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第一次浦島事変 前編

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第一次浦島事変 前編


浦島。
京都圏の北部に位置する地方の名称である。
いわゆる田舎の事だ。
一応は、沿岸に存在する小さな漁村を称しているのだが、
もっぱら「浦島」が指すのは島々であった。

この島々というのが少々特殊で、
異形出現の原因となった地震による隆起で現れた島々なのである。
人の住めないような小さな島から集落をいくつか作れそうな大きな島まで。

20世紀以前の地図には描かれていないそれらには、
やはり20世紀以前には存在していなかった何者かたちが暮らしていた。
異形。
浦島は、異形の住処であった。
とは言え、だからどうという事も実はない。

人に襲いかかる事もなく。
ひっそりと。
まるで外界と関係を絶っているかのように。
異形たちは浦島に閉じこもっているのだ。

それが不気味だと言う者もいる。
何を狙っているのか分からないのが恐い、と。
今まで静かでも、そろそろ暴れ出すやも、と。

その一方で。
来るならば来いと身構える者たちもいる。
ただ、攻めるには不利すぎた。

浦島の武装隊とて海上、海中での戦いを熟知しているが、
攻勢で海の異形と争うには人員も装備も足りない。
異形の住む島へ上陸、戦闘ではあまりにリスクが大きすぎた。
だから、身構えるに留まっている。

もともとは浦島を拠点に人に攻めてくる異形たちもいて、
それを第一次掃討作戦で壊滅させている。
今、浦島に住み着いている異形はその後に集まった者たち。
一向に人に牙を剥こうとは、してこない。
だから身構えるに留まらざるを得ない。

今日も武装隊が海上での訓練をしていた。
数隻の舟がまとまって動く様はなかなかに壮観だ。

そして、その向こう。
かすんで見える、いくつもの島々。
浦島。
武装隊の訓練も、そこに住む異形たちに対する威嚇の意味合いを含むのだろう。

ぼんやりと、名無しは波打ち際でそんな戦闘訓練を眺めていた。
名無し。
それが彼の名前である。
いや、名前はない。
だから名無しだ。
だから名無し、と呼ばれている。
他に、権兵衛だとか名無しの権兵衛だとか太郎だとか。
どうとでも呼ばれた。
どうでもよかった。
名無しが名前。


両親は知らない。
気づけばこの村にいた、としか言いようがなかった。
村に参加しているような、していないような。
村の範疇に入るような、入らないような小さな掘っ立て小屋で暮らす。
名無し。
毎日毎日、釣りなり漁なりをして暮らす青年である。

今日もまた釣りをしていたわけだが、なんとも芳しくない結果に終わった。
小物ばかりがかかり、大きくなったらまた来い、と海に返してやる事数度。
結局、ボウズで帰路に着く。
まだ家には干物があるので食糧事情は不自由していない。

そんな帰路の途中。
武装隊の海上訓練を眺めていれば。
ふと。
誰かが歩いてくるのが分かった。
女だ。
道筋は村の進路。
こんな田舎に何のようやら。
そう思っている名無しを、通り過ぎ、ず。

「こんにちは」

挨拶。
年の頃、20そこそこ。
肩の辺りでそろえた髪。
柔和な表情。
落ち着いた美人である。

「おう」
「ここの村の人?」
「そうだ」
「漁師さんですね」
「今日はボウズだがな」
「毎日大漁とはいきませんか」
「世の中そう都合よくねぇよ」
「異形が住んでいるのでしょう、あの島に」
「…・…そうだ」
「そのせいですか?」

異形も魚を食う。
魚の姿や生態に準じるような異形も多い。
いや、陸上の異形の種類よりも、
もしかすると海の異形のほうが種類が多いかもしれない。

ただ、

「一概にそうは言えねぇよ」

文明が衰退する以前の人間の魚の消費量を上回ってはいないと言われている。
異形が食うよりも魚の繁殖の方が多いらしい。
今日ボウズなのは、ただの運だろう。

「たまにちっちぇえ魚みてぇな異形がかかってビビるがな」
「そうですか……」

女が肩を落とす。
がっかりしているの、だろう。


「なんだ、なんで残念がってやがる」
「……異形のせいじゃないんですか?」
「はぁ?」
「異形を殺せば、平和になるんでしょう?」
「何言ってやがる」
「あの島に住んでる異形、いなくなった方が良いんじゃないんですか?」
「……まぁ、そうだな」

