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~ウロボロス~【薙辻村・2】 - (2010/11/03 (水) 13:51:14) のソース
*無限彼方大人編~ウロボロス~【薙辻村・2】 投稿日時:2010/10/31(日) 02:07:47 ---- 【薙辻村・2】 目が覚めた。気温は低かったが、寒いと言える程では無かった。 彼方は枕元に置いていた携帯を開き、時刻を確認する。朝の七時丁度だった。起き上がり、猫とも犬とも狸ともつかぬ謎の生物の人形を指でいじりながら、今日からやるべき事を頭の中で確認する。 一つ、行方不明となった寄生の調査員の捜索。 二つ、出現したと見られる寄生の捜索、及び撃退。 三つ、その寄生を通じて、彼方をここへ呼び出した者とコンタクトを取る。 以上である。彼方を呼び出した者は別だが、まずは人命と安全に直接関わる、上二つを片付けなければならない。 だが、それは彼方にとっては頭の痛い事でもあるのだ。 理由は簡単であり、彼方は寄生や、戦闘に関してはまさに専門家である。だが、人捜しなどはほとんど素人なのだ。特殊な事情によって此処に来たが、警察でも探偵でもない彼方には重大事である。 その視点で見れば、彼方はただの喧嘩が強い普通の女性に過ぎない。 その事を考えた末に、彼方は最初に寄生を捜すと決めていた。例の行方不明の調査員は寄生と遭遇したはずである。ならば、その寄生は調査員の行方を知っているかも知れないし、最悪の場合、寄生となっている事も考えられる。 古いタイプの寄生であれば、彼方は桃花と同様、それを感知出来る。ましてやそれは彼方が生み出した物であり、彼方の一部とも言えるのである。 それだけに、少々手こずりそうだとも考えている。 「この子、怯えてるわ……」 ※ ※ ※ 薙辻村は典型的な農村である。 住人のほとんどが農業を営んでおり、それぞれが作物を栽培し、それを売って生計を立てているのだ。 「昔は農協に卸してたんだけどね。今は直接お客さんに売る人も増えてるんだ。料理人さんなんかは直接買い付けにも来るし、契約農家として仕事してる人も居る。 そっちのほうが儲かるもので。まぁ、農協に卸すか直接販売かは、一長一短なんだけど」 村の地主である辰也の説明だ。村長は別に居るが、村の事はほとんどが辰也が取り仕切っていた。事実上の村のトップである。 では村長は何なのかというと、村の運営よりも祭り事やしきたり等、伝統的な物事を主な仕事としている。 いわゆる巫としての存在だ。村長は政治的権限はほとんど持たないが、必ず同じ家系から選ばれる世襲制であり、古くから祭等の伝統行事では司祭として活動するらしい。つまり、無限一族と同様、巫術や、呪力を受け継いでいる事も考えられる。 彼方も陰陽師であった無限一族の末裔ではある。残念な事にその修業をした事が無いので陰陽師の力は無い。だが、姉はその心得があったと聞く上に、父が陰陽師として修業をしてた事実は、朧げながら記憶にあった。 実際問題としてほとんど必要が無かったのも、彼方が陰陽師としての力が無い理由でもある。 そしてもし、村長が本当に巫としての力があるならば、寄生の出現を感知しているかも知れない。ならば、会ってみる必要がある。 「村長さんはどちらに?」 「ああ、今は祭前の準備に忙しいよ。多分家に居ると思うけど。今頃、舞の練習やお札の筆入れ頑張ってるんじゃないかな」 「ちょっとお話したいんですけど……」 「え? それはちょっと無理かなぁ。お清めしちゃったし、そうなれば外の人間はケガレを運んでくるからって会えない決まりなんだよ。失礼な話で申し訳ないんだけど。それに普通に忙しいから、多分会えないよ」 「残念だな……」 「まぁ祭の時に姿は見せるし、その後なら多分会ってくれると思うよ。こんな祭に興味持ってくれる人はたまに居るけど、彼方さんみたいな人は珍しいからねぇ。 ほとんど歴史を研究してる先生とか、あとはオカルトって言うの? ああいうので本書いてる人とか」 「じゃ、私以外にも見に来る人が居るって事ですか?」 「そうだね。今日にも別のお客さんが来る事になってるよ。民族学勉強してる学生さんだって」 「へぇ……」 「まぁ、祭始まるまではゆっくりしてればいいさ。調べたい物があるなら、村の公民館に資料がある。見たいなら勝手に見て構わないよ。大して面白いとも思えないけど」 「ありがとうございます」 「構わないさ。せっかくお客さんが来てくれたんだもの」 辰也は微笑んで言った。例の祭まではあと数日ある。それまでに出来る限りの捜索をしておこうと彼方は考えた。 それに彼方はどうしても、村長に会いたいのだ。 もしかしたら、彼方を呼び出した存在について、何か知っているかも知れないからだ。 「ナギ様か……」 「そう。ナギ様」 ナギ様。おそらく、それが彼方をここへ呼び出した者である。 ※ ※ ※ 時刻は朝の十一時前。彼方は村の真ん中を歩いていた。その日は村中を歩き回り、寄生を捜そうと考えていた。 「やっぱりダメっぽいなぁ……」 寄生の存在は確かに感じてはいた。だが、肝心の所在がまったく掴めないでいたのだ。