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無限彼方大人編~Archenemy~

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無限彼方大人編~Archenemy~

投稿日時:2011/09/16(金) 01:56:13.74


 私はその影を三つ、この目で認め、そして手遅れであると悟った。
 もはや退路は無く、私は戦わざるをえない状況下に陥り、そしてその為に、魔剣を取った。もはや手遅れだったのだ。
 仮に、今この場で勝利しても、いずれ敵は数多の勢力を持って私に襲い来るだろう。本質的な脅威は私の見えぬ所にあり、それは長い闘いとなる事を意味している。しかし、まずは目の前の脅威を取り払わねばならなかった。

 私は息を殺し、そして待つ。
 敵も同様に、息を殺し、私に見つからぬよう細心の注意を払っているだろう。
 だが、一度見つけた敵を逃す訳にはいかないのだ。
 これほどの脅威は滅多にない。まさに不倶戴天。私が最も恐れる相手。

 かさり、と、枯葉がこすれるような音が背後から一瞬だけ聞こえる。
 私は瞬時に振り返り、手にした魔剣を思い切り振りかざす。だが、

「外した!?」

 計算ミスだ。
 なまじ剣術に手練れているために、私の斬撃に魔剣の方がついて来れなかった。
 魔剣は私の斬撃によって大きくしなり、その切っ先は私のイメージとは大分離れたところにあった。結果、予測した地点とは大きくズレた所にヒットし、空しく壁を叩いただけだった。

「あああああ!!!」

 そして、必殺の一撃から運よく逃れた影の一つは、常軌を逸した速度で、かつ一切の無駄の無い動きでもって、その場から離れていく。
 反撃は無かった。
 奴らの性質は、逃げることにある。攻撃手段を持たないのだ。

 逃げて、逃げて、逃げ延びて。
 そしていつの日か、多数の仲間と共に数の力を見せつけてくる。そんな相手だ。
 彼らは、何億年もそうしてきた。そしてこれからも。人類が彼らとの戦いを止める日はきっと来ないはずだ。
 それほどの強かさを、彼らはその小さな黒い体に内包しているのだ。

 私は携帯電話を取った。
 一人では心が折れそうだったからだ。増援を呼ぶわけではないが、遠隔でアドバイスしてくれる人が欲しかった。

「もしもし?」
『……もしもし?』
「ああ、よかった。出なかったらどうしようと思ってた!」
『どうしたの彼方さん?』

 私が電話をかけた相手は、ひょんな事から友達になった、直りんという女の子。
 こういう場面では、彼女の精神的なタフさはこの上なく心強い。

「奴が出た!」
『奴?』
「だから奴よ! 黒くてデカくて……。ああ、なんてスピードなの!?」

 私が電話で話している最中にも、黒い影は私の目の前をとてつもないスピードで駆け抜けて行った。



「どうしよう!? ねぇどうしよう直りん!?」
『落ち着いてよ。どうせ今まで気づかなかっただけで前から居たんだから』
「気づいたから問題なのよ! しかも三匹も!」
『じゃ、百匹以上は居るはずよね。昔からそう言うじゃない。つまりは彼方さん、その中で暮らしてたんだよ? 今更三匹見たくらいでなに慌ててんの』
「……背中が寒くなってきた」
『とりあえず今見えてるの叩き殺しちゃえば?』
「やってるわよ! でも動きが読めない……」
『あらら』

 直りんは呆れたような声だった。
 仕方がない。ふと時計を見ると、夜中の一時を回る頃だ。こんな時間に奴が出たと電話をするほうがおかしい。
 でも仕方ない。私にだって、どうにも苦手な物とか、弱点だってあるのだ。とにかく心細いんです。

『彼方さんもっと武器持ってないの?』
「玄関に秘密兵器がある。でも、取りに行ってる間に見失うのが嫌で動けない……」
『トラップは仕掛けてたんでしょ?』
「四か所。……つってもしばらく交換してないけど。見るのが怖くて」
『それは彼方さんが悪い。定期的に交換しないとただの巣になっちゃうんだから』
「マジで?」
『マジで』

 何てことだ。
 私の横着が今の状況を招いた可能性があるなんて。
 とにかく、それは後だ。今は目の前の敵を倒す事に集中しよう。
 私はまた静かに、敵の気配を探った。確かに居る。居るが、向こうは居場所を悟られない程度に気配を殺している。
 向こうも手練れなのだ。自身の能力をよく把握し、そして、いかに生き延びるかを必死に模索しているのだ。

 やがて、耳鳴りがしそうな静寂の中で、間抜けな一匹がのそのそとその姿を現した。
 私が気配を殺していた為か、敵が居なくなったと判断したのだろうか。愚かにも床の上を歩いている。しかも、持ち前のスピードを発揮する事もなく、のんびりと。
 それは私の目の前!

