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シンブレイカー 第十三話

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匿名ユーザー

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 夜が明けた。
 私は朝食を終えると家を飛び出し、大学への通学路ではなく織星山へ向けて自転車を走らせた。
 そこそこの距離を走り、昼前に織星山の麓へついた頃にはもう汗だくだったので、少し喫茶店で休んだあと、
自転車を駐輪場に置きっぱなしにして、中腹の展望台までを往復するバスに乗った。
 駐車場に下りるとアスファルトの照り返しが下から顔をあぶってくる。私は手で扇を作りつつ展望台の、
例の写真を撮った場所に向かう。
 本日も女木戸市は快晴で、見晴らしの良い風景が広がっていた。
 私は景色をひとしきり堪能するとショルダーバッグから魔学スマートフォンを取り出す。
 わざわざ大学をサボってここまできたのは行楽のためじゃない。私はカメラモードを起動した。
 カメラモードを『サイコメトライズ』に変更。1枚写真を撮る。
そこにはハーレーをバックに私と誰かの白い影が笑い合う光景が写っていた。
 私はすでに確信していた。
 この影の正体は『こうへい』だ。
 (きっと私の記憶の一部であろう)あのビジョンと照らし合わせてもそうとしか考えられない。
 ここへ来たのは私とこうへいがどこから来たのかを知るためだった。
 『サイコメトライズ』の時間設定を少しいじって、もう少しだけ以前の写真が撮れるようにする。
撮影すると、思ったとおり白い影は移動していた。画面には他の関係ない残留思念も多く写っているが、
白い影はその中でよく目立った。
 ぐるりと体の向きを反転させてまた撮影。今度はカメラをセットしたときであろう影が写った。
 こうして徐々に時間を後退させつつ撮影し、彼の足どりを遡っていけば、
『こうへい』の家などがわかるかもしれない――私はそう考えたのだった。
 時間はかかるだろうけれど、やってみよう。



 行きにも利用した麓の喫茶店で、私は途方に暮れていた。
 最初は順調だったのだ。登山道をハーレーで登ってくる過程まではなんとか追跡できていた。
しかし山を下りきり大きな道路と合流すると、あまりにも残留思念の数が多すぎて見失ってしまったのだ。
そこで私は諦めた。
 目の前のアイスコーヒーの氷がカランと音をたてる。ため息が出た。
 素直に因幡さんなどに『こうへい』の正体を訊こうとも思ったが、2日前のドームでの八意の態度を思い出すにきっと
無駄だろう。
 私はくわえたストローの先を一昔前の漫画の番長のように持ち上げ、しばらく考えた。
 そしてふっと下りてきた思いつきに「あっ」と小さく声をあげ、ストローをテーブルに落とす。
 なんで思いつかなかったのだろう。まだ訊ける相手がいたじゃないか。
 私ははやる心を抑えつつ、喫茶店を出た。


