0 まえがき
『地球は青かった』
人類の発展の象徴的イベントである有人宇宙飛行を成し遂げた英雄、
ユーリィ・アレクセーエヴィチ・ガガーリンが言ったとされる名言だが、これは正確な翻訳ではない
本来ガガーリンが言った言葉を直訳すると『青みががっていた』であり、そこから分かりやすいよう、簡潔に『青かった』と訳されたのは、最早あまりにも有名すぎる雑学である。
理解を優先して原型から微妙に違った訳になったのは、何だか考えさせられる話だ。
もし、ここにあの料理好きの番長が居れば、この話題で風刺の効いた皮肉の一つは言っていただろう。
『んなわけねぇだろ。お前、人を何にでも皮肉を言う、嫌な奴だと勘違いしてねぇか? 俺はお前みたいな、捻くれた根暗クズじゃあねーんだよ。そもそも、同じ言語でも少しどころか全く違う意味で、理解どころか誤解を優先して報道されるような世の中になってるつぅ昨今で、そんな昔の些細な誤訳なんかについて話しても、今更何も面白くねぇだろうが』
みたいにね。
ともあれ、どうしてわたしがわざわざこの言葉を引用したかと言うと、別に言語の壁や誤訳の問題について一席打ちたかったからではない。
ただ単純に、『あれ』を見て、わたしはふとこの言葉を思い出しただけなのだ。
誰だって『あれ』――暗い宇宙の中に浮かぶ青い星の姿を目にすれば、『地球は青かった』という名言を思い出すに違いない。
そう。
わたしは今、宇宙に浮かぶロケットの中から、母なる惑星――地球を見ていた。
遅ればせながら自己紹介をさせてもらうと、わたしの名前は瞳島眉美。
読み方まで紹介するなら、『どうじま・まゆみ』だ。
生まれながらに視力が異常に良い事と、とある事情で男装をしている事以外は、いたって普通の女子中学生である。
そんな一般人代表もかくやなわたしが、どうして現在、宇宙空間という非日常世界にいるのかというと――これが分からない。
ここに至るまでの経緯を、全く思い出せないのだ。
なんの脈絡も前後もなく、わたしは突然宇宙空間に居るのである。
こんな突拍子もない事態に、わたしは真っ先に探偵団の面々を疑ったが、あの非常識が美少年の姿をした彼らであっても、女の子一人を宇宙に連れて行けるはずがない。
探偵団のメンバーの一人である、指輪財団の御曹司、指輪創作くんの財力を以ってしても、流石にそれは不可能だろう。
他に、この状況を作り出したと思われる人物として、遊び人の生徒会長や非合法の運び屋集団などがいるが、そのどれもがどうにも決め手に欠ける候補である。
となると、あと考えられるのは――夢か。
つまり、これは現実の景色ではない。
わたしは、宇宙にやって来た夢を見ているのだろう。
視界の先に浮かぶ地球も、わたしの視力を以って見れば、地上に立ち並ぶ建物の一つ一つを、このロケットから正確に視認出来たっておかしくないというのに、何処と無くぼやけているしね。
夢特有のぼんやりとした景色というわけだ。
それにしても、『宇宙飛行士になる』という夢を追っていた数ヶ月前ならいざ知らず、それを諦めた今になってもこんな夢を見てしまうとは。
やれやれ。
我ながら未練がましいというか、呆れるというか。
ともあれ、夢とはいえ宇宙から地球を眺める機会なんて一般人のわたしにとっては絶無に等しいので、折角だしもっとよく見ておこう――そう考え、わたしは意識を視界へ戻す。
暗闇の中に浮かぶ地球は、ガガーリンの名言通りに青かった――青みがかっていた。
いや――その景色には、青以外にも大地の茶色や緑も、当然ながら混ざっている。
そんなマーブル模様の上に、青みがかかっているのだから、改めて見てみると中々に奇妙な色合いだ。
わたしと同じくクズトリオの一角を担う何処ぞの魔法少女がこれを目にすれば、『気持ち悪い』や『不気味』と評しているだろう。
しかし、それでも。
その景色がとても『美しく』見えるのは、どうしてなのだろうか?