「ぎゃああああ! こっち来んなぁあああああ!」

 私はその黒い影に向かって、まっすぐに魔剣を振り下ろした!
 今度は先ほどとは違い、リニアな軌道だ。たとえしなっても問題ない。剣の軌道と、敵の位置は一直線のライン上に並んでいる。

「死ねっ! 死ね死ねっ! このやろう!」

 怒りと憎悪、そして嫌悪感を魔剣に込め、私は敵を叩く。
 それはもう執拗に。
 許せない。もう、その存在自体が許せない。

「……やった!」
『殺した?』
「うん。一匹殺った」
『良かったわね。じゃ、もう切るね』
「え? あっ! ちょっと待ってよ!」
『何よ情けない』

 そうは言っても、一人で戦う勇気はない。
 この場に居なくてもいいから、私は声だけでも励ましてもらいたかっただけ。


『だいたいね、そんなの今まで見なかっただけで、基本的にどこでも居るんだから』

 電話越しの、直りんの呆れたような声。

『そんな事で夜中にいちいち電話してくる普通? 普段はどちらかってば肝座ってるくせに』

 私が今、額に汗しながら戦っている相手、それは……

『たかがゴキブリ三匹出たくらいで……』

 そう!
 ゴキブリだ! あの黒くて速くて、何億年もの間、この地球上を静かに生き延びて来た、あの最恐生物!

「だってコイツ大嫌い! 他はだいたい平気だけどコイツだけはダメ!」
『そんなの好きな人も少ないけど。とにかく一匹始末したんでしょ。他のは逃げたよ』
「逃げてない! まだ居る。気配を感じる……」
『んなもん、さっさと隙間にシューしちゃえばいいじゃない』
「だからそれ玄関にあるの。取りに行ってる間に逃げられたら……」
『むしろ好都合じゃないの』
「嫌よ! もし今逃がしてどっかで繁殖でもされたら……」
『それ手遅れだから。とっくにどこかで別の奴が卵こしらえてるわよ』
「怖い事言わないでよ……」
『わかりきってる事でしょ』

 想像するだに恐ろしい。
 連中は事もあろうに、私の家の中で世代交代をしている。
 綺麗にしてたはずだが、完璧ではなかったようだ。それに奴らは何でも食う。ちょっとした食べカスはもちろん、石鹸や整髪料、新聞紙に果ては接着剤まで。
 私の長い髪の毛が一本抜けただけで、連中は一家そろってしばらく食いつなぐのだろう。ああ、恐ろしい。

『もう諦めて寝なさいよ』
「ダメ。目が冴えちゃった。それに戦闘モードに入ってるし」
『たかが虫けら相手に……』
「たかがって、気持ち悪いんだから仕方な……」

 私は途中で言葉を切った。
 そして、手にした魔剣、新聞ソードを握る手に力を込めた。

『……彼方さん?』
「静かに……」

 私は静かに移動した。部屋の片隅に置いてある鞄と、紙袋。そこから漂う気配を察知した。
 脚を伸ばし、それをそっと脚でずらした。
 額に汗が一筋垂れるのを感じる。私は新聞ソードを握り直し、その時を待った。
 そこに居る。感じる。

 鞄の中身は移動用の道具が入っている。
 たまに遠出するので、その為の準備は常にしている。あまつさえ、それはたいがい急用だったりする。なので、すぐさま動けるよう準備をしているのだ。
 鞄は重かった。中身がぎっしり詰まっているからだ。ほとんどが着替えやトラベルサイズのシャンプーの類だ。
 その鞄の影に奴が潜んでいるとなると、お世辞にも心地よいとは言えない。中身は後ですべて洗濯だ。実際の衛生よりも精神衛生的によろしくない。

 鞄は二十センチほど移動した。
 そして、今まで鞄の影に隠れていた壁と床が大きく覗けた時、それは現れた!
 床の隅を、高速で移動する黒い影、体長は約四センチ!