それは間違いない。
村の人々は浦島にいる異形が恐い。
武装隊もきっと恐いのだろう。
そして、名無しも恐い。

見えないというのは恐い。
じっと息を潜めているのは恐い。
海を隔てているが、海洋に適した異形たちにとっては道のようなものだ。
襲ってくるつもりになれば迅速だろう。

人は海を克服する事はできる。
しかし海に適合する事まではできない。
それと比べれば海の異形は縦横無尽。
この土地で暴れた時。
それを思うと恐い。

「そうですか」

名無しの言葉に女がにこりと笑った。
ホッとした様にも見えた。

「お前、一人旅か?」
「はい、そうです」
「危ねぇな」
「フフフ、皆さん必ずそう仰るんですよ」
「……どっから来たんだ」
「えーっと……南、から、です」
「? ふぅん、村になんの用だよ」
「姉妹を見つけに、ですかね」
「名前は?」

案内でもしてやろう。
そう、思っていた名無しだが。

「ミサキです」

結局、苗字を教えてもらう事もできず。
だから村の誰を訪ねてきたかも分からず。
その日はミサキを見送るだけとなった。


次の日。
名無しは舟の修理をしていた。
ここ最近、時間が空けば舟をいじっている。
どうせ襲ってくる事はないだろう、とタカをくくって沖合いにまで漁に出る者もいるのだ。
恐い事は恐い。
しかし、手を出してきたと言う例はない。
だから麻痺した感覚はつい、舟まで出す。
名無しもまた、そんな一人である。


無論、あまりに浦島に近づきすぎるのは禁止されていた。
武装隊もパトロールをしている。
だが幸い、舟を出して帰ってこなくなった者もまだおらず。
また仲間内で島に近づいて漁をしようと、話が上がっている。

そんな仲間の中でも、木を切ったり型抜きをするのが上手い者から木材を引き取り。
その帰り道。

ひび割れたアスファルトの、かつて道路であった道を。
歩く少女を見かけた。

「こんにちは」

村の者ではなかった。
年のころは10代半ば。
長い髪。
溌剌とした笑顔は爛漫を画に描いた様だ。

「おう」
「ね、ね、村の人?」
「そうだ。なんだお前、一人旅か?」
「えへへ、一人一人」
「……最近は女の一人旅が多いのか?」
「へ、そうなの? う~ん……知らないなぁ」
「で、お前も姉妹探しにこの村に来たクチか」

少女がびっくりしたように口に手を当てた。

「わ、わ、じゃあもう別の子着てるんだ。早いよぉ」
「あぁ、なんだ、つまりお前がミサキの知り合いか?」
「うん、そう。私もミサキ」
「も?」

にっこり笑って自分を指差す少女。

「同じ名前なのか?」
「うん、そう。おんなじ名前で七人集まってさ、姉妹を探してるの」
「……はぁ?」

ちょっと良く分からない。
昨日のミサキと今日のミサキ。
別の人間が同名と言うのは、ある事だろう。
しかし別の人間が同じ姉妹を持つとはどういう事だ?

