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夜の王VS溝鼠の王

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tokiya

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「おいおいマジかよ先輩! 違うだろう? アンタはその程度じゃねぇ、そうだろうよ!」
「俺はいつだって、その程度よりちょっと上にいるだけデスヨ」
「はっ、よく言うぜ! あんだけ俺にご高説たれやがった癖によ!」
 二人共、スピードは落とさない。風をまともに浴びながらの会話、届くこと自体が可笑しい。それでも二人、楽しげに叫ぶ。
「オヤオヤ、貴方は俺の言葉なんて信じてイタノデスカ? 言葉なんか飾りに過ぎません、信じるとバカを見ますよ?」
「違うね。俺は先輩、言葉じゃねぇ! アンタのソウルを感じたからこうやってつるんでんだよ! かつての俺らみたいなガキじゃねぇ、いつかのアイツらみたいな大人じゃねぇ! マッスル気張って突っ走る、アンタのスタイルが気に入ったからこうやってんだ!」
 アクセルを限界以上に引き絞る。フルスロットル、エンジンの焼ける匂いすらしてくるように感じる。
「俺はあの日から前に来たぜ! 歩く速さでなんてナンセンスだ、全力全開フルスピードでチェイス仕掛けてここまで来た! 俺の前と後ろへ、ファックみてぇにクソッタレたバッドドリームの道を繋げてきた! 誰にだって文句は言わせねぇ、俺のロードを繋いできたんだ!」
 90度を超える急カーブ。路地の壁が目前まで迫っても、少しもスロットを緩めない。
「先輩。アンタ言ったな。テメェをマジに生きてんのかってよ?」
 このままブレーキをしなければ、壁と正面衝突だ。時速300kmを超える超速で走るバイクでぶつかれば、幾らトップランカーであれど、生身であれば生きていられる保証など無い。
 それでも、勇太郎は怯まない。どころか、より一層の笑みを見せる。
「投げやりじゃねぇ、最ッ高にスリリングなこの瞬間! ハート燃やしてバーストさしてよ、燃え尽きるまで思う儘に突っ走ってやる! 他の誰の為にでもねぇ、俺の為に!」
 ロードキングの巨体を横に滑らせ、急角度のドリフトを決める。
 ハーレーダビッドソンツーリングのバカでかい車体でドリフトを成功させただけでも充分に神業。けれど、それはあまりに遅すぎて。どう甘く見積もっても、曲がりきれるタイミングではない。
「さぁ、チキンレースだ! 先輩、乗ってくんだろう!?」
 そして次の瞬間、液晶画面に見入っていた全ての生徒があり得ないものを見た。
 勇太郎は外壁ギリギリで、ドリフトしたロードキングのタイヤを浮かせた。前輪が浮かび、壁を地面として疾走。数秒の間、前輪と後輪の両方が壁に張り付いていたようにも見える。
 まるで物理法則を無視したかのような、壁縫いジャックナイフターン。一歩どころか一寸間違っただけでも壁に激突コース。決してチキンにはできないルートを走って魅せた。
 しかしそれを見た生徒たちには、感嘆の息を吐く暇すら与えられない。
「乗りませんヨ。慎重派が俺の売りデスからネ」
 対し夜巖は、勇太郎が外壁ギリギリを走っている間に、内壁ギリギリを曲がっていた。
 それは全閉フルスロットルターンと呼ぶべきテクニック。アクセルを全開から全閉にして急激に速度を落とし、車体を滑らせる。そして望む角度を向いた瞬間、再びアクセルを全開にして走る高等テクニック。バイクの性能を知り尽くしていなければ出来ない芸当だ。
 夜巖のミッドナイトスターは、ハンドルが内壁に触れるのではないかという近さで曲がりきり、一分の無駄もないルートを走って魅せる。
 最短距離を行った分と一度として速度を落とさなかった分。二人の走法は有利不利を相殺し、間にバイク一台分の間をあけて再度デッドヒートを繰り広げる形となった。
「ハッハァ! 流石は先輩、クールだぜ! やっぱりこうじゃないといけねぇ、エンジョイしていこうぜ!」
「フッ、たまには後輩と街道行くのも悪くない」
 両者ともにウィザードを構え、相手の車体を狙い放つ。そして両者ともにそれを読み、ハンドル捌きだけで避けてみせる。
「撫子、邪魔すんなよ! ハンディも何もねぇデスマッチで、今は俺の方が上だってハッキリ見せつけてやる!」
「勿論よ勇ちゃん! ああもうウチの子ったらこんなに立派になってああもうどうしましょう素敵ね!」
 異牙とやりあっていた嶽夜が、どこか逝ってしまった表情で勇太郎に答える。いいからヨダレを拭け。そんなに勇太郎が可愛いのだろうか、そんなに可愛いのだ。彼女、"生殺与奪の最上位”嶽夜撫子にとっては。
「……どうにもしまりませんね。会長?」
 嶽夜が勇太郎の言葉で戦う気を完全に喪失したので、異牙も当然フリーになる。
「ご安心クダサイ。後進相手、手加減した上で完全無欠に勝ってご覧にイレマショウ」
 ニヤリと笑う夜巖。何だかんだ言いながら、未完成な彼もこの乱痴気騒ぎを楽しんでいるのだろう。
 異牙は上司の遊び心に溜息を吐くが、それ以上の事は言わない。彼がそうするというのなら、自分はそのフォローをするだけなのだから。
「では、他チームを潰して参ります」
「無理はシナイヨウニ」
「誰にモノを言っているのです? 会長こそトコトン弱いのですから、程々にしてください」
「心配してくれるのデスカ?」
「ええ。これ以上、仕事を溜める訳にはいきませんので」
「……気をツケマス」
 言葉に本気以上の何かを感じ、戦きながら答える夜巖だった。
「撫子、こっちはいいから俺と先輩の邪魔だけはさせんな」
「うふふふふ、任せなさいな。勇ちゃんの為に頑張っちゃうわ」
 異牙と撫子の二人は指示に従って駈け出していく。
 異牙は音もなく。撫子は衛星携帯ではなく、専用のデジタルカメラでユタの勇姿を全角度からパシャパシャと100枚は撮ってから。いい加減に溢れ出るヨダレを拭けと言いたい勇太郎ではあるが、今はそこまでの余裕が無い。
「レミングスばりに突っ込んでいこうぜ先輩! それが今夜、ミリオンダラー払っても足りねぇシアタードリームマッチの意気込みだろうよ!」
「集団自殺のケはアリマセンよ。ケレド確かにピエール気取りも面白い」
 舗装もされていない、戦争の惨禍から復旧させるつもりもない路地を、牽制しながら走り抜ける二人。出力を抑えているとは言え、ウィザードをぶっぱなしておいて牽制と言うのは語弊があるかもしれないが、二人にとっては石を投げているに等しい感覚だろう。周囲からしてみれば弾頭ミサイルを撃ち混み合っているかのような牽制だ。
 そうしてトップ集団を走る夜巖と勇太郎。追いつける者はこのグループにはいない。そもそもこの危険地帯、旧ハバナの地雷群を抜けるに等しい行為を実行に移せる度胸を持つものはいなかった。
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