 私はすぐさま新聞ソードでそれを叩いた。
 が、壁と床の接点上に居たために、決定打を与えるに至らなかった。直撃させる角度での攻撃は難しかったのだ。
 しかし、決定打とはならなくとも、敵の動きを止める程度の事は出来た。打撃によるダメージで失神したのだ。



 私は脚でどけた鞄に手を突っ込み、中からコロンを取り出した。
 ちょっとお値段の張るブランド物だが仕方ない。香水にはアルコールが含まれている。そう、アルコールだ!
 芳醇な美しき香りに包まれて死ね!

 私はこれでもかと言う程に、それを噴射した。今なら高○名人にも勝てるのではないか。それほどの高速連射だ。
 一噴きごとに霧状の香水がまき散らされ、辺りにその香りが漂う。そして、それに含まれるアルコールは、確実に奴の息の根を止めるはずだ。
 奴の黒光りする体がじっとり濡れ、壁も床も水浸しになる程に香水をぶちまけ、私は勝利を確信した。

 奴はもう動かなかった。ただ、いい香りを発する気持ち悪い死体と化していた。
 残るは、あと一匹。

「やったわ……!」
『あっそ』
「なんでそんなそっけないのよ」
『付き合ってやってるだけマシじゃない』

 電話越しの直りんはすっかり飽きている様子だった。

『早くしてよね』

 分かってる。
 残る一匹も、近くに居るのは気配で解る。
 じっと隠れて、逃げ延びようとしている。



 ここで、私が今戦っている大敵、クロゴキブリについてのおさらいをしておこう。
 体長は最大で約四センチ前後、名前の通り黒光りしていて、非常に活動的。野外ではおとなしく朽木や枯葉などを食べているが、その何でも食べる食性を活かし、屋内にも好んで侵入してくる。
 はっきり言って食べない物はない。毒すら食う。仮にそれが原因で一匹二匹死んでも、奴らには大量の同胞が居るのだ。まさに物の数ではない。

 天敵は、捕食動物全般。
 有名なアシダカグモをはじめ、ヤモリや鳥、カマキリにネズミにムカデ。おまけに野良ネコには常食に近いレベルで捕食されているらしい。
 つまり、奴らは弱い存在なのだ。
 それ故に、それを補う方法として、そのタフさと、驚異的繁殖力、適応力を手にした。数年前の殺虫剤はもはや奴らに通用しないという。耐性が付いているのだ。

 奴らは私たち人間の数倍から数十倍の速度で進化するという。
 つまり、私たちが奴らに対抗する術を考えついても、奴らはすぐにそれに対応してしまう。あの手この手を駆使した結果、奴らの進化を助長してしまうのだ。

 ああ、何てこと!
 戦えば戦うほど強くなるなんて!
 このままでは、いずれあらゆる攻撃方法に耐性を持つ究極のゴキブリが誕生するのは火を見るより明らかだろう。
 やがて、それは全てのゴキブリを統率し、ゴキ王として私たち人類に真正面から宣戦布告するに違いない!



『んなアホな。だいたいクロゴキブリは成虫になるまで二、三年かかるからそんなに世代交代早くないよ』

 私の妄想に対する直りんの冷静なツッコミが入ったところで、私は再び気配を消して、部屋の中を見渡した。
 残る一匹を始末し、安らかな眠りを手にするために。
 最後の一匹は前の二匹の凄惨なる末路を知っているためか、まったく動きを見せていなかった。ぴたりと周囲の風景と一体化し、逃げ出す隙を狙っている。
 私はそれを逃すわけにはいかない。確実に、素早く、殺さねばならない。

 私は勇気を振り絞り、こちらから攻める事にした。本気で隠れた奴を見つけ出すほど、私の索敵能力は優れていない。
 こちらから攻め立て、対等に戦える所にいぶり出してやるのだ。

 第一撃として、私は箪笥やテーブル、テレビ台などを新聞ソードで叩きまくり、蹴飛ばし、揺らした。
 奴らは自身の触角が触れる程度の狭い場所を好む。隙間は奴らにとって快適な場所という事だ。そこに振動を与え、叩き出す。ここは危険だと思わせる。
 とにかく、部屋中の隙間が出来そうなところを荒らしまくった。

