創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

1章 鋼の体を持つ獣

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sousakurobo

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(0)
 暗闇。
 暖かな液体に包まれている感覚。
 聞こえる音は、心音と小さなモーター音。
 目は開かない。
 いや、開けたくない。
 開けてしまえば、また、あの光景が目に映る。
 恐怖。
 ここに居る限りは安全な筈。ココは世界で一番安全な場所。
 でも、同時に、死と隣り合わせの場所。
 何故ワタシはココに居る?
 何故ココに生まれた?
 エメラルドグリーンの培養液が緩やかに対流する中、脳裏に電気信号が走る。
 ああ、イヤだ。
 目が開く。
 恐怖が視界に広がる。
 痛い、苦しい、熱い――。
 脳ミソが鷲掴みにされ、捏ね繰り回されているかのようだ。
 ココは子宮と同じ筈。
 世界で一番安全な場所の筈。
 なのに何故、ココにはこんなにも苦痛で溢れている?

(1)
 エルツは汗と埃に塗れた栗色の前髪を片手でかき上げながら空を見た。
 日はまだ高い所にあり、その日差しは熱く鋭い。
 瀬名龍也率いるヴァドル部隊の初陣――鋼獣土竜型との戦闘に勝利してから2時間。彼女は丁度、
仲間達と無事に第十六都市へと帰還を果たした所だった。
 エルツはパイロットスーツの胸元を大きく開き、バタバタと仰いで涼を取っていた。
 ゴム質のパイロットスーツは厚手で異様なまでの伸縮性を持っており、着心地は悪くないが、高い防寒性の為に、
この様な直射日光の下では直ぐに蒸し暑くなってしまうのだ。
 エルツがスーツの内側に風を送る度に、彼女の二つの未成熟な膨らみがチラチラと覗く。
 しかし、彼女はソレを気にする様子は無い。
 エルツはハンガールームと呼ばれるヴァドル専用の格納庫の前に腰掛けている。巨大なシャッターは半分ほど
閉じているが、それでも、エルツがジャンプをしたくらいでは手が届かない高さまで開いていた。
 ハンガールームの中は慌しく、特に半壊している二号機の修理が最優先で行われていた。
 メカニックは人間が7割、ヒューマニマルが3割と言った所で、その先頭ではヴァドル部隊の隊長である瀬名龍也が、
50人近いメカニック達にそれぞれ的確な指示を出している。
「瀬名さん、疲れて居ないのかな……」
 龍也の後姿をボンヤリと見つめながら、エルツはポツリと呟いた。
 ヒューマニマルの自分でさえ、ヴァドルとの接続を切った後に時間差で襲ってきた疲労感に参っているというのに、
目の前の男は一切その様な素振りを見せないのだ。
 龍也はパイロットスーツを半分だけ脱ぎ、上半身裸の状態でいる。
 高温多湿のハンガールーム内を何度も右往左往し、指示を出している彼は、頭から滝の様に汗を流していた。
鍛え抜かれた逞しい筋肉が汗によって輝やいている。
 そんな龍也を眺めて居る内に、エルツはいつの間にか自分の尾が嬉しそうに振られている事に気付いた。
 自分の気持ちを素直に代弁してくれる尻尾に対し、エルツは少しばかり困ったような表情を浮かべた。
 エルツ自信は全く自覚していないが、彼女はどうやらこの瀬名龍也という男に好意を持っているらしい。
 龍也の傍に居たい、あるいは龍也に触れてみたいと考えている時に限ってこのように尻尾が振れているのだから、
人を好きになるという事は、この様な思考状態にある事を指すのだろうとエルツは客観的に考えている。
 通常ならば、感情を抑制されたヒューマニマルは”好き嫌い”の概念が希薄だ。
 戦争をするに当たっての不要な感情を持たないからこそ、冷静で的確な判断が下せる。戦争をする為に生み出され、
荒野で死ぬ事が運命のヒューマニマルにとって、その様な感情は元より必要ないのだ。
 しかし、エルツは、珍しい事に”好き”という感情が制御されきれて居ないらしい。
 もっとも、その事自体に意味は無い。生まれてくる際に、何らかの要因があって制御し切れなかっただけの事だ。
 他のヒューマニマルには無いモノを持っているという事に、エルツは負い目を感じていない。
 ソレは確かにヒューマニマルという種には不要なものかもしれないが、持っているからと言って、戦えなくなる訳ではない
と彼女は考えている。
 そして、胸の奥で静かに鼓動するソレは不快では無く、むしろ心地良さすらあるのだ。
 龍也の背中をボンヤリと眺めている間、彼女の尻尾は常に左右に振られていた。

