We still fight, fightin' in the 90's

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泣いた……

生まれてはじめて俺は泣いた

最後まで……とうとう最後までユリアの心をつかむことができなかった

……ユリアの中には、いつでもおまえがいたからだ


この町……

ユリアのために築いたサザンクロスが、あいつの墓標になってしまった

見ろ! ユリアの墓標だ!

だがこんな町も富も名声も権力も……むなしいだけだった

おれが欲しかったものはたったひとつ



ユリアだ!!



……どうやらここまでのようだな

だがな、おれは、おまえの拳法では死なん!

おれは――




さらばだ!! ケンシロウ!!



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                    ▼  ▼  ▼



奇妙な話だが、冬木市には大邸宅が多い。
古くからの街並みを残す深山町には武家屋敷がそのまま残っているし、
日本の風土にそぐわないような洋館の数も片手では足りない。
訪れる人こそいないものの、市の外縁の森は丸ごと海外の資産家の私有地で、
森の何処かに古めかしいお城があるという噂すらある。

もっとも、屋敷が多いからその数だけ金持ちがいるのかというと、案外そうでもないものだ。
冬木の邸宅には、これもまた奇妙だが何故か『いわくつき』の物件が多く、
大層な屋敷が手付かずで放置されていることすらある。
この町外れの古びた洋館もまた、事情があって持ち主が手放したまま買い手がつかず、長い間ろくに手入れすらされていなかった。

邸内の光源は砕け散った窓から不躾に差し込む日の光ばかり。
果たして電気すら通じているのかも怪しい、日中ながらところどころ薄暗い廊下を、男が歩いていた。
金の長髪をなびかせながら歩くその横顔は、およそ美男子と言って差し支えない。
しかし、白一色の服の上から豪奢な羽飾りで装飾されたマントを羽織る姿は、この冬木にあって不思議なほどに時代錯誤だった。

古臭いとか、時代遅れだとか、そういうことではない。
何か、決定的な「文明のズレ」とでもいうべき断絶が、男と冬木とにはあった。

じゃりじゃりと音を立てて砕け散ったガラスを踏みしめながら男は歩き、やがて一つの部屋に辿り着いた。
恐らく客間として使われていたのだろう、豪勢な家具が並んでいる――もっとも今は見る影もないが。
そのうちのひとつ、恐らくは主賓用のソファへと、男は無遠慮に腰を落とした。
その動作ひとつ取っても、見る者にどこか暴力の残り香を感じさせるような男だった。

「……気に入った」

ふてぶてしく足を組み、客間を睥睨して、男は虚空へと宣言した。

「今さら核戦争以前の街中では生きられん。おれにはこの荒廃こそが安らぎよ。
 ――これよりこの館を我が居城とするぞ!! “アーチャー”!!」

男がそう呼びかけると、誰もいないはずの空間が揺らめき、もうひとりの男が出現した。
黒の長髪を括り、額に茜色の布を巻き締めた、精悍な顔立ちの男である。
古代の装束を身に纏い、片手にはアーチャーという呼び名に相応しい、鳥の意匠を備えた弓を携えていた。

言うまでもなく、彼はこの冬木市でサーヴァントとして召喚された英霊であった。

「……ここが聖杯戦争の拠点か。マスターがそう決めたのであれば、俺は口を挟むまい」
「アーチャー。ひとつ言っておく」

飾り気のないアーチャーの言葉を、マスターの男は片手で遮った。

「マスター、ではない。KINGだ。おれのことはKINGと呼べ」
「……王か」
「そうだ。サザンクロスのKING、南斗聖拳のシン。それがおれだ」
「了解した、KING」

アーチャーの返答を聞いて、シンと名乗った男は満足げに頷いた。

シン。
南斗六聖拳がひとつ「南斗孤鷲拳」伝承者、「殉星」のシン。
それが、この男の名前である。



                    ▼  ▼  ▼



――199X年、突如として核の炎に包まれた世界があった。
海は枯れ、地は裂け、全ての生物が死滅したかのように見えた。
だが、人類は死滅していなかった。

シンは世紀末の世界でKINGを名乗り、暴力の限りを尽くしてサザンクロスという町の支配者にまで上り詰めた男である。
しかし愛する女「ユリア」を巡り、復讐者となった北斗神拳伝承者「ケンシロウ」との決闘に敗れたシンは、
自分の中の最後の誇りを守るため、あえてその身を居城の最上階から投げ出したのだった。

そう。死んだはずである。
北斗神拳により経絡秘孔を突かれ、内側から肉体を破壊された以上、死んでいなければならない。
それがどういうわけかこの冬木という町に流れ着き、あろうことか聖杯戦争などという催しに巻き込まれている。

(フ……フフ……死なずに済んで助かった、などという気分にはなれんな)

