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無限桃花外伝~桃花十六歳・呪編「後」~

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無限桃花外伝~桃花十六歳・呪編「後」~


 めりめりと音がする。珠里の手足はまるで蜘蛛のように細く長くのびる。背中からは新たに四本の長い脚が現れ、珠里の身体を持ち上げる。
 珠里は身体はそのまま、八本の脚の蜘蛛のような姿に変化する。それが、寄生となった珠里の姿だった。
 照明が破壊された室内で、砂嵐が映るテレビがぼんやり珠里を照らしている。その足元には珠里の母の死体と、撒き散らされた呪札。

「気が付いた? 桃花」
「珠里……。なんで」
「私は寄生。桃花の敵」

 珠里の長い脚の一本が桃花へ振られる。左の内受けで防御するが、簡単に吹き飛ばされ桃花は食器棚にたたき付けられる。ガラスが割れ、中の食器が飛び出し床へ落下していく。床に落下した食器が割れたガラスと共にがしゃんと音を立てた。
 桃花は痛みと衝撃で顔を歪める。それに耐え顔を上げると、珠里の身体が今にも触れそうな程に近付いていた。
 珠里の口周りと身体は自分の母の血で真っ赤になり、その目も真っ赤に染まっている。寄生された証だ。

「珠里……!」

 桃花は言う。寄生となった珠里は無表情のまま。しかし、その声は友であった時と同じだった。

「ごめんなさい桃花」
「珠里……。どうして」
「……。桃花の髪で札を作った後、あれは寄生を呼び寄せた。桃花だと思ってね。
 私には寄生に対処出来ない。でも、桃花の呪札で追い払う事が出来ると思ったの」

 無表情まま言う。真っ赤に燃えた目で。

「……。でも出来なかった。寄生は桃花の札を消そうとしてた。だから私の所に来た。そして、桃花の札の力は寄生を追い払う事じゃなく、寄生の気配を殺す程度しか出来なかった。
 私にはどうにも出来ない。だから、寄生された」
「なんで……。殺さなかったの? 気を失っている間に」
「……言いたかった。一言だけ。さよならって」
「……珠里?」
「私は寄生。でも、私は私のまま」
「じゃあなんで……! なんで珠里!?」
「……逆らえない。寄生には、影糾には敵わない。でも桃花はそれと戦わなくちゃダメなんだよね。……私にはムリ」


「桃花、私はあなたを殺さないといけない。だって、逆らえないもの」

 珠里の身体が一気に遠ざかる。次に再び長い脚が桃花を襲う。壁にがりがりと巨大な引っ掻き傷を付けながら、桃花の首を狙って迫ってくる。
 間一髪でそれを避けるが、今度はもう一本の脚が串刺しにしようと上から襲う。
 それを上段受けで防御する。その反動を利用し、桃花は素早く横へと身をかわす。
 本来ならば人間では受けきれないほどの打撃だろうが、桃花もまた寄生の力を持っている。その力と幼少からの鍛練が、桃花の命をなんとかつなぎ止めた。
 しかし、桃花はまだ修業が足りない。
 意識を集中し、黒い影が桃花から滲み出る。その時。

「ダメよ桃花」

 珠里は真横に脚を伸ばす。巨大な手足はダイニングの中のどこでも攻撃出来る程に伸び、桃花は常に身をかわす事を強いられる。床を転げ壁を蹴り、なんとか攻撃から身を守る。
 とても他の事に意識を集中できない。

「ダメよ桃花。村正は出させない」
「珠里……!」

 寄生となった珠里は知っている。桃花から出る影が村正になる事を。それが寄生にとってどれほどの脅威かも。
 もっとも、それを出す桃花には元々その余裕が無いのだが。

「どうしてなの珠里!?」
「私は寄生。だからあなたを殺すの。目を覚ますのを待ってたのはさよならって言いたかっただけ。謝りたかっただけ」

 桃花は珠里の攻撃をかわすしかない。相手は寄生。だが、友達だ。それも、お互い秘密を共有しあった特別な。

「ごめんなさい。ごめんなさい桃花」

 珠里の脚はしつこく桃花を追う。壁は既に傷だらけになり、珠里の母の死体も巻き込まれて砕けて行く。

「桃花。桃花……」
「珠里……」
「ごめんなさい桃花……。私を殺さないと、私は桃花を殺す」
「殺す……? 珠里を!?」
「覚悟を決めて桃花。私はあなたを殺す。逆らえないから。敵わないから」

 珠里の攻撃は止まらない。割れたガラスや陶器の上で飛び回った桃花は一度も攻撃を食ってはいないが、全身に傷が出来ている。


 幾度目かの跳躍の後、桃花はとうとう珠里の脚に捕らえられる。天井付近から床に一気にたたき付けられ、痛みに息が詰まる。目が眩み、頭がぼけっとしてしまう。
 珠里は身体の正面を桃花の方へ向け、ゆっくり止めを刺そうとしている。桃花の意識はまだ完全には戻らない。だが、朦朧とした意識と目で、床に落ちる一枚の札を見つける。
 『安藤珠里』と書かれた、一枚の呪札。
 桃花はそれを拾う。札にはどっしりとした重みがあった。気のせいだろうが、桃花にはそう感じられる。
 それはまさしく、珠里の家系に伝わる殺人の為の呪い札。呪殺霊札。

「ごめんなさい。ごめんなさい桃花」

 珠里が誤りながら接近する。桃花は札を持ち、それを両手で摘んだ。
 珠里はそれを目撃する。しかし、次に来る桃花の行動を阻止しようとはしなかった。
 桃花は身体の正面を珠里へ向け、お互いに顔を見合わせる。

