイ帝国のそれは群を抜いて苛烈だった。
税金は重く、民の暮らしは常に貧困の淵にあった。農家の年収は平均で一千万円イベ――日本円にしてわずか百万円程度。その半分、五百万イベが税として徴収される。加えて、物価は異常に高い。食パン一個が一千万イベ(日本円で千円)という有様だ。
戦争も多く、徴兵制は十五歳から六十歳までという長期にわたって続く。誰もが不満を抱えていたが、国境には帝国兵と「イルガード」と呼ばれる皇帝直属の護衛兵が常駐しており、脱出はほぼ不可能だった。失敗すれば即、帝国反逆罪で死刑である。
だがテルムには計画があった。向かう先は、帝国の北に位置する「クローニア公国」。
なぜクローニアなのか?その理由は明白だった。
第一に、国境の警備が甘い。ドサクイ帝国とクローニア公国との間の国境は長く、全域に兵を割くことは難しい。
第二に、クローニアは軍事力が低く、他国からの侵略の対象となりにくい。
そして何より、クローニアは「サウスイベルト連合」および「世界魔法連合」に加盟している。これは戦争抑止のための平和協定であり、加盟国は互いに守り合うという取り決めがある。独裁体制のドサクイは当然この連合からは外されており、クローニアを攻撃すれば、他国との全面戦争を招きかねないのだ。
夜明け前、テルムは静かに町を発った。クローニアとの国境までは約五十キロ。だが、テルムは「スピードダッシュ」と「ヒール」の二つの魔法を習得していた。疲労を回復しながら高速で移動することができるため、長旅も苦ではない。
途中、彼は一か月間働いて蓄えた金で、パン三個、トマト五個、そしてクッキーを買い込んでいた。それらを頬張りながら、黙々と歩き続けた。
そして――国境まで残り二キロという地点で、彼は「何か」の気配を感じた。風を裂くような魔法の音。すぐに伏せたが、それが仇となった。
背後からの一撃が彼を襲ったのだ。
視界が揺れ、地面に倒れ込む。かろうじて顔を上げると、相手の腕には「イルポリス」の紋章が輝いていた。イルポリス――皇帝直属の秘密警察。
「何をしている?」
鋭い声が響いた。だが幸運なことに、その男、サンディカーズ・ルサンもまた、この帝国の体制に嫌気がさしていたのだった。
テルムは、まだ動かせる口をゆっくりと開いた。
「……俺は、この国を出ようとしていた。」
ルサンは少し目を細めた。だが、その顔に怒りはなかった。
「ふん、脱国者か……。だが、お前、なぜこの国を出ようと?」
テルムは深く息を吸い、そして真っ直ぐに彼を見上げた。
「俺は……人が怯えず、誰もが平和に暮らせる国を作りたいんだ。老いも若きも、男も女も関係なく……」
一瞬、沈黙が流れた。だが次の瞬間、ルサンは大声で笑った。
「はっはっはっ!……いや、すまん、笑って悪かったな。ただな……お前のその夢、面白い。俺も似たようなことを考えていたんだよ。協力してやる。お前に賭けてみるのも、悪くない。」
テルムは驚いた顔をしていたが、すぐに笑みを浮かべた。
「……ありがとう。仲間がいるだけで、心強いよ。」
それから二人は、走りながら色々と話を交わした。テルムは自分の生まれについて語り、風の魔法を扱えることを伝えた。ルサンもまた、自分の過去や任務の裏側について少しずつ語ってくれた。
やがて国境の姿が遠くに見えてくる。兵士の数は少ないとはいえ、完全に無防備というわけではない。
「大丈夫だ、ちゃんと策はある」とルサンが言った。
「変装だよ。俺は秘密警察兼スパイだ。こういうときのために、服も数種類用意してある。お前には、それを着てもらう。あとは堂々と、俺の同行者として通ればいい。」
ルサンの言葉通り、テルムは用意された軍属風の装いに身を包み、国境の検問へと向かった。
「命令が出ている。通してくれ」とルサンが兵士に告げる。
兵士は一瞬不審な目を向けたが、ルサンのイルポリスの紋章を確認すると無言でうなずき、道を開けた。
脱出成功――。
だが、安堵も束の間、二人が「ザッツブルク」という街に向かおうとしたその瞬間、地面が揺れ、何かが落ちるような音と共に、二人の身体が地に叩きつけられた。
「誰だ!?」ルサンが叫ぶ。
姿を現したのは、帝国兵だった。
「通すわけにはいかねえだろうが、犯罪者がよ……!」
テルムに鋭く指を突きつける。
「帝国の役職者名簿に、お前の名前なんて載ってなかったぞ!」
終わった――誰もがそう思ったそのとき、帝国兵の身体が、凍りつく音を立てて固まり始めた。
――――――――【第2章】ザッツブルクの夜―――――――――
「……大丈夫か?」
低く、よく通る声がした。
そこに立っていたのは、一人の男。氷の魔法をまとい、悠然と帝国兵を見下ろしていた。
「ありがとうございます……でも、あなたは?」と、テルムが尋ねた。
「俺か? 俺はプロスツジオ・ビザン。ピザンって呼んでくれ。クローニア公国軍の大尉だ。で……お前ら、何してた?」
「脱国してきた」とテルム。
ビザンの顔に警戒の色が浮かぶ。
「なんのために?」
テルムは、力強く言い放った。
「平和な国を作るためだ! 誰もが安心して生きられる……そんな国を!」
その瞳に宿る覚悟を、ビザンは確かに感じ取った。
「……面白え。俺も混ぜてくれよ、その国づくりに。」
「もちろん!」とテルムは即答し、三人は拳を合わせた。
「よろしく」と、三人が声を揃えた。
「よし、じゃあまずはザッツブルクまで行こう。そこから鉄道で首都へ向かうのが一番手っ取り早い。」
「でも、歩くには眠気もあるし……さすがに目立つよな」とルサンが言った。
「安心しろ。俺に任せてくれ」
そう言うと、ビザンは静かに地面に手をかざし、魔力を放出した。すると、三人の足元に冷たい風が渦巻き、瞬く間に氷の板が形成されていく。それはまるでスケート靴のように、足にぴたりと沿った氷の刃となった。
「これで滑っていく。スピードは出るし、移動も静かだ。慣れりゃ楽だぜ」
初めはふらついたが、テルムもすぐに感覚を掴み、三人は雪を滑るようにして一路ザッツブルクへと向かった。
そして数時間後――ザッツブルクの街の明かりが見えてきた。風の冷たさに頬を叩かれながらも、三人は無事に街に到着した。
「腹減ったな。飯にしようぜ」とビザンが言った。
「この街で有名な居酒屋があるんだ。『ポーリス』って店なんだが、ザッツ料理が最高なんだよ」
ルサンも「酒があるなら賛成」と笑い、三人は街の中心部へと向かった。
居酒屋ポーリスは、石造りの建物の中に温かな灯りがともり、扉を開けた瞬間、香ばしい香りが鼻をくすぐった。時刻はすでに夜の一時を過ぎていたが、店内にはまだ活気が残っていた。
「人気の店なんだな」とテルムが言うと、ビザンは誇らしげにうなずいた。
「ここは地元の連中にも、旅人にも愛されてるからな。何を頼んでも外れはない」
ルサンとビザンはさっそく酒を注文し、ぐいぐいと飲み始めた。テルムはというと、店の名物「ザッツスープ」を頼んだ。
ザッツという野菜は、この地方特有の作物で、酸味があり、熱を通すとパリパリとした独特の食感が生まれる。スープには、そのザッツがたっぷりと入っており、さらに「琉肉」と呼ばれる希少な肉が添えられていた。琉肉は、「稿」と呼ばれる動物の肉で、滝にさらして柔らかくされた逸品だ。
一口含んだ瞬間、ザッツの酸味と香ばしさが舌を刺激し、琉肉のとろけるような食感が喉を滑った。
「……うまい」
テルムは思わず声に出していた。
ルサンはすでに酔い始めていたが、「パンもうまいぞー!」と叫びながらトーストを頬張っていた。ビザンも満足そうにグラスを傾けている。
「いい仲間ができたな……」テルムは心の中でそう呟いた。
彼らの新たな拠点となる宿へ――三人は、また歩き出した。
腹を満たした三人は、ザッツブルク駅へと足を運んだ。冬の夜気が石畳を冷やし、駅舎の明かりが薄靄に滲んでいた。構内には蒸気の匂いと鉄の軋む音が漂い、旅情を誘う。
「来たぞ、セントラル号だ!」ビザンが声を上げた。
その姿を見て、テルムは思わず息を呑んだ。
黒鉄の車体は流線型に磨かれ、まるで獣のようにホームへ滑り込んでくる。先頭車両には黄金の飾りがあしらわれ、「CROENIA CENTRAL」の文字が誇らしげに刻まれていた。蒸気を吐き、ギリギリと金属を鳴らすその姿は、単なる移動手段というより、文明と力の象徴だった。
「こいつに乗れば、三時間で首都だ。あんたの旅は、もう後戻りできねぇってわけだな」ビザンがニヤリと笑う。
「……いいだろう」テルムもまた、その巨大な車体に目を輝かせた。「行こう。クローニアブルクへ」
ルサンは感極まったように切符を掲げ、「汽車……汽車だ……これほど機能美と夢を併せ持つ乗り物が他にあるか! ロマンだ! 技術の叡智だ!」と叫び、周囲の乗客に怪訝な目を向けられた。
車内に乗り込むと、重厚な木製の内装に柔らかな魔法灯が灯っており、ふかふかの座席が並んでいた。静音魔法に包まれた空間は、まるで高級サロンのようだった。