 居た! 窓枠のちょっとしたでっぱりから、高速で移動する黒い影!
 壁を走り、新たな隠れ場所を探している!
 しかし、奴はいつの間に窓枠まで移動したのだろうか。その場所までたどり着くには、少なくとも白い壁を這って進まなければならない。奴の黒いボディは目立つはずだ。
 それなのにそこに居たという事は、戦闘モードの私にすら気付かれぬレベルで虚を突いたということになる。もし奴が攻撃手段を持って、そして私に対してそれを振るう意思があったなら、私は奴の攻撃を受けていた事になる。
 なんて凄まじい生物だ。

 私は逃げ出す奴に追撃を加える。だが、既に二回も敵を屠った上に、壁や家具を叩きまくったせいで新聞ソードのほうも限界に近かった。
 ぐにゃりと曲がるそれは、私の斬撃の威力を見事に吸収し、致命の一撃を与える事はおろか、まともに命中させるのも困難だた。
 かと言って、奴を素手でブッ叩く根性は私にはない。

「ああもう! 逃げられた! 逃げられた! もう嫌!」
『がんばれー』

 直りんの心無い応援の言葉を胸に、私はさらに周囲を見渡した。
 奴は隠れている。が、そこに留まる気はないはずだと確信していた。なぜか解るのだ。やたらめったら勘が冴えていた、としか説明できないが、解ってしまう。
 くるりと体を捻りながら、壁を警戒した。奴は移動する。解るのだ。奴は壁を這って、台所へ向かう、と。

 ぴん、と張りつめた空気を纏い、私はただ、奴が現れるのを待っていた。

『そんな緊張感必要?』

 電話越しに何か言われたが、耳に入らない。
 来る。もうすぐ来るのだ。必ず……!

 もしこの戦いに勝利し、一時とはいえ安らかな時を得る事が出来たなら、私は祝杯をあげ、そして次なる戦いに備えるだろう。
 既に私の脳内には、害虫駆除の業者のテレビCMが流れていた。明日の朝、いの一番にそこに電話するのだ。
 そしてもし、私が敗北を喫したら。
 想像するのもおぞましいが、私は深い精神的ダメージを受け、しばらくの間は療養せねばならない。
 そして、なぜこのような人類の大敵を生み出したのか、と、呪いの言葉と共に神に語りかけねばならないだろう。



『ゴキブリに負ける状況が理解できないけど』

 かさり、と、僅かに聞こえた。
 だが、それは私の予想をはるかに裏切り、なんと私の背後から聞こえてきたのだ!
 私は瞬時に振り返り、音の発信源を見た。
 確かに居た。ksksと壁をはう、黒い黒い、Gの姿だ!

 私は瞬時に悟った。
 敵は手練れなのだ。私がどこを警戒しているか、それを察知し、あえて反対側に構えたのだ!

『んなアホな』

 そして、一瞬の虚を突いて、速やかに姿をくらますつもりだったのだろう。
 だが、それは私が許さない。振り向きざまの流れから、私は新聞ソードを振り下ろした! ところがだ。

「……これは!」

 またもや計算ミスだ。
 すでに耐用限界を迎えていた新聞ソードは、根っこからぐにゃりと曲がってしまった。
 切っ先は壁にすら擦らず、Gの触角に触れる程度だった。
 そして、それがいけなかった。
 Gはそれを受け、発見されてしまったと理解したのだろう。最後の手段をもって、脱出を図った。

「嫌……まさか!」

 ばっ、と、黒い羽が左右へ広がった。壁から剥がれ落ちるように離陸したそれは、全力でその場から逃れるべく、羽ばたいた。
 それは、まっすぐ私に向かってくる。
 黒い塊が、みるみる視界の中で大きくなっていった。
 六本の足が大きく広がっている。
 まるで悪魔のような足の関節が見え、ひくひく動く腹部と、思いのほか小さな頭部まで、はっきり見えた。

 それは、まっすぐ、一直線に

「まさか、まさか!」

 みるみる大きくなっていく。奴の軌道は、まっすぐ、私の鼻先に向かって

 ぴと。

 私の顔面の真ん中、鼻のてっぺんに、Gは不時着した。


「みぎゃああああああああああ!!!!!」
『もしもし? あれ? 彼方さん? もしもーし?」



 これの約一時間後、私は泡吹いて失神している所を駆けつけた直りんに救出された。
 あ、もちろん業者呼んで奴らは皆殺しにしました。




 おわり。




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