(2)
「くそっ!」
 頭から熱いシャワーを浴びながら、リートは腹立たしげ声を上げて壁を殴りつけた。
 ミシリと重く鈍い音を立て、シャワー室の壁のタイルにヒビが入る。
 シャワー室には彼女以外に誰も居なかった。
 つい先程までディーネが一緒だったが、彼女は「用事がある」と言い残し、シャワーを浴びると早々に出て行った。
 俯いたリートの鼻先や顎から滴り落ちる水滴が、彼女の大きく膨らんだ胸で跳ねる。
 その胸の内側で渦巻く理解不能の何かが、彼女の苛立ちの原因だった。
 自分が何に悔しがっているのかすら解らない。
 しかし、自分がこうなった要因は分かっている。
(アイツだ。あの、瀬名龍也という人間――)
 思い起こせば、あの男とであった瞬間からこの苛立ちは始まっていた、とリートは考える。
 この不快感、苛立ちの原因は分からないが、あの男との接触によるものなのは間違いが無い。
 リートは人間を嫌っている。
 偶然な事に、リートもまた、エルツと同様に感情の抑制がされていない。
 しかも彼女の場合は、エルツの様に”一部の感情”が抑制状態に無いのではなく、”ほぼ全ての感情”が抑制状態に無い。
その感受性は、殆ど人間と変わらない。

(何故自分達ヒューマニマルが、人間の言いなりにならなければならないのか)

(何故自分達ヒューマニマルが、人間の代わりに戦い、死なねばならないのか)

(何故人間は、無能の癖に、ヒューマニマルに対し傲慢な態度を取るのか)

(何故人間は、ヒューマニマルと共に荒野に出て戦わないのか)

(何故――)

 再生暦119年にヒューマニマルが生み出されて以来、現在までに構築された、人間とヒューマニマルとの関係が、リートには理不尽で仕方が無い。
 リートが人間を嫌うのは、人間の、ヒューマニマルを物として見ている言動と、自分はリスクを背負おうとしないその態度にある。
(ああ、そうか……)
 リートは気付いた。
 あの男は、”人間でありながら荒野に出て、鋼獣と戦っている”。リートの中の「人間」という存在に当てはまらないのだ。
 今日の鋼獣土竜型との戦闘だってそうだ。
 リートの独断での行動により、二号機は中破。
 彼自身も土竜型に喰われかけたというのに、あの男はリートに一切の処罰与えないどころか、ソレを気にした様子すらない。
 彼女の知る人間ならば、真っ先に嫌味を吐き、ここぞとばかりに普段の彼女の単独行動癖を叩いてくるに違いない。
 しかし、彼は違った。
 ただ無言でリートの瞳を覗きこみ、全てを見透かしたように小さく鼻を鳴らしただけだ。
 今の所、ヴァドルを中破させた事も、命令無視の上の単独行動も、一切の処罰を与えられていない。
 そして、あの目――。
(幾つだ? 幾つの感情が混ざっている?)
 瞳を覗きこまれた時に感じた、背筋に寒気が走るほどの強烈な”何か”。
 考えるほどに、胸の内側の何かが刺激され、激しく渦を巻き、不快な思いをさせる。
 リートはシャワーを止め、ノロノロとした動作で水を吸って重くなった尻尾を絞る。
 普段ならば、炎の様に赤い毛の尻尾からボダボダと水滴が滴り落ちる度に、自分の中にある不純物が零れ落ちていくような心地良さがあるのに、
この日に限ってソレが無かった。
「判らない……」
 この思考の末に、自分がどの様な答えを求めているのかが。
 瀬名龍也という男が何を考えているのかが知りたい?
 彼を理解する事で、彼自身と何かを共有したい?
 彼は人間なのに?
 いや、人間だから故か?
 彼にしてもらいたい?
 何を?
 物理的接触?
 それとも、ただ単に、自分の望む言葉をかけてもらいたいだけ?
(わからない……)
 正体不明の苛立ちの中、リートはゼンマイの切れかけた人形の様にゆっくりと天井を仰ぎ見た。

