空気嫁2(がすわいふつう゛ぁい)

『屁~音!2』


東の空が青く明らんできた。
凍るような寒さの中で、それでもスズメの交わす鳴き声は生き生きと一日の始まりを表す。
そんな冬の朝。

ブォオッコーーーーーーーン!

田舎の静寂をぶち破る轟音。
とある民家からそれは発せられ、同時に二人の男が窓から射出された。
俺と親父だ。
布団ごと吹っ飛んで(洒落ではない。つーか洒落にならない)、地面に投げ出される。
いや、投げ出されたのは俺だけだ。布団と一緒くたになって土にまみれる。
一方、親父は造作もなく二本の足で着地した。どういう原理でやったものか、
きれいにたたまれた布団が右の手のひらに載って、ポーズまで取っている。そして一言、

「10.00」

農家パネェ。

「まったく我が息子ながら情けないな。毎朝恒例のことなのだから、少しは慣れてもらわんと」
「慣れたら人間じゃねえっての」

体の土ぼこりをはたきながら答える。
そうなのだ。
俺たちは毎日、その日の朝をれみりゃの屁で迎えているのである。
早朝のある時間内において、れみりゃは前触れ無く強大なガス噴射をする。その膨大な気圧によって、
俺と親父は田舎の空へとテイクオフし、ダイナミック起床を果たすのだ。
外に出てやってくれと言いたいところだが、というか言ったのだが、れみりゃとしては無意識の中で
やってしまうとのことで、コントロールはできないらしい。眠った状態でそれをしてしまい、
した後で目が覚めるということだ。
そしてそれをしない朝はない。むしろしないときは体に変調をきたしている証だそうだ。
親父いわく、

『健康的なれみりゃは常に体内でガスを生産しているからな。定期的に出さないとならんのだ。
特に就寝中にたまったものは、朝に出すことになっている』
『なるほど、これが本当のガス抜き、ってやかましいわ』

思わず一人ノリツッコミをしてしまうほどに、とんでもない生態だった。
まあ動く肉まんというだけでも、いろいろと超越してるが。

「毎回窓ぶち破ると家計が破産するからって、窓外して寝るのも大変なんだよ。この寒空だぜ? 
南極探検家の訓練じゃねぇんだから」
「情けないことを言うな。私の若い頃は、全裸で冬の湖に浮きながら目覚めたものだ。湖面と共に
凍り漬けになる感覚が最高でな」

どう間違ったらそんな経験すんだよ。

「それに、最近はあの威勢のいい爆音を聞かないと目覚めた気にならなくてな。爽やかな朝に
ふさわしいとさえ感じるようになったぞ、私は」
「清々しいガスってか。冗談じゃねえよ、早朝バズーカ食らってる気分だ」
「真の農家にとっては、あんなもの屁でもないわ」
「屁そのものだろ」

そんなアホな言葉を交わしながら家に戻ると、れみりゃが朝食の準備をに取りかかっていた。

「うっうっうー♪ 朝ご飯の支度だどー☆」

子供用の前掛けをつけて、あっちこっち動き回っている。
これも恒例の光景だ。
幼児体型にふさわしいたどたどしさで、しかし、はつらつとした動きで食卓を整えていく。
程なくしてちゃぶ台の上には三人分の朝食がきちんと用意された。
このあたりはさすがだなと思う。
自分の仕事をきちんとこなすのは一人前の証拠だからだ。
そういったことはれみりゃもれみりゃなりに自覚しているらしく、食事に関しては決して
誰の手も借りようとしないのだった。

「うむ、立派な朝げだな。これだけできるのなら、いつ嫁に出しても恥ずかしくない」
「いや、親父が嫁に引っ張ってきたんだろ」
「だどー」
「人聞きの悪い。無断で拾ってきたと言ってくれ」
「なお悪いわ!」

端で聞いていると、「いたいけな幼女をさらってきて、成人男子と関係を結ばせる変態行為」に
受け取られそうだが、一切否定できないのが辛い。
とりあえず細かいことは無理にでもわきに追いやって、俺は朝食に手をつけることにした。いただきます。

