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<p> リリル・ルラ・ラ・ロロはニュータイプ養成機関の出身で、同年代の中では並ぶ者が無い程の高い能力を持っていた。<br /> しかし、彼女とガンダムヒマワリが緊急討伐隊に派遣された理由は唯一つ、実戦データを取得する為。<br /> ニュータイプの訓練生が、嘗ての英雄達と同じく、実戦で即戦力に成り得るか。ニュータイプ専用機に搭乗した場合、<br /> 予定通りの性能を発揮出来るか否か。</p> <p> 単に高い能力を持つパイロットが欲しいなら、多少不安定な精神に目を瞑り、強化人間を使った方が良い。<br /> それでもニュータイプの幻想に縋る理由は、英雄が単独で戦局を変えるという夢物語が過去、現実に起こったからに<br /> 他ならない。所が、先の大戦ではエース不在の量産機がコロニー連合軍を押し返してしまった。<br /> 幻想が崩れつつある今、ニュータイプ研究関連機関は存亡の危機に晒されている。</p> <p> リリルは自分の使命を理解していた。連合のエースを倒し、自らの、そして機関の存在意義を証明する。<br /> 他人に対する侮蔑的な態度は、背負わされた期待の大きさ故。押し潰されない様に、自信と功名心の鎧を纏う。<br /> 連合のエースを倒す。誰より先に……賞金稼ぎより、撃墜王より!</p> <p> レーダーより鋭いニュータイプの感が知らせる。標的は近いと!<br /> 全天周囲モニターがズーム画面に切り替わり、彼方のギルバートとバウの姿を捉える。<br /> 獲物を目にし、リリルは冷酷な口調に豹変した。</p> <p>「見付けた! 先ずは小手調べ……これで!」</p> <p> ガンダムヒマワリはロケットブースターを切り離し、背面の36基のフィン・ファンネルの内、9基を発射する。<br /> 目にも留まらぬ高速でバウに向かうファンネル!</p> <p> ヴァンダルジアの後方で迎撃態勢に入ったハロルドは、視界に映る小さな点に目を凝らした。点の正体は噴射炎か、<br /> それとも粒子か、遥か遠方で仄かに明るく光る。</p> <p>(こいつは何だ? 1つ、2つ、3つ……全部で9つ……)</p> <p> 一糸乱れぬ統率の取れた動き。誘導ミサイルにしては異常。彼は記憶の糸を手繰り寄せ、類似の例を思い出す。</p> <p>「……ファンネルか! 何て距離から攻撃して来やがる!」</p> <p> 視界、レーダー共に敵影を捉えず。本体を攻撃するのは不可能。<br /> フィン・ファンネルの群は、その形状が目視で明確に判別出来る距離まで接近すると、鋭角に進行方向を変えて<br /> 散開した。同時にダグラスがハロルドに声を掛ける。</p> <p>「ハル、動きを止めるな!」<br /> 「解ってるよ! 高みの見物なんかさせるか! 全部撃ち落としてくれる! ダグ、回避は任せた!」<br /> 「了解! ハル、撃ち漏らすなよ!」</p> <p> バウは自らファンネルの群に突っ込む!</p> <p>「こんな玩具で俺の首を獲ろうってか!? 先ずは1基!!」</p> <p> ハロルドの声と同時に、バウのライフルからビームが放たれ、高速移動中のファンネルを1基撃墜した。<br /> 次の瞬間、バウの上半身が180度回転する!</p> <p>「2基!」</p> <p> そして背後に回り込んでいたファンネルに向かって1発!</p> <p> バウ・ワウは合体分離時の半固定状態を維持する事で、上下半身が無制限に回転する。<br /> 2人乗りだから熟せる、前進しながら後方の標的を狙撃という矛盾した芸当!<br /> ハロルドは命中を確認する事無く、再び機体の上半身をグルグルと回転させ、次々とファンネルを墜として行く。</p> <p>「3基、4基! どうしたどうした! 夜店の射的屋の方が未だ当て難いぞ!」</p> <p> 動目標射撃はハロルドの最も得意とする所。