撤退の様子 作成者:小鳥遊
「……くそっ!!」
どこからともなく、そんな苦渋に満ちた呟きが聞こえてきた。
ズゥゥン、という、自身にも似た低い振動が伝わってくるのをを背中に受けながら、誰もが必死になって走っている。
その顔は、1人の例外もなく泥や葉、そして血などで汚れ果てていた。
誰も彼も息は荒れ果て、怪我をして上手くは走れない者には肩を貸し、背負い、誰も見捨てることなく生き延びようと、誰もが必死になっていた。
その顔は、苦い。
自分達の背後では、間断なく爆発音が響き、その度に、自分達の見慣れた、住みなれた故郷が壊されているのだろう。
それが、悔しかった。悲しかった。
痛みによるものではない涙で、視界が滲む。
「……やっぱり駄目だ、引き返そう!!」
誰かが、走る足を止めた。背を向けていた故郷へと振り返り爆発の先を睨む。
そのまま爆心地へと真っ直ぐに駆け出そうとするのを、別の男が慌てて羽交い絞めにした。
腕の中で男がもがく。
「放せ、放せよっ!」
「馬鹿! 何をする気だ!?」
「決まってるだろ! 戻るんだよ!!」
「戻ってどうするって言うんだ! お前1人でどうにかできるとでも思ってるのか!?」
男が暴れるのを止めた。首だけで振り返って、食い殺しそうな鋭い目で羽交い絞めにした男を睨む。
「そんなことは分かってるよ! 分かってるんだ!! だからって、だからってな……!!」
怒りで張り詰めていた男の目から涙がこぼれ落ちた。
歯を食いしばって、叫びだし喚きだそうとするのを必死で押しとどめようとする、そんな顔をしている。
いつの間にか、何人かが足を止めていた。酷く苦しそうな顔で、涙を流す男を見つめている。
皆、男と思いは同じだった。羽交い絞めにしている男でさえ、叶うことならば今すぐ来た道を戻って、あの襲撃者どもをすべてぶっ飛ばしてやりたかった。
だが、それはしてはいけないことだ。可能不可能の問題ではない。してはならないのだ。
「それで、お前が死ぬ。そして奴らの興味がこちらに向いて、更に何人かが死ぬかもしれない」
それを知っているからこそ、羽交い絞めにしている男は感情を押し殺した低い声でそういった。
羽交い絞めにされた男の身体がビクンと震える。
「それで、未来のために今を必死で生き抜こうとしてるやつらの努力が無駄になるかもしれない。お前も死んで、俺達も死んで、そいつらも死ぬかもしれない。
それで何が残る?お前のささやかな反抗心でも残るのか?……ふざけるなよ」
誰もが押し黙った。男は続ける。
「その怒りはとっておけ。今は耐えて、耐えて……いつか必ず、あいつらをぶっ飛ばそう。
そして、胸を張ってここに帰ってくるんだ、俺達は」
羽交い絞めにされた男の振り上げられた腕が、だらりとたれ下がった。
羽交い絞めを解く。解放された男は支えを失ったように膝を地に着けると、やりきれなさに嗚咽した。
周りの人間も皆、泣いていた。
それでも男は泣かなかった。泣くよりも前に、することがある。
男は嗚咽を続ける男の腕を掴んで立ち上がらせた。
あふれ出る感情を意志の力で押さえつけた瞳で、力強く言う。
「立て。俺達にはまだやることが残ってる。それは生きることだ。
生きて何ができるかは分からないが、死ぬよりはできることがあるだろう。だから、未来のために今を生き抜くぞ」
男が嗚咽する男の腕を引っ張って走り出すと、引っ張られた男は涙を流しながらも走り出した。
それに連なるように、周りの人間も走り出す。
撤退を続ける間に、誰に言われるともなく、全員が一度走りを止めないままに後ろを振り向いた。
自分達の故郷を、刻み付けるように。必ず帰ってくると、誓いを立てるように。
そして再び男達は故郷に背を向けて、走り出した。
今度はだれも、振り返ることなく走り去った。
どこからともなく、そんな苦渋に満ちた呟きが聞こえてきた。
ズゥゥン、という、自身にも似た低い振動が伝わってくるのをを背中に受けながら、誰もが必死になって走っている。
その顔は、1人の例外もなく泥や葉、そして血などで汚れ果てていた。
誰も彼も息は荒れ果て、怪我をして上手くは走れない者には肩を貸し、背負い、誰も見捨てることなく生き延びようと、誰もが必死になっていた。
その顔は、苦い。
自分達の背後では、間断なく爆発音が響き、その度に、自分達の見慣れた、住みなれた故郷が壊されているのだろう。