ただぼんやりと、寄生の気配のみがどこからか漂ってくる。それだけだった。 この村は霊域である。だとすれば、何者かが寄生の気配に影響を与えている可能性もある。それはやはり、例のナギ様であろうか。そう考えてはみたものの、ナギ様自体が正体不明なので今の彼方にはどうにもならないのだ。 辰也の話では、ここ数日に村を訪れたのは彼方のみだという。だとすれば、人知れず村に侵入した調査員は誰にも発見される事なく消息を絶った事になる。この村ではよそ者は目立つ。それは彼方自身が今、身をもって感じていた。 「あら、お姉ちゃんどっから来なさったの?」 「珍しいねぇ。何しに来たんだい?」 「祭かい? 物好きだね。正直つまらんよ。楽しいのは最後の酒盛りだけさ」 「ハァハァ……。貧乳ハァハァ……」 道行く人々が言った言葉だ。 最後の一人はその場でシメておいたが、基本的には温和な人達だった。それに皆、やはり彼方以外の来客は見ていないと言った。 ただ歩いてるだけで目立つのだ。となれば消えた調査員は村に入って居ない可能性もある。彼方は遠くを見る。ここは、山奥の村である事を再確認した。 「山の中か……」 周りは全て山。それも、木々が生い茂る、深い森だった。いくら彼方とて、おいそれとは入れない。山を侮ると痛い目を見る。これは山岳信仰から生まれた無縁天狗、婆盆の教えでもある。 幸いにしてこの村は山に通じている人物は多いはずだ。山奥にある以上、生活環境からそれを体得している者も居るはずである。 山に入るのは村人の助力を得てからのほうが得策なのは考えるまでも無かった。 ひとまず先伸ばしにして、彼方は朝に辰也から聞いた公民館を目指す事にした。資料に目を通し、ナギ様について調べようと思ったのだ。 寄生を通じて彼方を呼ぼうというのなら、そのナギ様も寄生と遭遇したはずだからだ。もしかしたら消えた調査員の行方すら知っているかも知れない。 今のところ、寄生と調査員の行方のヒントは何も無い。少しでも情報が必要だった。 公民館は村のほぼ真ん中に位置する。彼方が今居る場所からも近かった。 開けた道を歩く。少し小高い丘があり、そこを登る為の石造りの階段もあった。そして、煤けた看板には「薙辻村公民館」と掠れた文字で書いてある。 石造りの階段は三十段ほど。登ると、公民館の屋根らしき物が少し見えた。さらに登る。意外と広い敷地だった。例の祭はここで行われるというので、村人が集まれるようになっている。 さらに登る。残りあと数段。それは居た。 「……」 「……」 階段の先の、登り切った所。彼方はそれと一瞬だけ目があった。 どかっと横に寝転び、彼方に一瞥をくれてやると、それは目を背けて前腕を畳みそっぽを向いた。 そこに居たのは猫とも犬とも狸ともつかぬ謎の生物……ではなく、やたらと体格のいいトラ柄の猫であった。 「うわ、ふてぶてしいコイツ」 それが第一印象だった。 逃げる訳でもこちらに興味を持つ訳でもなく、それは何事も無いかのように横になったまま。近づいても何のリアクションも無かった。 彼方は目の前まで近いて、しゃがみ込んでその猫をじっと見た。 その時ばかりは一瞬だけ目を見開いて彼方を見たが、すぐに「フン」と鼻を鳴らして目を細め、しっぽをぱたぱたさせた。その次に大あくびをかまして、またそっぽを向いた。 「お前、胆座ってんなぁ」 彼方はそう言ってそのでっぷりしたお腹を指で突いてみたが、多少ピクっとしただけであとは無視。今度はお腹を手の平で撫でて、さらに顎の下まで攻めてみる。が、しっぽをぱたぱたさせただけ。 「お前リアクション薄いぞこら」 耳の中をくすぐってみたりヒゲを引っ張ってみたり、後ろ足の肉球をいじってみたり。 その猫はそこまでやって、ようやくめんどくさそうに「フン」と鼻で鳴いて彼方の指に手をかけて来た。ただし、じゃれてきたというより「止めろや」と言わんばかりの仕草だった。 「このやろう」 今度は抱き抱えようとした。持ち上げると猫のくせに重かった。 抱かれるのは嫌なのか手足を動かして抗議するが、暴れるというより手足をのたくた動かしてだるそうに意思を伝えようとしている。 彼方の手から滑り落ちてぼたっと地面に落下すると、何処かへ向かって歩きだした。一度立ち止まり、彼方に一瞥をくれてやると、また「フン」と鼻を鳴らして歩き出す。 「うわ、最後までふてぶていい奴」 その猫はてくてく歩き、彼方はそれを目で追って行った。遠くまで離れると、公民館周辺の全体像が見えて来る。猫に気を取られて気付かなかった、色々な物が見えた。 公民館自体は小さな建物だった。ちょっとした座敷の集会場そのものである。隅にあったのは、小さなお社。例のナギ様を奉る物だろうか。 そして、そこに飾られていたのは、とても大きな、円状のしめ繩である。 「輪飾りだ」 直径二メートル程の、円のしめ繩、輪飾りは、お社の前に吊り下げるように飾られていた。 気が付いたら、猫はどこかへ行ってしまっていた。 ---- #left(){[[~ウロボロス~【薙辻村・1】]]}#right(){[[~ウロボロス~【薙辻村・3】]]} ---- [[無限彼方大人編TOPに戻る>無限彼方大人編まとめ]]