無限桃花外伝~桃花十六歳・呪編「前」~
目を閉じ、右手を伸ばして意識を集中させる。
身体から黒い影が滲み出し、それは身体を伝い伸ばした右手に集まり、一本の棒のように長く伸びる。
身体から黒い影が滲み出し、それは身体を伝い伸ばした右手に集まり、一本の棒のように長く伸びる。
――まだだ。もっと。もっと……。
さらに深く集中し、額には汗が一筋流れる。黒い影は少しだけ形を変え、細長くなっていき、右手には質量を感じ始める。
まだだ。もっとだ。
桃花は一本の剣をイメージする。黒い刀身の、一振りの剣。村正を。そして右手に金属的なひんやりした感触を覚え、ずしりと右手に重みが乗る。
目を開けた時、桃花の手には村正が握られていた。
まだだ。もっとだ。
桃花は一本の剣をイメージする。黒い刀身の、一振りの剣。村正を。そして右手に金属的なひんやりした感触を覚え、ずしりと右手に重みが乗る。
目を開けた時、桃花の手には村正が握られていた。
桃花は時計を確認する。村正を影から剣に変える迄にかかった時間を知る為に。その所用時間は約十分。これでは時間がかかり過ぎだ。敵の前でのんびり集中など出来はしない。一瞬で出来るくらいにならなくては。
出しっぱなしならば苦労は無いが、法治国家である以上、常に刀を出しっぱなしでどこでも行ける訳ではない。
かといって、村正から離れる訳にもいかない。
村正無しでは、寄生に襲われたら手も足もでないのだ。
ガチャリ
かといって、村正から離れる訳にもいかない。
村正無しでは、寄生に襲われたら手も足もでないのだ。
ガチャリ
玄関のドアが開く音。桃花は手にした剣をなんとか急いで影に戻し、自らの身体に還していく。戻すのは出すより楽だったが、それでも精神をすり減らす。
「ただいまぁ~。腹減ったぁ」
部屋の主の孝也が帰宅したようだ。パラサイトしている上に明らかに銃刀法に触れている村正を見られたら通報されかねない。
いくら昔からの知り合いと言えど向こうは一般人だ。寄生の事も、村正の事も知られる訳には行かなかった。
桃花は少し疲れている。出かける予定時間まで暇だったので、剣の出し入れという単純な訓練を二時間ほど続けていたのだ。
いくら昔からの知り合いと言えど向こうは一般人だ。寄生の事も、村正の事も知られる訳には行かなかった。
桃花は少し疲れている。出かける予定時間まで暇だったので、剣の出し入れという単純な訓練を二時間ほど続けていたのだ。
「……おい。おい桃花」
「……えっ。……ひぃあ!」
「……えっ。……ひぃあ!」
いつの間にか孝也は部屋の中央まで来ていた。ぐったりしていた桃花はそれに気付かなかった。
「何驚いてんだお前? ぼけーっとして……」
「ああ。その……。うたた寝を」
「突っ立ったままでか? まぁお前なら出来そうだけど……」
「それは酷くない?」
「実際やってたろ今」
「う……」
「ああ。その……。うたた寝を」
「突っ立ったままでか? まぁお前なら出来そうだけど……」
「それは酷くない?」
「実際やってたろ今」
「う……」
「まぁどうでもいいや」
孝也は台所の冷蔵庫に向かう。買ってきたジュースやらをぶち混んで、次にビンの漬物を出す。京都の母親が送って来た物だ。
「お前晩飯どうすんだ。食うならなんか作るけど?」
「あ……。いい。要らない。ちょっと出かけるから」
「もう夜だぞ? 補導とかされんなよ。俺がめんどくせぇ事になる」
「大丈夫だよ。ブっ飛ばして逃げれば」
「……お前がやったら死ぬぞ」
「あ……。いい。要らない。ちょっと出かけるから」
「もう夜だぞ? 補導とかされんなよ。俺がめんどくせぇ事になる」
「大丈夫だよ。ブっ飛ばして逃げれば」
「……お前がやったら死ぬぞ」
孝也の小言に付き合った後、桃花は洗面所で顔を洗い、ポニーテールの位置を直す。訓練では肉体的な疲労は少ないのが幸いだ。