やがて、汽笛が鳴った。
――ポォォォォォ……
その音は深く、空気を震わせ、テルムの胸の奥に火を点けた。旅の始まりを告げるそれは、まるで過去のすべてを吹き飛ばし、未来への扉を開ける狼煙のようだった。
列車が動き出す。ガタン、と小さく揺れ、次第に速度を上げていく。夜の街が後ろに流れ、窓の外には黒い森が広がっていく。
「……行くぞ。公国の心臓へ」
テルムは小さく呟いた。彼の目は真っ直ぐ、闇の先を見据えていた。
列車は加速し、夜の大地を切り裂くように走る。線路のリズムが心臓の鼓動のように響き、車内の灯りが流れる風景を淡く照らし出す。
1時間ほど経った頃だった。
ビザンが身を乗り出し、車窓を指差した。「見ろ、あれがベーリンブルクだ!」
窓の外に広がるのは、光の海だった。無数の工場の灯、蒸気と魔導の融合で発展した機械都市――ベーリンブルク。銀色のパイプが網のように空を走り、空中に浮かぶ魔力灯が市街地を照らしている。
「すげぇ……」テルムは言葉を失った。
「ベーリンブルクはな、クローニアの心臓って呼ばれてる。産業の中心、全GDPの4割を稼ぐ巨大都市だ。だけど……それだけじゃない」
ルサンが眼鏡をくいっと上げる。
「ここの鉄道駅は、クローニアで最初に鉄道が走った場所なんだ。あのホームの像が見えるか? あれは“鉄道王”べパス・クロム。クローニア中を鉄の道で繋いだ男だ」
車内が一時停車のベルでざわめき、乗客がドアに集まる中、テルムたちは席に座ったまま、その煌びやかな都市を眺めていた。どこか別世界に来たような、不思議な感覚だった。
そして再び汽笛が鳴り、列車が動き出す。
今度は海沿いを走るルートだ。波が岩を砕き、月が海面を照らす。銀色の光が車窓を撫でるたびに、テルムの心に未来の景色が浮かんでくる。
――自由な国。笑う人々。安心して眠れる夜。
「……俺は、絶対に作ってみせる。そんな国を」
思わず声に出た言葉に、隣のルサンとビザンが頷いた。
「その意志がある限り、世界は変わる。なあ、ビザン」
「おうとも。クローニアブルクは、その第一歩になる場所だ。しっかり見ておけよ」
そして、30分後。
ベルが鳴った。首都・クローニアブルクへの到着を告げる音。
列車がゆっくりと速度を落とし、灯りが次第に鮮明になる。整然と並ぶ建物、広々とした街路、威風堂々と立つ王宮――その全てが、テルムの目に焼き付いた。
「ここが……クローニアの首都……!」
テルムは拳を握った。夢に見た地が、ついに目の前に広がっている。
「ここからだぞ、俺たちの物語は」
ビザンもまた、前を見据えた。
3人は、駅のプラットホームに足を踏み出した。新しい物語が、ここから本格的に始まろうとしていた。
プラットホームに足を下ろした瞬間、テルムの胸に風が吹き抜けた。クローニアブルク――それは、これまでの人生で触れたことのない空気だった。
人々は活気にあふれ、道行く者たちの顔には恐れも怯えもなく、代わりに、生活への自信と誇りのようなものが滲んでいる。建物の造りは重厚でありながら華美で、独特の都市景観が眼前に広がっていた。
ルサンが目を細めて言う。
「イルブルクよりは劣るが……この自由な空気、悪くないな」
「久々の首都だ……この匂い、懐かしいぜ」
ビザンが深呼吸するように呟いた。
テルムは言葉も出ないまま、ただ都市の中心を見据えていた。
イベルトとクローニアでは通貨の価値が異なる。彼らがまず行ったのは、換金所での両替だった。イベルトの通貨はクローニアのものよりも価値が高く、紙幣を差し出した瞬間、手元の金額がわずかに増えたような錯覚を覚えた。
「得した気分だな」と、テルムが小さくつぶやいた。
だが、それで旅の目的が終わるわけではない。ビザンには、軍を正式に離れるという重要な手続きが残っていた。クローニア公国陸海軍本部へと向かい、退軍届を提出する必要があったのだ。軍人が突然姿を消すことは許されず、それ相応の手順が求められる。
軍本部の建物は重厚で、一般の民間人が中へ入ることは許されていない。テルムとルサンは、入口の前で足を止めるしかなかった。時間をつぶすには、ちょうどよい場所が近くにあった。通りを挟んだ向かいに、小さな食堂「ぽるもん」がある。二人は朝食をとることにした。
メニューに目を通したテルムの目に留まったのは、「朝ごはん定食」。サウスイベルト大陸では珍しい「米」を使った一膳だった。白く光る米の隣には、香ばしく焼かれた鮭の切り身と、ふんわりとした卵焼きが添えられている。値段も手頃だった。
一方、ルサンは「トースト定食」を選んだ。こんがり焼かれたパンに、湯気の立つコーヒー、そして「カジル」と呼ばれる果実が添えられている。カジルはやわらかく、プチプチとした食感にほのかな甘さがあり、この地方ではちょっとした人気の果物だ。
口にした瞬間、テルムは思わず目を細めた。
「この米……粘りがあって甘い。鮭の皮も香ばしくてうまいし、卵焼きの出汁がしっかりしてる……」
ルサンも、トーストをひとかじりして満足そうにうなずいた。
「パンの風味がしっかりしてて、ここのコーヒーも悪くない」
食事を終えるころ、ビザンが本部から姿を現した。すべてが整い、彼の新しい旅路がようやく始まったのだった。
だが、やがて現実に戻る。――そう、今はまず、休息だ。明日から始まる新たな行動に備え、英気を養う必要がある。
「まずは……一泊、だな」
テルムが静かに言った。
「お、だったらオレのおすすめがあるぜ」
ビザンはそう言って、二人を導いた。
案内されたのは、街の中心から少し外れた小高い丘の上にある宿だった。名は《星空亭》。街の明かりが遠くに見え、夜空の星々がまるで手に届きそうなほど近い。木造の温かみのある建物で、窓からは優しい光が漏れている。
受付の老婦人がにこやかに迎えてくれる。「いらっしゃいませ。旅のお疲れ、ここで癒してくださいな」
中に入れば、暖炉の火がパチパチと音を立て、木の香りと香草の匂いが柔らかく鼻をくすぐる。テルムの疲れた身体が、自然と緩んだ。
「ここ、すごく……落ち着く」
テルムの声が思わず漏れる。
「だろ? オレが本部所属の軍時代によく泊まった場所なんだ。ここで一度、覚悟を決めたこともあってな」
ビザンの目に、少しだけ過去の重みが宿った。
各自の部屋に荷物を置いた後、三人はロビーの暖炉前の席に集まった。
「……なあ、テルム」
ルサンがマグカップを回しながら言った。
「これからお前は、この国で何をする? 夢を見るだけじゃ、動き出せないぜ」
テルムは、目を閉じ、そして静かに答えた。
「――仲間を集める。まずは、俺と同じ夢を見てくれる人間を探す。強くなくてもいい。知恵がなくてもいい。けど、諦めてない奴がいい。そういう人と……新しい国をつくりたい」
ルサンとビザンはしばらく黙っていた。だが、やがて二人とも、言葉ではなく、拳を差し出した。 「……なら、俺たちはその“はじめの三人”ってわけだな」
ルサンが小さく笑った。
「夢を笑われたら、笑い返せばいいさ。――そうだろ、王様」
ビザンが軽く笑う。
拳と拳が、再びぶつかった。
その夜、テルムは深い眠りについた。だがその夢の中には、血と涙の未来ではなく――
星空の下で笑う人々、そして、自分がその中心に立っている光景があった。
そして、朝が来た。
朝霧がゆっくりと晴れゆく中、クローニアの街に陽光が差し始めたころ、ビザンが提案した。
「せっかくここまで来たんだ。少し観光でもしていかないか?」
その言葉に、ルサンとテルムは顔を見合わせた後、うなずいた。
ルサンが問いかける。
「で、どこに行くんだ?」
ビザンは目を細め、口元に笑みを浮かべる。
「“ミルクスピア”って島に行こう。離島なんだが、古代遺跡がたくさん残っているらしい。ちょうど軍の退職金も入ったところだしな、こういう機会じゃないと行けないだろ?」
ルサンとテルムは一気に興味を引かれた。
「面白そうだ。そこにしよう!」
ミルクスピア島まではおよそ七時間の航海となる。
彼らが乗るのは“魔動船”と呼ばれる、風の魔法を動力源とした船だった。そしてその船の名もまた——「ミルクスピア」。これは偶然ではない。この航路を行く定期船には、島の名が冠されていたのだ。
船内は豪華で快適だった。柔らかなカーペットが敷かれ、居心地の良いソファが並び、長旅を感じさせない空間が広がっていた。
しかし、テルムにとってそれは地獄のような時間となった。彼は重度の船酔い体質だったのだ。後にこう振り返っている。
「最初は楽勝だと思ったんだ。けど、まさか自分の魂まで吐き出す羽目になるとはな……」
旅の途中、船は“プロス諸島”と呼ばれる島々に寄港した。そこは多種多様な動物たちが生息する、魔法動物の保護区のような場所だった。
彼らはその島で、「稿(こう)」の亜種、「柔(やわ)」に出会う。ぷにぷにとしたその生き物は、触れるだけで癒されるような感触を持ち、見る者すべてを虜にする。攻撃性はなく、非常に穏やかな草食動物だった。