地球に住まう何十億の生命の神秘が、そのように見せているのだろうか。
それとも――諦めた筈の夢が、わたしの目に補正を掛けているのだろうか。
1 起床
「朝だぞ、マスター。そろそろ目覚められてはいかがかな?」
聞き慣れない男の声に起こされて、ぼんやりと目を開くと、真っ暗な宇宙空間ではなく、見慣れぬ天井があった。
自宅の天井でもなければ、指輪学園の美術室の天井でもない。
「…………あっ、そうか」
一瞬、何が何だか分からなかったけれど、すぐにわたしは思い出す――夢の中ですら思い出せなかった事を、思い出す。
自分が今、自宅から――と言うか、元いた世界から遠く離れた異世界にいるのだと。
美術室のものほどではないが、実に寝心地の良いベッドから上半身を起こし、辺りを見回す。
そこには、わたしの家族は勿論、探偵団の面々を始めとする知り合いさえ、一人も居ない。
知っているものは、何もない。
その代わりのようにして、ベッドの傍に立っていたのは、流線形で白銀の全身鎧を身に纏った男(?)だった。
彼こそが、先ほどわたしを起こした張本人である。
「おお、やっと目覚めたか。先ほどから計十三回ほど呼び掛けたが、一向に目が覚めなくてな……」
『もしや聖杯戦争を待たずに死んでしまったのか?』と焦ったぞ――と、白銀鎧の男は言う。
十三回も目覚ましを試みてくれて尚そんな優しい口調で話してくれるのはありがたいんだけど……誰だっけ?
わざわざ起こしてもらった事への申し訳なさと、名前を思い出せない気不味さで、わたしは曖昧な笑顔を返すしかない。
ええと、そうだ、ガガーリンだ――ユーリィ・アレクセーエヴィチ・ガガーリン。
世界初の有人宇宙飛行を成し遂げた人物――人類の宇宙開発に多大なる貢献をし、『地球は青かった』という名言を残した、北の大国の英雄である。
寝起きでぼんやりしていたとはいえ、冒頭で名言を引用してまで紹介した、宇宙開拓の歴史を飾る偉人の名をうっかり忘れていただなんて――あっはっは。
曖昧な作り笑いなんてせずとも、自分の記憶力の無さに、思わず笑ってしまいそうになる。
…………。
えっ。
ガガーリン?
1968年に謎の墜落事故で死んだ――あのガガーリンが、今目の前にいるだって?
2 聖杯戦争
どうやらわたしは、殺し合いの参加者の一人に選ばれたらしい。
なんて風に切り出すと、間違って新西尾維新バトルロワイアルのページを開いてしまったと思われる方もおられるかもしれないが、安心してほしい。
あなたが読んでいるスレは、Fate/Bloody Zodiacだ。
そもそも、わたしを始めとする美少年シリーズのキャラクターはシリーズ開始時期が新西尾維新バトルロワイアルの企画発足時期よりも後だった関係で、その企画に参加していないのはともかくとして、わたしのような凡人は、殺し合いというアンダーグラウンドな催しとは無縁である。
ちょっとした壁なら見通しならぬ見透しできる超視力を以ってしても、そのようなイベントの入り口すら見た事がない。
そんなわたしが『聖杯』――手に入ればどんな願いでも叶う夢のような道具――を巡る、『聖杯戦争』という殺し合いに参加する事になったのは、とあるカードが原因である。
十二星座が描かれた、綺麗なカード。
登校中のわたしは、路地に落ちていたそれを、拾った。
拾ってしまった。
次の瞬間、わたしは不明な手段を以って異世界まで一瞬で連れてこられ、同時に脳内に『聖杯戦争』についての情報を与えられていたのである。
怪異! 怪異! 怪異! と物語シリーズも真っ青な展開に、混乱を極めたわたしだったが、そんな所に突如として現れた白銀の人物――ガガーリンには、ますます驚かされたものだ。
「はて。当時、わたしの目には、君は然程驚いてないように見えたがな」
「そんな事はないですよ、ライダーさん。その時はあまりに驚きすぎて、リアクションが薄くなっちゃっただけです。ここにやって来てから今日に至るまで、わたしは怒涛の展開に動じてばっかりです。瞳島だけに!」
「そんな洒落を言えるなら、十分余裕だと思うがね」
聖杯戦争の参加者の元には、歴史上、物語中、伝説下において『英雄』と呼ばれる存在が召喚されるらしい。
その名もサーヴァント――基本は剣士、弓兵、槍兵、騎兵、術師、暗殺者、狂戦士のいずれかのクラスで呼ばれる彼らは、マスターの代わりに戦う駒になると言う。
わたしの元に呼ばれたガガーリンは、宇宙飛行の逸話から、当然のように騎兵(ライダー)のサーヴァントとして召喚された。
それにしても、宇宙飛行士になる夢を諦めたわたしの元に呼び出されたのが、宇宙飛行士だとは。
運命は意地悪である――わたしのようなクズの場合、運命の性格もクズになるのだろうか?