(3)
 ハンガールームの喧騒が落ち着いた頃、外では既に日が沈み、冷たい風の吹く漆黒の闇に包まれていた。
 メカニックはその殆どが引き上げ、ハンガールームには人影が殆ど無い。
 巨大な鉄製の台座<ハンガー>に鉄の巨人が5機、吊るされる形固定されている。
 その内の1機、02とプリントされた機体だけは、上半身と下半身が分断された姿をしていた。
 ハンガールームの片隅に設置されたプレハブの中に、1人の男がコンピューターを無表情で操作していた。
 男の名は瀬名龍也。ここに吊るされている鉄の巨人ヴァドルのパイロットの1人であり、部隊の隊長である。
 プレハブは6畳ほどの広さであるが、敷き詰めるように並べられた机とコンピューター類によって、その大半が埋められていた。
 おそらく、4人もパイプ椅子に腰を下ろせば身動きが取れなくなるであろう。
 龍也はコンピューターのスロットに挿入していた携帯端末を抜き取り、自分の懐に戻した。
 仕事に一区切り付いたこともあり、彼は無意識の内に深い溜息をついていた。
 プレハブの窓からハンガールームの様子を窺うと、最後のメカニックが各点検を終えてシャッターを潜って出て行くところであった。
 これから6時間の休憩を挟み、再び修理メンテナンスを再開する予定である。
 プレハブ内は狭かったが、エアコンが取り付けられている為に室内は快適な温度に設定されている。
 横になれずとも、このまま目を閉じていれば、午前中から激務であった龍也は直ぐに深い眠りに落ちてしまうだろう。
「ココならば、あと5時間は誰も来ないか……」
 小さく呟き、龍也はゆっくりと目を閉じた。
 途端にドロリとした感覚が首筋を伝い、全身を包み込んでいく。
 五感が殆ど効かなくなり、ズブズブと溶けた鉛に飲み込まれてゆく様な感覚だけが脳に伝わってくる。
 龍也はこの感覚が好きではなかった。
 まるで自分が死んでいるのだと錯覚するからだ。
 しかし、彼の思いとは裏腹に、肉体はソレを喜んで受け入れていた。極限まで疲労した肉体は、数十時間ぶりの睡眠に狂喜している。
(5時間……5時間だけだ……)
 何度も自分にそう言い聞かせながら、龍也の意識は暗闇に飲み込まれた。

(4)
 ディーネは第十六都市自衛軍本部の二十五階の廊下を歩いていた。
 毛足の長いカーペットが敷き詰められた廊下には他の人影は無い。
 長官室と書かれたプレートの掛けられた部屋の前に立つと、程無くしてドアのロックが開く音がする。
「失礼します」丁寧に頭を下げ、ディーネは入室した。
「いらっしゃい、待っていたわ」
 部屋の奥のデスクに腰掛けていたこの部屋の主である女性は、ディーネを笑顔で迎えた。
 彼女の名は天沢香織。
 この第十六都市を管理する自衛軍のトップに立つ人間であり、同時に『新人類派』と呼ばれる、ヒューマニマルに人権を求める立場の数少ない人間でもある。
 日本には現在全部で十六の都市があり、それぞれの都市を長官が纏めていが、無論、彼女以外に長官という立場でありながら新人類派の人間は存在しない。
 本来ならばヒューマニマルを道具として扱う立場の自衛軍に、新人類派は存在してはならない筈なのだ(組織の言動に矛盾が生じる為)。
 しかし、天沢香織という人物はソレを堂々と公言している。
 三十代半ばの、まだ若々しい容姿をした(美人というよりも)可愛らしいその長官は、部屋に入ってきたディーネの姿を見て少しばかり驚いた様子を見せた。
 ディーネは、スカートタイプの軍服に身を包み、髪を一切縛らずにいた。
 普段の彼女は有事の際に即行動出来るように都市迷彩の軍服を纏い、髪を後頭部で纏めている事から、現在のこの姿は非常に珍しいと言える。
「どうしたの、その格好」ニヤニヤと目を細めながら香織はディーネに訊ねた。
「瀬名隊長の命令……というと少々語弊がありますが」
 ディーネは第十六都市に帰還してからの出来事を簡潔に説明した。
「提出した報告書の通り、二号機が中破しました。フレームは無事でしたが、人工筋肉と擬似神経が駄目になったので、新しいパーツと取り替えている最中です。
 ソレに伴い、二号機の修理と他のヴァドルのメンテナンスが完了するまでの間、休養を取れと隊長に命令された訳です」
「なるほど、それでその格好……」
 香織はもう一度「なるほど」と呟き、腕を組んだ。
 要は暇な訳である。
 それも、あえて出撃まで時間がかかる服装に着替えてしまった程に。
 ヒューマニマルは連続で6時間以上の休養を与えられる事が無い。
 彼女達は人間よりも短い時間で体力の回復が可能であるし、荒野に出て鋼獣を狩らずとも、都市を防衛するという重大な任務を抱えている。
 人権を持たない彼女達は、それこそ家畜同様に扱われているのである。
 もっとも、ヒューマニマル自信も、ストレスに強く、不満などの感情を強く持たない事もあり、その事自身に問題はないようだ。
 香織からすれば、この様な現状が認められていること事態が異常なのであるが、鋼獣との戦況がやや劣勢であり、慢性的な人員不足にある現状を考えれば、
仕方のない事だと渋々耐えている。
 故に、香織はヒューマニマル達の一番の娯楽である食事に関しては、特に力を入れている。
 一般市民からは「ヒューマニマルの食事にしては豪華すぎる」との不満の声が度々上がるが、都市を守っているのは他でもない彼女達なのだからと、
その不満に対応している。
「隊長には、この休養自体も任務の一環なのだと言われまして」
「普段なら待機中にする細かな仕事も禁止されていると」
「はい」ディーネは苦笑しながら頷いた。
「それじゃあ、仕方ないわね。隊長の命令に従わないと」
 悪戯っぽく笑う香織に、ディーネは困ったような表情を浮かべて唸った。