シンは自嘲気味にその口元を歪めた。
愛する女の心をつかめず、仇敵には敗北し、もはや生き長らえる理由すらない。
のうのうと生き恥を晒したところで、なんになるだろう。

聖杯。万能の願望器。
この聖杯戦争で勝利した者には、どんな願いでも叶える権利が与えられるという。
仮にその力が本物だとしたら、シンが求めても求め得なかったものすら手に入るかもしれない。
例えば、ユリアからの嘘偽りのない愛情。
あるいは、ケンシロウを凌駕できるほどの力。
それどころか、あのラオウの拳王軍をも従え、世紀末の王になることすら――。

「……くだらん」

シンはかぶりを振った。
とても、命を懸けて戦いに挑むような事柄とは思えなかった。

「アーチャーよ。きさまは聖杯に懸ける望みとやら、持っているのか?」

問われたアーチャーは僅かに目を閉じ、淡々と口を開いた。

「……いや。俺に願いはない。俺は、願いを叶えるためにここへ来た」
「ほう……?」

視線が交錯する。
嘘を言ってはいないと、その眼光が証明した。

「我が真名は『后ゲイ(こうげい)』。かつて九つの太陽を射落とし、その咎を受けた男。
 我が生の全ては誰かの願いを叶えるためにあり、それはサーヴァントとして現界した今も変わらない。
 ゆえにKING……俺のことは道具と思え。聖杯を勝ち取るための、ただの救世装置だと」

朴訥とした口調で告げるその全てが、この弓兵の人となりを示していた。
滅私の英雄。
あらゆる行動の基準から自分を除外して戦ってきた、生まれついての救世装置。
この男はあまりにも英雄で、ゆえにあまりにも人の道から外れていた。

「無欲な男よ。その欲の無さが、何裏切りを呼んだのではないか?」
「裏切られた……そう、だろうな。客観的には、俺は信じていた者に裏切られたのだろう。
 だが、それは天が俺にそういう役割を求めていただけのこと。俺はそれに応えた。それだけだ」

迷いのない口調だった。
僅かな沈黙の後に、シンは片手で顔を覆って笑い始めた。
ひとしきり笑った後に、すっと真剣な顔をして、シンはアーチャーを見据えた。

「……おれはな、アーチャー。人は誰でも、欲望を抱いて生きているものだと思っていた。
 そしてより大きな欲望こそが執念を生み、より大きな力を手にすることが出来るのだと、な」

それはまるで、自分に語りかけているかのような口振りだった。

「だがな、ユリアは――おれがただひとり愛した女は、欲望などに揺らぎはしなかった。
 奴もだ。ケンシロウ……やつもまた、欲望が生む執念を超える力で戦っていた」

シンは、懐から一枚のカードを取り出した。
この冬木市に流れ着いたシンが、どういうわけか持っていたものだ。
十二星座のひとつ、射手座の意匠が刻まれたそのカードを掲げ、シンは問うた。

「天が与えた役割と言ったな、アーチャー。お前は天命に従ってきたと。
 ならば、おれにこのカードを授けることで、天が与えようとしている役目とは何だと思う」

アーチャーは僅かに考える素振りを見せた。

「……射手座は弓兵を象った星座。そのカードが何かを暗示しているなら、それは俺のことではないか」
「間違いではなかろう。だがな、おれが見出したのは他の宿命よ!」

星座のカードを片手に、シンは迷い無き口調で叫ぶ。

「射手座に六つの宿星あり!
 『殉星』! 『義星』! 『妖星』!
 『仁星』! 『将星』! 『慈母星』!
 これらを総して、『南斗六星』と呼ぶ!」

南斗六星。
射手座の弓を形作る、宿命の星々。
そのひとつに運命づけられた男が今、己の運命を語る。

「俺はシン! 南斗孤鷲拳伝承者にして、『殉星』の宿命を背負う男!
 天は俺に、愛に生き愛に死す、南斗の男として戦えと告げているのだ!!
 ならば俺が聖杯に願うべきことはたったひとつ! ユリアだ!!
 だが俺が求めるのは愛ではない! 命だ! あいつが一日でも長く生き長らえる、それだけだ!」

そう叫ぶシンの頬を、一筋の涙が伝った。
知っていたのだ。ユリアの傍にいたシンは、彼女の体を死の病が蝕んでいることを。
そしてその病はどんな医者も、恐らくは北斗神拳ですら癒やすことはできないことを。
だからシンは焦った。一日でも早くユリアに全てを与えようと、殺戮の限りを尽くしたのだ。

「軟弱と笑うがいい! だがな! おれは……あの女が死ぬ定めだとは認めん!
 あいつが最後まで俺に微笑みを向けることがなかろうと、知ったことか!
 おれは殉星のシン! 今こそその天命に従い、俺の胸に残った愛に殉じてやろう!」