だが、あまりに多くの観光客が触れすぎたのか、「柔」は体を固くして防御反応を示した。まるで「もうやめてくれ」と訴えるかのように。
再び航路に戻ってから約四時間後、ついに目的地・ミルクスピア島がその姿を現した。
その島は想像以上に発展しており、サウスイベルト大陸に属する島々の中でも、サンカルル領サウスイベルト島に次ぐ第二の規模を誇っていた。
上陸してすぐ、彼らの視界に飛び込んできたのは、島の名の由来となった巨大な石像「ミルクスピア」だった。
それは、あまりにも神々しい存在だった。
風に吹かれることも、時に削られることも許さぬような、圧倒的な気配。まるでその場の空気までもが静まり返るかのようだった。
この石像は、「世界魔法平和連合」によって「世界魔法遺産」に認定されている。
しかも、四年に一度、3月9日になると石像は突如として強大な魔力を放出するという。
理由はいまだ不明で、「世界三大不可解現象」のひとつとしても数えられている。
その異変の際には、島の住民すべてが一時的に島を離れるという徹底ぶりだ。
石像を目の当たりにした瞬間、ルサンとテルムは思わず息を呑んだ。
「……こんな、神聖な雰囲気を放つ石像があるのかよ」
2人はそう呟きながら、しばしその巨大な遺産の前に立ち尽くしていた——。
そうして、地元の観光協会「ミルクピアの会」の方が、私たちを内陸部へと案内してくれた。
道を進むにつれて、海風の匂いは次第に薄れ、代わりに深い森の香りと、遠くから聞こえる水の轟音が耳に届くようになってきた。やがて目の前に現れたのは、高さおよそ二三〇〇メートルから豪快に水が流れ落ちる壮大な滝——「ジュボンスの滝」だった。その名の由来について、案内人が静かに語ってくれた。
昔々、「ジュボンス」という名の水の魔法使いがいたという。ある日、恐ろしい魔物に追われた彼は、逃げ場を求め、この滝を魔法のはしごのようにして駆け上がったという。その伝説から、この滝は「ジュボンスの滝」と呼ばれるようになったそうだ。
さらに内陸へと足を進めると、静かな森の奥にひっそりと佇む建物が現れた。「聖海石博物館」だ。そこには「クローニア公国重要保存物」に指定された「聖海石」が展示されていた。聖海石は、古来より神聖な力を宿すとされ、ミルクスピアに残る石像とも深い関係があると言われている。
神話と歴史が交錯するこの土地には、まだ語り尽くせぬ物語が眠っているようだった。
島の反対側へと足を運ぶと、岩肌にぽっかりと口を開けた洞窟が姿を現した。その名は「ワルポルス洞窟」。かつて凶悪な魔物「ワルポルス」が封印されたという、忌まわしい伝承の残る場所だった。
洞窟の周囲には、封印の力に引き寄せられるように魔物が群れを成しており、内部へ立ち入るには攻撃系の魔法スキルがLv50以上であることが条件とされている。これは、魔法協会によって定められた厳格な規則だ。
ビザンは「アイスフォーク」の魔法をLv50以上で習得していたが、ルさんとテルムはその基準に届いていなかった。そのため、ビザンが単独で洞窟に向かい、会社から支給された記録用魔導具——通称「マドウ(魔道カメラ)」を使って、内部の様子を撮影してくることになった。
洞窟周辺は、危険回避のために半径100メートル以内が封鎖されていた。それでも、ビザンは「アイズーム」という遠隔視の魔法を駆使し、内部の様子を詳細に観察することができたという。
ワルポルス洞窟の調査を終えた一行は、島の中心部を抜けて、ふと開けた場所へと辿り着いた。そこに広がっていたのは、「クローバー畑」と呼ばれる、不思議な光景だった。
かつて、ドサクイ帝国スターティングラード州カリン市に、一人の男がいた。名はロレックス・テルム。
この男、ただ者ではない。なぜなら今、命がけでこの町を脱出しようとしているのだ。
この国は独裁体制のもとに支配されていた。いや、この時代、多くの国がそうだった。だが、ドサクイ帝国のそれは群を抜いて苛烈だった。
税金は重く、民の暮らしは常に貧困の淵にあった。農家の年収は平均で一千万円イベ――日本円にしてわずか百万円程度。その半分、五百万イベが税として徴収される。加えて、物価は異常に高い。食パン一個が一千万イベ(日本円で千円)という有様だ。
戦争も多く、徴兵制は十五歳から六十歳までという長期にわたって続く。誰もが不満を抱えていたが、国境には帝国兵と「イルガード」と呼ばれる皇帝直属の護衛兵が常駐しており、脱出はほぼ不可能だった。失敗すれば即、帝国反逆罪で死刑である。
だがテルムには計画があった。向かう先は、帝国の北に位置する「クローニア公国」。
なぜクローニアなのか?その理由は明白だった。
第一に、国境の警備が甘い。ドサクイ帝国とクローニア公国との間の国境は長く、全域に兵を割くことは難しい。
第二に、クローニアは軍事力が低く、他国からの侵略の対象となりにくい。
そして何より、クローニアは「サウスイベルト連合」および「世界魔法連合」に加盟している。これは戦争抑止のための平和協定であり、加盟国は互いに守り合うという取り決めがある。独裁体制のドサクイは当然この連合からは外されており、クローニアを攻撃すれば、他国との全面戦争を招きかねないのだ。
夜明け前、テルムは静かに町を発った。クローニアとの国境までは約五十キロ。だが、テルムは「スピードダッシュ」と「ヒール」の二つの魔法を習得していた。疲労を回復しながら高速で移動することができるため、長旅も苦ではない。
途中、彼は一か月間働いて蓄えた金で、パン三個、トマト五個、そしてクッキーを買い込んでいた。それらを頬張りながら、黙々と歩き続けた。
そして――国境まで残り二キロという地点で、彼は「何か」の気配を感じた。風を裂くような魔法の音。すぐに伏せたが、それが仇となった。
背後からの一撃が彼を襲ったのだ。
視界が揺れ、地面に倒れ込む。かろうじて顔を上げると、相手の腕には「イルポリス」の紋章が輝いていた。イルポリス――皇帝直属の秘密警察。
「何をしている?」
鋭い声が響いた。だが幸運なことに、その男、サンディカーズ・ルサンもまた、この帝国の体制に嫌気がさしていたのだった。
テルムは、まだ動かせる口をゆっくりと開いた。
「……俺は、この国を出ようとしていた。」
ルサンは少し目を細めた。だが、その顔に怒りはなかった。
「ふん、脱国者か……。だが、お前、なぜこの国を出ようと?」
テルムは深く息を吸い、そして真っ直ぐに彼を見上げた。
「俺は……人が怯えず、誰もが平和に暮らせる国を作りたいんだ。老いも若きも、男も女も関係なく……」
一瞬、沈黙が流れた。だが次の瞬間、ルサンは大声で笑った。
「はっはっはっ!……いや、すまん、笑って悪かったな。ただな……お前のその夢、面白い。俺も似たようなことを考えていたんだよ。協力してやる。お前に賭けてみるのも、悪くない。」
テルムは驚いた顔をしていたが、すぐに笑みを浮かべた。
「……ありがとう。仲間がいるだけで、心強いよ。」
それから二人は、走りながら色々と話を交わした。テルムは自分の生まれについて語り、風の魔法を扱えることを伝えた。ルサンもまた、自分の過去や任務の裏側について少しずつ語ってくれた。
やがて国境の姿が遠くに見えてくる。兵士の数は少ないとはいえ、完全に無防備というわけではない。
「大丈夫だ、ちゃんと策はある」とルサンが言った。
「変装だよ。俺は秘密警察兼スパイだ。こういうときのために、服も数種類用意してある。お前には、それを着てもらう。あとは堂々と、俺の同行者として通ればいい。」
ルサンの言葉通り、テルムは用意された軍属風の装いに身を包み、国境の検問へと向かった。
「命令が出ている。通してくれ」とルサンが兵士に告げる。
兵士は一瞬不審な目を向けたが、ルサンのイルポリスの紋章を確認すると無言でうなずき、道を開けた。
脱出成功――。
だが、安堵も束の間、二人が「ザッツブルク」という街に向かおうとしたその瞬間、地面が揺れ、何かが落ちるような音と共に、二人の身体が地に叩きつけられた。
「誰だ!?」ルサンが叫ぶ。
姿を現したのは、帝国兵だった。
「通すわけにはいかねえだろうが、犯罪者がよ……!」
テルムに鋭く指を突きつける。
「帝国の役職者名簿に、お前の名前なんて載ってなかったぞ!」
終わった――誰もがそう思ったそのとき、帝国兵の身体が、凍りつく音を立てて固まり始めた。
――――――――【第2章】ザッツブルクの夜―――――――――
「……大丈夫か?」
低く、よく通る声がした。
そこに立っていたのは、一人の男。氷の魔法をまとい、悠然と帝国兵を見下ろしていた。
「ありがとうございます……でも、あなたは?」と、テルムが尋ねた。
「俺か? 俺はプロスツジオ・ビザン。ピザンって呼んでくれ。クローニア公国軍の大尉だ。で……お前ら、何してた?」
「脱国してきた」とテルム。
ビザンの顔に警戒の色が浮かぶ。
「なんのために?」
テルムは、力強く言い放った。