それが、悔しかった。悲しかった。
痛みによるものではない涙で、視界が滲む。
「……やっぱり駄目だ、引き返そう!!」
誰かが、走る足を止めた。背を向けていた故郷へと振り返り爆発の先を睨む。
そのまま爆心地へと真っ直ぐに駆け出そうとするのを、別の男が慌てて羽交い絞めにした。
腕の中で男がもがく。
「放せ、放せよっ!」
「馬鹿! 何をする気だ!?」
「決まってるだろ! 戻るんだよ!!」
「戻ってどうするって言うんだ! お前1人でどうにかできるとでも思ってるのか!?」
男が暴れるのを止めた。首だけで振り返って、食い殺しそうな鋭い目で羽交い絞めにした男を睨む。
「そんなことは分かってるよ! 分かってるんだ!! だからって、だからってな……!!」
怒りで張り詰めていた男の目から涙がこぼれ落ちた。
歯を食いしばって、叫びだし喚きだそうとするのを必死で押しとどめようとする、そんな顔をしている。
いつの間にか、何人かが足を止めていた。酷く苦しそうな顔で、涙を流す男を見つめている。
皆、男と思いは同じだった。羽交い絞めにしている男でさえ、叶うことならば今すぐ来た道を戻って、あの襲撃者どもをすべてぶっ飛ばしてやりたかった。
だが、それはしてはいけないことだ。可能不可能の問題ではない。してはならないのだ。
「それで、お前が死ぬ。そして奴らの興味がこちらに向いて、更に何人かが死ぬかもしれない」
それを知っているからこそ、羽交い絞めにしている男は感情を押し殺した低い声でそういった。
羽交い絞めにされた男の身体がビクンと震える。
「それで、未来のために今を必死で生き抜こうとしてるやつらの努力が無駄になるかもしれない。お前も死んで、俺達も死んで、そいつらも死ぬかもしれない。
それで何が残る?お前のささやかな反抗心でも残るのか?……ふざけるなよ」
誰もが押し黙った。男は続ける。
「その怒りはとっておけ。今は耐えて、耐えて……いつか必ず、あいつらをぶっ飛ばそう。
そして、胸を張ってここに帰ってくるんだ、俺達は」
羽交い絞めにされた男の振り上げられた腕が、だらりとたれ下がった。
羽交い絞めを解く。解放された男は支えを失ったように膝を地に着けると、やりきれなさに嗚咽した。
周りの人間も皆、泣いていた。
それでも男は泣かなかった。泣くよりも前に、することがある。
男は嗚咽を続ける男の腕を掴んで立ち上がらせた。
あふれ出る感情を意志の力で押さえつけた瞳で、力強く言う。
「立て。俺達にはまだやることが残ってる。それは生きることだ。
生きて何ができるかは分からないが、死ぬよりはできることがあるだろう。だから、未来のために今を生き抜くぞ」
男が嗚咽する男の腕を引っ張って走り出すと、引っ張られた男は涙を流しながらも走り出した。
それに連なるように、周りの人間も走り出す。
撤退を続ける間に、誰に言われるともなく、全員が一度走りを止めないままに後ろを振り向いた。
自分達の故郷を、刻み付けるように。必ず帰ってくると、誓いを立てるように。
そして再び男達は故郷に背を向けて、走り出した。
今度はだれも、振り返ることなく走り去った。
撤退は、続いている。
(ここまで、1524文字です)
(ここまで、1524文字です)
撤退 作成者:荒川真介
荒川が号令をかけると即座に辺境国の面々は撤退を開始した。
一度故郷を廃墟にされかけて、2回目の空前絶後の数の根源種族艦隊の前に共和国ごと戦わず敗退した経験があったためか表面上はなにも表情に浮かべることはなくきめられた通り撤退の指示を始めた。
「各員はプラン**での徴収準備」
「了解プラン**で撤収準備!」
○が復唱した。
一度故郷を廃墟にされかけて、2回目の空前絶後の数の根源種族艦隊の前に共和国ごと戦わず敗退した経験があったためか表面上はなにも表情に浮かべることはなくきめられた通り撤退の指示を始めた。
「各員はプラン**での徴収準備」
「了解プラン**で撤収準備!」
○が復唱した。
荒川はたたの一点を見つめていた。
「今だ撤退開始」
「撤退開始!周囲警戒を怠るなよ!」
「今だ撤退開始」
「撤退開始!周囲警戒を怠るなよ!」
「走れー走れー」
「なにをするにも命あってのものだ無駄死にするなよ」
「生きてれば殴り返す日も来るだろうよ」
「なにをするにも命あってのものだ無駄死にするなよ」
「生きてれば殴り返す日も来るだろうよ」