聖杯を獲る。
その迷いなき意志に、アーチャーは跪いて応える。

「……帰ってくることのない女を想う。その感情になら、幸い俺にも覚えがある。
 愛に殉じる男よ、存分に俺を使ってくれ。太陽を落とす弓、無類の善射、存分に振るおう」

主従としてではない、男と男に通じる思いが、そこにあった。
シンは頷き、マントを翻して立ち上がった。

「ゆくぞ、アーチャー! おれはKING! ユリアへの愛のため戦う限り、おれはサザンクロスのKINGだ!」

ここにひとつ、運命を胸に進む男達の、聖杯戦争の幕が上がった。
進む先は無明の荒野か。あるいは明日なき廃墟の町か。
いずれにせよ、この聖杯戦争もまた、男にとっては生き抜くべき世紀末である。




【クラス】アーチャー

【真名】后ゲイ(こうげい)

【出典】中国神話

【性別】男

【身長・体重】185cm・88kg

【属性】秩序・中庸

【ステータス】筋力A 耐久C 敏捷B+ 魔力B 幸運E 宝具A



【クラススキル】
単独行動:A
 マスター不在・魔力供給なしでも長時間現界していられる能力。
 ランクAならば、宝具の使用以外ならほとんどマスターに負担をかけずに戦闘可能。

対魔力:B
 魔術に対する抵抗力。一定ランクまでの魔術は無効化し、それ以上のランクのものは効果を削減する。
 Bランクでは、魔術詠唱が三節以下のものを無効化する。大魔術・儀礼呪法などを以ってしても、傷つけるのは難しい。

【保有スキル】
神性:E
 神霊適性を持つかどうか。ランクが高いほど、より物質的な神霊との混血とされる。
 后ゲイは本来神霊そのものであるが、太陽を射落とした咎により神性を剥奪されてしまっている。

千里眼:B+
 視力の良さ。遠方の標的の捕捉、動体視力の向上。遠方の標的捕捉に効果を発揮。
 遥か天空の太陽へと正確に狙いを定められるその視力は、ほとんど遠隔視の領域に至っている。

怪物殺し:A
 古代中国の各地で人々を脅かしていた悪獣を次々に退治した逸話によるスキル。
 「怪物」としての属性を持つ敵に対する攻撃のダメージが増加する。

無私無欲:A
 何も求めず何も欲しがらない。先天的に魂の在り方として「英雄」である。
 精神に影響を及ぼすスキルや宝具の影響を最小限に抑えるが、その在り方は他者の共感を阻む。



【宝具】
『射日神箭・落為沃焦(しゃじつしんせん・らくいよくしょう)』
ランク:A+ 種別:対人・対城宝具 レンジ:10~500 最大捕捉:9人
 九つの太陽を射落とした偉業の具現。天地を貫く神域の一射。
 真名開放によって解き放たれる射日神話の膨大な幻想をただ一矢に集中させて放つ、必殺の因果反転宝具。
 太陽を射抜いたというその伝説により、この矢によって射られた者は必ず『太陽となる』。
 矢が当たった場所を中心に生成される、最高温度1500万℃に及ぶ恒星の灼熱をもって対象を内側から焼き尽くす。
 その性質上、この宝具に対して防御はほとんど意味を成さない(矢に触れた時点で太陽化は発動する)。
 欠点は、Aランクの単独行動スキルをもってしても完全には相殺しきれない魔力消費の大きさ。
 なお、対象が「はじめから太陽である」場合に限り因果反転は起こらず、この宝具は純粋な太陽特効射撃となる。

【weapon】
無銘・弓:
 大英雄・后ゲイの逸話が具現化した、火烏の意匠を持つ剛弓。
 中国史上最高の弓兵である后ゲイは、これを用いて戦車砲めいた威力の矢を百発百中の精度で速射できる。

【解説】
 中国神話における最大の英雄のひとり。
 古代中国の民を苦しめていた十の太陽のうち九つまでを撃ち落とした「后ゲイ射日」の伝説に名高い、偉大な弓兵。
 同時に天界を追放され、妻に裏切られ、最期は弟子によって謀殺されるという、悲劇の英雄でもある。

 こうげい。名は単に「[羽廾](げい)」とも。
 また後世にあたる夏王朝時代に存在したと伝わる同名の英雄と区別するため「大ゲイ(だいげい)」とも呼ばれる。
 元々は神であったが、十の太陽によって苦しむ地上を見かねた天帝によって妻・嫦娥(じょうが)と共に地上に遣わされる。
 十の太陽の正体は先代の天帝の子である十羽の火烏(かう)であり、彼らが一斉に天へ昇ったため地上は荒れ果てていたのである。
 それを見た后ゲイは弓矢をもって十のうち九つまでを撃ち落とし、地上に平穏をもたらしたとされる。