「平和な国を作るためだ! 誰もが安心して生きられる……そんな国を!」
その瞳に宿る覚悟を、ビザンは確かに感じ取った。
「……面白え。俺も混ぜてくれよ、その国づくりに。」
「もちろん!」とテルムは即答し、三人は拳を合わせた。
「よろしく」と、三人が声を揃えた。
「よし、じゃあまずはザッツブルクまで行こう。そこから鉄道で首都へ向かうのが一番手っ取り早い。」
「でも、歩くには眠気もあるし……さすがに目立つよな」とルサンが言った。
「安心しろ。俺に任せてくれ」
そう言うと、ビザンは静かに地面に手をかざし、魔力を放出した。すると、三人の足元に冷たい風が渦巻き、瞬く間に氷の板が形成されていく。それはまるでスケート靴のように、足にぴたりと沿った氷の刃となった。
「これで滑っていく。スピードは出るし、移動も静かだ。慣れりゃ楽だぜ」
初めはふらついたが、テルムもすぐに感覚を掴み、三人は雪を滑るようにして一路ザッツブルクへと向かった。
そして数時間後――ザッツブルクの街の明かりが見えてきた。風の冷たさに頬を叩かれながらも、三人は無事に街に到着した。
「腹減ったな。飯にしようぜ」とビザンが言った。
「この街で有名な居酒屋があるんだ。『ポーリス』って店なんだが、ザッツ料理が最高なんだよ」
ルサンも「酒があるなら賛成」と笑い、三人は街の中心部へと向かった。
居酒屋ポーリスは、石造りの建物の中に温かな灯りがともり、扉を開けた瞬間、香ばしい香りが鼻をくすぐった。時刻はすでに夜の一時を過ぎていたが、店内にはまだ活気が残っていた。
「人気の店なんだな」とテルムが言うと、ビザンは誇らしげにうなずいた。
「ここは地元の連中にも、旅人にも愛されてるからな。何を頼んでも外れはない」
ルサンとビザンはさっそく酒を注文し、ぐいぐいと飲み始めた。テルムはというと、店の名物「ザッツスープ」を頼んだ。
ザッツという野菜は、この地方特有の作物で、酸味があり、熱を通すとパリパリとした独特の食感が生まれる。スープには、そのザッツがたっぷりと入っており、さらに「琉肉」と呼ばれる希少な肉が添えられていた。琉肉は、「稿」と呼ばれる動物の肉で、滝にさらして柔らかくされた逸品だ。
一口含んだ瞬間、ザッツの酸味と香ばしさが舌を刺激し、琉肉のとろけるような食感が喉を滑った。
「……うまい」
テルムは思わず声に出していた。
ルサンはすでに酔い始めていたが、「パンもうまいぞー!」と叫びながらトーストを頬張っていた。ビザンも満足そうにグラスを傾けている。
「いい仲間ができたな……」テルムは心の中でそう呟いた。
彼らの新たな拠点となる宿へ――三人は、また歩き出した。
腹を満たした三人は、ザッツブルク駅へと足を運んだ。冬の夜気が石畳を冷やし、駅舎の明かりが薄靄に滲んでいた。構内には蒸気の匂いと鉄の軋む音が漂い、旅情を誘う。
「来たぞ、セントラル号だ!」ビザンが声を上げた。
その姿を見て、テルムは思わず息を呑んだ。
黒鉄の車体は流線型に磨かれ、まるで獣のようにホームへ滑り込んでくる。先頭車両には黄金の飾りがあしらわれ、「CROENIA CENTRAL」の文字が誇らしげに刻まれていた。蒸気を吐き、ギリギリと金属を鳴らすその姿は、単なる移動手段というより、文明と力の象徴だった。
「こいつに乗れば、三時間で首都だ。あんたの旅は、もう後戻りできねぇってわけだな」ビザンがニヤリと笑う。
「……いいだろう」テルムもまた、その巨大な車体に目を輝かせた。「行こう。クローニアブルクへ」
ルサンは感極まったように切符を掲げ、「汽車……汽車だ……これほど機能美と夢を併せ持つ乗り物が他にあるか! ロマンだ! 技術の叡智だ!」と叫び、周囲の乗客に怪訝な目を向けられた。
車内に乗り込むと、重厚な木製の内装に柔らかな魔法灯が灯っており、ふかふかの座席が並んでいた。静音魔法に包まれた空間は、まるで高級サロンのようだった。
やがて、汽笛が鳴った。
――ポォォォォォ……
その音は深く、空気を震わせ、テルムの胸の奥に火を点けた。旅の始まりを告げるそれは、まるで過去のすべてを吹き飛ばし、未来への扉を開ける狼煙のようだった。
列車が動き出す。ガタン、と小さく揺れ、次第に速度を上げていく。夜の街が後ろに流れ、窓の外には黒い森が広がっていく。
「……行くぞ。公国の心臓へ」
テルムは小さく呟いた。彼の目は真っ直ぐ、闇の先を見据えていた。
列車は加速し、夜の大地を切り裂くように走る。線路のリズムが心臓の鼓動のように響き、車内の灯りが流れる風景を淡く照らし出す。
1時間ほど経った頃だった。
ビザンが身を乗り出し、車窓を指差した。「見ろ、あれがベーリンブルクだ!」
窓の外に広がるのは、光の海だった。無数の工場の灯、蒸気と魔導の融合で発展した機械都市――ベーリンブルク。銀色のパイプが網のように空を走り、空中に浮かぶ魔力灯が市街地を照らしている。
「すげぇ……」テルムは言葉を失った。
「ベーリンブルクはな、クローニアの心臓って呼ばれてる。産業の中心、全GDPの4割を稼ぐ巨大都市だ。だけど……それだけじゃない」
ルサンが眼鏡をくいっと上げる。
「ここの鉄道駅は、クローニアで最初に鉄道が走った場所なんだ。あのホームの像が見えるか? あれは“鉄道王”べパス・クロム。クローニア中を鉄の道で繋いだ男だ」
車内が一時停車のベルでざわめき、乗客がドアに集まる中、テルムたちは席に座ったまま、その煌びやかな都市を眺めていた。どこか別世界に来たような、不思議な感覚だった。
そして再び汽笛が鳴り、列車が動き出す。
今度は海沿いを走るルートだ。波が岩を砕き、月が海面を照らす。銀色の光が車窓を撫でるたびに、テルムの心に未来の景色が浮かんでくる。
――自由な国。笑う人々。安心して眠れる夜。
「……俺は、絶対に作ってみせる。そんな国を」
思わず声に出た言葉に、隣のルサンとビザンが頷いた。
「その意志がある限り、世界は変わる。なあ、ビザン」
「おうとも。クローニアブルクは、その第一歩になる場所だ。しっかり見ておけよ」
そして、30分後。
ベルが鳴った。首都・クローニアブルクへの到着を告げる音。
列車がゆっくりと速度を落とし、灯りが次第に鮮明になる。整然と並ぶ建物、広々とした街路、威風堂々と立つ王宮――その全てが、テルムの目に焼き付いた。
「ここが……クローニアの首都……!」
テルムは拳を握った。夢に見た地が、ついに目の前に広がっている。
「ここからだぞ、俺たちの物語は」
ビザンもまた、前を見据えた。
3人は、駅のプラットホームに足を踏み出した。新しい物語が、ここから本格的に始まろうとしていた。
プラットホームに足を下ろした瞬間、テルムの胸に風が吹き抜けた。クローニアブルク――それは、これまでの人生で触れたことのない空気だった。
人々は活気にあふれ、道行く者たちの顔には恐れも怯えもなく、代わりに、生活への自信と誇りのようなものが滲んでいる。建物の造りは重厚でありながら華美で、独特の都市景観が眼前に広がっていた。
ルサンが目を細めて言う。
「イルブルクよりは劣るが……この自由な空気、悪くないな」
「久々の首都だ……この匂い、懐かしいぜ」
ビザンが深呼吸するように呟いた。
テルムは言葉も出ないまま、ただ都市の中心を見据えていた。
イベルトとクローニアでは通貨の価値が異なる。彼らがまず行ったのは、換金所での両替だった。イベルトの通貨はクローニアのものよりも価値が高く、紙幣を差し出した瞬間、手元の金額がわずかに増えたような錯覚を覚えた。
「得した気分だな」と、テルムが小さくつぶやいた。
だが、それで旅の目的が終わるわけではない。ビザンには、軍を正式に離れるという重要な手続きが残っていた。クローニア公国陸海軍本部へと向かい、退軍届を提出する必要があったのだ。軍人が突然姿を消すことは許されず、それ相応の手順が求められる。
軍本部の建物は重厚で、一般の民間人が中へ入ることは許されていない。テルムとルサンは、入口の前で足を止めるしかなかった。時間をつぶすには、ちょうどよい場所が近くにあった。通りを挟んだ向かいに、小さな食堂「ぽるもん」がある。二人は朝食をとることにした。
メニューに目を通したテルムの目に留まったのは、「朝ごはん定食」。サウスイベルト大陸では珍しい「米」を使った一膳だった。白く光る米の隣には、香ばしく焼かれた鮭の切り身と、ふんわりとした卵焼きが添えられている。値段も手頃だった。
一方、ルサンは「トースト定食」を選んだ。こんがり焼かれたパンに、湯気の立つコーヒー、そして「カジル」と呼ばれる果実が添えられている。カジルはやわらかく、プチプチとした食感にほのかな甘さがあり、この地方ではちょっとした人気の果物だ。
口にした瞬間、テルムは思わず目を細めた。
「この米……粘りがあって甘い。鮭の皮も香ばしくてうまいし、卵焼きの出汁がしっかりしてる……」
ルサンも、トーストをひとかじりして満足そうにうなずいた。