「よっし……。行くか」
「変な事してトラブル起こすなよ」
「分かってますぅ」
「変な事してトラブル起こすなよ」
「分かってますぅ」
二度目の小言に適当に返しながら、桃花は玄関を飛び出す。
村正は、その手には握られていなかった。
村正は、その手には握られていなかった。
※ ※ ※
時刻はだいたい午後七時四十分。桃花とボブカットの少女が一緒に歩いている。
彼女の誘導でこじんまりした喫茶店に入り、奥の人目が付かない席に向かい合って座った。もっとも、この店に来る客はほとんど居ないのであまり気にする事でも無いのだが。
彼女の誘導でこじんまりした喫茶店に入り、奥の人目が付かない席に向かい合って座った。もっとも、この店に来る客はほとんど居ないのであまり気にする事でも無いのだが。
「で、今度は何?」
桃花がいぶかげに少女に尋ねる。
「それがさー! ついに完成したのよ! 『呪殺霊札』!」
「そ……そう」
「あら、リアクションが薄いわね」
「明るいテンションで言う物でもないでしょ。何だ『呪殺』って。誰か殺るのか」
「いやいやそこじゃないでしょ。人を呪い殺せるまでに到達した私が凄いって事に驚いてよ!」
「そこかよ」
「そ……そう」
「あら、リアクションが薄いわね」
「明るいテンションで言う物でもないでしょ。何だ『呪殺』って。誰か殺るのか」
「いやいやそこじゃないでしょ。人を呪い殺せるまでに到達した私が凄いって事に驚いてよ!」
「そこかよ」
高いテンションで物騒な事を口走るこの少女の名前は安藤珠里。ひょんな事から桃花と知り合い、気が付いたら友達になっていた。
呪い師の家系だったらしい珠里は、当代きっての呪力を誇り、今では占い謀殺なんでも来いのトンデモ能力を持っている。さらに一つ、彼女は桃花と同じく寄生を見る事が出来てしまう。
それによって命を狙われ、呪術では対処出来ない怪物に対向する為に占いで対寄生の能力を持つ桃花を探し出して、助けを求めて来た。
それが彼女達の出会いだった。
呪い師の家系だったらしい珠里は、当代きっての呪力を誇り、今では占い謀殺なんでも来いのトンデモ能力を持っている。さらに一つ、彼女は桃花と同じく寄生を見る事が出来てしまう。
それによって命を狙われ、呪術では対処出来ない怪物に対向する為に占いで対寄生の能力を持つ桃花を探し出して、助けを求めて来た。
それが彼女達の出会いだった。
「その呪術が何の役に立つってわけ?」
「役には立たないよ? 人殺しするワケないじゃん。多分」
「多分なの?」
「役には立たないよ? 人殺しするワケないじゃん。多分」
「多分なの?」
桃花と珠里は古風なミルクセーキを飲みながら楽しそうに話している。内容は物騒だが、桃花にとっては唯一の友人だった。もちろん珠里にとってもだ。
お互い他人に言えない秘密を持ち、それを理解しあえる友人など他に居る訳も無かった。
お互い他人に言えない秘密を持ち、それを理解しあえる友人など他に居る訳も無かった。
「最近寄生出てる?」
「ん~ん。あのお札効いたのかな?」
「お札? また怪しげなモノ作ったの?」
「いやいやいや、この前、桃花の髪の毛貰ったじゃん。寄生殺せる桃花の髪の毛使えばもしかしたら~と思ってさ」
「髪? あげた覚えは……」
「あ、しまった黙ってようと思ってたんだゴメン」
「藁人形に入れたりしないでよ……」
「ん~ん。あのお札効いたのかな?」
「お札? また怪しげなモノ作ったの?」
「いやいやいや、この前、桃花の髪の毛貰ったじゃん。寄生殺せる桃花の髪の毛使えばもしかしたら~と思ってさ」
「髪? あげた覚えは……」
「あ、しまった黙ってようと思ってたんだゴメン」
「藁人形に入れたりしないでよ……」
もし珠里ほどの呪術師が行えばお馴染みの丑の刻参りも必殺の儀式になりかねない。背中に冷たいモノを桃花は感じた。