「……昨日のミサキとお前は、同じ姉妹を持ってるのか?」
「うん、そうだよ。昨日のミサキと私が探してる姉妹は同じ姉妹!」
「……じゃあ昨日のミサキとお前はどういう関係だ?」
「う~ん……仲間、かな!」

元気良く今日のミサキが笑った。
名無しとしてはあまり要領を得たとは言えなかった。
ただ、まぁ、ミサキという同じ名前の二人が、知り合いの姉妹を訪ねて来た。
そういう事なのだろう。

「ね、ね、あの島にさ、異形がいっぱい、いーっぱいいるんだよね」

そして。
今日のミサキが遠くを指差す。
海の向こう。
浦島を指差す。


「あぁ、いるいる。めちゃくちゃいる」
「じゃあさ、あの島の異形がいちゃみんな困るよね?」
「困るって言うか困ってるな。恐いんだよ、あそこに異形が固まってるってのが」

今日のミサキが大いに頷く。
満面の笑みで。
納得しているような。
欲しかった回答を得たような。

「何が嬉しい」
「困ってる人を助けられるから、かな」
「はぁ?」

まるで。
ひまわりのような笑顔だった。
今日のミサキが歯を見せて笑い、名無しは少し気おされた。
年不相応な、凄みを垣間見た気がする。

それから足取りも軽く今日のミサキが村の方へ向かっていく。
昨日のミサキと合流できるだろうか。
薄らぼんやりと考えながら、村に外れた位置の我が家へ名無しは戻る。


次の日。
名無しは浜で衣服を絞っていた。
舟が転覆したのである。

修理して、海へ漕ぎ出した舟は海の荒波に揉まれてあえなく撃沈。
ひーひー言いながらどうにか舟を浜まで引っ張り上げた後。
名無しは服を絞っていたというわけだ。

どうやら船底を改良したのがまずかったらしい。
思っていた以上にスピードが出て舵も利かなかったのだ。
ピーキーな仕様にチューンナップした舟が己のテクニックを上回るポテンシャルを秘めてしまったらしい。
これをチューンダウンすべきか。
乗りこなせるようになるべきか。

思い悩んでいた時の事。

波打ち際に沿って二人組みがこちらに向かってくるのが分かった。
今度は少年の二人連れである。

「こんにちは」

品の良さそうな方の少年がにこやかに挨拶をしてきた。

「おう」
「村ってこの先ですよね?」
「そうだ……お前ら、二人で旅してるのか?」
「いえ、もう一人いるんですけどちょっと別行動です」
「危ねぇよ」
「ふふ、そうですね。でも村まで辿りつけましたから」
「女子供だけで旅すんの、流行ってんのか?」

名無しの言葉に。
少年が二人とも、その表情を固くする。

「……最近、女が一人でこの村に来なかったか?」
「あぁ、昨日と一昨日にミサキってのがな」


劇的に、少年たちが息を呑むのが分かった。

「もう村にいるんですね?」
「多分な。姉妹を探すっつってたから、合流してるんじゃねぇの? お前らもミサキの仲間か」

片方の少年が皮肉げに笑った。

「そうだな、まぁ、俺はミサキの仲間だよ」
「じゃあお前の名前もミサキか?」
「いや、俺は豆蔵。こっちは瓜坊」
「と言うのはあだ名で毘羯羅と申します」
「ふぅん……」
「教えていただいてどうも有難う御座いました。僕たちは村に急ぎますので、これで失礼しますね」