と、まあ、そんなわけで、ようやく現状を完全に思い出せた。
しかしながら、思い出せても、それらの情報を理解出来てはいない。
納得出来てない。
疑問は、多く残っている。
例えば、どうして聖杯戦争の主催者は、わたしのような一般人をこんな場所に呼び出したのか。
まさか、今更わたしに聖杯にかける願いがあるとでも?
そりゃあ、俗物と煩悩が男装して歩いてるようなわたしだけれども、人を殺してでも聖杯を手に入れて叶えたい願いは、流石に持ってない。
人を殺してはいけません――美学をまだ完全に学べていないわたしでも、知っている常識だ。
人殺しをしてまでして叶える願い――それは、きっと、美しくない。
「そういえば、ライダーさんは何か聖杯にかける願いがあるんですか?」
自分の願いの有無についての思考から派生し、発生した疑問をガガーリンに向かって問い掛けた。
「ないな」
ライダーは即答した。
「わたしには、聖杯とやらに掛ける願いなどない。わたしの人生は、生前、空の上で『アレ』を討ち滅ぼす為だけに――宇宙(ソラ)への道を開く為に、あったようなものだったのだからな。それを成し遂げられただけで、満足だ。後悔などない」
『アレ』?
『アレ』とは何なのだろう。
ライダーはわたしの表情から、わたしが抱いたそんな疑問を察し、――わたしからライダーの表情は、兜のようなマスクで見えないが、彼からわたしの表情は見えるらしい――『ああ、そうだったそうだった』と言う。
「マスター、君にはまだ話していなかったな。わたしの人生を――英雄・ガガーリンが体験した、歴史には記されていない不可思議な出来事を。知らぬ他人にならまだしも、マスターである君にそれを教えないわけにはいくまい――よし、朝食を食べながら、それについて話すとしよう」
リビングで待っているよ――そう言って、ライダーは部屋を出て行った。
わたしが謎に満ちたガガーリンの事故死の真実を知るのは、これから数分後の事になる。
【クラス】
ライダー
【真名】
ユーリィ・アレクセーエヴィチ・ガガーリン
【出典】
史実
【属性】
秩序・善
【ステータス】
筋力D++ 耐久A 敏捷B++ 魔力C 幸運A 宝具EX
【クラススキル】
対魔力:C
騎乗:D
【固有スキル】
星の開拓者:EX
人類史におけるターニングポイント、それを達成した偉人や英雄に与えられるスキル。
あらゆる難航、難行が“不可能なまま”“実現可能な出来事”になる。
ガガーリンは宇宙という未知領域への開拓を成し遂げた。
夢想外装:EX
下記の宝具によって獲得したスキル。
軍人とはいえ所詮は近代の人間にすぎないガガーリンが上記のようなステータスと対魔力を獲得できたのは、このスキルによるもの。
このスキルにより、短時間限定ではあるが、魔力を消費する事で更に筋力と敏捷にブーストをかける事が出来る。
黄金律(体):D
宇宙飛行士として選考されるのに十分な、完成された肉体。
美しさよりも耐久力や適応力に主眼を置かれた評価である。
ガガーリンはこのスキルにより下記の宝具を十全に着こなして――乗りこなしている。
■■■の呪い:-
これは歴史には記されていない真実――宇宙飛行を行った際、ガガーリンは人類の宇宙への到達を阻もうという意思を持った高次存在と遭遇した。
ガガーリンは、その妨害をヒトの夢と希望の力で打ち破ったが、代償として、謎の高次存在から呪いを受ける事となる。
地球に帰還してから、『人類初の宇宙飛行士』という時の人としての活動をしていたガガーリンは、その傍らにこの呪いと独り格闘するが、最終的には飛行機の運転中に呪いが強く発動し、墜落事故を起こす。
ガガーリンの謎に満ちた事故死は、高次存在からの呪いによるものだったのだ。
本来ならば、このスキルはガガーリンが何かに乗って行動する度にファンブルが生じるバッドスキル(呪い)だが、世界初の有人宇宙飛行を成功させた英雄としての全盛期の姿で召喚され、下記の宝具を着用している彼は、現在このバッドスキル(呪い)の効果を、限りなく無効に近くなるまで減退させている。