「でさぁ。見に来て欲しいんだよねぇ。ソレ」
「何を?」
「桃花の髪の毛貼ったお札。ホントに寄生を追っ払えるなら凄くないコレ」
「そりゃそうだけど」
「何を?」
「桃花の髪の毛貼ったお札。ホントに寄生を追っ払えるなら凄くないコレ」
「そりゃそうだけど」
桃花は面白いと思った。確かに寄生に対して何かしらの効果があるのなら、有用な武器になる可能性もある。
……あと自分の髪の毛を回収しようとも思った。
……あと自分の髪の毛を回収しようとも思った。
「じゃーすぐ行こう! 今行こう! 急げ!!」
「……落ち着け」
「……落ち着け」
珠里の家はそう遠く無い。物騒な話をしていた喫茶店から歩いて十分ほどだ。見た目こそ普通の一軒家だが、周囲にはさりげなく対魔の札が配置されている。
玄関には訪問販売のセールスマンが残した謎の記号と一緒に呪詛返しの札が貼られ、呪いから身を守っている。
代々行っているらしいが、珠里が作った札に替えてからはより一層強固になり、霊的には完全に要塞だった。
玄関には訪問販売のセールスマンが残した謎の記号と一緒に呪詛返しの札が貼られ、呪いから身を守っている。
代々行っているらしいが、珠里が作った札に替えてからはより一層強固になり、霊的には完全に要塞だった。
「たっだいまぁ~。友達連れてきたよお母さん」
「遅い! 何時だと思ってんの!」
「怒んなくていいじゃん」
「怒るわ! 連絡も寄越さずに探知も出来ないように細工してこの娘は! 心配すんだろ!」
「私はお守りだらけだから大丈夫ですぅ~」
「遅い! 何時だと思ってんの!」
「怒んなくていいじゃん」
「怒るわ! 連絡も寄越さずに探知も出来ないように細工してこの娘は! 心配すんだろ!」
「私はお守りだらけだから大丈夫ですぅ~」
激しく言い合う親子。珠里のテンションは母親譲りらしい。桃花は完全に置いてけぼりを食う。
「あーっとそうだ。忘れてた忘れてた。さっそく見せなきゃ。じゃ、二階行こ。桃花」
強引に会話を切り上げ自室に桃花を連れていこうとする。珠里の母親もスっと切り替えて桃花に「ゆっくりしてきなさい」と声をかける。面白い親子だ。それが桃花の印象だった。
二階の珠里の部屋はパッと見ると普通だが、棚にはおどろおどろしい置物が置いてあったり人の名前が書いた札があったりする。要らぬ妄想が頭に浮かぶので見なかった事にする。
珠里がベッドの下に手を伸ばして何やら探っている。見せたい物を何処にしまったか忘れたらしい。
高校の制服のままの珠里は四つん這いになって探索している。おかげでスカートの中のパンツがまる見えだ。
笑いを堪えて見ていたが、桃花はちょっぴり羨ましくもなる。
本来なら自分も高校生のはずなんだな、と。
二階の珠里の部屋はパッと見ると普通だが、棚にはおどろおどろしい置物が置いてあったり人の名前が書いた札があったりする。要らぬ妄想が頭に浮かぶので見なかった事にする。
珠里がベッドの下に手を伸ばして何やら探っている。見せたい物を何処にしまったか忘れたらしい。
高校の制服のままの珠里は四つん這いになって探索している。おかげでスカートの中のパンツがまる見えだ。
笑いを堪えて見ていたが、桃花はちょっぴり羨ましくもなる。
本来なら自分も高校生のはずなんだな、と。
「ああ~。あったあった。コレよコレ」
珠里はベッドの下から取り出した物は縦横十センチ程の小さな箱。ただし、呪札がべったりと貼られているが。
「この箱の中?」
「違う違う。この箱そのものが寄生追っ払うお札。中に桃花の髪の毛入ってんの」
「お札ぁ~? コレが?」
「インスタントで作ったらから。この箱だってお菓子の箱使ったし」
「そんなんでいいの?」
「こまけぇこたぁ(ry」
「違う違う。この箱そのものが寄生追っ払うお札。中に桃花の髪の毛入ってんの」