「パンの風味がしっかりしてて、ここのコーヒーも悪くない」
食事を終えるころ、ビザンが本部から姿を現した。すべてが整い、彼の新しい旅路がようやく始まったのだった。
だが、やがて現実に戻る。――そう、今はまず、休息だ。明日から始まる新たな行動に備え、英気を養う必要がある。
「まずは……一泊、だな」
テルムが静かに言った。
「お、だったらオレのおすすめがあるぜ」
ビザンはそう言って、二人を導いた。
案内されたのは、街の中心から少し外れた小高い丘の上にある宿だった。名は《星空亭》。街の明かりが遠くに見え、夜空の星々がまるで手に届きそうなほど近い。木造の温かみのある建物で、窓からは優しい光が漏れている。
受付の老婦人がにこやかに迎えてくれる。「いらっしゃいませ。旅のお疲れ、ここで癒してくださいな」
中に入れば、暖炉の火がパチパチと音を立て、木の香りと香草の匂いが柔らかく鼻をくすぐる。テルムの疲れた身体が、自然と緩んだ。
「ここ、すごく……落ち着く」
テルムの声が思わず漏れる。
「だろ? オレが本部所属の軍時代によく泊まった場所なんだ。ここで一度、覚悟を決めたこともあってな」
ビザンの目に、少しだけ過去の重みが宿った。
各自の部屋に荷物を置いた後、三人はロビーの暖炉前の席に集まった。
「……なあ、テルム」
ルサンがマグカップを回しながら言った。
「これからお前は、この国で何をする? 夢を見るだけじゃ、動き出せないぜ」
テルムは、目を閉じ、そして静かに答えた。
「――仲間を集める。まずは、俺と同じ夢を見てくれる人間を探す。強くなくてもいい。知恵がなくてもいい。けど、諦めてない奴がいい。そういう人と……新しい国をつくりたい」
ルサンとビザンはしばらく黙っていた。だが、やがて二人とも、言葉ではなく、拳を差し出した。 「……なら、俺たちはその“はじめの三人”ってわけだな」
ルサンが小さく笑った。
「夢を笑われたら、笑い返せばいいさ。――そうだろ、王様」
ビザンが軽く笑う。
拳と拳が、再びぶつかった。
その夜、テルムは深い眠りについた。だがその夢の中には、血と涙の未来ではなく――
星空の下で笑う人々、そして、自分がその中心に立っている光景があった。
そして、朝が来た。
朝霧がゆっくりと晴れゆく中、クローニアの街に陽光が差し始めたころ、ビザンが提案した。
「せっかくここまで来たんだ。少し観光でもしていかないか?」
その言葉に、ルサンとテルムは顔を見合わせた後、うなずいた。
ルサンが問いかける。
「で、どこに行くんだ?」
ビザンは目を細め、口元に笑みを浮かべる。
「“ミルクスピア”って島に行こう。離島なんだが、古代遺跡がたくさん残っているらしい。ちょうど軍の退職金も入ったところだしな、こういう機会じゃないと行けないだろ?」
ルサンとテルムは一気に興味を引かれた。
「面白そうだ。そこにしよう!」
ミルクスピア島まではおよそ七時間の航海となる。
彼らが乗るのは“魔動船”と呼ばれる、風の魔法を動力源とした船だった。そしてその船の名もまた——「ミルクスピア」。これは偶然ではない。この航路を行く定期船には、島の名が冠されていたのだ。
船内は豪華で快適だった。柔らかなカーペットが敷かれ、居心地の良いソファが並び、長旅を感じさせない空間が広がっていた。
しかし、テルムにとってそれは地獄のような時間となった。彼は重度の船酔い体質だったのだ。後にこう振り返っている。
「最初は楽勝だと思ったんだ。けど、まさか自分の魂まで吐き出す羽目になるとはな……」
旅の途中、船は“プロス諸島”と呼ばれる島々に寄港した。そこは多種多様な動物たちが生息する、魔法動物の保護区のような場所だった。
彼らはその島で、「稿(こう)」の亜種、「柔(やわ)」に出会う。ぷにぷにとしたその生き物は、触れるだけで癒されるような感触を持ち、見る者すべてを虜にする。攻撃性はなく、非常に穏やかな草食動物だった。
だが、あまりに多くの観光客が触れすぎたのか、「柔」は体を固くして防御反応を示した。まるで「もうやめてくれ」と訴えるかのように。
再び航路に戻ってから約四時間後、ついに目的地・ミルクスピア島がその姿を現した。
その島は想像以上に発展しており、サウスイベルト大陸に属する島々の中でも、サンカルル領サウスイベルト島に次ぐ第二の規模を誇っていた。
上陸してすぐ、彼らの視界に飛び込んできたのは、島の名の由来となった巨大な石像「ミルクスピア」だった。
それは、あまりにも神々しい存在だった。
風に吹かれることも、時に削られることも許さぬような、圧倒的な気配。まるでその場の空気までもが静まり返るかのようだった。
この石像は、「世界魔法平和連合」によって「世界魔法遺産」に認定されている。
しかも、四年に一度、3月9日になると石像は突如として強大な魔力を放出するという。
理由はいまだ不明で、「世界三大不可解現象」のひとつとしても数えられている。
その異変の際には、島の住民すべてが一時的に島を離れるという徹底ぶりだ。
石像を目の当たりにした瞬間、ルサンとテルムは思わず息を呑んだ。
「……こんな、神聖な雰囲気を放つ石像があるのかよ」
2人はそう呟きながら、しばしその巨大な遺産の前に立ち尽くしていた——。
そうして、地元の観光協会「ミルクピアの会」の方が、私たちを内陸部へと案内してくれた。
道を進むにつれて、海風の匂いは次第に薄れ、代わりに深い森の香りと、遠くから聞こえる水の轟音が耳に届くようになってきた。やがて目の前に現れたのは、高さおよそ二三〇〇メートルから豪快に水が流れ落ちる壮大な滝——「ジュボンスの滝」だった。その名の由来について、案内人が静かに語ってくれた。
昔々、「ジュボンス」という名の水の魔法使いがいたという。ある日、恐ろしい魔物に追われた彼は、逃げ場を求め、この滝を魔法のはしごのようにして駆け上がったという。その伝説から、この滝は「ジュボンスの滝」と呼ばれるようになったそうだ。
さらに内陸へと足を進めると、静かな森の奥にひっそりと佇む建物が現れた。「聖海石博物館」だ。そこには「クローニア公国重要保存物」に指定された「聖海石」が展示されていた。聖海石は、古来より神聖な力を宿すとされ、ミルクスピアに残る石像とも深い関係があると言われている。
神話と歴史が交錯するこの土地には、まだ語り尽くせぬ物語が眠っているようだった。
島の反対側へと足を運ぶと、岩肌にぽっかりと口を開けた洞窟が姿を現した。その名は「ワルポルス洞窟」。かつて凶悪な魔物「ワルポルス」が封印されたという、忌まわしい伝承の残る場所だった。
洞窟の周囲には、封印の力に引き寄せられるように魔物が群れを成しており、内部へ立ち入るには攻撃系の魔法スキルがLv50以上であることが条件とされている。これは、魔法協会によって定められた厳格な規則だ。
ビザンは「アイスフォーク」の魔法をLv50以上で習得していたが、ルさんとテルムはその基準に届いていなかった。そのため、ビザンが単独で洞窟に向かい、会社から支給された記録用魔導具——通称「マドウ(魔道カメラ)」を使って、内部の様子を撮影してくることになった。
洞窟周辺は、危険回避のために半径100メートル以内が封鎖されていた。それでも、ビザンは「アイズーム」という遠隔視の魔法を駆使し、内部の様子を詳細に観察することができたという。
ワルポルス洞窟の調査を終えた一行は、島の中心部を抜けて、ふと開けた場所へと辿り着いた。そこに広がっていたのは、「クローバー畑」と呼ばれる、不思議な光景だった。
草原一面に、世界中のあらゆる種類の草花が、それぞれ一株ずつ、整然と咲き誇っている。四つ葉のクローバーや月草、灼熱の地でしか咲かないとされる紅花に、氷原の花・銀雪草まで——その全てが、まるで誰かが意図して並べたかのように、静かに風に揺れていた。
「……なんで、こんなとこに全部あるんだろうな」
テルムがぼそりと呟いたが、誰にも答えられる者はいなかった。
やがて空が茜色から群青へと変わりはじめ、一行は帰路につくことにした。帰りの船は、行きに乗った「ミルクピア」号ではなく、「クローニアセントラル」という名の船だった。船体の装飾や揺れ具合などはほとんど変わらなかったが——もちろん、テルムの船酔いも健在だった。
「うぅ……まじでこれだけは慣れねぇ……」
と唸りながら甲板に突っ伏していたテルムだったが、ふと顔を上げると、夜空いっぱいに星が広がっていた。
「すげえ……」
ただその一言だけで、彼の心がどれほど動かされたかは、誰の目にも明らかだった。
やがて、船は無事クローニア港へと到着した。時計の針はすでに夜の7時を回っていた。前日泊まった「星空亭」へ向かうことも考えたが、港からは少し距離があるため、その晩は港近くの「港青宿(こうせいじゅく)」に泊まることにした。
その宿は、中世の時代には贅を尽くしたとされる建築で、壁一面には当時は貴重だった「ガラス」がふんだんに使われていた。窓辺に立てば、クローニア港が一望でき、星と港灯が交じり合う幻想的な夜景が広がっていた。