 自転車で天照研究所の前にたどり着いたころには、太陽は頭上をすぎていた。
 私は天照研究所の正門前に、いつもの報道関係の車ではなく見慣れない大型トラックが2台停まっていて、
それらが研究所の所員に促されて敷地内に入っていくのをちょうど目撃し、
それらの作業の邪魔にならないように研究所内に入った。
 しかし建物へ直接は向かわず、ぐるりとその周囲をまわって目的の場所を探す。
 研究所のドーム北西の位置にそこはあった。
 幸いなことにその場所の入り口を塞ぐシャッターは下りておらず、中の広めの薄暗い空間が見渡せる。
 そこはガレージだった。
 ガレージには研究所のバンが2台停まっていて、さらにもう1台分の駐車スペースがある。
そのさらに横に、私が会いたいモノはいた。
「や、元気?」
 私が近づいて声をかけると、ハーレーは目覚めてライトをチカチカとさせた。
私はそばによってシートを撫ぜる。
「この間はありがとう、来てくれて」
 ハーレーは律儀に私の言葉に応えてくれる。それがなんだか嬉しくて私は頬が緩んだ。
「何かお礼がしたいけれど、あいにくバイクが喜ぶものはわからないんだ」
 ハーレーは身を震わせる。多分笑っているのだろう。
「ところでひとつ訊きたいんだけどさ……君の持ち主って誰なの?」
 ハーレーは黙る。
「高天原頼人?」
 反応は無い。
「それとも『こうへい』っていう人?」
 沈黙。
 少し待ってから私はふぅと息を吐き、カメラを構えた。撮影すると例の白い影が写っていた。
「やっぱり」
 小さく頷いて、少し引きの構図から再びシャッターをきる。白い影はここに頻繁に出入りしていたようで、
画面が真っ白に埋まった。
 私は影を追って扉から建物の中へ入る。幸いにも鍵はかかっていなかった。
 建物内は明るく、慌ただしく人が行き交っている。
 なにか作業をしているのだろうか、邪魔にならないように壁際に貼りつくようにして進みつつ、
ときどき写真を撮影して白い影の行方を追う。
 やはり『こうへい』は天照研究所に出入りしていた人間らしく、影は多く重なって写っていたが、
たまに廊下を曲って途中の部屋に入ることがある。私はそれらの部屋の様子を片端から探ってみることにした。
 まず一番近かったのは給湯室。中で女性研究員がお湯を沸かしていた。
 つぎに研究機材が並んだ部屋。この中には誰も居らず、電気も点いていなかった。
 その次――ここは男子トイレだ。
 またその隣の部屋は鍵がかかっていた。表札には『薬品庫』とあった。
 それからしばらくは白い影が中に入ったことはないようで、私はずんずん廊下を進む。
「志野さん? 」
「うへっ!?」
 すっかりスマートフォンの画面に集中していた私は不意にかけられた声に飛び上がるほど驚いた。
 振り向くと高天原頼人が立っている。私の奇声に彼もまた驚かされたようで、目を丸くしていた。
「ど、どうも……」
「え、あ、高天原さん、こんにちは……」
 少しばつが悪い。
「どうしてここに居られるのですか? 受付は通されましたか? 」
「……いえ、ガレージからこっそり」
「困りますよ」
 高天原が腕を組んで私を見下ろした。私は苦笑いして目を逸らさざるをえなかった。
「何をされていたんですか」
 高天原の声は低く落ち着いていたが、かすかな猜疑の色が見えた。
 私はキッと彼の目をまっすぐに見据える。
「『真実』を探してました」
 そう言い放つと彼は少し眉根を寄せ、それからちょっとだけ息を吐いた。
「志野さん」
「はい」
「因幡さんですね? 」
 私はどきりとした。なぜ分かったのだろう。
「彼女が何をあなたに言ったかはわかりませんし、あなたが真実を追うのもまったく自由です……
しかし、これだけは言わせてください」
 高天原の顔は優しかった。
「この世には知らないことが幸せであることもあるんですよ」
 私はその言葉がなんだか高天原らしくない気がして少し気になったが、とりあえず曖昧に頷いておいた。
「わかってくださらなくとも結構ですが、とりあえず申し上げたいのは、本日は研究所はとても忙しく、
申し訳ありませんが志野さんのお相手をすることは難しいのです。
 明日以降ならまた少し時間をとれますが、今日のところは出直していただけませんでしょうか?
 お願いいたします」
 すると高天原は丁寧なお辞儀をする。
 私は少し困ってしまった。
 むしろこれからなのに。
 そのとき、私の頭の中のずる賢い部分が目覚めて、ある邪な考えを私に囁いた。良心が対抗しようと立ちはだかるがワンパンKO。
 私はにっこり笑った。
「わかりました、今日は引き上げます。明日また来ますね」
「ありがとうございます」
 高天原がまた頭を下げた。私は踵を返して廊下を彼から離れつつ、手を振りながら歩いた。
 だが長くカーブする廊下を少し行き、視界から彼が消えた瞬間、私がとった行動は全力疾走だった。
 この研究所は中央のドームの円周にそって廊下がぐるりと一周している。
つまり反対側に進んでいけばやがて同じ場所に着くのだ。私は高天原を無視することにした。
 他の職員たちは私を見かけても話しかけてはこない。要は高天原にさえ注意してればいいんだ。
私はなんだかスパイ映画の主人公にでもなったようで少しどきどきした。
 廊下をぐるりと一周し、高天原と出会ったあたりまで戻ると私は再び白い影を探す。
 すると少し進んだところにある曲がり角に白い影は頻繁に出入りしているらしいことが判った。
私はそこに滑り込む。
 廊下の壁にかかった案内板には『所員住居』の文字があった。


