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3、審査員席にて

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3.審査員席にて



 ヘイゼルの合図とともに、一斉に参加者たちが料理を始めた。
 色とりどりの果実や見ているだけで美味しそうな肉類、新鮮なのが食べずともわかる魚介がステージ上に運び出される。こぽこぽと音を立てる鍋や規則正しく響く包丁の音が、心地よい。
「おー、肉使う人と魚の人、見事に別れたな。マリアは……やっぱ肉かよ! なあ、マジでその肉大丈夫なんだろうな? まあ、俺が食べるんじゃねえからいいけどよ。春恵やモハメドは流石に本職。見事な包丁さばきで野菜を切っています!」
 序盤なのでまだ焼いたり煮たりする作業に入っているものはいない。米を炊いたり、野菜をきったりと下準備をしている。
 あきらかに下準備が必要なもの(肉をたれに漬け込むとか、漬物を作るとか)は完成品の持ち込みが許可されているが、それでも作業量は多い。
「こうしてみてると、何作ってるんだか、さっぱりだな。そうだろ?」

『思うー!!』

 観客席から見事に揃った賛同の声が上がる。
 うまそうには見えるが、いったい何をどうしようとしているのか分からない人が数名。
「おいおい、篭森珠月!! お前、マグロの頭をどうする気なんだよ!? しかもなんでその姫袖で汚れないんだ? ミスティック能力とか使ってねえよな? メープルは……ちょ! 蜂蜜!! 何してんの、ちょっとぉ!? 早くも混沌としてきたぜ」
 もっとも混沌としているのはマリアのテーブルなのだが、誰もそれには触れない。
 むしろ、触れてはいけない。
「んじゃ、料理ができるのを待つ間に審査員のご紹介と行きましょうか。豪華ゲストにちびるんじゃねえぞ、てめえら!!」
 客席から歓声が上がる。それにこたえるように、審査員と書かれた席に座った面々も手を振った。
「まずは言うまでもない我らが支配者! 序列免除の我らが王様! 双子座の申し子! 姫宮沁と姫宮成実だ!!」
「にゃははは、どうも。沁ちゃんです」「成ちゃんです」
 そっくりな顔をした双子の姉妹が、互いの手を握って挨拶をした。
 彼女たちを見分けるのはとても難しい。名乗ったところで、本当に自分の名前を名乗っているか怪しいものだ。この二人こそ、あらゆる意味で超越した人材が軒を連ねるこの学園においてもひときわ不可解な存在であり、ある種不可侵領域ともいえる「序列免除」「競争免除」の特別生徒である。
 【ドミニオントリック(支配権奇術)】姫宮沁
 【ドミニオントリック(支配権奇術)】姫宮成実
 噂ではこの学園の母体である世界を十二分する企業の一つ、ゾディアックソサエティのジェミニ(双児宮)ライザーインダストリー最高経営責任者、姫宮王涯の子供か孫ではないかといわれているが、真相を知る者はいない。もし噂が本当だとすれば、この双子は旧時代でいうなら一国の王の後継者ともいえる立場にあることになる。
 我らが支配者
 双子座の申し子
 ある意味では、それは端的に彼女らの立場を示しているといえる。
 とはいえ、世界最高峰の教育機関の一つであるライザー学園内には、世界を裏表で支配するゾディックソサエティと九つの組織の血縁者や後継者がかなりの数いるといわれており――言われている、というのは非公式な関係者や候補生などの地位が確立していないものも含まれているためである――それほど驚くには値しない。むしろ、後継者候補が生徒の中にいない方がおかしいという言い方もできる。
「折角、お姫様たちが来てくれたんだから、うまいもの出せよ。毒殺すんなよ。万一暗殺成功しても、絶対逃げらんねえからな…………冗談冗談。怖い顔すんなって」
「平気へいき。俺、そんな簡単に死なないから」
「って、おい! 変な自信持ってんじゃねえよ!! 知らねえぞ、変なもん食わされても」
 食べさせないよ! と参加者からブーイングが上がる。それは無視して、ヘイゼルは無理やり次に移った。