「今日の献立は──プリン丼にプリンのお吸い物、プリンのおひたしか」
「ここのところレパートリーも順調に増えてきたな」
「前はプリンしか作れなかったからなぁ」
「この調子でいけば満漢全席も可能になるかもしれんぞ」
「うー☆」
「ハハハハハハ」
「ワハハハハハ」

細かいことはわきに追いやるのだ。




「では畑の様子を見にいってくる」

上がりかまちに腰掛けて、親父は言った。すでに作業着に着替えている。

「あ? だったら俺も一緒に行くぜ?」

いつも農作業は共同でやっているのだ。なぜにこの日に限って。

「軽い作業だ。一人でできる。お前はれみりゃと一緒に留守番だ。後は若い者同士でよろしくやってくれ」

ニッ、と白い歯を輝かせる親父。
爽やかそうに見えるが、前に出した右手、その親指が人差し指と中指の間に差し込まれていたので
瞬間的に怒りがわく。
感情のままに一足で間合いを詰め、上段へ蹴りを放つ。当たる直前に足先をさらに上げ、ひざを支点に
真下へ振り下ろした。ブラジリアンハイキックだ。
会心の一撃!
攻撃は見事セクハラ親父に当たった。──が、すり抜けた。手応えの無さにがく然とするも、
親父の姿が消えたことにさらに戸惑う。

「なん……だと……?」

消えた親父のいたあたりの床にはホコリが舞っている。まさか、残像?
高速で移動したことによって、網膜内に虚像が生じたというのか。
にわかには信じがたかったが、予想を裏付けるように、遠くで親父の声がした。

「そんなことでは代掻きもできんな。では留守を頼む」

農家パネェ。




赤字と黒字の境界を綱渡りする我が家の財政事情により、冬だというのに隅の石油ストーブは
沈黙して冷え切っている。
それでも特別寒さを感じずにいられるのは、れみりゃの体が温かだからだ。
できたてほやほやの肉まんのように──まんまのたとえでアレだが──常時適度な熱を発しているのだ。
だから、親父には文句を言ったが、寝るときも布団の中でれみりゃといれば気温とイコールの室温でも
安眠できるし、今もこうしてれみりゃをあぐらの上に載せていれば、何の支障もなく過ごすことができた。

「じゃあ次はれみりゃの番な」
「だどー♪」

抱っこされた形のれみりゃが答え、積まれた札をめくる。
掃除と洗濯を済ませた後、特にすることもないので、俺たちはカードゲームを楽しんでいた。坊主めくりだ。
他にすることねーのかと突っ込まれそうだが、遊び道具といったら百人一首しかないのがうちの家庭事情なのだ。
テレビゲームは愚かトランプすらない。硬派すぎだろ。

「うー、男の人が出たんだどー」
「おし、成功か。じゃあ俺の番だな」

目の前の札へと体を傾けると、ふっ、と前髪が視界を覆った。
だいぶ伸びてきたな。

「そろそろ散髪すっか。短くしねえとな」

指でいじりながらつぶやくと、

「れみりゃはハゲはいやだどー」

などと言ってきた。
坊主めくりでハゲに対する嫌気が身についたのだろうか。

「さすがにハゲはねーな。スポーツ刈りくらいにはなるけどな」

このど田舎においても床屋はあるが、貧乏な我が家がそこを利用することはない。ガキの頃から
親父の手による散髪で済ませてきた。
しかし、正直あまり親父の世話にはなりたくなかった。気恥ずかしいとかそういうことでなくて、

『よし、完成したぞ』
『だからとりあえずモヒカンにするのやめろよ! 先端をピンクに染めて、リボンで飾りつけるなよ!』
『どうせ短く切るのだからいいだろう。ちょっとした〈O・CHA・ME〉だ』
『かわいくねえんだよっ! ちゃんと直通で刈れよ!』