 天照研究所の北には研究員や職員のための小さなアパートのようなものがあり、
そこに並んで天照所長の自宅もあった。
 天照恵の邸宅は平屋の一軒家で、そこに入るためには研究所からの渡り廊下を通らなくてはならない。
外観は日本の伝統的なつくりで、周囲を竹塀で囲われた内側にはささやかな庭園と縁側もある。
屋根は今時珍しい瓦ぶきだ。
 対してアパートのほうは現代的なつくりで、三階建ての11部屋ある建物だ。高天原や因幡などもここに住んでいるらしい。
 てっきり白い影もそのアパートに向かうのかと思っていたが、その影は意外にも天照邸へと向かっていた。
 いったいどういうことなのだろう。まさか『こうへい』は……。
 とりあえず私はあとを追う。渡り廊下をわたって、玄関前に立った。
 玄関は昭和の日本家屋のような、すりガラスがはめられた引き戸で、やはり鍵がかかっていた。
念のためカメラで確認すると白い影がその中へ入っていく姿が撮影できた。
 さてどうしたものかと周囲を見渡すと、足下にいかにもといった植木鉢が置いてあることに気づいた。
まさかと思いながらもそれを持ち上げると鉢の裏に鍵が貼りつけられていた。
 なんだか天照研究所のセキュリティがよくわからない。極秘資料室のようにとんでもなく
厳重な部屋があるかと思ったらこんな不用心な部分もある。
 私は鍵をひねり、静かに扉を開いた。
 玄関からの廊下は薄暗く、私はつい電灯のスイッチに手を伸ばしかけたが、
目立ってはいけないと思い直して手を引っ込める。
 カメラで撮影すると白い影はやはりここに住んでいたらしい。廊下がまるごとその白い影と天照恵の
残留思念で埋まった。もうカメラは役に立たないだろう。
 私は靴を脱いで天照邸に上がりこむ……。


 木造の廊下は歩くたびにみしみしと音をたてる。最近はすっかり聞かなくなったその音と、
靴下越しに感じる独特の木のひんやりとした肌触りに私は田舎の祖母の家を思い出した。
 障子とふすまで区切られた廊下と部屋はもういつから見ていないだろうか。私はなんだか安らぐ思いがして、
深く息を吸いこむ。
 すると特徴的な香りがかすかに鼻をくすぐった。
 私は首を香りがしたほうに向ける。これは線香の香りだ。気になって、
その出どころであろう部屋のふすまを開ける。
 そこは畳がしかれた小さな部屋で、仏壇が置いてあった。多分仏間というものだろう。
私は仏壇の前に敷かれた座布団の上に正座する。
 仏壇の供え物はまだ新しく、火のついた線香がわずかに燃え残っていた。
どうやら誰かが毎日掃除に来ているようだ。
 私は掲げられている遺影を見た。
 遺影の人物は男性で、ずいぶん若いように見えた。快活な笑顔が素敵で、
その笑顔になんだか私は見覚えがある気がした。
 この人は誰なのだろうか。
 もしかして、天照さんの……
 私は視線を横にやった。そこには小さな本棚があって、ひときわ目を引く明るい背表紙には「ALBUM」
の文字があった。
私は立ち上がり、その本を手にとった。
 そして適当なページを開き、遺影の人物を確信した。
 この人は天照さんの夫……「天照空也」さんだ。天照さんは未亡人だったらしい。なんとなく
そんな気はしていたけれど……
 それから私はまたアルバムのページをめくった。収められた写真の数々は天照恵と天照空也の幸せな
結婚生活を十二分に物語っていた。
 織星山での写真、伊勢神宮での写真、どこかの動物園、水族館、どこかの湖の写真……
 私は頬を緩ませながらそれらの写真を眺めていたが、ある写真を見てページをめくる手を止めた。
 その写真を見た瞬間、私は息をのんだ。
 そして頭の中で様々な出来事がつながる気がして、やはりと思うと同時に、その衝撃は頭の中を激しくかき乱した。
 私の目撃した写真の日付は20年前のものだ。どこかの病院でまだ若いころの天照恵が赤ん坊を抱いている写真で、
その横にペンでタイトルが書かれていた。

 タイトルは「命名 天照耕平」。

 私はあまりの衝撃にアルバムを取り落とした。直後凄まじい頭痛が私の頭を襲う。私は悲鳴をあげ、
畳の床にうずくまった。
 とにかく頭が痛い。頭の中で刺だらけの生物がうごめくような不快感と激痛だ。涙と涎と鼻水が溢れ、
私は倒れて体を丸めた。
 激痛はおさまる気配が無い。その最中、私の記憶の閉ざされた部分がこじ開けられる感覚があった。
 頭の中に稲妻のような光が走る。
 そうか、そういうことだったんだ。
 私がなぜ彼と織星山の展望台で写真を撮っていたのか。
 なぜカオスマンがその写真を持っていて、それを私によこしたのか。
 なぜあのバイクにまたがっていると心が安らぐのか。
 なぜあの遺影の笑顔に見覚えがあるのか。
 私は思い出した。
 天照耕平は――







 ――私の愛した人だったんだ。

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