もちろん、その景色に見合うだけの宿泊費も請求されたが、それでも一行はその価値をすぐに理解した。
宿では、豪華な夕食が待っていた。白く艶やかな「米」の上に、港で獲れたあっさりとした魚「まふ」が丁寧にのせられた丼。黄金色に輝く「いくら」が散りばめられた海宝丼。そして、脂の乗った肉「膏(こう)」の炙り。仕上げには、キンキンに冷やされた「氷葡萄」がデザートとして供された。
料理が並んだ瞬間、テルムは目を輝かせ、思わずよだれを拭いながらこう言った。
「……これ、夢だったらどうしような」
笑いながらも、一行はその夜、心から満たされたひとときを過ごしたのだった。
翌朝。まだ朝靄が残る港町に、鳥のさえずりが微かに響いていた。
テルムがようやく目を覚ましたとき、ルサンの声が、ありえないほどの即効性で耳に飛び込んできた。
「んで、これからどうする?」
唐突なその問いに、テルムはまばたきを数度繰り返してから、ため息交じりに起き上がる。
「さすがに、ここでずっと待機してるわけにもいかないだろ?」
テルムは頷いた。
「ああ、だからさ。俺、昨日からずっと考えてたんだ。次はどこへ行くべきかってな」
ルサンとビザンが同時に反応した。
「ほう?」
「聞こうじゃねえか」
テルムは椅子に深く腰を下ろすと、真剣な表情で語りはじめた。
「正直に言うけどさ、俺たちだけじゃ——この戦力だけじゃ国なんて作れっこない。まずは、仲間を増やすことと、俺たち自身がもっと強くなること。それが先決だと思う」
ビザンが腕を組んでうなずいた。
「確かに。その通りだな」
ルサンも、口の端を上げながら言った。
「はっきり言ってくれるじゃねえか。嫌いじゃないぜ、そういうの」
勢いを得たテルムは、テーブルに地図を広げながら続けた。
「んで、俺が考えたルートなのだけど——まずはドワスを経由して、ロードノンに向かうってのはどうだ?」
ビザンが眉を上げる。ルサンも少し驚いた様子だ。
テルムは指を地図上の二国に滑らせながら説明を続けた。
「ドワス王国は、ドワーフの国。鍛冶技術にかけちゃ、世界で三本の指に入るって言われている。武具を整えるにはうってつけだ。そしてロードノン王国。剣士が多くて、軍事国家。南部地域の覇権をドサクイ帝国と争っているだけあって、実力者がゴロゴロいる」
ルサンは勢いよく手を叩いた。
「いいじゃねえか、そのプラン! 乗ったぜ!」
ビザンもニコニコしながら指を立てた。
「ルサンに同意~。じゃ、それで決まりだな。さっそく出発と行こう」
彼はすぐに出発手段を検討し始めた。
「移動手段は、船か鉄道か……船なら7時間で着く。ただ、鉄道は前の“地震”の影響で、この首都から3km離れたベルメルンブルクまでしか通ってなくて、トータル10時間以上かかるからな。普通に考えりゃ船だが……」
そう言ってから、ビザンはちらりとテルムの顔を見た。そして、くすりと笑った。
「……テルムがその顔じゃ、船はやめといた方が良さそうだな」
テルムはギョッとして身を乗り出した。
「な、なんで分かった!?」
その瞬間、ルサンが大笑いしながら肩を叩いた。
「お前な、顔に“頼むから船はやめてくれぇぇぇ”って書いてあんだよ。読めるわ、そんなもん! なあ?まあ俺も船よりかは汽車の方が圧倒的に良いけどな」
テルムは真っ赤になりながら頭をかき、「くそっ……」と小さくつぶやいたが、どこか安心したような笑みを浮かべていた。
こうして、一行の次なる旅路——ドワス、そしてロードノンへ向けた冒険が、また一歩動き出した。
朝の空気はまだ冷たさを残していたが、クローニア駅のホームには旅に出る者特有の静かな熱気が漂っていた。ルサン、ビザン、テルムの三人は、ベルメルンブルクへ向かう汽車を待っていた。
「……なんで、こんなとこに全部あるんだろうな」
テルムがぼそりと呟いたが、誰にも答えられる者はいなかった。
やがて空が茜色から群青へと変わりはじめ、一行は帰路につくことにした。帰りの船は、行きに乗った「ミルクピア」号ではなく、「クローニアセントラル」という名の船だった。船体の装飾や揺れ具合などはほとんど変わらなかったが——もちろん、テルムの船酔いも健在だった。
「うぅ……まじでこれだけは慣れねぇ……」
と唸りながら甲板に突っ伏していたテルムだったが、ふと顔を上げると、夜空いっぱいに星が広がっていた。
「すげえ……」
ただその一言だけで、彼の心がどれほど動かされたかは、誰の目にも明らかだった。
やがて、船は無事クローニア港へと到着した。時計の針はすでに夜の7時を回っていた。前日泊まった「星空亭」へ向かうことも考えたが、港からは少し距離があるため、その晩は港近くの「港青宿(こうせいじゅく)」に泊まることにした。
その宿は、中世の時代には贅を尽くしたとされる建築で、壁一面には当時は貴重だった「ガラス」がふんだんに使われていた。窓辺に立てば、クローニア港が一望でき、星と港灯が交じり合う幻想的な夜景が広がっていた。
もちろん、その景色に見合うだけの宿泊費も請求されたが、それでも一行はその価値をすぐに理解した。
宿では、豪華な夕食が待っていた。白く艶やかな「米」の上に、港で獲れたあっさりとした魚「まふ」が丁寧にのせられた丼。黄金色に輝く「いくら」が散りばめられた海宝丼。そして、脂の乗った肉「膏(こう)」の炙り。仕上げには、キンキンに冷やされた「氷葡萄」がデザートとして供された。
料理が並んだ瞬間、テルムは目を輝かせ、思わずよだれを拭いながらこう言った。
「……これ、夢だったらどうしような」
笑いながらも、一行はその夜、心から満たされたひとときを過ごしたのだった。
翌朝。まだ朝靄が残る港町に、鳥のさえずりが微かに響いていた。
テルムがようやく目を覚ましたとき、ルサンの声が、ありえないほどの即効性で耳に飛び込んできた。
「んで、これからどうする?」
唐突なその問いに、テルムはまばたきを数度繰り返してから、ため息交じりに起き上がる。
「さすがに、ここでずっと待機してるわけにもいかないだろ?」
テルムは頷いた。
「ああ、だからさ。俺、昨日からずっと考えてたんだ。次はどこへ行くべきかってな」
ルサンとビザンが同時に反応した。
「ほう?」
「聞こうじゃねえか」
テルムは椅子に深く腰を下ろすと、真剣な表情で語りはじめた。
「正直に言うけどさ、俺たちだけじゃ——この戦力だけじゃ国なんて作れっこない。まずは、仲間を増やすことと、俺たち自身がもっと強くなること。それが先決だと思う」
ビザンが腕を組んでうなずいた。
「確かに。その通りだな」
ルサンも、口の端を上げながら言った。
「はっきり言ってくれるじゃねえか。嫌いじゃないぜ、そういうの」
勢いを得たテルムは、テーブルに地図を広げながら続けた。
「んで、俺が考えたルートなのだけど——まずはドワスを経由して、ロードノンに向かうってのはどうだ?」
ビザンが眉を上げる。ルサンも少し驚いた様子だ。
テルムは指を地図上の二国に滑らせながら説明を続けた。
「ドワス王国は、ドワーフの国。鍛冶技術にかけちゃ、世界で三本の指に入るって言われている。武具を整えるにはうってつけだ。そしてロードノン王国。剣士が多くて、軍事国家。南部地域の覇権をドサクイ帝国と争っているだけあって、実力者がゴロゴロいる」
ルサンは勢いよく手を叩いた。
「いいじゃねえか、そのプラン! 乗ったぜ!」
ビザンもニコニコしながら指を立てた。
「ルサンに同意~。じゃ、それで決まりだな。さっそく出発と行こう」
彼はすぐに出発手段を検討し始めた。
「移動手段は、船か鉄道か……船なら7時間で着く。ただ、鉄道は前の“地震”の影響で、この首都から3km離れたベルメルンブルクまでしか通ってなくて、トータル10時間以上かかるからな。普通に考えりゃ船だが……」
そう言ってから、ビザンはちらりとテルムの顔を見た。そして、くすりと笑った。
「……テルムがその顔じゃ、船はやめといた方が良さそうだな」
テルムはギョッとして身を乗り出した。
「な、なんで分かった!?」
その瞬間、ルサンが大笑いしながら肩を叩いた。
「お前な、顔に“頼むから船はやめてくれぇぇぇ”って書いてあんだよ。読めるわ、そんなもん! なあ?まあ俺も船よりかは汽車の方が圧倒的に良いけどな」
テルムは真っ赤になりながら頭をかき、「くそっ……」と小さくつぶやいたが、どこか安心したような笑みを浮かべていた。
こうして、一行の次なる旅路——ドワス、そしてロードノンへ向けた冒険が、また一歩動き出した。
朝の空気はまだ冷たさを残していたが、クローニア駅のホームには旅に出る者特有の静かな熱気が漂っていた。ルサン、ビザン、テルムの三人は、ベルメルンブルクへ向かう汽車を待っていた。
目的地まではわずか二十分。急行に乗るまでもない距離だ。彼らはあえて各駅停車を選んだが、それが後に“事件”を呼ぶことになるとは、誰も思っていなかった。