「お札ぁ~? コレが?」
「インスタントで作ったらから。この箱だってお菓子の箱使ったし」
「そんなんでいいの?」
「こまけぇこたぁ(ry」
何か言いかけたが聞かない事にする。
それよりも気になるのはこの箱の効果の方だ。もし本当に寄生を追い払えるのなら。それが重要だ。
それよりも気になるのはこの箱の効果の方だ。もし本当に寄生を追い払えるのなら。それが重要だ。
「で、さっそくやってみたい事があるワケ」
「やってみたい事? なに?」
「桃花」
「なに?」
「ごめんなさい」
「えっ?」
「やってみたい事? なに?」
「桃花」
「なに?」
「ごめんなさい」
「えっ?」
珠里は箱を開ける。中には確かに桃花の物と思われる長い髪が入っていた。だが、それから飛び出したのは黒い影。溢れるのは寄生の気配。
「珠里!?」
「ごめんなさい。ごめんなさい。桃花」
「ごめんなさい。ごめんなさい。桃花」
寄生の気配は一気に部屋の中を埋め尽くす。箱を持った珠里は無表情で言う。
「ごめんなさい桃花。ごめんなさい。ごめんなさい」
「珠里……! これは何!?」
「これは寄生を追っ払う事は出来なかったの」
「珠里!?」
「でも寄生を封じ込める事は出来た。だから箱にしたの。だってこの箱は桃花の力があるんだもん。寄生を封じるには十分。
でも、桃花と同じだから、寄生を引き寄せてしまった」
「じゃあ、その箱の中に封印されてたのは……」
「封印してたんじゃないの。『隠れてた』の。ごめんなさい。ごめんなさい桃花」
「珠里……! これは何!?」
「これは寄生を追っ払う事は出来なかったの」
「珠里!?」
「でも寄生を封じ込める事は出来た。だから箱にしたの。だってこの箱は桃花の力があるんだもん。寄生を封じるには十分。
でも、桃花と同じだから、寄生を引き寄せてしまった」
「じゃあ、その箱の中に封印されてたのは……」
「封印してたんじゃないの。『隠れてた』の。ごめんなさい。ごめんなさい桃花」
寄生の気配は一匹や二匹では無かった。小さな箱の中に無数の寄生が一つにまとめられて入っていた。
それが今、一気に外へと飛び出してくる。
それが今、一気に外へと飛び出してくる。
「ごめんなさい桃花。私、寄生されちゃったの。桃花の髪の毛で作ったお守りで、その気配隠してた」
「寄生……された……? 珠里が!?」
「私は今はなんとか私のまま。寄生されてもまだ完全には乗っ取られてない。でもそれは桃花をおびき寄せる為。油断させる為。ごめんなさい。桃花」
「寄生……された……? 珠里が!?」
「私は今はなんとか私のまま。寄生されてもまだ完全には乗っ取られてない。でもそれは桃花をおびき寄せる為。油断させる為。ごめんなさい。桃花」
無数の寄生が珠里の中へ入って行く。形骸を持たないと活動出来ない寄生達は、強力な呪力を持つ珠里を器に選び、珠里は無数の寄生を一度に抱えるキャパシティを持つ。寄生にとっては、これ以上ない巣だった。
「珠里!」
「ごめんなさい桃花」
「ごめんなさい桃花」
珠里の腕に黒い影が漂う。そして桃花は村正を出そうと試みるが――
※ ※ ※
――暗闇。うっすら目を開けた桃花が最初に見たのは、母を食う珠里の姿。場所は珠里の家のダイニングだった。
窓は全て雲の糸のような物で何重にも覆われている。電灯は壊れ、破れた呪札が散乱している。
珠里の母が寄生と化した娘と戦い、敗れ去った後だった。
窓は全て雲の糸のような物で何重にも覆われている。電灯は壊れ、破れた呪札が散乱している。
珠里の母が寄生と化した娘と戦い、敗れ去った後だった。
「珠里……!」
桃花は呼び掛けた。珠里は母の肉を貪るのを止め、立ち上がり母の骸を床に捨てる。
べちゃ、と、肉が地面にたたき付けられた音がする。
べちゃ、と、肉が地面にたたき付けられた音がする。
「あら桃花。目が覚めた?」
――続く。