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チェンジ・ザ・ワールド☆
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埋まらない音

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埋まらない音










 「これも違う……」


 ふと握っていたシャープペンを机にコロリと転がし、小波美奈子は呟いた。


 放課後の音楽室。

 誰もいない静かなその室内で、美奈子は一人どうしても上手く行かない作業に疲れはじめていた。

 机の上には何枚もの五線譜。

 そのほとんどに音符が羅列されているのだが、たった一カ所。一小節だけが空白のままだった。

 何度も書いては消したのが分かるその場所は、消しゴムのかけすぎで五線の印刷が薄くなっている。


 高校卒業まで残り半年と少し。

 三年間頑張って来た吹奏楽。

 その集大成として、今年の文化祭で演奏する曲目は、好きな曲を演奏してよいと顧問である氷室に任された。

 そして部員全員で話し合った結果、自分たちで作曲した曲を演奏することに挑戦することとなったのだ。

 全員で力を合わせ、試行錯誤を繰り返し、ようやく完成間近という所まできていたのだが、美奈子はどうしても一カ所だけ気に入らない所があった。


 曲のテーマは「感謝」


 三年間吹奏楽部として頑張ることが出来た。それは色んな人たちが支えてくれたからというたくさんの人たちへの感謝。

 それを曲に表したかった。

 美奈子が中心となって作った曲は、希望に溢れた優しい旋律が際立つものとなった。

 それぞれのパートの部員と何度も何度も話し合い、苦労したなりの形になってきたと思っている。



 しかし。


 自分のパートの一小節だけが、どうしても納得出来ない。


 もう一度、とフルートを構えて目をつぶり、音を鳴らす。

 頭の中では美奈子の吹くフルートが、静かなメロディーからクレッシェンドして他の楽器と重なり合って行く。



「っ……」



 やはり手が止まる。


「どうして、上手く音が乗らないんだろ?」


 文化祭までには演奏をしっかり仕上げなくてはいけない。

 時間のことを考えると一日でも早く曲を作り終えて氷室に渡し、練習を始めたいところだ。


 それなのに……




「随分熱心だな」



 突然声をかけられ、美奈子は驚いて振り向いた。


「氷室先生……」


 いつの間に現れたのか、音楽室の入り口に立っていた氷室がゆっくりと美奈子に近づいて来る。

 そして机の上の譜面を手にとり、黙ってそれに目を走らせる。


 氷室もどんな曲を作っているのかは知っていたし、たくさんアドバイスもくれた。

 氷室がいなければ、部員だけでここまでまとまりのある曲は作れなかっただろう。


「ふむ……君はこのフルートのパートがしっくりこなくて悩んでいるのだな」

「ーーーはい」


 力なく答える美奈子に、氷室は切れ長の目を伏せ譜面を机の上に戻した。


「小波。君はこの曲を作ろうと皆で決めた時、テーマを付けたと言っていたな」

「あ、はい」


 テーマは氷室には教えていなかった。

 曲が完成した時に、今までのお礼の気持ちを伝えて楽譜を渡したいと思っていたからだ。

 何か考えているらしい美奈子の様子を察した氷室はふむと小さく口元で息をつくと、


「君たちが決めたテーマを知らないから的確なアドバイスが出来るか分からないのだが……」


 言葉を切った氷室を美奈子が見上げる。



 美しい横顔。

 スラリと伸びた肢体。

 どこまでもしなやかな指。



 美奈子は自分が悩んでいたことを忘れて氷室をただぼうっと見上げた。

 氷室は話しを続ける。


「君自身のパートで悩んでいるのなら、小波がテーマにしたいと思っている気持ちを込めてみるのはどうだ? 簡単なようで難しいが、今、君が伝えたい気持ちを思い浮かべながら演奏してみなさい。もしかしたら何か思いつくかもしれない」


 理論的な氷室には珍しく、感情を表すことを提案してきた。

 もしかしたらもっと難しい楽典の話か何かをするかと思ったのに、これには美奈子も驚いた。


「気持ちを、込める……ですか?」


 自分を見上げる美奈子に、氷室は一瞬優しく微笑む。


 その微かな笑顔に美奈子はまた見蕩れる。


「そうだ。音楽は心だ。理論は後付けされたものなのだから、小波が表現したい気持ちを込めるのが私は一番だと思うのだが」

「……ふふ。はい」


 急に笑った美奈子に、氷室は顔をしかめる。

 困ったような顔も綺麗だ。


「なんだ? 私は何かおかしなことを言ったか?」

「あ、いえ。氷室先生の口からそんな言葉が聞けるなんて、って思ったら、なんだか不思議で」

「ーーー私は機械ではない。感情論を口にすることもある……コホン。そんなことはどうでもよろしい。私は職員室で仕事をしている。帰る時は戸締まりをきちんと確認して、鍵は私の所へ持って来なさい」

「はい。ありがとうございます!」


 いつものように少し照れたようにわざとらしく咳払いをすると、氷室は踵を返した。









 分かったような気がした。


 氷室への感謝を表すつもりで作りはじめた曲が、いつの間にか氷室に褒められたいという気持ちにすり替わっていたのだ。

 それでは音が上手く乗らなくて当然だ。


 音楽室のドアが閉まるのを背後で確認すると、美奈子はフルートを握る手に力を込めた。

 そしてゆっくりと深呼吸をする。



「私が表現したい気持ち……」





 そんなのとっても簡単だ。




 先生、ありがとうございますーーー




 そして……








 大好き。





                        END






=あとがき=

最後までお読みくださりありがとうございました!
高校最後の吹奏楽部の文化祭。確か好きな曲でいいって先生言ってましたよね。
二年の文化祭終了後に・・・(ん? ちょっと違うか)
なので、だったら曲作ればいいんじゃね? って思ったけど、さすがに高校生にオーケストラで演奏するような交響曲作らせるのは無理すぎましたね(笑)
でもきっと素敵な曲になったと思います。思います・・・思ってください。
ということで、お題は「楽譜」でした~。
あれ? 全然恋愛っぽくないですね。すみません……(笑)




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