 その後も天の命を受けた彼は地上の各地を巡り、怪物たちを退治していた。
 しかし先代の天帝は我が子を殺した后ゲイを疎ましく思い、后ゲイとその妻から神性を剥奪してしまう。
 后ゲイは妻・嫦娥と西王母の許へ赴き不老不死の薬を分けてもらうが、嫦娥に裏切られて薬を月に持ち逃げされてしまった。
 この逸話を「嫦娥奔月」と言い、今でも嫦娥の名は月と結び付けられることが多い。
 こうして永遠の命を失った后ゲイは狩人として地上で生活し、弟子を取って弓を教えていた。
 しかしある夜、彼の夢の中に自分が撃ち落とした火烏たちが現れ、人間の手を借りて復讐すると告げる。
 師がいなくなれば自分が最高の弓使いになれると考えた弟子が后ゲイを撲殺したのは、その次の日のことであった。

【特徴】
黒い長髪を後ろで結い、古代中国風の装束を身に纏った精悍な男。
額には太陽を思わせる茜色の手拭いを鉢巻のように巻いている。

生涯ただひたすらに自分以外のために生きた、滅私の英雄。
およそ自分自身にとっての欲というものを持っておらず、誰かのためにストイックに戦う。
しかし我欲を持たないその在り方はあまりに人間離れしており、生前は結局誰にも理解されなかった。
不老不死を求めた妻、嫦娥も。名声を求めた弟子、逢蒙も。
彼らは欲を持つがゆえに后ゲイという男を理解できず、最後には彼を裏切った。
裏切られた男は無欲ゆえに彼らを恨まず、しかし無欲ゆえに「何故裏切られたのか」を未だ理解できずにいる。

【サーヴァントとしての願い】
無し。
強いて言うなら「英雄として他者の願いを叶えること」自体が願いだと呼べるかもしれない。


【マスター名】シン

【出典】北斗の拳

【性別】男

【Weapon】
鍛え抜いた己の肉体。

【能力・技能】
『南斗孤鷲拳(なんとこしゅうけん)』
南斗聖拳一○八派の頂点に位置する南斗六聖拳のひとつ。
その伝承者は愛に生き愛に死す「殉星」の宿命を背負う。
戦闘スタイルは「相手の肉体に外部から突き入れ、破壊する」という貫手主体のもの。
六聖拳の中ではもっとも南斗聖拳の基本に忠実な拳法といえる。
また孤鷲拳の代名詞でもある「南斗獄屠拳」のような蹴り技も用いる、オールラウンドな拳法である。

なお、シンは弧鷲拳のみならず複数の南斗聖拳を習得している。
また同じ六聖拳のレイが南斗共通の技として「南斗虎破龍」という秘孔技を習得していることを考えると、
恐らくシンも簡単な秘孔についての知識と技術は持っているものと推測される。

【人物背景】
南斗孤鷲拳伝承者、殉星のシン。
世紀末と化した核戦争後の世界でKINGを名乗り、街を暴力で支配していた男。
ケンシロウの胸に七つの傷をつけた男でもある。

元々は決して悪人ではなく、核戦争以前はケンシロウとも友人の間柄であった。
しかし想い人ユリアを巡りケンシロウへのライバル心を抱いていたことに漬け込まれ、ケンシロウの義兄ジャギの甘言に乗ってしまう。
悪の道に堕ちたシンはユリアをさらい、彼女の愛を手に入れるため世紀末の世界で殺戮と略奪の限りを尽くした。
しかし金も権力も名声もユリアの心を動かすには至らず、彼女はケンシロウへの想いを抱いたまま身を投げてしまう。
ユリアは配下の南斗五車星によって一命を取り留めるものの、シンはユリアの愛が決して手に入らないことを悟るのだった。
五車星からラオウの拳王軍が勢力を強めていることを知ったシンは、ユリアを死んだことにするため五車星に託す。
そして復讐に燃えるケンシロウとの決闘に敗れ、永遠に手に入らない愛に涙しながら、最後の矜持を胸に身を投げるのであった。

なお漫画「北斗の拳」は元々シンがラスボスとなる予定であったため、KING編の時点では南斗六聖拳などの設定は存在せず、
連載が進行してから回想などの形で徐々にバックボーンが追加されていったという経緯がある。
南斗孤鷲拳の名称も原作には登場せず、その設定はゲームやアニメ等のメディアミックスによるものが大きい。


【マスターとしての願い】
ユリアの体を蝕む死の病を完治させる。

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最終更新:2017年05月31日 23:03