列車がホームに滑り込んでくる。ルサンはその姿を見た瞬間、目を見開いた。
「……まさか、旧型のK48型か。メンス式、120系……!だな」
その声は興奮と驚きが入り混じっていた。彼の鉄道知識がスイッチを入れたのだ。
「急行はKN10型のN100系だったのに、これは完全に別物だ……造りも音も、全然違う」
彼の“鉄道オタク魂”が完全に目覚めてしまった。
車内に乗り込むと、彼はきょろきょろと辺りを見回し、すぐに座席に目を留めた。
「セミクロスシートだ。急行と比べると簡素だけど、これはこれで味がある」
さらに天井を見上げて、ニヤリと笑う。
「T-10ベル、ちゃんとある。テーブルも小さいけど、完備されている。実に良い……」
呆れ顔のビザンとテルムは、ただ黙って彼の語りを受け止める。すでに何度も見てきた光景だ。鉄道に関することになると、ルサンの目は輝き、話は止まらない。
列車が動き出すと、彼は窓から耳を澄まし、ふと呟いた。
「……やっぱりM-29モーターだな。時代遅れだが、この音、この振動……記録しなきゃ」
ルサンはポケットから録音機を取り出した。
「イルレコード」、ドサクイ製の精密機器。音鉄御用達の名機だ。
その姿を見たビザンは思わず吹き出しそうになるが、ぐっと堪えた。テルムも同じだった。
「……好きだなあ、本当に」
彼らの中で、ルサンの鉄道愛はすっかり風物詩になっていた。
ルサンが車内の録音に夢中になっているうちに、列車は「ベルメルンブルク」駅に到着した。ホームに降り立つと、そこからは徒歩での移動になる。
「歩きか……体は疲れないのに、なぜか精神的に削られるんだよな」
ルサンは肩をすくめて呟いた。
その横で、テルムが申し訳なさそうに視線を落とす。
「……俺が船に弱いばっかりに、すまん」
「まあ、俺たちは王の決定に従うだけですよ」
ビザンは軽く肩をすくめて答える。
「じゃ、行こうか」
テルムの声とともに、三人は再び旅路に足を踏み出した。
目的地までは、およそ六十キロ。長い道のりだ。
最初の数キロは、復興の手が比較的行き届いていた。地面は整備され、倒壊した家屋もいくらか修復が進んでいる。しかし、ベルメルンブルクを出て五キロほど過ぎたあたりから、風景が一変した。
地震の爪痕が、生々しく残っている。
舗装された道は、裂け目や亀裂でぐちゃぐちゃに割れていた。小さな丘のような山が、真っ二つに裂けている光景も目にした。
「……危なっ」
足を踏み外しかけたルサンが叫ぶ。
「ここの裂け目、デカいな……」
ビザンは地面を覗き込み、眉をひそめた。
まるで冗談のように荒れ果てた風景のなか、彼らの会話も自然と無口になっていく。
しばらく進むと、道が二手に分かれていた。古びた木製の案内板があるにはあったが、地震で折れ、風雨に晒され、完全に判別不能な状態になっていた。
「どっちだ……」
誰ともなくつぶやき、一同はなんとなく右の道へ進むことにした。
だが、運命は三人に味方しなかった。
しばらく進んだその先に――異様な光景が広がっていた。
巨大な裂け目。
それは、地平線の先まで続くかのような深く、長い断裂。およそ二キロにも及ぶ、黒く口を開けた地の裂け目だった。
「……戻るしかないな」
ビザンが呟いた。
だがその瞬間、足元の土が崩れた。
乾いた音とともに地面が崩落し、彼らは咄嗟に後ずさった。
「くそ、あの時の地震のせいで地盤が緩んでる……!」
テルムが歯噛みする。
「ビザン、氷で橋を作れないか!? 向こう岸まで!」
「無理だ。距離がありすぎるし、こんな環境じゃ魔力の消耗が早すぎる。持たない」
追い詰められた。崖の向こうにも、後ろにも道はない。完全に袋小路だ。
だが、次の瞬間――
「よお」
乾いた声が、崖の向こうから響いた。
三人は目を見開いた。
その声は、ルサンでも、ビザンでも、テルムでもない。完全に見知らぬ人物のものだった。
「誰だ……?」
ルサンが声のする方へ目を凝らす。
足元の土が崩れ、後退もままならない状況のなか、どこからともなく声が響いた。
「よう。」
一同が驚いて振り返ると、裂け目のすぐ傍らに、一人の男が立っていた。風に揺れる外套に覆われた姿は、どこか見覚えがある。
「……お前……っ、あの時の帝国兵……!? なぜここに!?」テルムが警戒心をあらわに叫ぶ。
男は口元に皮肉めいた笑みを浮かべ、肩をすくめた。「お前らを取り逃がした責任を問われて、逮捕された。あわや死刑ってとこだったよ。でもな……それが、逆に幸運だったとってる。」
「……まさか、旧型のK48型か。メンス式、120系……!だな」
その声は興奮と驚きが入り混じっていた。彼の鉄道知識がスイッチを入れたのだ。
「急行はKN10型のN100系だったのに、これは完全に別物だ……造りも音も、全然違う」
彼の“鉄道オタク魂”が完全に目覚めてしまった。
車内に乗り込むと、彼はきょろきょろと辺りを見回し、すぐに座席に目を留めた。
「セミクロスシートだ。急行と比べると簡素だけど、これはこれで味がある」
さらに天井を見上げて、ニヤリと笑う。
「T-10ベル、ちゃんとある。テーブルも小さいけど、完備されている。実に良い……」
呆れ顔のビザンとテルムは、ただ黙って彼の語りを受け止める。すでに何度も見てきた光景だ。鉄道に関することになると、ルサンの目は輝き、話は止まらない。
列車が動き出すと、彼は窓から耳を澄まし、ふと呟いた。
「……やっぱりM-29モーターだな。時代遅れだが、この音、この振動……記録しなきゃ」
ルサンはポケットから録音機を取り出した。
「イルレコード」、ドサクイ製の精密機器。音鉄御用達の名機だ。
その姿を見たビザンは思わず吹き出しそうになるが、ぐっと堪えた。テルムも同じだった。
「……好きだなあ、本当に」
彼らの中で、ルサンの鉄道愛はすっかり風物詩になっていた。
ルサンが車内の録音に夢中になっているうちに、列車は「ベルメルンブルク」駅に到着した。ホームに降り立つと、そこからは徒歩での移動になる。
「歩きか……体は疲れないのに、なぜか精神的に削られるんだよな」
ルサンは肩をすくめて呟いた。
その横で、テルムが申し訳なさそうに視線を落とす。
「……俺が船に弱いばっかりに、すまん」
「まあ、俺たちは王の決定に従うだけですよ」
ビザンは軽く肩をすくめて答える。
「じゃ、行こうか」
テルムの声とともに、三人は再び旅路に足を踏み出した。
目的地までは、およそ六十キロ。長い道のりだ。
最初の数キロは、復興の手が比較的行き届いていた。地面は整備され、倒壊した家屋もいくらか修復が進んでいる。しかし、ベルメルンブルクを出て五キロほど過ぎたあたりから、風景が一変した。
地震の爪痕が、生々しく残っている。
舗装された道は、裂け目や亀裂でぐちゃぐちゃに割れていた。小さな丘のような山が、真っ二つに裂けている光景も目にした。
「……危なっ」
足を踏み外しかけたルサンが叫ぶ。
「ここの裂け目、デカいな……」
ビザンは地面を覗き込み、眉をひそめた。
まるで冗談のように荒れ果てた風景のなか、彼らの会話も自然と無口になっていく。
しばらく進むと、道が二手に分かれていた。古びた木製の案内板があるにはあったが、地震で折れ、風雨に晒され、完全に判別不能な状態になっていた。
「どっちだ……」
誰ともなくつぶやき、一同はなんとなく右の道へ進むことにした。
だが、運命は三人に味方しなかった。
しばらく進んだその先に――異様な光景が広がっていた。
巨大な裂け目。
それは、地平線の先まで続くかのような深く、長い断裂。およそ二キロにも及ぶ、黒く口を開けた地の裂け目だった。
「……戻るしかないな」
ビザンが呟いた。
だがその瞬間、足元の土が崩れた。
乾いた音とともに地面が崩落し、彼らは咄嗟に後ずさった。
「くそ、あの時の地震のせいで地盤が緩んでる……!」
テルムが歯噛みする。
「ビザン、氷で橋を作れないか!? 向こう岸まで!」
「無理だ。距離がありすぎるし、こんな環境じゃ魔力の消耗が早すぎる。持たない」
追い詰められた。崖の向こうにも、後ろにも道はない。完全に袋小路だ。
だが、次の瞬間――
「よお」
乾いた声が、崖の向こうから響いた。
三人は目を見開いた。
その声は、ルサンでも、ビザンでも、テルムでもない。完全に見知らぬ人物のものだった。
「誰だ……?」
ルサンが声のする方へ目を凝らす。
足元の土が崩れ、後退もままならない状況のなか、どこからともなく声が響いた。
「よう。」
一同が驚いて振り返ると、裂け目のすぐ傍らに、一人の男が立っていた。風に揺れる外套に覆われた姿は、どこか見覚えがある。
「……お前……っ、あの時の帝国兵……!? なぜここに!?」テルムが警戒心をあらわに叫ぶ。
男は口元に皮肉めいた笑みを浮かべ、肩をすくめた。「お前らを取り逃がした責任を問われて、逮捕された。あわや死刑ってとこだったよ。でもな……それが、逆に幸運だったとってる。」