「桃花。ごめんなさい」
「……珠里。ごめんなさい」

 二人はお互い誤り合う。
 そして桃花は、両手に持った珠里を殺す為の札を引き裂く。珠里の身体と同調した札を。

「……ッ!! 珠里!!」

 目の前が一瞬で真っ暗になる。ぼんやり部屋を照らすテレビも、照らしだされていた珠里も見えない。
 次に桃花が感じたのは温かさ。全身にそれが降り懸かる。血だ。大量の血が桃花に降り懸かった。珠里の血が。
 最後に見えたのは、身体を引き裂かれ死にかけの珠里。正確には少し違う。寄生となった珠里は寄生の力、村正でしか殺せない。
 死するほどのダメージを受け、なお死ぬことが出来ない。桃花の共は今そうなっている。

「……珠里?」
「ごめんなさい桃花。ごめんなさい……」

 珠里は譫言のように繰り返す。血まみれの桃花は珠里に近付いていく。

「珠里……! 珠里!!」
「ごめんなさい桃花。……痛いよ。もう終わらせたいよ」


「ごめんなさい珠里……! ごめん!!」
「悪いのは私。私は寄生に勝てなかった。そして寄生と戦うのは桃花の役目」

 珠里の身体は少しずつ再生していく。珠里の身体を切り裂いた呪札でも、珠里の寄生は殺せない。そして桃花からは、黒い影が滲み出る。

「珠里! 珠里!」
「今は動けない。村正を出すなら今のうちに……。それで終わるから」

 それはつまり、珠里に止めを刺せという事。桃花の影はみるみる形を整える。今までに無い早さで。
 そして村正は桃花の手に握られる。

「ごめんなさい。ごめんなさい桃花。さよなら。さよなら……」



※ ※ ※



 冷蔵庫が唸っている。暗闇と静寂の中でのそれはとても耳障りな物で、眠りをこれでもかと妨げる。疲れている身体にはなおさら不快だった。
 時刻は夜中の二時。いわゆる丑の刻だった。

 孝也は目が覚める。時計を見て嫌な時間に目が覚めたと思う。
 なぜ目を覚ましてしまったのか。普段ならば考えもしないだろう。だが、この時は違った。
 気配がするのだ。妙な、えらく陰欝な気配が。
 孝也は起き上がる。気配の正体を探る為に。場所はすぐに解った。玄関だ。
 自室から一歩出ると、暗闇の中に漂う独特の臭い。武道を修めた孝也にはそれが何か解る。血の臭いだった。
 玄関の照明のスイッチを探し、明かりを付ける。そして見えたのは、血まみれで、そこにうずくまる桃花。
 その横には、同じく血にまみれた真っ黒な剣、村正。

「ととと……桃花!?」

 慌てて駆け寄る孝也。桃花はゆっくり顔をあげて孝也を見る。

「どないしてん!? 傷だらけや……。」
「大丈夫だよ。ほとんどは私の血じゃないから」
「お前の血じゃない……? 何があった……何をした!?」
「はは。せっかく言葉遣い直したのに。元に戻ってる」
「笑い事ちゃうぞ! お前何があって……。この刀は!?」
「言えない。言えないけど。これが私のやるべき事だからいいの。心配かけてゴメン」


 桃花がどこで何をしたのか。それが秘密だとは知っていた。しかし、まさか血まみれになり刀を使うほどの事だとは、孝也は知らなかった。

「お前、このまま帰ってきたのか……?」
「うん。誰にも見られなかったのは、運がよかったのかな」
「そんなんどうでもいいわ。お前、どんな事してんねん」
「だから言えないよ。でも大丈夫。やりたくてやってる事だから」
「……ウソつけや。そんな泣きッツラになる程の事してるクセに」
「泣いてないよ。泣いてる暇無いもん」

 うずくまったまま、桃花は淡々と言うが、それはウソだ。実際は泣いている。
 友を、自らの手で殺したのだから。

「桃花」
「……うん?」
「もっと泣いてええねんぞ」
「泣いてない」
「強がるなや。人間つらい時は泣いたほうがええ。お前が変な事にい首突っ込んどるのは昔から知ってる。それが何かは知らんけど……。
 それにとやかく言う立場やないけど、お前が悲しそうにしてるのを見るんは俺がつらいねん。昔っからの付き合いやろ。なんで強がる? 俺の前ではそんなんいらん」
「……私より弱っちいクセに」
「そやな。逆立ちしても敵わんわ」
「簡単に認めるんだ。」
「当たり前や。自分の事くらい分かってるわ」

 血まみれの桃花はうずくまったまま。一部は渇いているが、あまりに大量の為にまだ全身べっとりと濡れている。 孝也は桃花を抱き寄せて、頭に手を置いた。それしか思いつかなかったから。桃花はガタガタ震えている。それほどの事があったのかと思わせる。

「……止めてよ。血が付いちゃうよ。私は大丈夫だから」
「ガタガタいうてるクセに強がるな。そりゃ俺は何にも出来ん。お前と比べたら蟻んこみたいに弱っちいかも知れん。
 でも泣く場所くらいなら用意できる」
「……ダメだよ。私強くならなきゃダメだもん。泣いてる暇ないもん」
「自分の弱さ知らんと強くもなれへん。先生も言うてたろ。己を知れってな。弱みを見せる事は悪い事やないで」
「ダメだよ。弱くなったら、自分も守れなくなっちゃうよ。私は誰も守れないのに、自分の事も守れなくなる」
「気にせんでええ。今は俺が守ったるから」

 孝也は震える桃花の頭をぽんぽん叩きながら言う。横には血まみれの村正。
 そしてこの日以来、桃花は村正を隠すのを辞めた。



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