とまあ、こんな感じで年がいもない過ぎた悪ふざけがついてくるのだ。
断っても無理矢理ついてくるオプションだ。いつか消費者センターに訴えたい。

「自分で切れれば一番いいんだけどなあ。ちゃっちゃと済ませられねーかな」

ため息と共に言う。
すると、れみりゃはこんなことを言った。

「だったられみりゃにお任せだどー☆」
「え、散髪できんの?」

初耳だ、と少なからず驚いたところに「ごめんくださーい」と来客があった。




「いやあ、あんまし必要ないっすねー」

カタログを見ながら正直なところを言う。
確かにセールスマンの述べる通り珍しい商品ではあったが、見て楽しい以外に役に立ちそうな物が
何一つなかった。
『全自動タマゴ割機』やら『目でピーナッツかみ機』やら。
誰が買うんだ、そんなもん。それともこっちが知らないだけで、どこかで需要があるのだろうか。

「そんなことを言わずに、そこをなんとか。お願いしますよ」

食い下がってくる若いセールスマン。結構しつこい。
世の中不景気だ。だからこそこんなど田舎くんだりまで売り込みに来たのだろう。その苦労は
わからないでもないが、こっちだって無いそでは振れない。

「必要な物があれば買うんすけどね、たとえばガスが漏れる前に鳴る警報装置とか」
「え? さすがにそれは……。というか、ガスの元せんを締めれば済むことじゃ?」
「締められるような元せんなら苦労ないっす」
「????」

意味のわからなそうな顔をするセールスマン。わかるはずもあるまい。当事者たる幼き肉まんも
ニコニコとした顔を崩していない。

「とにかくもういりませんから、お帰り願えないっすかね」
「いや、そこをなんとか」

再びごね始めるセールスマンに、ついにれみりゃが前に出た。

「う~、迷惑な人は出ていくんだどー」

背を向け、一発。

ブォオッコーーーーーーーン!

田舎の静寂をぶち破る轟音。
とある民家からそれは発せられ、同時に一人の男が玄関から射出された。
相変わらずダイナマイトな威力だ。俺は射程範囲内から外れていて助かったが。

「大丈夫かな?」

少しだけ心配したが、しばらくすると土ぼこりをはたきながらセールスマンが戻ってきた。

「あ、あの、すみません、ええと……」

驚くのも無理はない。いや、むしろ驚きの度合いが小さいとも言えた。これが社会人の強さか。

「な、なんですか、あれ」
「ガスです」

韻を踏みつつ答える俺。

「ああ、もしかして元せんが締められないって……」
「はい」
「そうですか、あれが…………苦労なさってるんですね」
「ええ、まあ」

合点のいったセールスマンとうなずきあう。苦難を分かちあった者同士のみ持ちうる、奇妙な友情の
生まれたような感覚が流れた。

「でも、帰ってください」
「いや、そこをなんとか」

またしてもごね始めるセールスマン。見上げた商売根性だ。
そして、再度登場するれみりゃ。なんだかテンプレ化してる感がある。

「う~、迷惑な人は出ていくんだどー」

そしてお決まりのあのポーズ。背を向けて尻を突き出す。

「ひっ」

と、セールスマンはとっさに柱にしがみついた。おお、対応が早い。適応度Aだな。

「……………………」
「………………あれ」

俺も身構えたのだが、予想していた一撃が来ない。シーンと静かだ。
静寂は安どにつながる。

「さすがに二発連続はないみたいっすね」
「あはは、どうやら不発のようでし」

ブォオッコーーーーーーーン!

最後の言葉は爆音で吹き飛ばされた。本人と共に。
時間差で油断したところでまともに食らった。ためた分だけ威力も増していたようだ。
灰色の空にゴマのように小さくなって飛んでいくセールスマンが、玄関口から見えた。
俺は外に出て落下方向を見やり、つぶやく。

「まあ……大丈夫だろ」

根拠はないが。
ふと、ぺしゃり、と地面を何かが叩いた。
ぺしゃ、ぺしゃ、ぺしゃり。
あちこちで音がはねる。
見上げると、雨とも雪ともつかないものが空から無数に降ってきていた。