それから。
明らかに焦った様子で。
少年二人は村へ走り出す。
その疾走は風のようで。
子供の脚力には見えず、名無しを驚かせた。


次の日。

「こんにちは」

またか。
と名無しは思った。
振り返ればそこに女がいた。
20も半ばだろうか。
長い髪。
大人びて艶やかな印象が強い女性だ。

「……おう」

釣りをしている最中であった。
釣り糸を垂らし。
波を見つめていた時分。

「お前もミサキか?」

冗談半分で言った。

「ええ、そうよ」

当たってた。
何がこの村で起ころうとしているのか……
などと大層に考えながら名無しは村の方角を指差す。

「あっちが村だ」
「あら、親切に有難う」

妖しささえ含んだ笑顔だった。
つい、見惚れそうになる。
今日のミサキもすぐに村に行かず。

「あの島に異形が住み着いているのね」


対岸。
向こう側。
浦島を細い双眸で眺めながら今日のミサキも名無しに言った。
尋ねるというよりも。
知っている事をただ口にだしただけのようだ。

「そうだよ」
「異形はいない方がいい?」
「そりゃ、そうだろ。いつ襲われるか分かったもんじゃない」
「そう」

また今日のミサキも笑んだ。
三日前の落ち着いたミサキと違う笑顔。
一昨日の元気一杯なミサキと違う笑顔。

ただ、どこか、似た気配を孕んでいるような。
気がしないでもない。
名前が同じだからだろうか。

「いったい後何人いるんだ、ミサキって。お前で三人目なんだけどよ。この村にミサキ集めてどうするつもりだ?」
「全員で七人よ」
「あぁ、一昨日のミサキが七人つってたな。多いよ」
「ふふ、足りないぐらいよ」

艶やかに名無しに微笑みを残して。
今日のミサキも村の方へと歩き出す。
なんとなく、その背中を眼で追った。

単純に、今までのミサキで一番美人だったからだろう。
釣竿を上げて。
餌の有無を確認して。
もう一度、今日のミサキへ視線を戻すと。
首が。
舞っていた。

ごろん。

生々しい落下音と、転がる音。
おもちゃのようにミサキの首が舞い、落ちて、転がり。

その隣。
いつの間にか誰かがいた。
ミサキの首を刈った張本人。
刀を提げた。
美貌の剣人。


波の音。
潮の匂い。
美しい剣士。
ミサキの首。

ぐらりと、ミサキの体だけがようやく傾き。
首から血が噴出して。
名無しにかかる。

「う」

首だけになったミサキと眼が合い。

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

名無しが腰を抜かして絶叫。
静かに剣士が近づいてくる。
凛々しげな眼差し。
古風な装い。
長い髪を結い。
堂々としたその様はまるで侍。

「すまない、驚かせてしまった。だがミサキが一人だけ……こんな機会を逃したくは無かったのだ」
「な、なに、な、お、ま、な、おま、お、おおあ、あああうう」
「落ち着いてくれ。私は牛若という。訳あってミサキという名の女を殺すために追ってる」
「ミ、サ……キ」
「そうだ。さっきの女はミサキという……そうだな、人間の皮をかぶった兵器だ」

名無しはまだ落ちつかない。
人殺しを前に落ち着けない。
そんな名無しの背をさする手の感触。

びくりと振り返れば、少女がいた。
心配げな面持ちで覗き込んでくるのは、まだ10になるかならぬかという可憐な女の子。

「その娘はすずめという。安心してくれ。君に危害を加えようとは思っていない。ただミサキを追っているだけなのだ」

涼やかな声色で牛若がゆっくりと、名無しを落ち着かせようとしゃべってくれる。
徐々に動悸も治まってきた。
警戒は、まだ解けるはずもない。

「聞いてくれ。ミサキという女は危険で、野放しにはできんのだ。信じてくれとは言わん。ただ、」

爆音。


言葉の途中。
真剣な表情で、真摯に話をしてくれていた牛若の。
上半身が吹っ飛んだ。

横殴りに、何か巨大な物が牛若の上半身を巻き込んで通り過ぎたのを名無しは見た。
びちゃびちゃと、血と臓物と骨とが。
名無しの顔に降り注ぎ。

牛若の下半身の向こう側に。
巨大な槌を持っていた、筋骨隆々な青年の姿を見た。

「ーーーーーッッッ!!!」

今度は悲鳴にならなかった。
牛若のあたたかい肉片をかぶり、まだ下半身の臓器がうごめくのを目の当たりにして。
名無しは半狂乱になって逃げようとする。

牛若の死体から。
牛若を殺した大槌を持つ青年から。
とにもかくにもその場を離れたい。
まるで悪夢から醒めたい一心。

ただ牛若を殺した青年は、一歩。
すずめに近づいた気がした。
真相はどうでもいい。
恐い。
訳が分からない。
死にたくない。
いや、殺されたくない。

心が恐怖に塗りつぶされる中。
大槌を振りかぶる青年へ。
巨大な、見上げるほど巨大な猪が豪快に突進、乱入してくるのを目の当たりにして。
名無しは気絶してしまった。






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