「ほいじゃ、次な。お待たせしました。皆のアイドル。もう、見てるだけで守ってかしずいてあげたくなっちゃう小さな女王さま、朝霧沙鳥!!」
「その紹介はおかしいと思うの」
 沙鳥は不服そうに頬を膨らませた。
 ランキング15位【ゴッドアイドル(神の偶像)】朝霧沙鳥
 校内の有名リンク《レイヴンズワンダー》の女王であり、おそらくは校内でもっとも暗殺が難しい人物とされている人間の一人である。
 鬼のように強い――というわけではない。神のように賢いというわけでもない。ただ、彼女は愛でられている。それ故に、無敵。たとえ彼女を害するものが現れたとしても、その凶刃が届くより前に、必ず誰かがその前に立ちふさがって彼女を守るだろう。
 絶対的に守られる存在。故に守る存在。
 だからこその『アイドル』のエイリアス。
 沁や成実とはまた違う、学園の支配者の一人。しかし、外見からはとてもそうとは思えない。実際、そこまで危機感や畏敬をもって沙鳥を見ているものもいないだろう。そこにこそ、『アイドル』であることの神髄があるのだが、それは今は関係ない。
「皆が私を守るだけじゃないよ。私もみんなを守るもの。だから、守ってかしずく必要なんてない」
「まあまあ、いいじゃねえか。皆もさっちゃん大好きなんだし。さて、今回の意気込みをどうぞ」
「ほえ!? えーと……皆がんばって美味しいごはん作ってください! デザート希望!!」
「はい。というわけで、がんばれ参加者」
「あ、でも甘いものも辛いものも美味しいものは好き」
「さっちゃんに頼まれちゃ仕方ないよな。うん、がんばれよ。参加者」
「お前……他人事だと思って」
 やれやれとモハメドは頭を振った。他の参加者(マリア除く)は苦笑を浮かべて顔を見合わせる。それでも許されるのは人徳故だ。
 ざわめきが収まるのをまって、ヘイゼルはさらに続ける。
「そして四人目はスペシャルゲスト! 我らのもっとも親しき王様。自虐の帝王。何度でも不死鳥のごとく蘇り、決して我らの期待を裏切らない! 俺達が絶対できないことを軽々とやってくれる。そこにしびれる憧れるぅ!! 【キングオブインサニティ(狂気の王)】経世逆襄!! 本日唯一の一桁ランカーだ!!」
 悲鳴のような声援が上がる。半分は黄色い声援、もう半分はからかいを交えた声だ。
 ランキング6位【キングオブインサニティ(狂気の王)】経世逆襄
 南の王――学園のサウスヤードの管理者であり、たった九人しかいない一桁ナンバーの所持者でもある。その権力と人当たりの良い性格から学園内での人気は高い。同時に、人が良すぎて厄介事やイベントごとをついつい引き受けてしまう貧乏くじタイプでもある。
 そんな訳でかなりすごい人のはずなのだが、上位ランカー内での彼の扱いはひどい。
「あー……どうも。頼むから食えるものだけ作ってくれや。うけとか狙わんでええから」
 ブーイングが起こった。
 耳を澄ますと、挑戦だのゲテモノだの、あきらかにある種の期待を背負った声が上がっているとわかった。三分の一くらいはそれを止めようとしているようだが、火に油を注ぐ結果になっている。
「ぎゃははは! 大人気だな、南王」
「勘弁…………」
 がっくりと逆襄はうなだれた。よく見るといい男なのだが、持ち前の気質のせいで三枚目に見られがちなのが、彼の不幸だ。
「愛だって。愛! これも俺達から逆への愛! I LOVE YOU!!」
「そんな歪んだ愛いらん」
「ふはははは! 俺達の歪んだ愛の迷路からそう簡単に逃れられると思うな!!」
「お前……誰の味方なんや?」
 なぜかハイテンションになるヘイゼルの後ろで、参加者は黙々と調理を続けている。
 ご飯の炊ける美味しそうな匂いや煮込み料理の濃厚な香りが食欲をそそる。
 マグロの頭を解体している篭森と生肉を鉈でたたき割っているマリアはその限りではなかったが、全員がそれを見て見ぬふりをした。
「最後に本大会主催者にしてエンジェルエッグ社長! 見かけも中身もプリンセス! エイミー・ブラウンだ!!」