機体だろうが、ミサイルだろうが、ファンネルだろうが、彼にとっては<br /> 大差無い。怒涛の勢いでファンネルの包囲を突っ切る。</p> <p>「こいつで6基、とっ!?」</p> <p> しかし、6発目のビームは“避けられた”。そして生じる一瞬の隙。逃さず一斉に攻撃を仕掛けて来るファンネル!<br /> ビームの包囲網を、バウは巧みに潜り抜ける!</p> <p>「ダグ!」<br /> 「未だ未だ余裕! それより気付いてるか?」<br /> 「ああ、御代わりは要らないんだが……」</p> <p> 撃墜された分のファンネルは、何時の間にか補充されていた。取り囲まれない様に、ハロルドは再びファンネルを狙う。</p> <p> バシュッ……キィン!!</p> <p>「弾かれた!? Iフィールドバリアーか!!」</p> <p> しかし、ライフルのビームは分散し、三角形のバリアを浮かび上がらせた。1基を守る様に、3基が編隊を組んで<br /> バリアを張るフィン・ファンネル。ビーム攻撃から互いを守り合う!</p> <p>「……ハル、そろそろ厳しいぜ」</p> <p> 落ち着いた声ではあるが、ダグラスは弱音とも受け取れる言葉を吐いた。機動性ではファンネルが上、加えて数が<br /> 一向に減らないのでは、避け続けるのにも限界があった。ビーム以外で撃ち墜とそうにも、ミサイルやグレネードでは<br /> 高速移動するファンネルに先ず当たらない。</p> <p> 絶え間無く方々から放たれるビームを、ダグラスは次第に避け切れなくなり……遂に、1基のフィン・ファンネルが<br /> 放ったビームが、バウに向かって真っ直ぐ伸びる!</p> <p>「んなら、こいつでどうだぁあっ!!」</p> <p> ハロルドは雄叫びを上げ、ビームを放ったファンネルに向かって盾を突き出した。防御と同時に、反撃のメガ粒子砲!</p> <p> ドオォッ!!</p> <p> ライフルを上回る威力のビームがIフィールドを突き破る!</p> <p> その様をモニターで見ていたリリルは、独り言を呟いた。</p> <p>「流石にエースと言われるだけはある。この程度では仕留められないか……」</p> <p> 易々とファンネルに追い付かれ、そのビームを受ける防御力も無く、画期的な新武装がある様にも見えない。<br /> 彼女の目に、バウ・ワウの性能は御世辞にも高いとは言い難かった。それでも36基のフィン・ファンネルの内、<br /> 6基が墜とされ、残るは30基。単純に操縦者の腕と考えて良い。</p> <p>「しかし……所詮、そこまで」</p> <p> リリルは口元を歪めてニヤリと笑った。ガンダムヒマワリの背中にある22基のフィン・ファンネルが展開し、粒子を<br /> 蓄え黄色く光る。その様は宇宙に咲く向日葵!</p> <p>「連合のエースは、この私が倒す!」</p> <p> リリルの意志に従い、全てのフィン・ファンネルが一斉にバウに向かう!</p> <p> 8基のフィン・ファンネルを6基にまで減らして善戦していたバウだったが、追加の22基のフィン・ファンネルに瞬く間に<br /> 追い詰められる。計28基のファンネルを相手に即撃破されないだけでも大した物だが、バウは回避と防御で精一杯で<br /> 反撃にまで手が回らない。</p> <p> 絶対安全な位置にあるリリルは、焦らず決定的瞬間を待つ。ファンネルの攻撃に逃げ道を作ってバウを誘導。<br /> 罠と知ろうが知るまいが、バウは追い立てられ、詰みに陥る。</p> <p>「掛かった! 墜ちろ!」</p> <p> ファンネルがバウを完全に包囲し、リリルは勝利を確信した。シールドで防げるのは1面のみ。全面から同時に<br /> 攻撃を仕掛け、蜂の巣にする!</p> <p> その時、リリルは我が目を疑った。何が起こったのか、理解不能だった。<br /> フィン・ファンネルがビームを撃った直後……初めに3基のファンネルが“消えた”と感じた。次に見た物は、<br /> ファンネルの包囲を突破したバウ・ワウ。