「みぞれか」

そういえば辺りの空気がずいぶんと冷えている。
これは石油ストーブの出番だな。
いくられみりゃが温かろうと限度がある。布団の中でもないし、活躍してもらうしかないだろう。
俺は家の中に入ると、マッチを取りにいった。仏だんに置いてあるはずだ。




「うー、あったかいど~♪」

赤熱したストーブの明かりを受けて喜ぶれみりゃの顔を見ると、こちらも嬉しくなる。
れみりゃを抱きかかえている分だけこちらに当たる熱は少なくなるのだが、まったく気にならない。
まあ、幸せってことだろう。

「ほほお、若いというのはいいものだな。ほほえましい触れ合い、すなわち生殖行為の前段階を
昼間から行っているとは、お盛ん、お盛ん」

幸せはさっそくぶち壊された。

「帰れ」
「だから帰ってきたぞ、我が息子よ」
「変態を父に持った覚えはねえ」
「若年性健忘症か。色ボケもほどほどがよいな」

頭の悪い会話をこれ以上続ける気もなかったので、感じた疑問をぶつけておく。

「畑の様子見にいったんじゃなかったのかよ」
「うむ、行ってきたぞ。みぞれが降ってきたので帰ってきた」
「じゃあなんで濡れてないんだよ」
「私は男だからな」
「下ネタはいいよ。何で服が乾ききってんだっての」

親父の身につけた作業着は、土にこそ汚れていたが、まったく濡れていなかった。
外では依然ビチャビチャと結構な勢いでみぞれが降っている。

「大したことじゃない。落ちてくるものは全てかわせばいいだけの話だ」
「……ああ、そう」

親父の変態っぷりにいまさら驚くこともないのだろうが、一応言っておこう。
農家パネェ。

「そういえば帰る途中で変なものを見たぞ」
「親父以上に変なものなんてあるのか?」
「大根畑に男が突き刺さっていた。足を二本にょっきり出してな。ああ、大根足というシャレではないからな」
「聞いてねえよ。にしてもそれじゃ八つ墓村だな」
「一応助けておいたが、そうしたら脱兎のごとく逃げ去ってしまった。何だったのだろうな、あれは」
「さあ」

その男に心当たりはあったが黙っておいた。

「む? お前、髪が伸びているな。そうか、私のカリスマが美容師となってほとばしる時か」
「変なもん放出すんな。いいよ、切ろうと思ったけど、やっぱやめるよ」

言動からして危険な雰囲気を醸し出している。体に触れてほしくない。

「しかし、自分で刈ることもできないだろう」
「いざとなったら坊主にするさ。とにかく親父は俺にアンタッチャブルな」
「嫌よ嫌よも好きのうちと言ってな、チョキチョキ」
「言ってねえよ! ってか、どっから取り出した、そのハサミ! おい、近寄んな!」

俺と親父がもめているのを見て、れみりゃが右手を高く挙げて大きく言った。

「だったられみりゃにお任せだどー☆」
「え? ああ、そういえばそうだったな」
「ほう、散髪できるとは初耳だな」

れみりゃは「うー♪」とストーブに背を向けた。
やべえ、オチが見えた。

ブゥオ!

一発かます。火が屁に引火。

ドッゴオォオオオオオオオオオオンン!

とりあえず爆発し、そして落ち着いてから──こういう出来事によってもすぐに落ち着けるというのは、
こちらの適応度もAになっているのだろう。いや、Sクラスか。まあ、ともかく──親父が聞いた。

「あー、つまり……どういうことだ?」
「こういうことだろ」
「だどー」

三人顔を見合わせる。
そろって見事なパーマが完成していた。
ドリフオチということだ。

──だめだこりゃ。



おわり

  • れみりゃと農家親子の相変わらずの凄まじさにまたもや吹いてしまったw -- 名無しさん (2010-01-22 22:52:13)
  • 農家パネェ -- 名無しさん (2010-01-24 07:07:37)
  • 屁の音もう少し控え目でもいいかなって思ったw -- 名無しさん (2010-01-27 19:11:39)
  • 八つ墓村じゃなくて犬神家の一族だろ息子よw -- 名無しさん (2011-06-02 15:16:24)
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最終更新:2011年06月02日 15:16