一同は困惑しながらも黙って耳を傾けていた。
「もう死と隣り合わせの軍務なんてごめんだ。命令ばかりの世界で生きるより、いっそ自由に生きたいと思った。それに……軍という名の檻より、警察の檻の方がまだマシだ。」
男は言葉を切り、懐から青白く光る小さな瓶を取り出す。
「……魔力玉。魔力を増幅し、補充もできる。これがあれば、裂け目を越えるだけの魔法も使えるだろう。ただし――交換条件がある。」
テルムが目を細めて問う。「……なんだ?」
男は一歩前に出て、真正面から三人を見据えた。
「……俺を、お前たちの仲間に入れてほしい。」
一瞬、空気が凍ったような沈黙が流れた。自分たちを追っていた敵が、今や仲間になりたいと言っている。それも、死刑寸前まで追い詰められた過去を持ちながら。
ビザンは険しい表情を崩さぬまま、テルムに目配せした。ルサンも目を伏せて思案に沈む。
しかし、男の目は真っ直ぐだった。利害や打算を超えた、決意の光がそこにはあった。
やがてテルムが口を開いた。「……名前は?」
男は静かに答えた。「アーネスト。」
ルサンが小さく息をつき、ビザンも肩の力を抜く。
「じゃあ、頼むぜ――アーネスト。」テルムはそう言って、手を差し出した。
アーネストが言った。
「よし了解。ビザンっていうのか? ほら、魔力玉だ」
「お、おう、ありがとう。じゃあ……食べるぞ」
ビザンが魔力玉を口にすると、すぐに体の奥から魔力が溢れ出す感覚が走った。
「これが……魔力玉か。噂には聞いていたが、食べるのは初めてだ。力がみなぎってくるな……!」
アーネストがうなずく。
「じゃあ出してみろ、氷を」
「ほいきた」
ビザンが気合を込めた。
「はぁぁぁぁぁぁ……ふんッ!」
次の瞬間、氷の平らな橋が谷に架かる。しっかりと柵までついていて、安全にも配慮されている。
ルサンとテルムは思わず声を揃えた。
「すごい……」
こうして一行は無事に谷を越えた。そこから先、地形はなだらかになり、やがてドワス国境が見えてきた。
そのときルサンが突然声を上げる。
「しまった! ドワスには入国許可証……つまりパスポートが必要だった!」
だがビザンは落ち着いた様子だった。
「心配するな。クローニア公国軍に手配してもらってある。ロードノンの分も含めてな」
ルサンは慌てて確認する。
「でも、人数分あるのか?」
ビザンは笑って言った。
「スパイがパスポートの用意を怠ると思うか?」
ルサンはバツが悪そうに頭を掻いた。
「あ……完全に忘れてた。悪い……」
アーネストが確認する。
「俺とテルムの分もあるのか?」
「もちろんだ」
テルムは安堵したように息をつく――その直後、腹の虫が「グー」と鳴いた。
「……失礼」
頬を赤らめるテルムに、アーネストが豪快に笑う。
「はっはっは! じゃあ、ドワスに着いたらまず飯だな。たしかドワスは鉄が豊富で、鉄道もしっかりしてる。国境から駅まですぐだろう」
「その通りだ」ルサンが得意げに言った。
そして、早口になりながら語り出す。
「まず、クロムクローニア駅でクロムクローニア線に乗る。で、そのままD-N500型の新型――1200番台急行《ハーベスト号》に接続できるんだ。今期の増備車で、制御装置が最新。走行音も静かになってる。終点は首都パームの《ドワステーション駅》。だいたい所要時間は2時間半。しかもな、新型の食堂車が編成に入ったって情報もある。これは乗るしかないだろ!」
アーネストは苦笑しながらテルムたちに尋ねた。
「……いつもこんな感じか?」
テルムは笑いながら答えた。
「ああ。でも、まあ面白いだろ?」
アーネストも小さく笑う。
「確かにな」
「おい、何笑ってんだ。さっさと行くぞ」
照れ隠しのようにルサンが声をかけ、一行は国境へと向かう。全員分のパスポートを見せ、無事に入国を果たした。
「駅までの経路は、国境の警備兵に聞いておいたから大丈夫だよ」テルムが報告する。
「どうする? ここで飯にするか?」ビザンが尋ねる。
「いや、せっかくだから車内で食べてみたい。どんな食堂車か、ちょっと気になる」
「了解」
それを聞いたルサンは満面の笑みを浮かべた。
「テルム……ようやく分かってくれたか、食堂車の魅力を……!」
アーネストは吹き出した。
「わっはははは!」
そうして、食堂車のある急行列車「ハーベスト号」に乗ることに。換金所でしっかりと換金してからハーベスト号に乗る。ハーベスト号は豪華車両で、食堂車以外にも魅力的なものがあり、まず個室に座れ
「もう死と隣り合わせの軍務なんてごめんだ。命令ばかりの世界で生きるより、いっそ自由に生きたいと思った。それに……軍という名の檻より、警察の檻の方がまだマシだ。」
男は言葉を切り、懐から青白く光る小さな瓶を取り出す。
「……魔力玉。魔力を増幅し、補充もできる。これがあれば、裂け目を越えるだけの魔法も使えるだろう。ただし――交換条件がある。」
テルムが目を細めて問う。「……なんだ?」
男は一歩前に出て、真正面から三人を見据えた。
「……俺を、お前たちの仲間に入れてほしい。」
一瞬、空気が凍ったような沈黙が流れた。自分たちを追っていた敵が、今や仲間になりたいと言っている。それも、死刑寸前まで追い詰められた過去を持ちながら。
ビザンは険しい表情を崩さぬまま、テルムに目配せした。ルサンも目を伏せて思案に沈む。
しかし、男の目は真っ直ぐだった。利害や打算を超えた、決意の光がそこにはあった。
やがてテルムが口を開いた。「……名前は?」
男は静かに答えた。「アーネスト。」
ルサンが小さく息をつき、ビザンも肩の力を抜く。
「じゃあ、頼むぜ――アーネスト。」テルムはそう言って、手を差し出した。
アーネストが言った。
「よし了解。ビザンっていうのか? ほら、魔力玉だ」
「お、おう、ありがとう。じゃあ……食べるぞ」
ビザンが魔力玉を口にすると、すぐに体の奥から魔力が溢れ出す感覚が走った。
「これが……魔力玉か。噂には聞いていたが、食べるのは初めてだ。力がみなぎってくるな……!」
アーネストがうなずく。
「じゃあ出してみろ、氷を」
「ほいきた」
ビザンが気合を込めた。
「はぁぁぁぁぁぁ……ふんッ!」
次の瞬間、氷の平らな橋が谷に架かる。しっかりと柵までついていて、安全にも配慮されている。
ルサンとテルムは思わず声を揃えた。
「すごい……」
こうして一行は無事に谷を越えた。そこから先、地形はなだらかになり、やがてドワス国境が見えてきた。
そのときルサンが突然声を上げる。
「しまった! ドワスには入国許可証……つまりパスポートが必要だった!」
だがビザンは落ち着いた様子だった。
「心配するな。クローニア公国軍に手配してもらってある。ロードノンの分も含めてな」
ルサンは慌てて確認する。
「でも、人数分あるのか?」
ビザンは笑って言った。
「スパイがパスポートの用意を怠ると思うか?」
ルサンはバツが悪そうに頭を掻いた。
「あ……完全に忘れてた。悪い……」
アーネストが確認する。
「俺とテルムの分もあるのか?」
「もちろんだ」
テルムは安堵したように息をつく――その直後、腹の虫が「グー」と鳴いた。
「……失礼」
頬を赤らめるテルムに、アーネストが豪快に笑う。
「はっはっは! じゃあ、ドワスに着いたらまず飯だな。たしかドワスは鉄が豊富で、鉄道もしっかりしてる。国境から駅まですぐだろう」
「その通りだ」ルサンが得意げに言った。
そして、早口になりながら語り出す。
「まず、クロムクローニア駅でクロムクローニア線に乗る。で、そのままD-N500型の新型――1200番台急行《ハーベスト号》に接続できるんだ。今期の増備車で、制御装置が最新。走行音も静かになってる。終点は首都パームの《ドワステーション駅》。だいたい所要時間は2時間半。しかもな、新型の食堂車が編成に入ったって情報もある。これは乗るしかないだろ!」
アーネストは苦笑しながらテルムたちに尋ねた。
「……いつもこんな感じか?」
テルムは笑いながら答えた。
「ああ。でも、まあ面白いだろ?」
アーネストも小さく笑う。
「確かにな」
「おい、何笑ってんだ。さっさと行くぞ」
照れ隠しのようにルサンが声をかけ、一行は国境へと向かう。全員分のパスポートを見せ、無事に入国を果たした。
「駅までの経路は、国境の警備兵に聞いておいたから大丈夫だよ」テルムが報告する。
「どうする? ここで飯にするか?」ビザンが尋ねる。
「いや、せっかくだから車内で食べてみたい。どんな食堂車か、ちょっと気になる」
「了解」
それを聞いたルサンは満面の笑みを浮かべた。
「テルム……ようやく分かってくれたか、食堂車の魅力を……!」
アーネストは吹き出した。
「わっはははは!」
そうして、食堂車のある急行列車「ハーベスト号」に乗ることに。換金所でしっかりと換金してからハーベスト号に乗る。ハーベスト号は豪華車両で、食堂車以外にも魅力的なものがあり、まず個室に座れ
続きは頑張って書きます