<br /> バウはライフルの代わりにバズーカを担ぎ、ファンネルを上回る速度でガンダムに向かっている!</p> <p> ハロルドとダグラスのモニターには、既にガンダムの姿が映っていた。<br /> 窮地を乗り切ったハロルドは、大きな溜息を吐き、ダグラスに話し掛ける。</p> <p>「危ない危ない。ダグ、土星ロケットエンジンの調子は?」<br /> 「良好だ。班長は良い仕事をしてくれる」<br /> 「班長様々だな。さぁて、こっから反撃だ!」</p> <p> 勢い込むハロルドとダグラス。対照的に、リリルは迫るプレッシャーに恐怖を感じた。<br /> 命が危険に曝される、初めての体験。強固な自信の鎧が綻び始める。</p> <p>「く、来るな……来ないで!」</p> <p> リリルの悲鳴はサイコミュを通じて、空間一帯に広がった。</p> <p>「ぐっ……」<br /> 「ダグ、どうした?」</p> <p> 呻き声を上げたダグラスを気遣い、ハロルドは声を掛けた。ダグラスはメットの上から額を押さえ、モニターの<br /> ガンダムを見ながら答える。</p> <p>「……いや、何でも無い。それより後ろに気を付けろ」</p> <p> ダグラスの言葉に反応し、後方を振り返ったハロルドが見た物は、異常な量の粒子を噴出して加速する25基の<br /> フィン・ファンネル!<br /> リリルの恐怖心にニュータイプ能力が過剰反応し、フィン・ファンネルの出力の限界を超えさせたのだ。</p> <p>「チッ、振り切ったと思ったが!」</p> <p> 舌打ちし、声を荒げるハロルド。一方のダグラスは、ガンダムから伝わって来るリリルの心を感じ取っていた。</p> <p>「相手は相当焦っている様だ。実際に敵機に迫られた事が無いと見える」<br /> 「そいつは何となく解るぜ」<br /> 「感じるのか? 怯える心を」</p> <p> 彼は時々、ハロルドの理解を超えた事を口にする。ハロルド自身、勘が良い方だが、ダグラスの“それ”は確実に<br /> 何かを察知している様子で、常人とは一線を画す。“それ”が高いニュータイプ能力を持つ者に、よく見られる性質だと<br /> ハロルドは知っていたが、その事については深く考えない様にしていた。</p> <p>「悪い、それは解らん」</p> <p> ハロルドは興味無い風を装い、バウの上半身を回転させ、追い上げて来るファンネルにバズーカを向けた。</p> <p> この時、リリルは土星の魔王の実力を思い知った。<br /> どのファンネルに狙いを付けていた様子も無いのに、ジャイアントバズーカから発射されたロケット弾は、見事に<br /> ファンネルを破壊した。そしてバウは反動で吹っ飛び、同時に繰り出されたファンネルの攻撃を躱す。</p> <p> 反動を計算に入れたバズーカでの狙撃。砲口から予測出来ない攻撃は回避困難。<br /> 28基の包囲から逃れた時は、ブーストエンジン発動と同時にバズーカを撃ち、反動を利用した瞬間的な爆発力で<br /> 予測不可能な動きをしたのだ。</p> <p>「あ……有り得ない! 有り得ない! こんな動き!」</p> <p> バウは高速で移動しながら、攻撃と同時にファンネルのビームを避ける。最早、フィン・ファンネルだけでは<br /> 仕留められないと直感したリリルは、ハイパーメガライフルを構えた。<br /> しかし、ロケット弾を発射する度に、突風に煽られる紙切れの様に舞うバウに、全く狙いが付けられない。<br /> 恐怖と緊張で照準が揺れる。そうこうしている間にも、バウは距離を詰めて来る!</p> <p> リリルはパニックに陥り、冷静な思考を欠いていた。窮地に在りながら、ギルバート撃墜を諦める事など判断の外で、<br /> 後退の選択肢を自ら絶っていた。今は向かい来る敵機を墜とすしかない。追い詰められた彼女が取った行動は……。</p> <p>「来ないで! 来ないで!」</p> <p> ハイパーメガライフルを下げ、ビームライフルを持つ。