「皆様、本日はお集りいただきありがとうございます。参加者も、審査員の皆さまも、観客の方もどうぞ楽しんでください」
 立ち上がると完璧なしぐさでエイミーはお辞儀をした。
 透きとおるような白い肌と、完璧なメイク。金色の髪は縦ロールにまかれ、少しの乱れもない。本当に絵本から出てきたお姫様の姿そのものだ。
 彼女の姿を見慣れていない生徒は、この学園においてはある種場違いともいえるエイミーの外見にぎょっとした顔をする。
 ランキング285位【プリンセスシンドローム(お姫様症候群)】エイミー・ブラウン
 本大会の主催者であり、変わり者が多い学園の中でもとりわけ変人に部類される少女である。そのお姫様のような外見が中身とそう変わらないと知っているものは少なくない。
「俺の直属の上司だぜ。こういう奇天烈な格好しちゃいるが、中身は可愛いものときれいなもの大好きの乙女だ! 外見でも内面でも、悩みがあるならぜひエンジェルエッグへ。化粧に整形、エステ、スタイリストとあらゆる手を尽くして、あなたの変身をお手伝いってな!」
「どんな方でも、素敵なお姫様にしてみせますわ」
 ふんわりと姫君のようにエイミーは微笑んだ。つられて観客も幾人か笑みを浮かべる。数人は逆に顔をひきつらせた。
「さてさてと、素敵な審査員を紹介してるうちにだいぶ料理ができてきたみたいだぜ!」
「わー、美味しそう」
 沙鳥が率直な声を上げる。応えるように、数人が調理の手を止めて手を振った。
「ほほう、確かに見たところ変なもんはなし!」
「あってたまるか!!」
「にゃはは、まあこの面子なら行けるって」
 審査員は口ぐちに勝手なことをいう。
 ヘイゼルは身を乗り出して、各自の鍋をのぞきこんだ。
「流石! エントリー№1番春恵は正統派和食。おお、ガスで炊いたご飯がおいしそう!」
「ご飯はパンよりも腹もちがいいんだよ」
 釜を菜箸でさして、春恵は豪快に笑った。
「んー、政宗ちゃんも和食かな?」
「五穀米です……」
「それはうまそうだな。おいおい、モハメド。すげえ数のスパイスだな。大丈夫か?」
「28種のスパイスを使った薬膳だ」
 鍋をかきまぜながら、モハメドは答えた。完全に調理人モードに入っている。
「薬膳! 確かに美容と健康だな。おお、メープルのところは色鮮やか。これは見た目の得点は高そうだ」
「得点も、でしょ? これはフルーツサラダよ」
 ボールに入った野菜を指差して、メープルは胸を張った。
「こっちは洋食! 和・中・洋と揃ったのは審査員にはうれしい限り! さて、残り問題児二人はと……おい、篭森。お前はいったいどこの国のどんな料理を作ってるんだ? さっきからナンプラーの香りがするんだが」
「ああ、ナンプラーは香りが強いからね」
「そこじゃねぇええええ!! さっきまでご飯炊いてたくせに、なんで海老とかマグロの頭部とか持ってるんだ!? お前は何を作るつもりなんだよ!?」
「テーマは、私にうれしい亜細亜ごはん」
「美容と健康はどこにいったんだ!? お前自身となんの接点も見つけられねえよ! この日系イギリス人!!」
「うるさいな」
 手元をろくに見ずに豆腐をダイス状に切りながら、篭森はそっぽを向いた。これだけの作業をしているのに、エプロンにも服にも汚れひとつない。実はすごいのかもしれない。
「そしてそして……問題のマリア! なんかうん、パイみたいなもんとかサラダはいい。OKだ。問題ないと思っておこう。問題はその鍋! お前、何の肉煮込んでるんだ!?」
「くふ……くふふふふ」
「答えてくれぇ!!」
 返事はなかった。
「あっちゃあ、マジでやばいな」
「にゃはは、俺は食わねえぜ」
「成ちゃんも食べないよ」
「うー、私も辞めておく」
「あらあら」
「ぎゃはははは! 流れ的にここは唯一の男性陣がLet’s TRYですよぉ!! 頑張れ、我らが南の王様! 狂気の王!!」
「マジで!?」



 異様な盛り上がりを見せる審査員席。
 徐々に調理は佳境に入り始める。そして代わりに―――――審査が始まる。
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