【宝具】
『祖国は聞いている、英雄よ強くあれ(ロゥディナ・スリシット)』
ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
ガガーリンは軍人としての屈強な肉体に、宇宙服をスタイリッシュにした感じの全身鎧(色は白銀で、足や肘などの部分にロケットブースターが付いている)を着用している。
言うならば、着るロケット――最小の宇宙船である。
実はこれは、『世界初の有人宇宙飛行』という偉業に当時の全人類が向けた夢と希望と想いの結晶が、ガガーリンという英雄の元に集い、それらが一種の攻撃・防御的概念礼装と化した結果、宝具になったもの。
あるいは、数億人レベルの宇宙への憧れの心象風景が込められた固有結界。
宇宙という未知の領域への突入という逸話が鎧の形をとったこの宝具は、固有結界や異界に入った際に受けるデバフを無効化にするレベルで軽減する。
ガガーリンはこの宝具と共にスキル『夢想外装』を獲得した。
『我が到達するは空の果て、されど此処に主はなし(ゼムリャー・ガルバヴァータヤ)』
ランク:EX 種別:対軍宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:?
遥か昔から神の園が存在すると信じられていた空の果てに到達し、神の不在証明をした――つまるところ、神の領域に人の手を伸ばし、侵略したエピソードによる宝具。
発動と同時に、周囲に宇宙空間を模した結界を展開する。
相手サーヴァントの出自や宝具が何らかの神秘に由来するものであれば、この結界はそれらを著しく弱体化させ、相手の神秘性が高ければ高いほど、まるで生身で宇宙空間に放り出されたかのようなダメージを与える。
【weapon】
自身の肉体と外部装甲。
軍人である為、元から戦闘能力自体が高い。
【人物背景】
世界初の有人宇宙飛行を成し遂げた英雄。
基本的な人物背景は史実通りだが、『宇宙飛行の最中で謎の高次存在から妨害を受け、最終的にそれを倒した』という裏経歴を持つ。
性格は優しく、コミュ力豊富。
【特徴】
宇宙服を流線形の目立つ形にした感じの、スタイリッシュな白銀の鎧。
【能力・技能】
生まれつき獲得している異常なまでの視力の良さ。あまりに視力が良すぎる所為で、ちょっとした壁くらいなら透視でき、人間の可視範囲外の光を視認できる。
しかし、この視力の良さは眉美の眼に多大な負荷を与えているため、彼女は遠からず視力を失う事を運命づけられている。
その為、普段は特殊な眼鏡をかける事でその超視力をセーブしている。
【人物背景】
『美少年シリーズ』の語り部。
私立指輪学園に通う中学二年生である。
四歳の頃に一度だけ見た美しい星に心を奪われ、宇宙飛行士を目指すが、彼女の両親はそれを許さず、眉美は十四歳の誕生日までにその星を再び見つけなければ、夢を諦めなければいけなくなった。
それから十年――十四歳の誕生日が明日に迫ってもなお例の星を見つけられない彼女は、学園の屋上にて、とある少年と出会う。
美少年と出会う。
実はその美少年は、美少年探偵団という学園非公認組織の団長、双頭院学であり、彼は眉美の悩みを知ると、探偵団による星の探索の協力を申し出た。
その後、美少年探偵団の個性豊かな美少年たちの協力で、自分が見た星の正体を知った彼女は、しかし、最終的に自分の夢を諦めることとなる――。
後日。眉美は男装し、美少年探偵団の一員となった。
彼女が新たな夢を見つけ、空を見上げる日は、いつか来るのだろうか――。
因みに、性格はかなりのクズである。
何かと性格がアレな女が多い西尾作品においても、トップレベルの性格の悪さを誇る。
瞳島眉美ではなく、瞳島屑美と改名すべきなのではないだろうか?
けどまあ、やる時はしっかりやる主人公らしさも見せるので、ただのクズではなく愛すべきクズと呼ぶべきなのだろう。
最終更新:2017年06月21日 12:29