ハイパーバズーカを肩に乗せる。シールドを左腕に固定する。<br /> 両腕をバウに向けて真っ直ぐ伸ばす!<br /> 左腕シールドのビームキャノンとミサイル、右手のライフル、右肩のバズーカ、全て一斉発射!!</p> <p>「うわああああー!!」</p> <p> ドドドドドドッ!!</p> <p> 襲い来る攻撃の嵐。流石のハロルドとダグラスも、これを避ける事は出来ないが……。</p> <p>「自棄を起こしたか?」<br /> 「その様だな。ファンネルの動きも粗くなった。ハル、一気に決めるぞ」<br /> 「了解!」</p> <p> 2人は全く焦らない。ハロルドはガンダムに向けてシールドを構えた。</p> <p> ドオッ!!</p> <p> シールドの対ビームコーティングがビーム攻撃を弾き、反撃のメガ粒子砲がロケット弾とミサイルを撃ち墜す。<br /> メガ粒子砲は真っ直ぐガンダムに向かい、右肩のバズーカを破壊した。<br /> <br /> 「きゃああぁっ! お願い……止めて……」</p> <p> 目を瞑って甲高い悲鳴を上げ、弱々しい声を出すリリルに、戦闘開始直後の勇ましさは欠片も無い。瞳は涙に<br /> 潤んでいた。それでも閉ざした目を再び開き、敵機を探す辺りは訓練の賜物か。</p> <p>「……え!?」</p> <p> そのリリルの視線を遮り、モニターに迫る黒い影。それが何なのか、弱った精神状態の彼女には判別出来なかった。<br /> 反射的にライフルを持った右腕でフェイスを庇う。</p> <p> ガコッ……。</p> <p> 機体の右腕に当たったのは、弾を撃ち尽くしたジャイアントバズーカ。<br /> 利き腕でガンダムの頭部を防御した事により、ライフルでの攻撃が封じられ、同時に死角が生まれた。</p> <p> ガンダムの右半身が無防備になった隙を突き、バウは急接近!</p> <p>「止めて……って、言ってるでしょうがっ!!」</p> <p> 瞬間、リリルの精神は土壇場で狂乱から復活した。泣き喚いても無駄だと理解し、開き直ったのだ。<br /> 遅れた反応ながら、バウにシールドのビームキャノンを向ける!</p> <p> ガシンッ!</p> <p> しかし、シールドはバウの右足に押し止められた。密着した状態で、ガンダムにライフルを構え直す余裕は無い。<br /> バウはビームサーベルを右手に持ち、大きく肩を開く。<br /> リリルは会心の笑みを浮かべた。バウの背後には1基のフィン・ファンネル!</p> <p> ドォン!</p> <p> ……だが、爆発したのはバウの背中ではなく、ファンネル。バウはファンネルが来る位置を知っていたかの様に、<br /> サーベルを持った右腕からグレネードを発射していた。</p> <p>「バルカン!」</p> <p> 思惑を見抜かれていた事はショックだったが、リリルに落ち込む暇は無い。空かさず頭部バルカンで至近距離から<br /> バウを攻撃!</p> <p> ガガガガガガッ!</p> <p> 無数の弾丸が発射されるが……リリルの目に映った物は、モニターの前面を覆うシールド。弾かれるバルカン。<br /> 次の瞬間、シールドの中央部が横一文字に避け、砲口が露になる。</p> <p> この時、バウの右足は前方でガンダムのシールドを止め、右腕は大きく肩を開いて後ろに伸ばされ、左腕はシールドを<br /> 前に突き出し……バウは通常の操縦では有り得ない格好をしていた。<br /> リリルを上回る先読み。想像も付かない動き。彼女は敗北を悟り、モニターの正面から顔を背けて目を閉じる。</p> <p>(ああ……負けた……)</p> <p> バゴォ!!</p> <p> ……ガンダムヘッドは吹っ飛んだ。<br /> そして、バウのビームサーベルがガンダムの胸部中央を貫く……。<br /> 全てのフィン・ファンネルが動きを止め、勝敗は決した。</p>
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