「ところで……」
 他愛の無い話を一通り済ませた所で、香織が真面目な顔で切り出した。
 普段は笑みを絶やさない、軽いノリの彼女ではあるが、こういった際の切り替えは驚くほどに早く、きっちりしている。
 まるでスイッチが切り替わったかのような香織の雰囲気の変化に、何年もの付き合いで慣れたディーネですら、偶に戸惑う時がある。
「瀬名龍也くんの事だけどね」
 香織はデスクの隅を叩き、エアディスプレイ(空気中に投影されたホログラムのディスプレイ)を出すと、デスクに内蔵してあるキーボードを
操作して一つのファイルを開いて見せた。
「新第一都市自衛軍の総合データベースから調べてみたんだけど、怪しい点は無し」
「戸籍も、ですか?」眉を顰め、ディーネが訊ねる。
「ええ、戸籍も。実在するわ。勿論、DNAチェックも問題無し。彼は正真正銘、瀬名龍也って事になる」
「……そう、ですか」
「納得いかない?」
「……わかりません」ディーネは首を横に振った。「ただ、なんと言うか、納得できない事が多すぎるんです」
「ソレについては私も同感よ」
 香織は自ら淹れた紅茶を啜りながら頷く。
「貴女達ヒューマニマルが鋼獣と戦うようになって以来、人間は種を絶やさない事を第一にするようになった。
 ソレは40年ほど前、丁度ヒューマニマルが荒野に出るようになった少し後の事。
 諸外国との連絡が一切取れなくなり、コレを”日本以外の国が滅びた”と自衛軍は考えたから。
 人間はもう、日本にしか存在しない。人間は例え一人でも数を減らしてはならない。
 その考えが強まり過ぎ、歪になって、今のヒューマニマルを軽視している悲しい現状を作り上げた訳ね」
「ですが、瀬名隊長は荒野に出て、自ら鋼獣と戦っています。それも、自らを囮にするという危険な作戦まで立案して――」
 ソレは酷く不自然な話である。
 自衛軍の思想では、ヒューマニマルに「人間の代わりに戦い、死ぬ事」を任せて居る人間は「絶対に死んではならない」義務を負っているらしい。
 ならば何故、瀬名龍也という人間が荒野に出向き、鋼獣と戦うなど以ての外だ。
「しかし、総官は彼をココに送ってきた。ヴァドルを正規採用するか否かの試験運用部隊の隊長として……」
 それに何の意味があるのだろうか?
(考えるとするならば、荒野に”何か”あるのか、彼が荒野で戦う事に意味があるのか。
 前者の場合は、ヒューマニマルに触れさせたくない物、あるいは動かせない程に大きくて人間にしか扱えない何かが、この第十六都市付近の
荒野に存在する事を意味する。
 後者の場合、意味を成すのは”荒野で彼が死ぬ事”かしら? でも、彼が死ぬ事で何が変わる?)
 香織はカップで揺れる紅茶を眺めながら、思考の海に深く潜っていく。
 無数に浮かび上がる可能性を一つ一つ吟味し、選り分けて、自分の仮説と関係のありそうなワードを幾つか掴んで、水面へと上昇する。
(やはり、彼自身よりも、”上”の方を調べるべきかしらね……。気は進まないけど、もう一度あの狸親父と腹の探り合いをするしかないか)
 考えを纏めた香織は紅茶を一気に飲み干し、ディーネに向き直った。
「ディーネ、貴女にはコレまで通り副隊長として瀬名くんを補佐してもらいます」
「はい」
「彼に気取られない程度でいいから、目を光らせていて。もし何か気付いても、私に報告するまでは彼の指示に背く事はないようにね」
 何かあった場合は後手になるけれど、と彼女は心の中で付け加えた。
 それでもなお現状維持を決めたのは、エルツ同様、香織自身もまた、瀬名龍也が悪人でない様に思えて仕方が無いからだ。
 今、香織がすべき事は、瀬名龍也の……あるいは瀬名龍也を背後から操る存在の真意を掴む事なのだ。
 ソレがハッキリするまでは慎重に行こうと香織は考えている。

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