チェンジ・ザ・ワールド☆
追いかけて.1
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追いかけて
敵わない。
そう、海野比奈は思ってしまう。
いつも真っ直ぐに前を見て、己の信じる道を進むための努力を惜しまない彼。
「頑張る」とは、困難にめげないで我慢してやり抜く。自分の考えや意志をどこまでも通そうとすることらしい。
そうまさに、比奈が敵わないと思う相手は頑張っているのだ。
「海野くん。すまないがこの決算報告書を先生に渡して来てくれないか? 時間がないので取り急ぎお願いしたいんだが」
「あ、うん。すぐ行くね」
手元をすっかり留守にして、必死に書類に目を通してチェックを進める氷上格を見ていた比奈は、突然顔を上げてこちらを向いた氷上に驚き、決まりの悪い顔で立ち上がった。
すぐに氷上の手から書類を受け取ると、生徒会室を後にする。
放課後の廊下は人気も少なく、比奈はまだドキドキする胸を心の中で叱りつけながら早足で職員室へと向かった。
氷上とは高校に入学してすぐ知り合った。
階段で足を滑らせた比奈を、偶然通りかかった氷上が助けてくれたのだ。
落ちた時に氷上の頬に思い切り顔面をぶつけてしまい、まあ、いわゆるキスをしてしまったのだけど、それ以降生徒会で一緒になり、下校を共にすることも多くなった。
キスをしてしまったという羞恥心と罪悪感から、比奈は氷上を気にするようになった。
キスと言えば響きは素敵だが、実際はそんなものではなく、階段から落ちた衝撃はなかなかのものだった。
比奈の口が氷上の頬に激突したという表現が一番しっくりくる。
酷い怪我にならなかったのは不幸中の幸いだったと、その点はお互い丈夫に産んでくれた親に感謝だ。
で、結局のところそんな出来事が引き金になったらしく、いつの間にか比奈は氷上の事を好きになってしまっていたのだ。
真面目で曲がった事が嫌いな氷上は周囲からやっかみを受ける事もしばしばあったが、3年生になった最近、随分と丸くなったという評価も耳にするようになっていた。
同じ生徒会で仲の良い小野田千代美も、氷上が良く笑うようになったと嬉しそうに話していたのを思い出す。
千代美は比奈と同じ、氷上の事が好きなようだ。
二人はよく似ていると比奈は思う。
生徒会の仕事上二人が話していることは多いので、自然とその様子も目に入る。
その度に色んな感情が心の中を渦巻いて、比奈は自分が嫌になった。
「失礼します」
無表情で職員室のドアを開け、目的の先生をぐるりと探す。
奥の机にその先生を見つけ、先ほどの書類をそつなく渡して退室した。
「海野さん」
「あ、若王子先生」
ちょうど廊下を出た所で若王子に会った。
いつも穏やかに微笑む若王子は、優しくて生徒達に人気だ。比奈も色々と世話になっている。
「海野さん、元気ない?」
「え? いえ、そんな事ないですよ」
「嘘です。先生海野さんの事ならすぐ分かるんです。今、君は元気がない。ピンポンでしょ?」
「先生……」
そう言って笑う若王子につられて比奈も口元を緩めた。
「今生徒会のお仕事中ですか?」
「はい」
「どれくらいかかる?」
「もう書類も提出しましたし、私の仕事は少しだから……30分くらいだと思いますけどーーーどうしてですか?」
「僕も陸上部がもうすぐ終わる時間なんです。一緒に帰りませんか?」
「あ、はい」
笑顔で返事をし、比奈は若王子と別れて生徒会室に戻った。
ドアを開けて中に入ると、氷上と千代美が談笑していた。
その様子にほんの少し胸を痛めながらも平静を装って自分の机に腰掛ける。
「あ、海野さんお帰りなさい」
「先生はおられたかい?」
「ただいま。うん、ちゃんと渡して来たよ」
「そうか、すまなかった。それじゃああとは次回の会議の議題をまとめてくれるかい?」
二人は比奈が入って来たからか、近かった距離を少しとった。
そんな仕草一つ一つが傷つく。
何でもないふりで受け答える自分が惨めだ。
「分かった。それが終わったら帰ってもいい?」
若王子の申し出を思い出し、さっさと仕事を済ませてしまおうとブックスタンドのファイルを抜き出す。
「ああ、構わないよ」
比奈が仕事を始めたのを見届けて、千代美は氷上に極上の笑顔を向けた。
「それじゃあ氷上君、私は各部の備品使用状況と支出のチェックをしますね」
「よろしく頼むよ、小野田君」
どうすればもっと氷上に近づけるのだろう。
どうすればこんな惨めな思いをせずに済むのだろう。
比奈はパソコンのキーボードを打ちながらどこか遠くに聞こえる二人の会話を聞き流し、そんな事ばかり考えていた。
続く…
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